切り札の男   作:古野ジョン

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第十六話 異変

 一回裏、二番の近藤がセンター前ヒットで出塁すると、三番の岩沢が二塁打を放ってワンアウト二三塁とした。まだ立ち上がりということで、北山の制球力が安定していなかったのだ。

 

「北山、四番だぞ!」

 

「ああ、分かってるよ」

 

 二塁手の中野が声を掛けると、北山がやや息を切らせながら答えた。そして場内アナウンスが流れ、ネクストバッターズサークルから久保が歩き出した。

 

「四番、レフト、久保くん」

 

「久保ー、打てよー!!」

 

「一発頼むぞー!!」

 

 四番の登場に、早くも観客席は大盛り上がりだ。対する木島工業は前進守備を敷き、なんとしても先制点を阻止する構えを見せた。一回戦と二回戦、共に大林高校は初回に得点を挙げている。警戒するのも当然だった。

 

 しかし、久保は北山のスライダーをあっさりセンター前に弾き返してみせた。これで三塁ランナーが帰り、さらにワンアウト一三塁となった。五番の芦田も甘い直球を打ち、レフトに犠牲フライを打ち上げた。これで二対〇となり、初回から大林高校がリードする展開となった。

 

「ナイバッチ芦田ー!!」

 

「ナイスバッティングー!!」

 

 二回戦の勢いそのままに、大林高校は電光石火の先制劇を見せた。観客席も盛り上がり、一気に試合の主導権を掴むことに成功した。

 

「いやあ、なんかうまくいきすぎだなあ」

 

「まあでも、先制出来て良かったですよ」

 

 上々の展開に思わず口を開いた岩沢に対し、まなが返事した。彼女はこのまま梅宮とリョウが相手打線を抑え、久保たちが追加点を挙げる――という青写真を描いていた。実際、ここまでの試合ではそうやって勝ちあがってきたのだ。皮算用でも何でもなく、現実的なプランだった。

 

 その後、六番の門間が三振に倒れて一回裏が終わった。活気づいた大林高校ナインは、大きな声を出して各ポジションへと向かっていった。

 

「よっしゃ、いくぞ!!」

 

「「「おう!!!」」」

 

 一回裏で試合の流れは大林高校に傾いており、梅宮は二回表も無失点に抑えた。そのまま一気に――といきたいところだったが、三回表に先頭の八番打者に四球を与えてしまった。九番打者の送りバントでワンアウト二塁となり、チャンスとなった。一番の北山が左打席へ向かうと、今度は木島工業の応援席が元気になった。

 

「かっとばせー、きたやまー!!」

 

「北山打てよー!!」

 

 一方で大林高校のベンチでは、マネージャーの二人が木島工業の作戦について分析していた。

 

「二点差でバントしてきましたね」

 

「まだ回が浅いし、北山さんのバットに期待したんだろうね」

 

 木島工業は攻撃力に乏しく、少ないチャンスを生かして勝ち上がってきた。こうやってバントで走者を進めるのも常套手段だったのだ。

 

 梅宮は打席の北山に対し、直球を投げ込んでいく。北山も食らいついていくが前に飛ばせず、ツーボールツーストライクとなった。

 

「梅宮先輩、追い込んでますよー!!」

 

「集中集中ー!!」

 

 ベンチから、まなとリョウが声援を飛ばしていた。その後も梅宮は直球を投げ込んでいったが、一番打者を任されるだけあって北山もなかなかアウトにならない。今日も気温は高く、梅宮の体力がじわじわと奪われていた。

 

「こうやって粘るのも作戦のうちだったりしてね」

 

「あり得ますね」

 

 まなはレイにそんな話をした。梅宮はあまり表情を変えない投手だが、流石の暑さにやや苦しい表情をしていた。それでも、最後に北山に対してカーブを投じて空振り三振を奪った。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「おっしゃー!!」

 

「ナイスピッチー!!」

 

 梅宮はほっとした表情で、芦田からの返球を受け取った。一方の北山は少し悔しい表情をしたものの、ベンチに戻ると冷静に他の選手たちと話し合っていた。

 

「向こうのベンチ、なんか考えてるのかな」

 

「ですね、何かちょっと嫌な雰囲気」

 

 まなとレイはその様子を見てやや不審に思った。何かこちらの隙を突いてくるのではないか。木島工業には、そんな風に思わせる雰囲気があったのだ。

 

「やっぱりランナー出すと危ないね。これだとフォアボールも出せないし、ピッチャーは辛いね」

 

「はい、そう思います」

 

 まながそう口にすると、リョウが答えた。僅かなチャンスを見逃さず、確実に得点する打線。投手にとって、神経がすり減らされるような嫌な打線だった。

 

 それでも梅宮は二番打者を内野フライに打ち取り、何とか三回表を終えた。ベンチに戻ってきた彼はびっしょりと汗をかいており、その様子がマウンドでの緊張を物語っていた。

 

「ふー、なんか緊張したよ」

 

 普段は口数の多くない梅宮が、珍しく愚痴をこぼした。北山と中野以外に注目するような打者はいないのだが、それでも彼は打線からプレッシャーを感じていたのだ。

 

 三回裏、大林高校の攻撃は一番からだ。先頭の木尾はライトフライに打ち取られたものの、二番の近藤が内野安打で出塁した。これでワンアウト一塁となり、三番の岩沢が左打席に入った。

 

