切り札の男   作:古野ジョン

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第四部 東の怪物、西の天才
第一話 夢の舞台


 あの決勝戦から、大林ナインは怒涛の日々を送っていた。初めての甲子園出場ということもあり、学校中が大騒ぎになったのだ。宿舎の手配やメディアの取材など未知のことばかりで、関係者みんながてんやわんやだった。

 

 特に、世にも珍しい女子マネージャー監督という存在のまなは格好の取材対象となっていた。これまでの苦労や試合に向けた意気込みなど、いろいろな質問をされては一生懸命に答えていた。

 

 また、雄大に対する注目度もさらに高まっていた。あの悠北と自英学院を倒し、全国へと挑む剛腕投手。甲子園における台風の目になるのではないか、そんな見方をされていたのだ。

 

 多忙な日々を送る中、選手たちはその合間を縫って必死に練習を行っていた。宮城県を代表する学校として、みっともないプレーをするわけにはいかない。少しでも技術を磨くべく、懸命に汗を流していた。

 

 決勝戦から一週間と少しが経ち、八月に入った頃――抽選会が行われた。会場には各校の球児がぎっしりと詰めかけ、大会の始まりに胸を躍らせている。雄大がくじを引いた結果、大林高校野球部は二回戦からの登場ということになった。

 

 そしていよいよ、大林高校野球部は甲子園へと足を踏み入れることになる。開会式の前、各校に甲子園での練習時間が割り当てられているのだ。部員たちがベンチに入ると、皆が感嘆の声を上げていた。

 

「すっげぇ~……」

 

「テレビで見たまんまだ」

 

「本当に甲子園に来たんだな……」

 

 高校球児なら誰でも憧れる、夢の舞台。しかし、全員がそこに立てるわけではない。県予選を勝ち抜いた者のみが甲子園で戦う権利を得ることが出来るのだ。

 

「とうとう来ちまったな」

 

「うん、ついにだね」

 

 雄大とまなも、感慨深げに会話を交わした。二人は一年前の約束を果たし、ついに甲子園へとたどり着いた。そしてここから始まる戦いを前に、胸を高鳴らせていたのだ。

 

「よっしゃお前ら、いくぞぉ!!」

 

「「おうっ!!」」

 

 そして雄大の掛け声で、部員たちがグラウンドに散って行った。いつも通りまながノックを打ち、皆はグラウンドの感触を確かめている。大会本番に向けて、まさに総仕上げといった感じだ。

 

「本番は歓声がすごいから、声かけはしっかりねー!!」

 

「「おー!!」」

 

 まなは大声で指示を出しながら、各ポジションに打球を飛ばしている。甲子園で戦う相手は全国に名の知れた強豪校ばかりだ。当然、各選手の打球速度も段違いである。打球をよく見て確実に処理できるか、そこが大きく試合の行方を左右するというわけだ。

 

 間もなく練習終了の時間となり、雄大たちは慌ただしく後片付けを行った。道具をしまってグラウンド整備を行い、球場を後にする。宿舎に向かうバス車内で、選手たちは甲子園のグラウンドに立った感想を口々に述べていた。一方で、隣同士に座ったまなと雄大は今後のスケジュールについて話し合っている。

 

「私たちは二回戦からだから、初戦は結構遅めだね」

 

「皆の気持ちが切れないようにしないとな」

 

「他の試合も見ておかないとね。気になる学校、ある?」

 

「そうだなあ」

 

 雄大は手元の資料をぺらりとめくった。その中に、ひと際目を引く学校名。全国に名の知れた名門校で、今年も優勝の大本命と噂されている――大阪山桐高校だった。

 

「……一日目の、第二試合かな」

 

 静かに呟くと、雄大は窓の外の景色を眺めていた。まなは不思議そうな顔をしながら資料にメモをしている。雄大にとって、大阪山桐高校はただの出場校ではないのだ――

 

***

 

 ついに開会式の日が訪れた。大勢の観客が詰めかけ、夏の始まりに大いに沸き上がっている。大林高校の選手たちは綺麗なユニフォームを身にまとい、雄大を先頭にグラウンドへと姿を現した。

