切り札の男   作:古野ジョン

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第三十八話 決壊

 十回表、藤山高校の攻撃は二番の左打者からだ。彼が打席に入ると、雄大も芦田とサインを交換する。彼は大きく振りかぶり、第一球を投じた。カットボールが低めのコースに向かって突き進んでいく。

 

 打者はそれを見て、スイングを開始した。タイミングこそ合っていたものの、やや芯を外された。カーンという音が響き、打球がセンター方向に舞い上がる。

 

「センター!!」

 

 芦田が指示を飛ばすと、中村がゆっくりと落下地点に入った。そのまま確実に捕球すると、大林高校の応援席が沸き上がった。

 

「オッケー!!」

 

「ナイスピー!!」

 

 観客たちが大きく盛り上がり、まなも拍手で雄大を讃えている。クリーンナップの前に先頭打者を出せば失点のリスクが高まるが、雄大は僅か一球で仕留めてみせたのだ。

 

「三番、サード、佐藤くん」

 

「出ようぜ佐藤ー!!」

 

「もう一本頼むぞー!!」

 

 佐藤は先ほどの打席でタイムリー内野安打を放っており、ベンチが彼に寄せる期待は大きい。当然、芦田もかなり警戒して臨んでいた。

 

(さっきはスライダーを無理やり流し打たれた。力勝負だ)

 

 初球、雄大はインハイに直球を投じた。佐藤は打ちにいくが、バットはボールの下を通過していく。そのまま空振りすると、スコアボードに「153」の数字が表示された。

 

「ストライク!!」

 

「ナイスピー!!」

 

 芦田も手ごたえを感じ、力強く返球した。佐藤は悔しそうにバットを見つめている。藤山高校の打者はなかなか直球を捉えられないでいるのだ。

 

 雄大は二球目にも直球を投じ、あっという間に追い込んでみせた。佐藤はバットを短くもって対応しようとするが、及ばない。最後に高めの釣り球を振らされ、あえなく三振となった。

 

「ストライク! バッターアウト!!」

 

「いいぞ久保ー!!」

 

「ツーアウトツーアウトー!!」

 

 佐藤はベンチに下がりながら、次の牧原に声を掛けていた。その牧原が打席に向かうと、応援席が大いに沸き上がった。

 

「四番、センター、牧原くん」

 

「一発見せろー!!」

 

「簡単に終わるなー!!」

 

 十回表、二番からの好打順だったにも関わらずあっさりツーアウトとなった。藤山高校としては簡単に引き下がるわけにはいかない。何としても点を取ろうと、四番の牧原に熱い期待が寄せられていたのだ。

 

「ここですね」

 

「間違っても一発だけは避けないと」

 

 レイとまなも、緊張した面持ちでグラウンドの方を見ていた。九回の森下の打席と同じで、二死走者なしという状況では長打力のある打者は本塁打を狙いにいく。しかし一点が命取りになる今の状況では、万が一にも打たれるわけにはいかないのだ。

 

 牧原が右打席に入ると、雄大もじっとサインを見た。芦田は低めの縦スライダーを要求し、雄大も頷く。そして大きく振りかぶると、第一球を投げた。高めの軌道から、白球が急激に変化していく。牧原はついていけず、空振りした。

 

「ストライク!」

 

「ナイスボール!」

 

 芦田の声に、雄大は真剣な表情で頷いた。直球を狙っていたのか、牧原は首をかしげている。続いて、雄大が第二球に縦スライダーを投じた。これも牧原が空振りして、あっさりツーストライクとなった。

 

「追い込んでるぞー!!」

 

「オッケーオッケー!!」

 

 大林高校の内野陣が声を張り上げる一方、牧原は焦りの表情を見せている。彼の脳内に縦スライダーが刻まれ、迷いが生じているのを――バッテリーは見逃さない。三球目、雄大は思い切って高めのストレートを投じた。変化球を意識していた牧原は反応できず、振り遅れる。そのままバットが空を切ると、審判が右手を突き上げた。

 

「ストライク! バッターアウト!!」

 

「っしゃあ!!」

 

 雄大は雄叫びを上げ、マウンドを降りていく。牧原は悔しそうに天を仰いで、ベンチへと戻っていった。

 

「ナイスピー!」

 

「これで狙い通りだな、まな」

 

 まなの声に、雄大も明るい表情で返事をした。金井に休む隙を与えないよう、十回表をすぐに終わらせたい――という要望に対し、雄大は見事に応えてみせたのだ。

 

 試合は十回裏へと進んでいく。やはり、藤山高校のマウンドには金井が立っている。最後までエースに託そうという、チームの思いが現れていた。

 

