切り札の男   作:古野ジョン

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第五話 狙い打ち

 一回裏、大林高校の攻撃。一番の木尾が右打席に向かって行った。木尾は去年から右翼手のレギュラーであり、竜司たちの学年が抜けてからはリードオフマンを務めるようになった。

 

「木尾先輩、頼みますよー!!」

 

 ベンチにいる久保が、威勢よく声援を送った。今日、彼は四番に入っている。大林高校としては一人でも出塁し、ランナーありで彼に打順を回したいところだった。

 

「久保くん、なんだか元気だね」

 

 久保の様子を見て、まなが話しかけた。彼女の言う通り、今日の久保はいつもよりテンションが高かった。

 

「なに、スタメンで出るなんて久しぶりだしな。張り切っちゃってんのよ」

 

「もうー、呑気ねえ」

 

 彼女はそう言うと、そっと久保に顔を近づけた。そして、ヒソヒソと耳打ちをした。

 

「リョウくんのピッチング、どう思う?」

 

「外野からじゃ細かいことは分からん。けど、雰囲気は悪くないな」

 

「私、なんだか落ち着かなくて」

 

「三者凡退で何が心配なんだよ」

 

「そうじゃなくて。思ったよりもはるかに良いんじゃないかってこと」

 

 その言葉を聞き、久保は目を丸くした。昨日はリョウの先発に懸念を示していたまなが、たった一イニングの投球を見ただけでここまで考えを変えるとは思っていなかったのである。もちろん彼はリョウの投球に期待していたが、そこまでとは想定していなかったのだ。

 

「……まあ、とにかく見とけって」

 

 彼はそう返事して、グラウンドの方を向いた。打席では木尾が粘っており、フルカウントとなっていた。今日の藤山高校の先発は、エースの大和田である。直球とフォークボールを軸にしている投手だ。

 

「木尾ー、粘れよー!!」

 

「よく見ていけー!!」

 

 木尾に対して、ベンチから声援が送られている。マウンド上の大和田は、第七球を投じた。木尾は打ちにいくが、ボールはホームベース手前でストンと落ちた。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「ナイスピッチー!!」

 

「いいぞ大和田ー!!」

 

 今度は藤山高校のベンチが盛り上がった。これでワンアウトだ。木尾の打席を見て、久保とまなは話し合っていた。

 

「あのピッチャー、スリーボールからフォーク投げてきたぞ」

 

「結構自信がある球なんだね」

 

 通常、フォークボールはボール球になりやすい。そのため、スリーボールからフォークを投じるのは四球に繋がるリスクがある。裏を返せば、大和田はフォークの制球に長けているということだ。

 

 続いて、二番の近藤が左打席に向かった。彼は三年生の遊撃手で、木尾と同じく去年から試合に出ている。大和田に対して積極的に打ちに行ったが捉えきれず、ワンボールツーストライクとなった。

 

「またフォークかな」

 

「そうかもね」

 

 二人の予想通り、大和田は四球目にフォークボールを投じてきた。近藤はバットに当てたものの内野ゴロとなり、これでツーアウトとなった。

 

「ツーアウトツーアウト!!」

 

「ナイスピ-大和田!!」

 

 藤山高校のベンチが大和田を盛り立てていた。続いて、三番に座る岩沢が左打席に向かった。

 

「岩沢先輩、なんとか出てくださいよー!!」

 

 ネクストバッターズサークルから、久保が声を出した。せっかくリョウが三者凡退に抑えたのに、大林高校も三者凡退では意味がない。彼はなんとか岩沢が出塁してくれることを祈っていた。

 

 大和田は初球に外角へのストレートを投じたが、これはボールになった。次に二球目を投じる。これも直球だったが、岩沢は打ちにいった。

 

 金属音とともに、打球がセンター前へと抜けていく。岩沢はフォークで決められる前に直球を打とうと決めていたのだ。結果、狙い通りにヒットになったというわけだ。

 

