切り札の男   作:古野ジョン

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第二話 魔術師

 とある土曜日。いつものようにシニアの練習を終えた久保は、荷物をまとめて帰ろうとしていた。すると、グラウンドの隅で投球練習を行うバッテリーが目に入った。彼は気になって、話しかけることにした。

 

「お前ら、一年か?」

 

「「えっ!?」」

 

 いきなり話しかけられた二人は驚き、声を出した。久保の所属していたシニアは人数が多かったため、一年生の二人がエースである久保と会話することなど無かった。つまり、二人にとって久保とは雲の上のような存在だったのだ。

 

「おい、何をそんなに驚いてるんだよ」

 

「いえ、久保先輩に話しかけられるなんて思わなくて」

 

 投手は背筋を伸ばして、返事した。久保が投球練習を続けるよう促すと、二人は練習を再開した。

 

 しばらくその様子を眺めていた久保だったが、ある事に気づいた。投球を捕る際、捕手が全くミットを動かしていないのである。

 

「お前、コントロールいいな」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「しかも左投げだし、お前なかなかやるな。なんか変化球は無いのか?」

 

「あります!」

 

 投手はそう答えると、ボールを握り替えた。そしてセットポジションから、ボールを投げた。

 

 その投手が投げたのは、スローカーブだった。白球が山なりの軌道を描いて、捕手のミットに収まる。思わず、久保は拍手した。

 

「お前、こんないい球があるのになんで試合に出られないんだ?」

 

「いえ、自分は久保先輩みたいに球が速いわけでもないですし……」

 

 そんなふうに卑下する投手に対し、久保は助言した。

 

「それなら、緩急を磨けばいい。真っすぐと変化球の速度差で、バッターをやり込めるんだ」

 

「え?」

 

「お前のコントロールとそのスローカーブがあれば、良い投手になれる」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ、頑張れよ」

 

 久保はそう言って、投手の肩をポンと叩いた。そして捕手の方を向き、大声で告げた。

 

「それからお前、いい捕り方だな! お前も良いキャッチャーになれるぞ」

 

 捕手はそれを聞き、マスクを取って答えた。

 

「ありがとうございます! 頑張ります!」

 

 それを聞いた久保は、帰ろうとして歩き出した。しかし数歩歩いたところで足を止め、二人にこう言った。

 

「お前ら、『魔術師』みたいになれるといいな。遅い球でバッターを抑える、そういうバッテリーを目指してみろ」

 

「『魔術師』…… なんかカッコいいです!」

 

 それを聞いた投手の目が輝いた。彼にとって、久保は憧れの存在だった。久保から魔術師なんて言葉を聞いたのだから、テンションが上がるのも無理はなかった。

 

「そういや、お前らなんて名前だ?」

 

 去り際に久保が問うと、二人が返事した。

 

「「平塚レイと、平塚リョウです!」」

 

 その後、久保は夏の大会の後にチームを去ったため、二人と話すことはなかった。彼にとっては練習後の些細な出来事だったため、二人の存在はすっかり忘れていた。しかし、レイとリョウにとっては、その後の野球人生を大きく左右する出来事となったのである――

 

***

 

 久保は部員たちに対し、二人について一通り話していた。

 

「双子のバッテリーという時点でピンと来ていたんですが、名前を憶えていなかったせいですぐに思い出せなかったというわけです」

 

 それを聞いた岩沢が、二人に問うた。

 

「じゃあ、お前らは久保に憧れてうちの高校に?」

 

「はい。久保先輩が夏の大会で活躍されてるのを見て、一緒に野球したいと思いまして……」

 

 リョウはかしこまってそう答えた。憧れの久保と一緒に野球がしたい、そして追い越したい。そんな思いが強く、つい勝負を申し込んでしまったというわけだ。

 

「それで、えーと…… 姉の方は結局マネージャー希望でいいんだな?」

 

「はい。今日はリョウがどうしてもと言うので、こんな格好で来ちゃいましたけど」

 

「そうか、分かった」

 

 岩沢は二人の答えを聞き、少し考え事をしていた。すると、久保とまなを指さし、こう告げた。

 

「久保はリョウを、滝川はレイを指導するように」

 

「「えっ??」」

 

