002話 パパスと双子の息子
「やあやあパパスさんじゃないですか!」
「トーマス、久しぶりだな。元気にしていたか?」
「もちろん。そういうパパスさんはどうです?」
「はっはっは。やせてもかれてもこのパパス、そう簡単に参ったりはするものか!」
そんな会話から始まった大人の世間話。当然、子供はすぐに飽きる。
降りたばかりのビスタ港。それにリュカが興味を持ってキラキラとした目をしていたのもほんの僅か。変わることのない海と空、そして終わりが見えないパパスの雑談。もったのはほんの数分だった。
「ねえ、トンヌラ。行こうよ」
「そうだね」
それにオレは頷かざるを得ない。いや、父さんのというかビスタ港を取り仕切るトーマスさんの気持ちもわかるのだ。不愛想な船員が荷を卸し、業突く張りな商人がそれを買っていく小さな港の主。ただただ無味乾燥に心身を削って日銭を稼ぐ日々。そこにサンタローズで信任の厚い村長が通りかかれば世間話の一つもして気晴らしもしたいもの。父さんもそんなトーマスさんの一服の清涼剤となることを否とする訳がないし、そもそもとしてしばらくこの地を離れていた訳であるからして現地の情報収集は大切だ。噂が集まる港の主人と世間話をする価値はある。
だがまあ、6歳の子供がそれに付き合えるかどうかは別の話である。
「父さん! オレとリュカはちょっとそこら辺を歩いているよ!」
「ん? おお、そうだな。それがいい。だが、あまり離れた所に行ってはいかんぞ。
いや、お前たちには要らぬ心配だったかな。わっはっは」
「ほう。パパスさんが安心していられるとは、利発なお子さんたちなのでしょうなぁ」
「うむ。親馬鹿になるかも知れんが、ワシよりもずっと大物よ。ただまあ、トンヌラはもう少し子供らしくなってもいいし、リュカは逆に読み書きに興味を持って欲しいものだがなぁ」
「…その言い方ですと、トンヌラ君はあの歳で読み書きを?」
そんな言葉を背中に受けつつ、オレとリュカは話を続ける大人たちから離れるように歩く。
とはいえ、オレは小さな港に興味を持ってうろちょろするような精神年齢ではない。基本的にリュカの興味が移るに従ってその後ろについていくだけだ。
(父さんからはどのように見えているのかな)
ふと、そんな益体もないことを考える。大人びた弟が兄の後ろ姿を見守っているように見えるのか、それとも活動的な兄に引っ込み思案な弟が付いて行っているように見えるのか。
そんな事を考えるくらいにはオレは今現在も暇なのである。リュカは海の浅瀬に見えた小魚の鱗がキラリと光るのに目を輝かせたり、かと思えば陸地にある草むらにいるバッタのように飛び跳ねる虫たちを追うの夢中になったり。言っては悪いが、父さんたちの大人の世間話と同じくらいには興味がない。
思えば数奇な取り合わせである。大人である父さん、子供であるリュカ。そして見た目は子供で精神は大人であるオレ。重なる要素がほとんどない。
だからこそ子供のような立ち位置でリュカの面倒を見れるオレという存在が生まれ得るのだろう。実際、お目付け役が出来てリュカには危険が少なくなるし、父さんは手間が減るし。オレもオレとて異分子でありながらこの世界の家族と自然な交流ができる。やや醒めた見方をすればWIN-WINの関係とも言えるだろう。
「あれ?」
と、そこでリュカがふと目の前の草むらから視線を外して少し遠くの林を見る。
その動作を確認したオレは素早く背中に括り付けていたカシの杖を引き抜いた。
「ピキィー」
「ピキピキ」
「ピキキー」
ワラワラと林の中から現れる水色の不定形モンスターであるスライム。その数、6体。人の領域に現れるには弱小なモンスターではあるが、数が揃えば気が大きくなるのは人と共通するモンスターの習性である。6体といえばモンスターの群れとして多い数に入り、それに任せてビスタ港に侵入してきたと察する。
「モンスターだ!」
その姿を視認してからリュカは腰に差したヒノキの棒を引き抜いた。
モンスターの気配や機微には敏いリュカだが、敵意には疎いところがある。そんなリュカを差し置いて、オレは真っ先にスライムの群れに躍りかかる。
「せいっ!」
頭上から振り下ろす樫の杖の唐竹割り。それは1匹のスライムの頭にのめり込み、少しだけ耐えたスライムは気合いでくらった樫の杖を体全体で押し返す。
「ィィィ……」
手痛いダメージを負ったスライムは敵意を超えた殺意を込めた瞳でオレを睨む。
人を害する悪意を全面に出したその姿は間違いなくモンスターと呼ばれるに相応しい姿だった。
だが、それを受ける人は独りではない。オレには双子の兄がいる。
「トンヌラぁ!!」
戦場に飛び込んできた勢いそのままに手傷を負ったスライムの側面にヒノキの棒を横ぶりに振り当てて、スコーンと景気よくそのスライムを空へと打ち上げた。
