切り札の男   作:古野ジョン

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第四話 自英学院

 五月になった。久保は相変わらずまなと打撃練習を重ねながら、日々を過ごしていた。

 

「久保くん、最近なーんか元気ないね」

 

 トスをあげながら、まなが久保に問いかけた。

 

「別に、どーってことねえよ」

 

 間もなく、かごの球を全て打ち終えてしまった。二人でネットの球を片付けていると、まなが小さな声で久保に耳打ちした。

 

「今度の練習試合、嫌なんでしょ」

 

 それを聞いた久保がぴくっと反応した。まなに見透かされているとは思わず、つい動揺してしまったのだ。

 

「……なんでそう思う」

 

「実はね、久保くんのこと調べたんだ。中二のときに全国ベスト4だったんだね」

 

「じゃあ、八木先輩と松澤先輩のことも」

 

「知ってる、自英学院の正バッテリーでしょ。久保くん、あの八木さんを抑えてエースだったんだね」

 

 まいったねという表情をしながら、久保はぽりぽりと頭をかいた。

 

「そこまで知られているとは思わなかったよ」

 

「なんか、あまり練習試合に乗り気じゃないなーと思ってさ。もしかして八木さんたちと何かあるのかなって」

 

 まなは他人のことをよく見ている。強豪校との練習試合に対して、燃え上がるどころか落ち込んでいる。彼女にとって、そんな久保の振る舞いは不自然に見えていたのだ。

 

 まなの問いかけに対して、久保が口を開いた。

 

「俺はさ、あのチームで迷惑かけちまったんだ。八木先輩たちは、俺のことをよく思ってないと思う」

 

「それって、どういう――」

 

 そうまなが聞きかけたとき、二人の後ろから声がした。

 

「二人とも、もうミーティングの時間だぞ!!!」

 

 声の主は、竜司だった。慌てて久保が返事をする。

 

「すいません!!すぐ行きます」

 

「お前らなあ、デートもいいけど時間くらい守ってくれよ」

 

「おにーちゃん、からかわないで!!」

 

 まながぷんすか怒っていると、竜司が久保に話しかけた。

 

「久保、自英学院に知り合いがいるのか?」

 

 竜司は、二人の会話を途中から聞いていたようだった。

 

「実は、エースと正捕手が同じチーム出身なんです。その頃、いろいろあって」

 

「なんだ、そんな心配をしてたのか?それなら大丈夫だぞ」

 

 竜司の言葉に、久保とまなはきょとんとした。まなが竜司にその意図を確かめる。

 

「おにーちゃん、それってどういうこと?」

 

「俺たちが練習試合するのは、自英学院の()()だよ。エースの八木が出てくるわけないだろ」

 

「えっ、二軍が相手だったんですか?」

 

「そりゃそうだ! 一軍が相手だったら、練習試合にならんだろう」

 

 困惑する久保を尻目に、竜司はハハハと笑った。だがすっと表情を変え、静かに口を開いた。

 

「けどな、二軍といっても相手は実力者揃いだ。俺の実力を試すにはもってこいだろう?」

 

 それを聞き、久保ははっとした。あくまで、自分の目標は竜司をプロの世界に導くこと。シニア時代の因縁など、そんな目標の前には関係のないことだ。そう考え、竜司に対して返事をした。

 

「はい、そう思います。必ず勝ちましょうね!」

 

「おう! 頼むぞ!」

 

 二人はそう言葉を交わし、勝利を誓った。

 

 それから間もなく、練習試合の日を迎えた。自英学院高校のグラウンドに着くと、部員たちは設備の充実ぶりに感動していた。

 

「すげえ、二軍のグラウンドがうちの校庭より広いぜ!」

 

「あれ、ナイター用の照明かな? 立派だなあ」

 

 口々にそんな言葉を発している部員たちを置いて、竜司は二軍監督のもとへ挨拶に向かった。

 

 久保は特にすることもなく、暇を持て余していた。ふとまなの方を見ると、なんだか数枚の紙とにらめっこしている。何をしているのか気になり、久保はまなのところへ向かった。

 

「何してるんだ、まな?」

 

「ああ、これ? 今日のオーダーを考えてたの」

 

 それを聞き、久保は驚いた。監督でもなんでもないまなが、練習試合とはいえ自英学院との試合のオーダーを組んでいる。驚くのも当然だった。

 

「サインを出すとは聞いてたけど、オーダーまで考えるのか?」

 

「うん、おにーちゃんに任されてるの」

 

「部員の皆はそれで良いのか?」

 

「あー、久保くんあたしのこと舐めてるでしょ」

 

 そう言うと、まなは鞄から何冊ものノートを取り出した。そのうちの一冊を広げ、久保に対して見せてやった。

 

「これ……俺のバッティングフォームのことじゃないか」

 

「そうだよ。毎日の練習で気づいたことを、ノートにまとめてるの」

 

「もしかして、他のノートも?」

 

「うん、他の部員のだよ。みんなの守備のこととか、改善点とか、細かく見てまとめてるの」

 

 久保はまなからノートを受け取り、ぱらぱらとめくった。そこには久保の打撃についてびっしりと記録されていて、一目で理解できるようになっていた。

 

「なるほどな。まなはみんなのことを誰よりも理解しているってことか」

 

「そういうこと。中学の頃から、おにーちゃんに言いつけられてたんだ。野球についてもっと勉強しなさいって。体力で男の子に敵わなくても、知識でその差を埋めろって言われてたんだ」

 

 本気でこのチームを強化し、少しでも勝ち上がろうとしている。まなのそんな姿勢に対し、久保の中で尊敬する気持ちが芽生えていた。

 

「そうか、疑って悪かったよ。だからまながオーダーを組んだりサインを出したりしてるわけだな」

 

「ふふん、よく分かったでしょ」

 

 すると、挨拶に行っていた竜司が帰ってきた。

 

「おお、久保! お前にいいニュースがあるぞ」

 

「なんですか?」

 

「今日、一軍は遠征に行っているそうだ! だから八木と鉢合わせしなくて済むみたいだぞ」

 

「本当ですか! 良かったです」

 

 竜司をプロにという目標の前に、過去の因縁など関係ない――とは言うものの、会わないに越したことはない。久保はほっと胸を撫で下ろした。

 

 そして、練習試合がいよいよ始まろうとしていた。久保たち大林高校の先発投手は竜司で、それを受ける捕手は神林だ。

 

 それに対し、自英学院も二軍のベストメンバーを揃えていた。夏の大会を前にして、両校とも実戦を意識したオーダーを組んでいたのである。

 

 両校のメンバーが、ホームベースを挟んで整列した。審判の声で、試合が始まる。

 

「それではこれより、自英学院と大林高校の練習試合を始めます。礼!!」

 

「「「お願いします!!!」」」

 

 この練習試合は、自英学院に対して大林高校を強く印象付けることになる――

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