戦車プロリーグ   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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小鍛冶照 1

 戦車道……それは茶道や華道、武道のように心身を育む物として認知されて約150年以上

 

 日本戦車道プロリーグの歴史は20年が経過し、開設当初の混乱が終わり、ある程度形となってきていた

 

 まずは戦車道について軽く説明しておこう

 

 戦車道とは……特殊カーボン技術の普及及び特殊な砲弾、弾丸を使用することにより怪我はあれど死人が出ることがなくなりスポーツとして戦車を操ることができるようになった

 

 昔は兵器としての役割が大きかったが、スポーツ化したことによりルールが決められ、プロリーグ発足前から全国戦車道大会や大学リーグが人気を集めていた

 

 ただ、本場である欧州リーグやアメリカリーグには劣る為、技量向上と選手人口の拡張を目的にプロリーグが発足される

 

 戦車道には複数のルールがあり、フラッグ戦と殲滅戦、陣地の占領戦の3種類のルールが行われており、国際大会でも3種類のルールが適応されている

 

 そして試合に参加可能な車両(戦車)は、1945年8月15日(第二次世界大戦終結日)までに設計が完了し、試作に着手していた車輌と、同時期にそれらに搭載される予定だった部材のみを使用した車輌とすることである

 

 なのでドイツのE100、ソ連のIS4、アメリカのT34が一応参加可能なのである

 

 他に戦闘室を特殊カーボンで覆わなければならない決まりもあるのでオープントップの車両は天井を付ける改造をしないといけない決まりがある

 

 ここまでが戦車道の基礎知識であり、更に詳しく話すと西住流と島田流という2つの流派が存在する

 

 西住流は統制された陣形で、圧倒的な火力を用いて短期決戦で敵と決着をつける単純かつ強力な戦術を得意とし、島田流は臨機応変に対応した変幻自在の戦術を駆使する戦法(通称忍者戦法)と言われ、数十年以上に渡り流派による争いを続けている

 

 ここからはプロリーグについて説明していこうと思う

 

 現在日本は世界グレードBに位置し世界各国に比べるとやや劣るとされている

 

 上位6ヵ国はアメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、中国

 

 中位12ヵ国(ここがグレードB)はイスラエルを筆頭に日本、インド、オーストラリア、韓国、スウェーデン、ポーランド、ブラジル、カナダ、イタリア、エジプト、ウクライナ

 

 下位は上位だけ紹介であるが南アフリカ、や中東各国、北朝鮮、スペイン、ルーマニア、ハンガリー、アルゼンチン等が強豪として名を連ねる

 

 イメージ的にはサッカーに近い

 

 各国にプロリーグがあり、そして各国代表の世界大会がある感じである

 

 日本のプロリーグを更に詳しく言うと6チームのリーグ戦で行われており、他のプロスポーツの様にスポンサー契約による収益と本拠地となる都市艦(ガルパンでは学園艦と呼ばれたりする都市丸々船上で生活することがある)の運営利益(災害大国日本で巨大船上の方が災害から逃れやすいこと、廃校となった学園艦を企業が買い取ったりしたりしてプロリーグのチームの本拠地として使われるようになっていた)、プロのグッズ販売等で利益を出しそこそこ上手くいっていた

 

 選手登録は少し特殊であり、戦車長が30名(これは試合で使われる戦車の数が30車両であるため)であれば搭乗員の人数は各チームの契約次第となる決まりがある

 

 なのでとあるチームは登録選手数が120名であるが、とあるチームでは150名である、なーんてこともある

 

 戦車道はチームの中にチームがあるスポーツという他に類の無いスポーツなので契約も複雑になるのは仕方がない

 

 あとはチームによって整備についても変わってくる

 

 専属の整備チームがあるところもあれば選手が整備をするチームもある

 

 整備チームを二軍として考えるか、その道のプロに依頼して選手の負担軽減にするか、チームの方針で変わっていく

 

 プロの内情について話したので各プロチームの所属する県とチームの特徴についても話そう

 

 

 まずは盟主とも言われる鉄血熊本(通称鉄血)

 

 西住流全面バックアップの熊本を母港を置くチーム

 

 資金力、歴史、選手の実力、保有戦力共に1級品である

 

 ドイツ戦車を中心に扱う

 

