切り札の男   作:古野ジョン

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第五十四話 激突の果てに

 前に出ていた中堅手が、全速力で後ろに下がっていく。打球は高く高く舞い上がり、彼のはるか頭上を通過していった。雄大はバットを放り投げると、右手を高く突き上げる。森山は歯を食いしばり、悔しさを露わにしていた。そして間もなく、打球がフェンスの一番上にぶち当たった。

 

「「「よおっしゃあああ!!!!!」」」

 

 大林高校のベンチから、今日一番の歓声が轟いた。リョウは三塁を回り、両手を叩いて本塁に還ってくる。雄大も一気に二塁を蹴り、三塁へと滑り込んだ。

 

「っしゃあああ!!!」

 

 彼はガッツポーズを見せると、球場中に響く雄叫びを上げた。去年そして一昨年にも自英学院と対戦しているが、大林高校がリードを奪ったことなど一度もなかった。しかし、ついにその高い壁を打ち破り、一歩先んじることが出来たのだ。その喜びは半端なものではなかった。

 

「くそっ!!!」

 

 一方で、森山はただただ悔しがることしか出来なかった。彼が一番自信を持っている直球を打たれ、勝ち越しを許したのだ。スコアボードにはまたも「157」の数字が表示されていたが、今の彼にはどうでもよいことだった。

 

(ホームランかと思ったが、最後の最後で力に押された。……森山の意地か)

 

 雄大は、塁上から森山をじっと見つめていた。彼としても完璧に捉えたつもりだったのだが、ほんの少しだけ、直球に押し負けてしまった。彼はボールの中に森山のプライドを見出していたのだ。

 

 自英学院の選手たちは「まさか」といった表情で茫然自失していた。あとアウト一つにまで迫っていた甲子園への切符、それが今や遠く離れてしまったのだ。健二もマスクを取ったまま動けず、何も言葉を発せないでいる。しかしその時、森山が叫んだ。

 

「お前ら!!」

 

 その言葉に、ナインが一斉に反応する。さっきまで悔しがっていた森山だったが、キャプテンとしての責務を思い出したのだ。

 

「次のバッターで取るぞ!!」

 

 彼は大声を出し、ナインを鼓舞していた。その言葉に、皆も少しずつ前を向き始めている。勝ち越されたとはいえ、点差は一点。ここから無失点に抑えれば、裏の攻撃も残っている。彼らにとって、悲観する暇などないのだ。

 

「いこうぜ森山ー!!」

 

「踏ん張れー!!」

 

 少しずつ、自英学院の選手からも声が聞こえるようになった。森山もマウンドに戻り、落ち着きを取り戻している。再び試合の雰囲気が張り詰めていく中、アナウンスが流れた。

 

「五番、キャッチャー、芦田くん」

 

「追加点取ろうぜ芦田ー!!」

 

「いけるぞー!!」

 

 状況は二死三塁であり、大林高校にとっては追加点のチャンスだ。ここでさらに得点を挙げれば、九回裏のプレッシャーはかなり小さくなる。芦田もそのことは承知であり、気合いを入れて打席に入った。

 

「頼むぞ芦田ー!」

 

 雄大も三塁上からエールを送っていた。大林高校の応援団は大いに活気づき、芦田の背中を後押ししている。森山はセットポジションに入り、三塁の方をちらりと見た。彼はふうと息をつき、呼吸を整える。小さく足を上げると、第一球を投じた。白球が唸りを上げてミットに吸い込まれていき、大きな捕球音が響き渡った。

 

「ストライク!!」

 

「いいぞ森山ー!!」

 

「ナイスボール!!」

 

 内角高めに投じられた剛速球に対し、芦田は反応出来なかった。彼は顔をしかめ、マウンドの方を向く。塁上の雄大も、森山の振る舞いに感心していた。

 

(打たれたあとでも気落ちせず、腕を振り続ける。……やっぱり、お前も根っからのエースだな)

 

 森山は二球目にも直球を投げ、空振りを奪ってみせた。カウントはノーボールツーストライク。大林高校が押せ押せムードであっても、森山には関係がなかった。彼は最後に外角のスライダーを投じ、芦田を三球三振に打ち取ってみせたのだ。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「ナイスピー!!」

 

「よくここで抑えたぞ森山ー!!」

 

 自英学院の応援席は、ベンチに下がる森山を拍手で出迎える。しかし彼にとっては悔やんでも悔やみきれないイニングとなってしまったのだ。彼は帽子のひさしに手を当て、うつむいたままベンチに下がっていく。

 

「ナイバッチ久保ー!!」

 

「絶対甲子園行けよー!!」

 

