トンヌラ、リュカと   作:117

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008話 サンタローズの村にて・2

 

 008話 サンタローズの村にて・2

 

「流行り病とな?」

「そうさね。熱と咳が出て、体中に悪寒がはしる。タチの悪い風邪みたいなやつなんだけど、アルカパの中で徐々に広まってきてねぇ……」

 少しだけ冷めたシチューを口にするアルカパから来た母娘、メーノとビアンカ。ちなみに彼女らが口にしているのはサンチョの分と、余裕を持って少しだけ多く作った分である。なので突然の来訪者のおかげでサンチョの分のシチューはなしである。

 それに気が付いたオレはサンチョに向かった複雑な感情がこもった視線を向けてしまった。召使いという立場なら、こういった理不尽を受け入れるのも仕事のうちだろう。だが、それに何も思わないのはまた別の話である。

 一方でオレの視線に気が付いたサンチョは、柔らかい笑みをオレに向けてくれた。まるでその心遣いだけで十分ですと言わんばかりの笑顔に、オレは何も言えなくなる。

 まあ、考えてもシチューが増える訳でもない。誰かが割を食わなくてはならないのなら、この面々でそれがサンチョになるのは仕方のない事と言うしかない。サンチョが吞み込んでいる以上、オレもそこは割り切ってビアンカの母であるメーノの言葉に耳を傾ける。

「なるほど。それでサンタローズに薬を求めてやってきた訳ですな?」

「そういう訳さね。サンタローズのよろず屋は薬師としても名高いからねぇ。

 ……ええと、アンタはどちらさまだい?」

 見覚えのない豪奢な服を着た男に疑問を投げかけるメーノ。その問いを聞いて、これはしたりと言わんばかりの様子で自己紹介をする。

「失礼をした。私はサラボナのルドマンという者。自己紹介が遅くなって申し訳ない」

「ルドマンさんね、よろしく。アルカパまで来たら是非とも我が宿をごひいきに」

「パパの宿屋はすごいんだから! アルカパで一番大きな建物で宿屋をやっているの!」

 通り一遍の挨拶をするメーノに、自分の親の仕事を自慢するビアンカ。一般的に見ればはしたない行動にもなるが、大人から見れば微笑ましい子供の言葉である。

 父さんもルドマン氏も幼い少女の言葉に頬を緩ませているし、メーノも穏やかな苦笑をしつつビアンカの頭を諫めるようにポンポンと叩いていた。

「そうですな。アルカパに寄る用事がある際には一夜の世話になろう」

「約束よ、おじさま!」

 ビアンカのその言葉で子供の話は一区切り。

 続いて大人たちの実務的な話に入る。

「さて。そうなるとよろず屋のキンガ殿に話を通さなくてはならないが。

 問題は金と在庫だな」

「ひとまずの手付金はダンカンから預かってきたわよ」

 そう言ってメーノは懐から小さな布袋を取り出す。ジャランと小さく金属音がするその中身は硬貨に違いあるまい。

 父さんはそれを確認して軽く頷いた。

「キンガ殿も、隣町の危機ならばしっかりと受けてくれるだろう。問題は在庫の方だ」

「確かに。流行り病という事は、少なくない量の薬が必要になるだろうな。急な話で多くの在庫があるとは思えない」

「仕入れに時間がかかるのかねぇ?」

 顔を曇らせたメーノに、父さんはやんわりとした口調で言葉を添えた。

「キンガ殿の薬は、サンタローズの洞窟の奥にある緑の鉱石を加えることで効果をあげていると聞く。

 一方で、サンタローズの洞窟はモンスターが住み着いている危険な場所だ。ワシとルドマン氏の用事が終わり次第、追加で採ってこよう」

「ああ。パパスさんがそう言ってくれるのはありがたい話さね」

「ふわぁ…」

 ほっとしたようなメーノの声に、小さな欠伸が重なる。全員の視線がそちらを向けば、恥ずかしそうに顔を赤くして俯くフローラの姿があった。

「――そうだな。確かに夜も更けてきた。今日のところはここまでにして、休むのがよいだろう。

 メーノは宿屋がいっぱいで取れなかったと言ったな? しばらくはウチで過ごすといい」

「本当に助かるよ、パパスさん」

 ちらりと娘であるビアンカを見ながら言うメーノ。自分だけならともかく、娘にこの寒い中で野宿をさせるのは気が引けたのだろう。

 旅の途中ならまだしも、村の中で野宿するのはみじめさが身に染みる。そんな思いをさせずに済んだ安堵がメーノの中から零れ落ちていた。

 

