切り札の男   作:古野ジョン

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第三話 鮮烈デビュー

 マウンド上の平良は、唖然としてライト方向を見つめている。それとは対照的に、雄大は真剣な表情で拳を突き上げ、一塁を回っていた。

 

「すげええ!!」

 

「なんだあのバッター!!」

 

「何メートル飛んだんだ!?」

 

 甲子園球場ではライト方向から浜風と呼ばれる強い風が吹き、左打者が引っ張った打球は押し返されてしまうのが普通だ。しかし、雄大は規格外のパワーで易々とスタンド中段に打球を運んでしまったのだ。平良が衝撃を受けるのも当然のことだった。

 

「ひえー……」

 

「す、すごいですね……」

 

 あまりの凄まじさに、まなとレイも言葉を失っていた。球場全体のどよめきが未だに収まらないまま、雄大はベンチへと戻っていく。

 

「な、ナイバッチ!」

 

「おまえすげえな!!」

 

 部員たちも半ば困惑しながら出迎えている。雄大は部員たちの表情を不思議に思いながら、裏の登板に備えてグラブを着けていた。

 

 五番の芦田はサードゴロに打ち取られ、これで一回表が終わった。平良は首をかしげながらマウンドを降りていく。それと入れ替わるようにして、雄大がゆっくりとグラウンドを歩いていった。

 

「守ります、大林高校の、ピッチャーは久保雄大くん。キャッチャー、芦田くん。ファースト……」

 

 場内アナウンスにて、大林ナインが紹介され始めた。しかし観客たちの視線はマウンド上に集まっている。特大のホームランを放った雄大がどのような投球を見せるのか、皆が期待していたのだ。

 

 間もなく投球練習も終わり、横浜中央高校の一番打者が左打席に向かって歩き出す。審判がプレーをかけ、雄大はふうと息をついた。

 

「プレイ!!」

 

 ベンチでは、まなが真剣な眼差しで雄大のことを見つめている。入部から共に苦楽を共にしてきた雄大が、ついに甲子園の舞台で第一球を投じようとしているのだ。彼女の心の中では、感慨深いものがあった。

 

 雄大は芦田のサインを見て投球動作に入った。それに応じて、打者もテイクバックを取る。雄大は大きく振りかぶり、左足を上げて――思い切り右腕を振るい、第一球を力いっぱい解き放った。まるで弾丸のような剛速球が、芦田のミットめがけて突き進んでいく。

 

「えっ」

 

 次の瞬間、打者は小さく驚きの声を漏らした。彼は少しもバットを動かせず、見逃すことしか出来ない。ボールが芦田のミットに収まると、審判の右手が上がり、観客席が一斉にどよめいた。

 

「ストライク!!」

 

「「おお~っ……!!」」

 

 スコアボードには「155」の数字が表示されていた。横浜中央高校の選手たちも目を丸くしており、一斉にベンチが騒がしくなっていた。大林高校の応援団は大きな歓声を上げ、エースの活躍に胸を躍らせていた。

 

 続いて、雄大は第二球を投じた。今度は高めのボール球だったが、打者は思わず手を出してしまった。バットが空を切り、審判が再び右手を突き上げる。これでツーストライクだ。

 

「いいぞ久保ー!」

 

「追い込んでるぞー!」

 

 後ろで守る大林ナインはいつも通り声援を送っていた。表の攻撃では緊張していたナインだったが、いつも通りの実力を発揮する雄大を見て落ち着きを取り戻していたのだ。

 

 そして、雄大は大きく振りかぶり、第三球を投じた。ボールが内角の厳しいコースに向かっていたため、打者は慌てて身を引いたが――ボールはしっかりとストライクゾーンを通過していた。雄大の得意球、シュートだった。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「っしゃあ!」

 

 アウトが宣告された瞬間、雄大は雄叫びを上げた。打者は何が起こったのか理解できないままベンチへと下がっていく。続いて二番打者が打席に入ったが、同じようにして三振に打ち取られてしまった。この調子で三番も――といきたいところだったが、甲子園という舞台はそこまで甘くはないのだ。

 

「ツーストライクだぞー!」

 

「決めろー!」

 

