切り札の男   作:古野ジョン

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第十五話 秘密兵器

 時は夏大会直前のあの日に遡る。竜司が神林に投じたボールは、鋭い軌道を描いてミットに収まった。久保が握り方を教えただけで、彼はあっさりシュートを習得してしまった。

 

「な、なんだよこの球!?」

 

 神林は驚きの余り立ち上がった。竜司のシュートは、彼が捕れないのではないかと思うほど急激に変化していたのだ。

 

「久保、すごいなこの球……」

 

 投げた張本人の竜司ですら、その球の軌道に驚いていた。直球に近い速度で、右打者のインコースに食い込んでいく。まさに右打者泣かせの球だった。

 

「シニアの頃、この球とスライダーの組み合わせが俺の基本パターンでした。でも、まさか一球で身につけられるとは」

 

「この球があれば、真っすぐがもっと活きる。これはすごい武器だぞ」

 

 竜司は手応えを感じていたようだ。再び神林を座らせ、シュートを投げ込んでいく。

 

「神林、これは『秘密兵器』だな!」

 

「バッターは相当苦労するだろうし、これは面白いぞ」

 

 二人は秘密兵器の誕生に思わず興奮していた。久保も喜んでいた一方で、自分がその球を投げられないことに対する寂しさを感じていた。

 

***

 

 松澤がバントに失敗し、状況はワンアウト一二塁となった。

 

「四番、ピッチャー、八木くん」

 

 八木は神林と審判に挨拶し、ゆっくりと左打席に入った。流石にバントの構えはせず、そのまま竜司と対した。アウトを一つ取れたとはいえ、ピンチであることには変わりない。

 

「久保くん、八木さんってシニアの頃から打ってたの?」

 

「パワーはあったけど、打率は低かったよ。けど、自英学院でしごかれたんだろうな」

 

 久保とまなはベンチで話し合っていた。エース同士の対決に、観客席も盛り上がる。自英学院のブラスバンドはさらに威勢よく演奏し、チアガールが華々しく踊っている。竜司はサインを交換し、セットポジションに入った。

 

「「かっとばせー、やーぎー!!」」

 

 応援の声が飛び交うなか、竜司は第一球を投じた。高めへの直球だ。八木はスイングをかけず、見逃した。

 

「ボール!!」

 

「ナイスセン八木ー!!」

 

「しっかり見ていけー!!」

 

 バント攻めしていたせいで、自英学院はまだ竜司の球を十分に見られていなかった。八木も初球から振っていくことはせず、冷静に見逃したのだ。

 

「竜司、それでいい」

 

 神林は竜司に声を掛けながら、ボールを返した。それを捕った竜司はふうと息をつき、再びサインを交換する。セットポジションをとり、第二球を投じた。

 

 今度はストライクゾーンへのストレートだ。八木はバットを出していく。ボールはバットの上にかすり、そのままの勢いでバックネットにぶつかった。

 

「ファール!!」

 

 審判がコールした。八木は二球目で竜司のストレートを当ててしまったのだ。ベンチでは、まなが驚いた顔をしている。

 

「すごい、もうタイミング合わせてきた」

 

「やっぱ一軍は違うな」

 

 久保はまなに対し、声をかける。二軍こそノーノーしたものの、竜司の球が一軍に通用するかは未知数な部分が多い。ベンチにいる二人は、ただ祈るしかなかった。

 

 続けて、竜司は第三球を投じた。外への速い球だ。八木は足を踏み込み、スイングを開始した。

 

(ヤバい、タイミングバッチリ!!)