 さて。

 腹も膨れたところで次の話である。

「あたしはビアンカって言うのよ」

「ボクはリュカだよ」

「オレはトンヌラ」

「しばらくあなたたちの家にお邪魔することになったわ。よろしくね!」

 こんな会話を目の前でされていて、割り切れないのが独りでこの輪から外れなければならないフローラである。

 悲しそうな瞳でルドマン氏を見上げる彼女を横目で見れば、旅をしていて子供同士の交流が少ない事を知っている父親の心も揺らぐというもの。

「あ~…」

 気まずそうにフローラから視線を外したルドマン氏が父さんの方を見れば、父さんも分かっていると言わんばかりの苦笑を浮かべていた。

「ルドマン殿。実はこちらも話したりなくてな。

 もしよかったら泊まっていかれるつもりはございませんかな?」

「う、うむ。そう言っていただけると助かる」

 大人たちの言葉にフローラの顔がパっと明るくなり、蒼髪の少女の視線は金髪の少女へと向く。

 オレとリュカとは1日中一緒だったからある程度は知り合っているが、会ったばかりの同い年くらいの同性の相手というのはやはり別の喜びというのがあるのだろう。

「わたくしも一緒に泊まる事になりました。フローラと言いますの。よろしくして下さい、ビアンカさん」

「ええ、こちらこそ。あたしはビアンカよ。よろしくね」

 笑顔で握手をする2人、それをニコニコと見守るリュカ。

(…………)

 そして天空の花嫁になるのはどちらになるのかと、少しだけ胸がモヤつくオレ。

 リュカはどちらを選ぶのか。そして選ばれた方はそれを受け入れるのか。

「おやぁ?」

 意地が悪めの声が聞こえてきたのでそちらを見てみれば、ビアンカの母であるメーノがニヤつきながらオレの顔を見ていた。

 そしてオレと視線が合うと、楽しそうな様子であさっての方を見始める。

「……?」

 なんかよく分からないが、深堀りすると自滅しそうな気がするのでこれ以上関わるのはやめておく。

 

 それはともかくとして、今の問題は寝床である。

 本来この家は、父さんとリュカとオレ、それからサンチョの4人が住む事を目的として設計されている。

 客人用に1つベッドがあるものの。ルドマン氏とメーノさんの大人2人と、ビアンカとフローラの子供2人の合わせて4人分の寝床は流石にない。

 が、ここで頼りになるのはやはりサンチョである。

「では旦那さま、寝床の準備を整えてまいります」

「うむ。頼んだぞ、サンチョ」

 そう言って動いたサンチョは迅速だった。

 まずは客用の簡易ベッドを父さんとオレたちの寝室に運び、逆にオレとリュカのベッドを運び出す。そして子供用のベッドからマットレスを外して父さんの書斎に設置。それを四角くなるように床に置いた上で布で体裁を整えれば、子供4人がなんとか寝れそうな寝床ができあがった。

「メーノさんは私の部屋でお休みください。使用人の部屋で恐縮ですが」

「あれ? サンチョはどこで寝るの?」

 純粋無垢な問いを口にするのはリュカ。まあ6歳なら自分のベッドが他人に使われたらどこで寝るのか気になるのは仕方ない。

 サンチョはにこにことした笑みを崩さないままでリュカの問いに答える。

「お客さんが大勢いますからね。サンチョめは居間で悪い人が入ってこないか見守っております。

 悪い人は誰も通しませんので、リュカ坊ちゃんは安心してお休みくださいね」

「そっか。ありがとう、サンチョ!」

 柔らかい笑みを浮かべるリュカに対してサンチョは平然な様子を崩さない。

 温かい食事と寝床を譲った上で、こんな様子を浮かべられるのはやはり父さんに心服しているからだろう。主の為ならこの程度の事柄は我慢のうちにも入らないというのが伝わってくる。