 一方で、大林高校の応援席からは改めて大歓声が巻き起こっていた。絶体絶命の状況から二点を奪い、ついに自英学院に勝ち越したのだ。応援に来ている生徒たちの中には、既に涙している者さえいた。

 

「雄大、ナイスバッティング!!!」

 

 ベンチのまなも、満面の笑みで雄大を出迎えた。雄大もそれに応じ、力強くハイタッチを交わした。他の選手たちも次々に声を掛け、彼を讃えている。

 

「みんな、ありがとう。でも――本番はここからだ」

 

 その時、雄大が口を開いた。その言葉に、選手たちもハッとしている。そう、まだ九回裏の守備が残っているのだ。ここを無失点に抑えなければ、甲子園に行くことは出来ない。

 

「向こうは死に物狂いで点を取りに来る。気力で負けるなよ!!」

 

「「おうっ!!!」」

 

 雄大は全員を引き締め直し、グラブを手に取ってマウンドへと向かった。彼の後ろ姿に、応援席からは再び拍手が巻き起こる。泥にまみれたユニフォームを纏い、堂々と最終回に登板する。まさにエースという貫禄を見せつけ、観客たちの心を奪っていた。

 

 一方で、自英学院の選手たちも円陣を組み、九回裏の攻撃に向けて気合いを入れている。彼らにとって、甲子園出場とは単なる目標ではない。厳しい練習に耐え抜いてきた自らに報いるための、究極の使命なのだ。

 

「絶対勝つぞぉ!!」

 

「「おうっ!!!!!」」

 

 森山の発声で、ナインが大声を張り上げていた。そして、先頭打者の竹内がベンチから送り出される。雄大は投球練習を終え、泰然として構えていた。

 

「九回裏、自英学院高校の攻撃は、三番、ファースト、竹内くん」

 

「頼むぞ竹内ー!!」

 

「打たせていけよ久保ー!!」

 

 両軍のベンチから、大きな声援が飛び交っている。悠北戦での雄大は、最終回に先頭打者の出塁を許してピンチを招いてしまった。同じ轍は踏むまいとして、彼は落ち着いてマウンドに立っていた。

 

「プレイ!!」

 

 審判がプレイをかけ、球場全体の視線がマウンドに集まる。雄大は大きく振りかぶると、左足を上げた。そして鞭をしならせるかのように、右腕を全力で振るった。竹内の胸元に向かい、白球が食い込んでいく。

 

「ッ!?」

 

 竹内は思わずのけぞったが、投球はしっかりとゾーンを通過していた。雄大のウイニングショットの一つ、シュートだった。

 

「ストライク!!」

 

「ナイス久保ー!!」

 

「いいぞー!!」

 

 彼は投手として持てる能力を全て発揮し、この最終回に臨むつもりなのだ。油断など少しもなく、目の前の打者だけを見据えている。

 

「久保先輩、大丈夫そうですね」

 

「うん。私たちは――勝てる」

 

 今の一球を見て、まなは勝利を確信した。一方で、自英学院の選手たちはその凄まじい変化を見て呆気に取られている。さっきまで威勢よく声を上げていたが、雄大の一球で黙らされてしまったのだ。

 

 続いて、雄大は二球目にもシュートを投じた。今度は竹内も打ちにいったが、前に飛ばすことは出来なかった。三塁線を切れていくファウルボールとなり、彼は早くも追い込まれた。

 

「追い込んでるぞー!!」

 

「落ち着いていけー!!」

 

 雄大は声援を受けながら、芦田のサインを見る。やがて首を縦に振ると、投球動作に入った。豪快に振りかぶると、左足を勢いよく上げた。それを見た竹内は怯みそうになるが、意地でテイクバックを取る。そして、雄大は第三球を解き放った。ボールは外角のコースに向かい、風を切るように進んでいく。

 

「なっ……」

 

 竹内はスイングをかけにいったが、視界からボールが消えた。なすすべもなく、彼のバットが空を切る。雄大が投じていたのは、カットボールだった。

 

「ストライク! バッターアウト!!」

 

「よっしゃあ!!」

 

「あと二人ー!!」

 

 竹内は呆然と天を仰ぎ、ベンチに下がっていく。スコアボードには「150」と示されており、変化球とは思えぬ球速にスタジアム全体がどよめいていた。しかし、ここで現れた男が、一気に自英学院の応援席を沸き立たせた。

 

「四番、キャッチャー、松澤くん」

 

「頼むぞ健二ー!!」

 

「もう一発で同点だぞー!!」

 

 健二はキッとマウンドの方を見つめ、左打席に入る。雄大も不敵な笑みを浮かべ、彼の方を見つめ返した。

 

 大林高校と自英学院高校の決勝戦も、いよいよ大詰め。残り二つのアウトのために、雄大たちは最後の戦いに挑む――

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