 選手人数は220名、1軍110名、2軍110名と1、2軍が明確に別れているチームである

 

 監督は西住流家元西住まほ

 

 

 次に東京ドラゴンズ(通称金ドラ)

 

 島田流が全面的にバックアップしている東京を母港に置くチームである

 

 人気が他軍団よりも高く20年間最強の大隊長と呼び声高い島田愛里寿(今年で37歳)の人気選手を筆頭に個性派揃いのタレント集団

 

 母艦は機械類の工場都市となっており、本拠地の利益だけでも十二分に運営可能なのに世界的な家電メーカーがスポンサーをしており選手の平均年俸が一番高い故に金ドラと言われている

 

 連合国軍の戦車を使用する

 

 

 名古屋自動車倶楽部(通称倶楽部)

 

 倶楽部と言うが日本最大の自動車企業の一部署が始まりであり、そこからプロリーグに参加するという特殊なチーム

 

 ただ資金力は桁違いであり、日本のプロ野球チームにメジャーリーグの球団があるくらい資金力が段違いである

 

 なので海外リーグから強力な選手を獲得してくることが多々ある

 

 ただ戦車長以外は企業の社員として扱われるので平均月収は30~50万円(年俸は平均550万円)ほど

 

 ただ怪我等で引退後も整備員や職員として再雇用が確定しているので選手側からの人気は高い

 

 使用戦車はドイツが多い

 

 

 難波近海(通称難波)

 

 大阪を母港に置くチーム

 

 関西圏の地元愛が強く関西圏の各企業が連合してチームを作った歴史があり、今でも軍団(戦車軍団)の持ち株の半数は各企業が握っている状態

 

 人気なのだが一時選手育成に失敗し、若手とベテランの間の中堅が居ない断層状態が続いている

 

 使用戦車は国の縛りは特に無いが駆逐戦車が多い

 

 

 北海道レッズ(通称北レッズ)

 

 北海道を母港に置くチーム

 

 家具の会社をスポンサーとしており、母艦の広さは世界一

 

 農業プラントとしても稼働しており、選手の飲食は無料

 

 海外のリーグと練習試合を良く行っており旧ソ連地域と仲が良い

 

 使用戦車はソ連系列

 

 

 

 銀河北陸(通称銀河軍団)

 

 6軍団で一番資金力の乏しい軍団であるが育成能力に定評がある

 

 母艦も廃校となった学園艦を購入して設立された経緯があり、経年劣化で全体的にボロい

 

 現役時代はブリザードと呼ばれたノンナ監督(ソールネーム)が選手兼任監督(2年)→専任監督(3年)という経路で現在監督5年目となり銀河軍団を統率している

 

 使用戦車はバラバラだがシャーマンやT34が多いので察して欲しい

 

 選手年棒も戦車長の大隊長がギリギリ1億なので更に察して欲しい

 

 

 

 

 

 

 入団の方法も色々ある

 

 まずはドラフト

 

 有望な戦車長はどこのチームも喉から手が出るほど欲しい為、プロ野球を参考にしたドラフト会議が行われている

 

 毎年各チーム5名まで選ぶことができ、ドラフト組とも呼ばれる彼女達は戦車長、小隊長、大隊長のチームの指揮官を目指していくこととなる

 

 勿論脱落者も出るが、ドラフトにかかるということは何かしらの特技はあるので装填手や運転手、通信手等にコンバートされて即解雇されるということはよほどのことがない限りありえない

 

 他には軍団が開催する入団テストに合格する、整備員として雇用してもらい、そこから這い上がる、スカウトされる、流派の師範達に推薦してもらう等の入団方法がある

 

 

 

 

 

 

 

 あとはソウルネームについても説明しておこう

 

 高校生から登録名としてソウルネームという本名以外の名前を使うことが許されている

 

 例えば聖グロ(聖グロリアーナ女学院)なんかは選手に紅茶の名前を付ける伝統があり、他の学校でも軍人や歴史の偉人の名前を付けたり、本名をもじった名前をつけたりすることもある

 

 まぁ聖グロの場合は同じ名前が多い為、優秀な成績を納めないと卒業時にソウルネームの強制解除が行われたりする

 