「岩沢先輩、頼みますよー!!」

 

「打てよ岩沢ー!!」

 

 応援を背に受け、岩沢はバットを構えた。北山は慎重にサインを交換し、セットポジションから初球を投じた。アウトコースへのスライダーだったが、岩沢は見逃した。

 

「ボール!!」

 

「ナイスセン!!」

 

「落ち着いていこー!!」

 

 北山は続けて第二球を投げた。白球が本塁へと向かって進んでいくが、その手前で軌道を変えた。再びスライダーだった。岩沢はバットを出したが、これは左方向へと切れていくファウルとなった。

 

「ファール!!」

 

「オッケーナイスボール!!」

 

「いいぞ北山ー!!」

 

 北山はもう一球スライダーを投じ、岩沢に同じようなファウルを打たせた。これでワンボールツーストライクとなり、追い込んだ。

 

「最後は内にスクリューですかね?」

 

「次は久保くんだしカウントを悪くしたくないと思う。インコース真っすぐで来るんじゃないかな」

 

 レイの問いかけに対し、まなが答えた。彼女の予想通り、木島工業の捕手は直球のサインを出していた。北山がそれに頷き、捕手が内側に構えた。

 

 北山はセットポジションから第四球を投じた。しっかりと制球された直球が内角めがけて進んでいく。しかし岩沢もそれを見逃さずにバットを出し、思い切り引っ張った。快音を残して、打球が右方向へと進んでいく。

 

「よっしゃー!」

 

 ベンチでは思わずリョウが声を出した。観客席からも歓声が巻き起こる。誰もが一二塁間を抜けると思ったが、二塁手の中野が素早く打球に飛びついた。

 

「あー!」

 

 リョウがそう叫ぶ間もなく、中野は一塁へと送球した。近藤は二塁へと進んだが、岩沢はアウトになりツーアウトとなった。

 

「いいぞ中野ー!!」

 

「ナイスプレー!!」

 

 木島工業の応援席から中野を称える声が飛んでいた。守備力で三回戦まで勝ち上がってきただけはあり、簡単にはその守備網を突破することは出来なかった。

 

「四番、レフト、久保くん」

 

「久保ー、打てー!!」

 

「かっとばせー!!」

 

 アナウンスが流れると、今度は大林高校側が盛り上がった。ツーアウトではあるものの、チャンスには変わりない。ブラスバンドの演奏にも熱が入り、得点への期待が高まっていた。

 

 しかしその時、木島工業から球審に伝令が送られた。球審が久保にジェスチャーで一塁へ進むように伝え、場内アナウンスが流れた。

 

「ただいま、申告故意四球がありましたので、久保くんは一塁に出塁します」

 

「えー!」

 

「何だよー!!」

 

 スタンドからは、久保の打席に期待していた観客の声が響いていた。一塁が空いている状況で四番を歩かせること自体は不自然ではない。しかし、三回裏という試合序盤での敬遠というのは珍しい状況なのだ。

 

「ここで敬遠とは思わなかった」

 

「ちょっと意外でしたね」

 

 マネージャー二人も、驚きを隠せなかった。

 

「芦田ー、やり返せよー!!」

 

「頼むぞー!!」

 

 四番が敬遠されれば、当然五番の芦田に期待がかかる。彼は直球に狙いを絞って打ちにいくが、よくコントロールされた北山の投球に対しなかなか前に飛ばせない。最後はスクリューを振らされて空振り三振となった。

 

「いいぞ北山ー!!」

 

「ナイスピー!!」

 

 木島工業のベンチからは北山を称える声が飛んでいた。既に二点を失っている彼らにとって、これ以上の失点は命取りだ。久保を歩かせてでも、無失点で抑える必要があったのだ。

 

「仕方ない、次は点取るぞ!!」

 

「「「おー!!」」」

 

 岩沢の号令で皆も声を出し、次の攻撃に向けて気合いを入れた。それぞれが各ポジションに散っていき、四回表の守備へと向かった。

 

 四回は両校とも点が入らず、次の回へと試合が進んでいく。五回表、梅宮は木島工業の下位打線を三者凡退に抑えてテンポよく投球を終えた。その裏の攻撃、大林高校はツーアウト一塁として、打席に三番の岩沢を迎えていた。

 

「岩沢、打てよー!!」

 

「岩沢先輩、お願いします!!」

 

 岩沢は第一打席で良い当たりを飛ばしており、観客の期待も大きかった。ツーボールワンストライクと打者有利なカウントになると、岩沢は甘い直球を見逃さずにセンター前へヒットを放った。

 

「ナイバッチ岩沢ー!!」

 

「いいぞー!!」

 

 これでツーアウト一二塁となった。先ほどとは違い、一塁が埋まっている状況。久保は満を持して、ネクストバッターズサークルから歩き出した。

 

「四番、レフト、久保くん」

 

「今度こそ打てよー!!」

 

「一発ぶちかませー!!」

 

 大林高校は、三回にチャンスを作っておきながら木島工業にかわされてしまった。点差はまだ二点で、セーフティリードとは言えない。選手たちが久保にかける期待は大きく、何とか追加点をと祈っていた。

 

 だが再び、木島工業のベンチから伝令が走り出した。そのまま球審のもとへと向かい、何かを伝えている。スタンドがざわめく中、アナウンスが入った。

 

「ただいま、申告故意四球がありましたので、久保くんは一塁に出塁します」

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