「ピーキー!?」
思いもよらぬ横からの襲撃に、そのスライムは間抜けな声を上げながらすっ飛んでいく。会心の一撃を食らったそのモンスターはやがて地面にベシャリと叩きつけられて、そのままドロドロと地面に溶けて消えていく。何度も見たスライムの死に間違いない。
「……!」
「ピキ、ピキィィィ…!!」
仲間の死を見た残りのスライムたちは、オレたちを単なる人間の子供とは見ずに警戒を鋭くして包囲を始めた。
下手に突っ込んでいっては逆にスライムたちに囲まれしまう。そう判断したオレはさり気なくリュカの背面に背中を合わせる。両方向を見る事によって死角をなくす、対多数に向いた格好だ。
「うん、落ち着いていくよ。トンヌラ」
その意を汲み取ってくれたリュカは警戒しつつも静観の構え。時間はオレたちの味方である。待てば勝ちは確実なのだから。
それを察した訳ではないだろうが、5体のスライムの群れはじりじりと包囲網を狭めてきて、そして。
「「「「「ピ~ギィィィ!!」」」」」
一斉に襲い掛かってきた。背中合わせになっている以上、回避するという手段を取ることはできない。そんな事をしたら無防備なリュカの背中に攻撃を許してしまう。
「く…」
スライムはオレに3体が飛び掛かってくる。1匹はカシの杖を振って弾き飛ばし、タイミングがあった1匹は頭突きで地面に叩き落とす。
だが残る1匹には対処が間に合わない。軟体生物には見合わない鋭い牙を剥き出しにして噛み付き攻撃を仕掛けてくる。
オレは咄嗟にカシの杖を持っていない左腕を盾にして胴体を守る。必然、左腕からのぼってくる激痛。
「ぅぅぅぅぅぅっ!!」
「トンヌラ!!」
オレの苦悶の声を聞いたリュカが心配そうな声を上げるが、状況はそれを待ってくれない。
左腕に噛り付いたスライムは邪悪な瞳でオレを見やり、ニヤリと笑う。それと同時にその体が両断された。
「?」
何が起こったのかさっぱり分からない。そんな表情のまま、中空でドロドロの溶けていくスライム。その背後に、子供を害されて猛る父親がいた。
「よくもワシの息子たちを襲ってくれたな…!」
誰が見ても分かるような輝く名剣を抜いた父さんは、激怒を湛えつつも冷静さを失わない見事な感情のバランスを持った視線で、残る4体のスライムを睨みつける。
2体の仲間がやられた上に成人して強者の雰囲気を醸し出す父さんに気圧される様子のスライムの群れだが、当然ながらそれが免罪符になる訳がない。魔物は滅する、それがこの世界の基本的な考え方である。
「破っ!」
父さんは踵を地面と水平に繰り出すような蹴りで1匹のスライムを四散させ、続けざまに手に持った剣で更に1匹のスライムを頭から両断する。
「ピギィ!」
「ピギピギ!」
それを見たスライムたちは戦意を喪失し、元居た林に逃げようとするが。それを見逃すほどにお人よしなオレではない。
見逃せば他の人を襲うだろうし、そもそもとして腕に噛み付かれたお礼がまだである。
「メラ!」
父さんが来たことで十分に集中力を高めることができたオレは呪文を唱えて小さな火球を生み出す。それは狙い違わずに1匹のスライムに命中し、その水色の身体を悲鳴を残さずに焼き尽くす。
とはいえ、ここが限界。もう1匹のスライムの逃走を阻止することはできなかった。
「トンヌラ、大丈夫!?」
戦闘が終わり、すぐ側にいたリュカが手傷を負ったオレの左腕に手を添えて精神を集中。
「ホイミ」
そして唱えられる癒しの呪文。オレの傷はみるみると癒え、すぐに健常な元の腕に戻っていた。
「ありがとう、リュカ」
「ううん。ボクの方こそありがとう、トンヌラ」
そう言って微笑み合うオレたちの頭上に、優しく逞しい手のひらが乗せられる。
言うまでもなく我らが頼もしき父であるパパスの手だ。
「こんな人の住処の近くまでモンスターが襲ってくるとはな。最近の魔物は凶暴化しているらしい。
よくやったな。リュカ、トンヌラ」
褒められるオレたちだが、実はオレはそれどころではない。
ホイミ程度では流れた血も失った体力も補充されることはない。つまり、外見の傷こそ塞がったが。オレは左手に思いっきり噛み付かれた辛さは残ったままなのである。
「あ、あらぁ……?」
フラフラと視界が揺れ、ポスンと父さんに体を預けながら意識が黒く染まっていく。
「ト、トンヌラ? トンヌラ!?」
「む、いかん。先ほどのスライムは毒を持っていたのかもしれん。
急いで毒消しを煎じて飲ませなければ!」
リュカと父さんの声を聞きつつ、オレはあっさりと意識を失うのだった。
◇
夜。
パチパチと暖炉の火が燃える部屋の中、倒れたトンヌラを心配したリュカがその手を握りながら、兄弟仲良くベッドの上ですぅすぅと寝息を立てている。
息子2人にベッドを譲ったパパスは粗末な木造りの椅子に座り、火の傍で暖まりながら息子たちの様子を穏やかに見ていた。