 ちなみにだが永久欠番ならぬソウルネームの欠名が存在し、高校時から逸話の事欠かなく、名古屋自動車倶楽部最高の大隊長と呼ばれたダージリンは永世ダージリンと呼ばれダージリンのソウルネームは本人以外使用不可能になっていたり

 

 

 

 

 

 

 ……ここまで長々と戦車道や関連に対して語ってきたのは日本戦車道の飛躍と呼ばれる数十年にスポットを当てるためである

 

 これは特異点と呼ばれることとなるとある少女の物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小鍛冶照(こかじ てる)

 

 東京にて彼女はイラストレーターの父親とパートで働く母親の少し貧しい家庭で生まれる

 

 この頃は病弱で生死の境をさ迷うことが3度(小児痙攣)をお越し、病院の先生からもう助からないと言われたところから奇跡的に回復する

 

 公園で遊んでいたら中学生が乗る自転車に撥ね飛ばされ頭を10針縫う大怪我を負うなどの怪我や病気のエピソードに事欠かない

 

 小学生となった彼女の事を同級生達は

 

「いたって普通の女の子でした」

 

「とても大成するような子ではなかったですが、足が早かったのと目がとても良かったですね。ドッチボールで彼女に誰も当てられなかったですから」

 

 と当時の事を語る

 

 小学生の頃、近所の町工場に友達が住んでおり、その友達と遊ぶために町工場によく行っていた

 

 その工場では戦車道入門として語られることの多い豆戦車(この工場ではイタリアのL3豆戦車)を作っており、そこで戦車について学ぶことができた

 

 ただこの頃は戦車道の道に進むことは考えてなく遊びの延長線上であり、どちらかと言えば器用な手先を利用して修理の真似事をする方が楽しさを覚えていた

 

 他には信長の野望という戦略ゲームにハマり、暇さえあれば戦略シュミレーションゲームで遊ぶようになる

 

 転機となったのは小学校6年生の時に町内会の懸賞でアメリカの戦車道の大会の観戦権を得て夏休みの間に2週間ほどアメリカに渡米することとなり、本場の戦車道に感銘を受け、戦車道に興味を持つようになる

 

 ただここで最初の挫折を味わうこととなる

 

 父親が急死してしまうのだ

 

 父親が急死したことで家庭の財政状況は悪化し、母方の実家である新潟への転校を余儀なくされる

 

 ただ母親も実家から飛び出すように上京した過去があり、何を思ったのか半年もたたずして蒸発

 

 小鍛冶照は知らない土地でほぼ縁の無かった祖父母や母親の兄の家族と暮らしていくこととなる

 

 中学時代は居場所を作るために何事も積極的に手伝った

 

 祖父母の果樹園や田んぼを手伝ったり、伯父さんの子供の面倒を見たりと自分の時間を削って周りの為にと努力を続けた

 

 そんな中でも戦車道への興味は尽きておらず、テレビやインターネットでプロリーグや戦車道の大会を見て独学で勉強を続けた

 

 農作業を手伝っていたお陰か、新潟の水が合ったのか小鍛冶照は頑丈な体を手に入れ、病弱だった幼少期とは見違えるほど健康体となっていた

 

 中学では一切戦車に触れてこなかったが、農作業用の重機にさわる機会は多々あり、全く重機に触れないよりはましだったと後に語る

 

 そして小鍛冶照は高校選びを凄く悩むこととなる

 

 戦車道はやってみたいが一流のところは大抵学費が高い

 

 なので新潟を母港とし、戦車道があるビゲン高校に進学希望を出したが、入試で落ちてしまい、やむなく北陸工業高校に進学することとなる

 

 

 

 

 

 

 高校に進学した小鍛冶は車両整備員になる勉強を初め、冬には高校戦車道大会の無限軌道杯の回収及び即応修理員に選ばれ6試合にて車両の回収を行った

 

 また2学年に上がる際に学園艦の探索を行っていたところ廃棄された戦車を発見し、1人で修理を行う

 

 トルディⅢという戦車であり、ハンガリー製の戦車であったが、恐らく教材か戦車道用に買ったが修理費が払えずに捨てられたかといった形だろう

 

 小鍛冶は学園上層部に問い合わせをしたところ保有者権を持つものが居ないから貰っても良いと言われたのでありがたく拝借し、念願の戦車に乗ることができるようになった

 