「サンチョ、ありがとう」

「……トンヌラ坊ちゃんは大人ですなぁ」

 オレが気が付いたうえで礼を言ったのに気が付いたサンチョは、しみじみと成長を喜ぶ声でそんな言葉をあげる。

 大人らしすぎるオレを気味悪がっても仕方ないというのに、サンチョは純粋にパパスの息子が立派な人間であることを喜んでくれる。

 それはオレにとっても嬉しい事だった。

「さあ、明日のこともある。

 今日はもう寝るとしよう」

 家主である父さんの声でそれぞれがそれぞれの寝床へと散っていく。父さんとルドマン氏は寝室へ、メーノさんはサンチョの部屋へ。

「みんなでお泊りね!」

「ワクワクしますわ!」

「ボクもボクも!」

 そして子供たちの後ろを見守るように歩くオレ。2階にある書斎に向かって階段を上るが、後ろからサンチョの温かい視線を感じる。

「…………」

「…………」

 わずか半日であるのに、口癖のように耳に残っているサンチョの言葉を想起しつつ。

 リュカとビアンカ、フローラとオレは書斎に辿り着いた。

 夜の暗闇の中、壁にかけられたランプの明かりだけが部屋を照らしている。

「ボク、ほんの少しだけ覚えているよ。ここでお父さんが難しい顔をしながら本を見ていたんだ」

「へ~え。どの本かしら?」

「えっと。多分これ」

「いいわ。あたし、ご本も読めるの。読んであげる」

 まあ、4人も子供が集まってそのままお休みなさいとなる訳もないというのは理解できる。

 はしゃぎながら本棚にある一つを手に取ったリュカが、それをビアンカに手渡した。

 そして全員の前でそれを開いたビアンカは、冒頭から本を読みだす。

「そら、に。空に…えっと、く、せし? ありきしか…?」

『空に高く存在せし城ありき。しかしその城、オーブを失い地に落ちる。

 オーブ取り戻す時、その城再び天空へ還らん』

「ダメ! このご本、難しくて読めないわ!」

 癇癪をおこして投げ出すビアンカの姿を確認しながら、オレは激しい違和感に襲われていた。

(おかしい)

 レヌール城にてリュカがゴールドオーブを手にした時点で、天空城は間違いなく空にあったはずである。そこから零れ落ちたオーブをリュカが手にしたのだから間違いない。

 ならば、この本に書かれているような事態はいつ起きたのか? 過去にオーブを失い、天空城が墜落した事例があったのならば。マスタードラゴンがあそこまで無防備になるとは想像できない。少なくとも動力であるオーブを無防備にするとは考えにくい。

 ――ならば、この本はいったい誰がどんな経緯で書いたものなのか?

 ビアンカが放り投げて寝床に転がった本を手に取り、表紙を眺める。

『これから起きる天空の惨事 ~著・預言者ベレノール~』

「…………」

 そういうオチかよ。

 脱力しながら、オレはその本を本棚へ戻すのだった。

 一方で本を読むことを諦めたビアンカは、お姉さん風を吹かせながら最近読んだばかりの『なかよし4人組』という本の話をしていた。

 ふんふんと興味深く話を聞くリュカとフローラに機嫌を良くしながら話を続けるビアンカ。

 その様子を見つつ、オレはぼんやりと眠りに落ちていくのだった。

 

 ◇

 

 明けて翌日。

「お気をつけてくださいね!」

 誰よりも早起きしたサンチョが作った朝食を食べ、父さんやルドマン氏が出かけるからという理由で作られたお弁当のサンドイッチも子供たちの分も渡してくれつつ遊びに送り出してくれる。