「ナイバッチ岩沢先輩ー!!」

 

「ナイスバッティングー!!」

 

 部員たちが岩沢を讃えるなか、久保が左打席に向かって歩き出した。状況はツーアウト一塁。チャンスとは言えないものの、初回から彼に打席が回る意味は大きかった。

 

「お願いします」

 

 久保はヘルメットのひさしに手を当て、審判と捕手に礼をした。当然、藤山高校も彼の打力はよく知っている。外野は長打に備えて後ろに下がり、内野手も若干深めにポジションを取っていた。

 

「久保くん、頼むわよー!!」

 

「久保先輩、お願いします!!」

 

 まなとリョウが声援を送った。リョウにとっても、先制点が取れればピッチングが楽になる。今日の試合を進めるうえで、この打席は重要なのだ。

 

 藤山高校のバッテリーは慎重にサインを交換していた。やがて大和田は頷き、セットポジションに入る。一球だけ一塁に牽制球を投げたあと、初球を投じた。

 

 これも外へのストレートだ。久保はバットを合わせたが、三塁線を切れていくファウルとなった。

 

「いいぞ大和田ー!!」

 

「押してる押してるー!!」

 

 初球でファウルをとれたことで、藤山高校のベンチは盛り上がった。一方で、大林高校のベンチではまながレイに問いかけていた。

 

「今の久保くん、不自然じゃなかった?」

 

「そうですね。いつもだったら、打てる球のような……」

 

「だよね? わざとカットしたのかな?」

 

 まなは不思議に思っていた。大和田の直球は遅いわけではないが、とても速いというわけでもない。久保がファウルにした意図が分からなかったのだ。

 

(これくらいの真っすぐなら、カットできる)

 

 一方で、久保は今の一球である確証を得ていた。まなの考えていた通り、彼は本当に振り遅れたわけではなく、わざとファウルにしていたのだ。大和田は二球目を投じたが、彼はこれもカットした。

 

「追い込んでるぞ大和田ー!!」

 

「いけー!!」

 

 盛り上がる藤山高校とは対照的に、大林高校のベンチは依然として久保の意図を掴めていなかった。

 

「もー何やってるのよ久保くん、追い込まれたらフォークが来るじゃない」

 

「ですよね、久保先輩どうしたのかな……」

 

 まなとレイにとって、久保が直球を打ち損じているのは不自然だった。その一方で、リョウは密かに彼の狙いに気づいていた。

 

(久保先輩、何かを待っているような……)

 

 大和田は三球目に高めの釣り球を投じたが、久保は落ち着いて見逃した。これでワンボールツーストライクとなった。

 

「そろそろフォーク来るけど、久保くん大丈夫かな」

 

「ど、どうでしょうね……」

 

 二人が心配するなか、大和田は捕手とサインを交換していた。彼は頷き、セットポジションに入った。一塁の岩沢を目で牽制したあと、小さく足を上げて第四球を投じた。ボールは低い軌道を描いて、ホームベースへと向かって行く。

 

(来たっ!!)

 

 久保はスイングを開始した。白球は重力に従い、さらに落下していく。そう、フォークボールだ。ストライクゾーンの低め一杯に決まるような素晴らしい投球だったのだが―― 久保は身をかがめるように姿勢を低くし、バットをすくいあげた。

 

「「あっ」」

 

 思わず、ベンチのまなとレイが声を出した。快音を残して打球が高く舞い上がる。久保はスイングの勢いで、左ひざをついた。完璧な決め球を打たれたバッテリーは頭が真っ白になり、ただ打球を見上げることしか出来なかった。

 

「すっ……げえ」

 

 投球練習をしていたリョウも、感嘆の声を出した。憧れの先輩の驚異的なバッティングを目の前にして、ただただ興奮していたのだ。そのまま打球は大きな大きな弧を描いて、外野のフェンスを越えていった――

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