 

「宮城県代表、大林高校」

 

 夢の大舞台ということもあり、皆は緊張した面持ちで行進している。しかし雄大だけは堂々たる足運びで前に進んでおり、流石の貫禄を示していた。噂の剛腕投手を一目見ようと、観客たちも一斉に注目している。

 

「あれが宮城の凄い奴か」

 

「噂では158だって話だが」

 

 各校の行進も終わり、来賓の挨拶などが行われていた。既に気温は三十度に達しており、日差しが容赦なく球児たちを突き刺している。甲子園での戦いは、この暑さとの戦いでもあるのだ。

 

「……続いては、選手宣誓です。選手代表、大阪山桐高校、天童雅美さん」

 

 アナウンスが流れると、客席からパチパチと拍手が巻き起こった。そして集団の中から、高校生離れした大きな体格をした球児が現れる。

 

「出た、天童だ!」

 

「去年より一段と大きくなったなあ」

 

 天童は堂々とした足取りで前へと歩き出した。他の選手たちもその巨体に思わず目を奪われている。しかし雄大は表情を厳しくして、じっと天童のことを見つめていた。

 

(やはり格が違うな、お前は)

 

 ニヤリと不気味な笑みを浮かべながら、天童はマイクの前に立った。そして大きな声で宣誓を始め、球場の雰囲気を一気に引き締める。

 

「宣誓! 我々はスポーツマンシップに乗っ取り、正々堂々と……」

 

(相変わらず人を見下してそうな顔しやがるな)

 

 雄大は険しい顔のまま、天童の声を聞いている。選手宣誓が終わると再び拍手が巻き起こり、天童はもとの位置へと戻っていった。間もなく開会式も終わり、選手たちはグラウンドから退場していった。

 

 大林高校の選手たちは宿舎に戻り、大広間のテレビで甲子園の試合を観戦していた。一回戦の第一試合が終わり、いよいよ第二試合。大阪山桐高校と青森の名門校である光世学院高校の試合である。

 

「雄大が気にしてた試合だよね?」

 

「ああ、なんて言ったってあの天童だからな」

 

 まなに話しかけられると、雄大はテレビをじっと見たまま答えた。天童という男は大阪山桐高校のエースナンバーを背負っている。打線の中でも四番を打っており、まさにチームの主軸であった。

 

「たしかに凄いけど、どうしてそんなに気にしてるの?」

 

「まあ、いろいろあるもんでな」

 

「ふーん……」

 

 画面の中では天童が投球練習を行っている。この試合は大阪山桐が後攻だ。今年の光世学院は強力打線で話題になっており、県予選でもほとんどコールドで勝ち進んできた。名門校と名門校の対決に、早くも球場のボルテージが上がっている。

 

 大林高校の部員たちもすっかりテレビに見入っていた。天童はニヤニヤとした顔を変えず、余裕綽々といった感じでマウンドに立っている。一方の光世学院の打者は皆真剣な表情をしており、まさに迫力満点であった。

 

 間もなく練習も終わり、光世学院の一番打者が右打席に入った。球審がプレイを告げ、サイレンが鳴り響く。

 

「プレイ!!」

 

 天童が大きく振りかぶると、打者もぐっとバットを握った。大林ナインも唾を飲み、今か今かとその瞬間を待ちわびている。そして、天童は思い切り左足を踏み込み――第一球を解き放った。まるで重力など存在しないかのような軌道で、白球が捕手のミットへと吸い込まれていく。皆が唖然としていると、画面の中の審判が右手を挙げた。

 

「なんだこの球!?」

 

「すげえなあ……」

 

 部員たちがざわつく中、雄大は顔をしかめた。画面には「154」と表示がなされており、その豪速球ぶりが示されている。

 

「雄大、やっぱりこの人」

 

「間違いない――『天才』だよ、コイツは」

 

 この試合、天童は光世学院打線を完璧に抑え込み、見事にノーヒットノーランを達成してしまった。前評判と違わぬ図抜けた才能が全国に知れ渡ることとなり、早くも天童という男は甲子園を支配してしまったのである――

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