 そのまま学友を誘い、タンカスロンという野良戦車道大会に参加、日替わりで搭乗員を変えるという小鍛冶以外はノリでやっているので小鍛冶以外は練度が上がることは無かったが、それでも勝ち負けに持ち込むという小鍛冶の非凡さが現れるが、野良試合なのでスカウトも見に来ることは無く、高校3年間が終わる

 

 小鍛冶はタンカスロンで勝負することができたという自信からプロの入団テストを受ける

 

 6チーム全部に応募したところ書類選考で銀河北陸以外は落ち、銀河北陸だけはテストを受けても良いと通達があった

 

 銀河北陸の入団テストはまず10キロ走から始まり、シャーマンの装填装置に砲弾をいかに早く装填できるかのテスト、履帯の早期着脱、停止間の射撃テスト、早急の陣地構築テスト、通信器具取り扱いのテストが行われ、6個のテストのうち3つ基準をクリアーすれば合格となり、小鍛冶は全てのテストで基準を超え見事合格を勝ち取った

 

 この時の支度金は銀河北陸は一律100万円としており、年棒も200万円ととても低かった

 

 このテストで合格したのはたった5人であり、小鍛冶は狭き門をクリアーすることに成功した

 

 軍団職員と仮契約を済ませた後選手食堂に案内され好きな物を好きなだけ食べて良いと言われたので小鍛冶は焼き肉丼を注文しその美味しさに涙を流し

 

「どんなお肉よりもあの時のお肉が一番美味しかった」

 

 喜んだというエピソードがあり

 

 脂身や筋の多い安い肉を好んで食べるようになる

 

 ただし貧乏軍団の銀河軍は他チームと待遇が全く違っていた

 

 まず給料から毎月2万円寮費として徴収される、その寮も少し古く、壁が薄い為隣のテレビの音が入る等の問題があった

 

 しかし、食堂で寮費から引かれているとはいえお腹いっぱいご飯を食べられるので小鍛冶は満足していた

 

 ただ掃除の人を雇う余裕がないとのことで掃除は試合に出ていないメンバーが行う決まりがあり、更に新人かつテスト入団ということで一番地位が低い小鍛冶は1階トイレとお風呂掃除を毎日行わされることとなる

 

 更に練習が本格的に始まると殺人メニューと呼ばれる超が付くほど辛い練習が待っていた

 

 外部コーチに元自衛隊機甲科の方を雇い、自衛隊の前期教育(自衛隊員になるための初期教育 自衛隊員になった後より辛い教育期間)を参考にした訓練メニューを組まされ、徹底的なしごきが行われていた

 

「6時起床、朝食、7時から9時まで体操、12時まで走り込み、昼食取って日が暮れるまで各ポジションごとの練習、私はポジションが定まってなかったから車長以外全ての練習をやらされた。砲手も装填手も通信手も操縦手も……高校の時にタンカスロンに出るために操縦手と通信手の免許を取っていたから全ての練習に参加できたが、取っていなかったら後の私は居なかった」

 

 と語る

 

 更に練習後の備品や寮の掃除、ユニフォームの洗濯、先輩方の雑用と最も低い身分であるためこき使われた

 

 食事量は多かったが、それ以上の練習で体重を維持するのがやっとであった

 

 しかも戦車道に関しては我流だった為にまともな教育を受けるのが初めてだったので人より努力しなければならないと覚悟を決めて練習に挑んでいたのでチームメイトからは

 

「努力の二文字が人の姿をしている」

 

 と語られる

 

 そんな姿の小鍛冶を見て動かされた人物がいた

 

 育成コーチを務める安藤レナコーチ(元BC自由学園副隊長)である

 

 安藤自身も成績を残せなかった高校時代、努力で大学選抜に選ばれプロ入りした経験があり、決してエリートでは無かったが貧乏軍団銀河軍を支え続けた人物であり、現役を退いてなおコーチとして銀河軍を支えていた

 

「小鍛冶、お前はエースになれ! どんな場面でも1両でも多く敵を葬りされ! おまえには車長としての適性がある。そして目が良い。まずは偵察部隊で実績を積め。M5軽戦車の運転手の枠が先日空いた。そこにお前を抜擢する」

 

 小鍛冶照の初実戦であった

 

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