 久保とまなが困惑していると、岩沢がさらに続けた。

 

「いまのうちに足りないのは投手力だ。梅宮だけでは勝ち上がれんし、リョウを二番手として育成しないと」

 

「それで、俺がリョウを指導するんですか?」

 

「そうだ。それから滝川、お前はレイにマネージャーの仕事を教えてやれ。お前ら似たもの同士だし、その方が良いだろ」

 

「分かりました! レイちゃん、頑張ろうね!!」

 

 まなはニヒヒと笑った。さっきヤキモチを焼いていたまなだったが、いざ直属の後輩になると嬉しいようだ。

 

「じゃあ、これから練習を始める。一年生は分からないことがあったら上級生に聞くように」

 

「「はい!!」」

 

 岩沢の言葉に対し、一年生たちが元気よく返事した。そして、いつも通りの練習が始まった。久保は去年の秋から左投げの練習を行っており、左翼手としてプレイしている。今日も外野のポジションにつき、ノックを受けていた。

 

「久保くん、いくよー!!」

 

 まなはそう叫び、外野に打球を飛ばした。久保はワンバウンドした球を捕球し、そのまま中継へと送球した。

 

「ナイス久保!!」

 

 送球を受けた岩沢が声を出し、素早く本塁の芦田へと送球した。

 

「オッケー、ナイスプレー!!」

 

 まなが大声で叫んだ。ちょうど守備練習は一区切りとなり、休憩の時間となった。久保も外野から戻り、水分補給していた。

 

「いやー、久保くんも結構左で投げられるようになったねえ」

 

 まなが久保に声をかけた。久保はひたすらまなとキャッチボールすることで、左投げを習得した。最初は上手く投げられなかったものの、持ち前のセンスもあり、外野から内野の中継までは問題なく送球できるようになっていた。

 

「まあな、お前のおかげだよ」

 

 久保はそう答えながら、水筒の水を飲み干した。ふとグラウンドの方を見ると、隅で投球練習をしているリョウが目に入った。

 

「そういや、アイツの指導しろって言われてたな」

 

 そう言うと、久保はリョウのもとへと向かった。リョウはレイを座らせ、ひたすら投げ込みをしていた。

 

「よお、調子はどうだ?」

 

「あっ、久保先輩!!」

 

 リョウは久保の姿を見ると、嬉しそうに返事した。レイも立ち上がり、マスクを取ってぺこりと礼をした。

 

「レイ、お前はまなを手伝わなくていいのか?」

 

「は、はい! まな先輩が、今日の仕事はもう終わりだと仰っていたので!!」

 

 レイは再び、もとの引っ込み思案の性格へと戻っていた。久保は練習を続けるように促し、二人はそれに従って投げ込みを再開した。

 

「あの、久保先輩」

 

 投げ込みをしながら、リョウが口を開いた。

 

「なんだ?」

 

「先輩は、なぜ投げないんですか?」

 

「ん?」

 

「去年の夏大会もそうでしたが、先輩が投げてないのが不思議だなって」

 

 それを聞き、久保はぽりぽりと頭をかいた。彼は二人に対し、これまでの経緯を説明した。二人は怪我のことを全く知らなかったようで、とても驚いていた。

 

「じゃあ、先輩は来年まで右で投げられないんですか!?」

 

「ああ。今は怪我を治している段階で、とても試合で投げられる状態じゃない」

 

 久保がそう説明すると、リョウは落胆した。

 

「僕は久保先輩を越えたくてここに来たのに……」

 

 それに対し、久保は返事した。

 

「リョウ、それは違う。俺が復帰するまで、お前がうちのマウンドを守るんだ」

 

「え?」

 

「梅宮先輩が抜けたあと、うちのエースナンバーは誰が背負うんだ」

 

「それは……そうですけど」

 

「来年になったら、俺を抜かしてみろ」

 

 久保は真剣な表情でそう告げた。それに対し、リョウは元気よく返事した。

 

「たしかに…… 頑張ります!」

 

 抜かしてみろ――というのは、久保にとって本気ではなく、発破をかけるつもりの発言だった。しかしリョウは大いに発奮した。そして彼は、夏の大会で大車輪の活躍をすることになる――

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