(とにかく大した毒ではなくてよかった)
モンスターによってはバブルスライムのような猛毒を持った種族もいるし、
しかし実態はほんの少しの毒素を持っただけのスライムだったのだろう。簡単な毒消しと薬草を飲ませるだけでトンヌラの息は落ち着き、失った体力を回復するように眠りについている。子供にしては長い上に慣れない船旅で体力を失っていたこともあってすぐに力尽きたが、一晩ぐっすりと眠れば元気になるというのがパパスの見立てである。
船旅で疲れたのはリュカも一緒である。可愛い2人の息子を見守りつつ、パパスは静かに微睡んでいる。
(トーマスには感謝せねばならんな)
予定にないビスタ港の宿泊になったが、まさか倒れてしまった息子を連れてサンタローズに向かう訳にもいかない。当然の帰結としてビスタ港の主であるトーマスの助力を頼り、一泊の恩を得る事となった。
もっとも、トーマスとしても襲ってきたモンスターを撃退したパパスたちを無碍に扱う訳もないのだが、それはいちいち言っても始まらない。
そのままつらつらとパパスは息子たちに思いを馳せる。
(リュカはマーサに似ているな……)
穏やかな様相、そしてどこまでも美しく心を許しそうになるその瞳。パパスが愛した妻であるマーサにそっくりである。
息子であるからこそ自制が効いているが、もしもこれが娘であったなら溺愛してしまっていたかも知れないとパパス自身が冷や汗をかきながら思ってしまう程に、リュカはマーサの面影を映しすぎていた。
(そしてトンヌラ)
その双子の弟であるトンヌラは、良い意味でリュカには似ていない。穏やかすぎると評していいリュカであるが、トンヌラはこの歳で既に合理的が過ぎる。子供らしくない、と言ってもいいかも知れない。
本人は隠しているつもりかも知れないが、好奇心旺盛なリュカを見守るように行動することが多く。更に子供らしく自分を見失ってふらふらとどこかに行ってしまうような事が皆無と言っていい程にない。
双子だからこそどちらが歳上であるという意識が希薄なのかも知れないが、それでも実際の兄であるリュカよりも酷く大人びた様相を醸し出しているのがトンヌラである。
(こうしてスライムに噛まれた程度で寝込むほどには子供なのにな)
すやすやと天使の寝顔を見せてくれる愛息子にパパスの顔が緩む。
それはさておき、もしもグランバニア国王として判断を下すなら。現状、王の器として優れているのは弟であるトンヌラの方である事は疑いはない。
リュカが劣っているのではなく、むしろリュカはこの幼少の時からしてホイミも扱える俊才だ。しかしそれはメラを使えるトンヌラも同じこと。ならば歳不相応に大人びたトンヌラの方が、この瞬間に王の後継として考えるのならば、より高く見えてしまうのだ。
(まあ、トンヌラほどに見識が高いなら辞退しそうでもあるが)
国は長兄が継ぐものであるのが道理である。パパスとて弟のオジロンがいるが、全くと言っていい程にオジロンを王に推す声はなかったと言っていい。
冷静に見てオジロンよりも自身の方が優れている自負があるパパスであるが、それを差し置いても弟が国を継ぐにはよほどの事がなければ難しいというのを実感せざるを得なかった。魔物という脅威があるこの時代、優秀というのと同じくらいに人々の纏まりは重要である。ならば有無を言わさずに長兄に信望を集めてしまえば余計な争いが起きないというもの。
パパスがトンヌラを恐ろしいと思うのは。トンヌラは齢6つにしてその
(実際に国を治めるにはリュカの方が向いている気がしないでもないしな……)
トンヌラは合理的が過ぎて、反発も少なくないような気もする。その点、リュカならば多少のロスはあっても人々の心に寄り添った政ができるだろうという予想があった。
理想を言えば、リュカを王として宰相や大臣にトンヌラになるのが最も納まりがいい。兄と弟という関係性ももちろんだが、鋭利過ぎるトンヌラに王位が向かないという感覚は少なからずある。
「ふぁ…」
そこまでつらつらと考えた時にパパスの口から欠伸が漏れる。
夜も更けて、更にパパス自身にも船旅の疲れがないとは言えない。久しぶりに動かぬ大地で眠れる夜、温かい食事をトーマスからいただいた後はゆっくり休みたいと思うのが人情というもの。
(まあ、なるようになる。か)
よほどの事がない限り、リュカとトンヌラの兄弟の絆は壊れぬだろう。
そう確信したパパスは椅子の上で眠りにつく。こっくり、こっくりと。
寄せては返すさざ波を枕に、ビスタ港の夜はゆっくりと更けていくのだった。
次回はちょっと間が空くかも。
新連載は続けて投稿する方がよいと分かってはいるのですが。
見捨てないでいただけると幸いです。
高評価や、特に感想をお待ちしております!
客観的な意見はとても貴重なので!