 家の中でいるよりか、サンタローズの村の中で遊んでいた方がいいだろうというサンチョの計らいだった。

 確かに、子供たちだけで外で食べるお昼というのはワクワク感が強い。それを理解してオレたち子供4人分のお弁当を作ってくれるサンチョは流石である。

「お弁当、お弁当!」

「楽しみですわ!」

「サンチョおじさまの料理は美味しかったものね! あたしも料理のお勉強を始めたいわ」

 子供たちが次々にサンチョのお弁当についての期待を口にする。かくいうオレも、昨晩のサンチョのシチューを食べた以上は期待大としか言いようがない。

 ちなみにそんなサンチョはメーノさんと一緒に家で家事をして過ごすらしい。旅をしてきた人々が一気にやって来たため、洗濯物とかが大量にあって大変らしい。

 メーノさんは宿屋でシーツを洗ったり、有料で洗濯も請け負ったりするらしいのでこの手の仕事はお手の物なのだとか。宿泊させて貰った恩を少しでも返す為と、サンチョと一緒になって一日家事に精を出すらしい。

 一方で、オレたち子供4人はあっという間にサンタローズの村を散歩しつくしてしまった。そんなに大きくない村であるから、ほんの数十分歩くだけでだいたいの場所を歩き尽くせてしまう。そもそもとして目立つ建物もそんなにない。教会や酒場が併設された宿屋、その他に交易所とかがあるくらいか。

「……でも、わたくしたちはベラさんのお願いを聞かなければいけませんのよね」

「ベラ? 誰かしら、それ?」

 ポツリとフローラが零した言葉を拾ってビアンカが問いかける。

 オレは周囲の様子をうかがうのに忙しかったため、リュカとフローラがビアンカに対して簡単な説明をしてくれた。

「――なるほど。春を呼ぶ為に、サンタローズの洞窟にある『盗賊の技法』が必要なワケね。

 うん、いいじゃない!」

 お転婆な様子を隠さずに、モンスターがいると聞いているサンタローズの洞窟に向かう気を隠そうともしないビアンカ。

 まあリュカもフローラも、ついでに言うならオレも。危険なところに行くなという大人の言いつけを破ってサンタローズの洞窟に向かう気満々なのでそれはいいのだが、流石にモンスターが出没する村の外やサンタローズの洞窟の入り口などは村人が交代して見張っている。

 サンタローズも小さいとはいえ村なので、十数人の子供はいる。オレたちのような大人の言うことを聞かない子供たちがイタズラに危険なところに向かわないようにする為の見張りはいるのだ。

 とはいえ、彼らにやる気があるかというとそんな事はない。普通なら何事もなくただ立っているだけの仕事である。何事も起こらない毎日にそんな仕事に気力を持ってやってられるはずもなく。オレが確認したところ、洞窟の前にいた戦士風の男はぼーと村の方を見ているだけという様子だった。

「よし、行ける」

 3人に向かってニヤリと笑うオレ。近くにある林を通れば、見張りの後ろに出れるルートがあった。警戒している相手には通じないだろうが、緊張の糸を切らした相手ならば刺激をしなければ問題ない。

 ここからルートを簡単に指差しで指示し、忍び込む為の話をする。

「……なんか楽しいわね」

「悪い事をしているみたいでワクワクしますわ」

「じゃあ、ボクが先に行くよ」

 本当に悪いことをしているのだが、とツッコミたくなるようなフローラの話はさておいて。

 リュカが先導して大人に見つからない道を、なるべく音を立てないように歩き始める。その後に続くのはビアンカにフローラ、そして最後尾にオレ。

 焦れるような時間をかけてゆっくりと歩みを進め。

 そして洞窟の前に辿り着く。

「ふぁ…」

 軽くアクビをする戦士風の男は、オレたちに全く気が付いた様子がない。

 それを確認するや否や、オレたち4人は見つからないようにサンタローズの洞窟の中に素早く入り込むのだった。

 

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