 雄大は三番の右打者をツーツーに追い込み、芦田のサインを見つめていた。この打席で投じていたのは全てストレートであり、打者はタイミングを合わせにいくだけで精いっぱいだった。芦田は打者が直球に狙いをつけているのを悟り、縦スライダーのサインを出す。雄大はそれに応じ、ワインドアップに入った。そのまま左足を上げ、第五球を解き放った。

 

「くっ……!」

 

 地方大会の打者なら間違いなく三振する場面だが、流石に横浜中央高校の選手となればそうもいかない。打者はうまくスライダーの軌道にバットを合わせ、右方向に流し打ったのだ。鋭い打球がセカンドの青野を襲う。

 

「セカン!」

 

「やべっ!」

 

 真正面のゴロだったが、打球の勢いが強く、青野は大きく弾いてしまった。遊撃手の潮田が急いでバックアップしたが、間に合わない。一塁がセーフとなり、これで二死一塁となって四番を迎えることになった。

 

「すまん久保!」

 

「仕方ない、切り替えていけ」

 

 スコアボードには「E」の表示がなされており、青野の失策が記録されたことが示されていた。青野が謝ると、雄大もそれに応じて声を掛けていた。

 

「四番、センター、千田くん」

 

「いけるぞ千田ー!」

 

「一発頼むぞー!」

 

 ここで横浜中央高校の応援団が一気に沸き上がった。それもそのはず、右打席に向かっているのはプロも注目する強打者の千田であるのだ。一発出れば同点ということもあり、球場全体が大いに盛り上がっていた。芦田はここでタイムを取り、雄大のもとへと向かっていった。

 

「久保、分かっているだろうが一発警戒だ。低め中心にな」

 

「いや、ここはあえて高めで攻めていく」

 

「本気か!?」

 

「千田はアッパースイング気味だし、高めに強いって感じではないだろ? 何より――ここで三振取れれば、完全にこっちのペースだしな」

 

「……お前がそう言うなら止めないけど。カッコつけて打たれんなよ」

 

「あはは、分かってるさ」

 

 話し合いを終え、芦田は戻っていった。ベンチではマネージャー二人が心配そうな目でマウンドの方を見つめている。間もなく審判がプレイをかけ、試合が再開された。

 

「「かっとばせー、ちーだー!!」」

 

 横浜中央高校のブラスバンドは活気づき、応援団も勢いよく応援している。しかし雄大は気にせず、じっと芦田のミットだけを見つめていた。話し合いの通り、芦田は高めにミットを構えている。

 

 雄大はふうと息をつき、一塁ランナーをちらりと見た。二死一塁で四番の打席、あまり走者が動くような場面ではない。雄大もそのことを分かっており、再び打席の千田の方を見つめていた。そのまま小さく左足を上げ、第一球を投じる。その指から放たれたボールは、綺麗な直線を描いて芦田のミットへと向かっていった。

 

「ふんッ!!」

 

 千田も小さく声を漏らし、迎え撃とうとするが――及ばない。バットが豪快に空を切り、球審が右手を突きあげた。

 

「ストライク!!」

 

「「おお~ッ……!?」」

 

 その瞬間、今日一番のどよめきが巻き起こった。スコアボードに表示されていたのは「157」の数字。雄大は早くもギアを一つ上げ、強打者の千田に対していたのだ。

 

「いいぞ久保ー!!」

 

「押せ押せー!!」

 

 バックも雄大の投球を盛り立てており、グラウンドの雰囲気が少しずつ大林高校寄りへと変わっていく。雄大は続けて第二球にも高めの直球を投じて、しっかりと空振りを奪ってみせた。これでノーボールツーストライクと追い込んだ。

 

「千田よく見ていけよー!」

 

「頼むぞー!」

 

 あっさり四番が追い込まれたとあって、横浜中央の選手たちも慌てた表情をしている。千田本人も悔し気にバットを見つめ、軽く素振りをしてスイングを修正していた。そんな中――雄大はセットポジションから、第三球を投じる。千田も今度こそ仕留めようとフルスイングを見せたが――かすりもしなかった。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「っしゃああ!!」

 

 呆然とする千田とは対照的に、雄大は雄叫びを上げてベンチへと走っていく。この一回の攻防が明暗を分けたのか、試合はこのまま二対〇のまま終盤へと進んでいった。そう、雄大が一本の安打も許さぬまま――

 

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