「金井しっかりー!!」

 

「踏ん張れー!!」

 

 マウンドに声援が飛ぶ中、大林高校のベンチから潮田が歩き出す。この回の攻撃は、九番の彼からだ。雄大たちも懸命な応援を行っていた。

 

「出ろよ潮田ー!」

 

「頼むぞー!!」

 

 潮田は左打席に入り、マウンドと対した。金井とは左対左ということもあり、今日の潮田はここまでノーヒットである。

 

「潮田くんには出てもらわないとですね」

 

「この回で必ず決めたいからね」

 

 マネージャー二人も、熱い視線を送っている。金井はやや厳しい表情で捕手のサインを見て、頷いた。そしてノーワインドアップのフォームから、第一球を投じる。アウトコースのカットボールだったが、大きく外れてボールとなった。

 

「ボール!」

 

「力抜いてけー!」

 

「楽にいけ金井ー!!」

 

 さっきの森下との攻防でかなり消耗したらしく、金井は思うように制球出来ていない。続いて二球目にもカットボールを投じたが、これは引っかけてしまい低めに外れた。雄大は潮田の方を見ながら、心の中でエールを送っている。

 

(カウント取りに来るんだ、逃すなよ)

 

 潮田はふうと息をつき、バットを構えた。金井は何度かサインに首を振っていたが、頷いた。そのまま投球動作に入ると、直球を投じる。ゾーン内の甘い球であり、潮田は見逃さなかった。快音が響き、打球が金井の右を抜けていく。

 

「セカン!!」

 

 二塁手が飛びついたが、届かない。打球は綺麗に二遊間を破り、センター前に抜けていった。潮田は一塁に到達すると、右手をベンチの方に突き上げた。

 

「よっしゃー!」

 

「ナイバッチー!!」

 

 大林高校の選手たちも、笑顔で彼の打撃を讃えていた。続いて、一番の雄介が打席に向かう。藤山高校の捕手は内野陣に対し、バントシフトを指示していた。

 

「まな、どうする?」

 

「素直にバントかな。雄介くんなら決められるよ」

 

 雄介は早くもバントの構えを見せている。ファーストとサードはじわりじわりと前進し、打席に向かってプレッシャーをかけていた。金井はセットポジションから、初球に高めのストレートを投じた。雄介はうまくバットに当て、三塁方向に転がしてみせた。

 

「「うまい!!」」

 

 まなと雄大は思わず声を上げた。打球は三塁線上を転がっていく。絶妙な当たりだったため三塁手の佐藤は見送ったが、ボールはぴたりとライン上で止まってしまった。雄介は、初回と同じようなバントヒットでチャンスを広げてみせたのだ。

 

「よっしゃー!」

 

「ナイスバントー!!」

 

 これで無死一二塁となり、大林高校の応援団は今日一番の盛り上がりを見せた。藤山高校はここでタイムを取り、マウンドに伝令を送る。内野陣が集まり、守備隊形などについて話し合っていた。

 

 次の打者は、二番の青野である。まなは既に送りバントの指示を送っており、青野も了解していた。三番のリョウも打席に立つ準備を始めていたが、雄大が彼に話しかけた。

 

「リョウ、ちょっといいか?」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「青野がバントを決めれば二三塁になる。満塁策もあるとは思うが、お前を仕留めにくる可能性もある」

 

「……つまり?」

 

「もし向こうが勝負に来たら、俺に繋ごうなんて考えるな。必ずお前が決めろ」

 

「僕が……ですか?」

 

「そうだ。金井は相当疲れてるんだし、三番のお前は打たなくちゃならん立場だ」

 

「……分かりました。必ず決めます」

 

「そうだ、その意気だ」

 

 雄大はリョウの背中をポンと叩いた。やがてタイムが終わり、藤山高校の内野陣は各ポジションに散って行く。青野が打席に入ると、審判が試合を再開した。

 

「プレイ!!」

 

 青野は既にバントの構えをしており、再び内野手は前に出ている。リョウはネクストバッターズサークルから、真剣な表情で青野を見つめていた。

 

「青野決めろよー!!」

 

「落ち着いていけー!!」

 

 金井はセットポジションに入ると、各塁の走者をちら見した。息を切らし、苦しそうに捕手の方を見ている。小さく足を上げると、第一球を投じた。緩いカーブであったが、青野はうまく三塁方向に転がした。

 

「佐藤、ファースト!!」

 

 三塁手の佐藤が打球を拾い上げると、捕手の指示に従って一塁に送球した。青野はアウトになったが、これで一死二三塁となり、サヨナラのチャンスがさらに広がった。

 

「ナイスバントー!!」

 