 

 まなは心の中で叫んだが、ボールはバットから逃げるように変化した。竜司はシュートを投じていたのだ。八木のバットはそのまま空を切り、審判がコールした。

 

「ストライク!!」

 

「竜司さんナイスピー!!」

 

「追い込んでるよー!!」

 

 相変わらず、竜司は表情を変えない。強豪校の四番と対しても、しっかりと自分のピッチングが出来ている。自英学院のベンチも、変わらず八木に声援を送る。

 

「頼むぞー八木!!」

 

「振ってけー!!」

 

 竜司は第四球、第五球と直球を投じた。第四球はアウトコースに外れ、第五球はファウルとなった。これでカウントはツーボールツーストライクだ。

 

「おにーちゃんの球、当てられるけど前に飛ばされないね」

 

「竜司さんの真っすぐだぞ、簡単には打てない」

 

「だと、いいんだけど……」

 

 まなはじっと竜司の方を見つめた。兄の球をずっと信じてきた彼女だが、今日初めてその気持ちが揺らいでいた。バント攻めで足元を崩され、直球にはバットを当てられているのだ。少し不安げな表情で、グラウンドの方を向いていた。そんな彼女を見て、久保は声を掛けた。

 

「まな、大丈夫だ。簡単に打ち崩せる相手にバントなんてしない」

 

「え?」

 

「向こうがバントしてきたってことは、裏を返せば簡単には打てませんって言ってるようなもんだろ?」

 

「た、たしかにそうかも……!」

 

「しかも一軍にとってはほぼ初見だ。だから安心して見てろって」

 

 それを聞いて、まなの表情が少し和らいだ。久保の言う通り、自英学院にとって竜司は未知の存在だ。二軍が対戦したとはいえ、たった一回きり。しかも一回戦を観戦したときには、存分にストレートを見せつけられていた。シード校の彼らにとっては、この試合が夏の初戦である。足を掬われるのではないかと、どこか浮足立っていたのだ。

 

「八木ー、打てー!!」

 

「かっとばせー!!」

 

 自英学院のベンチでは、部員たちが大きく声を出している。四番の八木が打ち取られては試合の流れが悪くなる。そう思っていた彼らは必死だった。

 

 竜司は第六球を投じた。八木はバットを出していくが、ボールは打者の手前でストンと落ちた。

 

「くっ……!」

 

 八木は思わず声を出し、なんとかバットに当てた。カキンという音が響き、打球はショートへのゴロとなる。

 

「ショート!!」

 

 神林が指示を出す。遊撃手が落ち着いて捌き、二塁に送球する。二塁手も素早く一塁に送球し、これで6-4-3のゲッツーとなった。

 

「っしゃあ!!」

 

 竜司は雄叫びをあげた。それとともに、大林高校の応援席が大いに盛り上がる。

 

「ナイスピッチー!!」

 

「いいぞー滝川ー!!」

 

 一方で、自英学院のスタンドからはため息が響いた。期待された八木だったが、ダブルプレーでチャンスを潰してしまったのだ。

 

「ドンマイ八木ー!!」

 

「ピッチングは頼むぞー!!」

 

 自英学院のベンチから、八木を励ます声が聞こえてきた。八木はバッティンググローブを外しながら、悔しがった。

 

「クソ、あのフォークは初見じゃ見極められん」

 

「仕方ない、次だ。倫太郎、行くぞ」

 

「ああ、零点に抑えておけば何の問題もない」

 

 八木はベンチで松澤と会話しながら、グラブを手に取った。一度深呼吸をしてから、マウンドに向かう。

 

 守備を終えた大林高校ナインはベンチに帰ってきていた。まなはそこで選手たちに指示を出している。

 

「とりあえず、序盤は球を見て行きましょう。とにかく球数を投げさせて、積極的にフォアボールを狙っていきましょう!」

 

「「おう!!」」

 

 ノーアウト一二塁の大ピンチを抑えたことで、大林高校のベンチには活気が生まれていた。何とか八木から先制点をもぎ取り、試合の流れを掴みたい。皆そう考えていた。

 

「一番、レフト、松木くん」

 

 アナウンスとともに、松木が左打席へと入った。バットを構え、八木と向き合う。

 

「松木先輩ー、頼みますよー!!」

 

「松木ー、打てよーー!!」

 

 俺たちだって、自英学院に勝てるかもしれない。そんな期待を乗せて、ベンチからも声援が飛ぶ。だが八木の投球は、大林高校ナインの希望をへし折っていった――

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