「いいぞ青野ー!!」

 

 青野に対して観客席から大きな声援が響く中、ネクストバッターズサークルからリョウが歩き出す。アナウンスが流れると、彼は表情をキッと引き締めた。

 

「三番、ファースト、平塚くん」

 

「リョウ、決めろよー!!」

 

 雄大はベンチから歩き出しながら、大きな声を張り上げた。一死二三塁だが、藤山高校は敬遠の素振りを見せていない。

 

「リョウと勝負しますかね」

 

「だと思う。なんとかこの打席でアウトを一つ稼げば、雄大とは勝負を避けられるからね」

 

 藤山高校にしてみれば、敬遠すれば満塁で雄大と勝負をすることになる。それよりは、二三塁でリョウと勝負する方がリスクが低いとの判断だったのだ。内外野ともにかなり前進しており、何としても得点を防ごうという構えを見せている。

 

(向こうは本気で抑えに来る。気合い入れろよ、リョウ)

 

 雄大はじっと打席の方を見て、心の中でエールを送った。リョウは軽くバットを振ると、金井の方を向き、構えた。

 

「踏ん張れ金井ー!!」

 

「しっかりなー!!」

 

 藤山高校のベンチから、必死の声援が続く。金井はセットポジションから小さく足を上げ、第一球を投じた。力のある白球が、胸元目掛けて進んでいく。リョウは驚いて身を引いたが、投球はしっかりとゾーンに収まっていた。

 

「ストライク!!」

 

「ナイスボール!!」

 

「いいぞー!!」

 

 ここに来て、金井が球威を取り戻したのだ。彼は気合いを入れ直したかのように、集中した表情でマウンドに立つことが出来ている。

 

(ここに来て、急にいい球が……!)

 

 打席のリョウも目を丸くしていた。二球目、バッテリーはスクイズを警戒してウエストしたが、三塁走者の潮田は動きを見せなかった。打席に立っているのが左打者のリョウということもあり、まなはスクイズを仕掛けるつもりはなかったのだ。

 

「金井、落ち着いてな」

 

 捕手は声を掛け、金井をリラックスさせようと努めていた。大林高校の応援団が、大声援でマウンドにプレッシャーをかけている。そんな状況でも、金井の表情は変わらない。彼は真剣な表情で、第三球を投じた。白球が、アウトコースめがけて突き進んでいく。

 

(しまった!!)

 

 リョウが驚く間もなく、外いっぱいのコースにカットボールが決まった。審判の右手が上がり、これでワンボールツーストライクとなった。

 

「ナイスボール金井ー!!」

 

 捕手は手ごたえを感じて、力強く金井に返球した。リョウは思わず天を仰ぎ、焦りの表情を見せる。すると、雄大が大きな声を張り上げた。

 

「リョウ、バット振ってけ!!」

 

 リョウがはっとして振り向くと、雄大が力強く頷いた。ここまで、リョウは一度もバットを振ることすらしていない。まずは手を出さねば始まらない、そんなメッセージだったのだ。

 

(ありがとうございます、久保先輩)

 

 再びバットを強く握り、リョウはマウンドに対した。四球目、金井はカーブを投じたが、リョウは思い切って振っていく。カーンと良い音が響き、金井はビクッと反応した。しかし打球が右方向に切れていき、塁審が両手を挙げる。

 

「ファウルボール!!」

 

「それでいいぞリョウ!!」

 

 鋭いスイングを見せたリョウに対し、雄大は再び大声を張り上げた。今のスイングに気圧され、金井は制球を乱してしまった。彼は五球目にアウトコースのストレートを投じたが、大きく外れるボール球となった。

 

「力入ってるぞ金井ー!!」

 

「踏ん張れー!!」

 

 内野陣が必死に声を出しているが、もはや金井の耳には届いていない。彼はマウンド上で余裕のない顔をしており、限界に達しているのは誰の目にも明らかだった。さっきまでは集中出来ていたのに、リョウの一振りでぷつりと緊張の糸が切れてしまったのだ。

 

 そして、金井は六球目にカットボールを投じた。これまで散々大林高校を苦しめてきた球だが――甘めに入ってしまえば、絶好球だ。リョウは迷わずにバットを出していくと、そのまま力強く振り切ったのだ。芯で捉えられた打球が、センター方向に高々と舞い上がる。

 

「牧原ー!!」

 

 捕手がその名を叫ぶと、前進していた牧原が後ろに下がっていった。しかし、打球はそのはるか頭上を通過していく。牧原は少しもあきらめず、最後の最後までボールを追い続けている。だが、間もなく――打球が、バックスクリーンに吸い込まれていった。

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