切り札の男   作:古野ジョン

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第二十九話 一年

 大林高校対自英学院高校の準決勝。一回表のマウンドには、エースの八木倫太郎が立っている。彼が投球練習を行っているのを、大林高校の部員たちがじっと見つめていた。

 

「去年より速いな」

 

「やっぱりすごい」

 

 当然ながら、八木もこの一年で大きく成長している。カーブを覚え、球速もさらに伸ばした。低めへの制球力も上がり、全国でも屈指の好投手へとのし上がった。

 

 間もなく投球練習も終わった。ブラスバンドの演奏と、全校から集まった生徒たちの声援に送られ、木尾が打席へと向かった。

 

「一回表、大林高校の攻撃は、一番、ライト、木尾くん」

 

「頑張れ木尾ー!!」

 

「かっとばせー!!」

 

 木尾は右打席に入ると、ふうと息をついた。大林高校の選手たちは、固唾を飲んでその様子を見守っている。先攻である以上、先制点を取って試合を有利に運びたい。皆そのように考えていたのだ。が――

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「いいぞ八木ー!!」

 

「ナイスピー!!」

 

 木尾はあっさり三球三振に打ち取られてしまった。八木はストライクゾーンに速球を集め、バットに当てることすら許さなかった。

 

「やっぱはえーぞ、あれ」

 

 ベンチに戻ってきた木尾が、思わず愚痴をこぼした。それを聞いた選手たちの表情がいっそう険しくなる。そうこうしているうちに、二番の近藤が打席へと入った。

 

「「かっとばせー、こーんどうー!!」

 

「近藤先輩打てるよー!!」

 

「落ち着いてー!!」

 

 近藤はこの大会、よく当たっている。巧みなバットコントロールで次々とヒットを量産し、クリーンナップの前にランナーを溜める重要な役割を果たしてきた。この打席にも、厚い期待が寄せられていた。

 

 八木は足を上げ、第一球を投じた。真ん中付近への速球だったため、近藤は迷わず打ちに行く。しかしホームベース手前でボールがストンと落ち、彼のバットは空を切った。

 

「ストライク!!」

 

「いいぞ八木ー!!」

 

「ナイスピー!!」

 

 さっきは三球ともに直球を投じた八木だったが、今度は初球からスプリットを投じてきたのだ。これには近藤も対応しきれず、まずワンストライクとなった。

 

「あのスプリットは打てないな」

 

「あんなに速いのにあんなに落ちるなんて」

 

 ベンチでも、久保とまなが八木について話し合っていた。彼はスプリットでカウントを取ったり、空振りを奪ったりするのを得意としている。直球との見極めも容易でなく、打者の対応を困難にさせている。

 

 八木は第二球を投じた。近藤はこれも打ちにいったが、今度はボールが外に逃げた。二球目は高速スライダーだったのだ。

 

「ストライク!!」

 

「八木ナイスピー!!」

 

「追い込んでるぞー!!」

 

 その後、八木は高めに釣り球を投じたがこれは近藤が見逃した。カウントはワンボールワンストライクとなったが、依然として八木が有利なカウントだ。そして、四球目。

 

「うぉらっ!」

 

 八木は声を漏らしながら、その指からボールを放った。白球がホームベースに向かって突き進んでいく。近藤がスイングをかけにいったが、またもスプリットだった。そのまま空振りすると、審判の右手が上がった。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「ナイスボール!!」

 

「八木いいぞー!!」

 

 近藤はしまったという表情を見せながら、思わず天を仰いだ。二死走者なしとなり、打席には三番の岩沢が向かった。

 

「三番、サード、岩沢くん」

 

「頼むぞ岩沢ー!!」

 

「お前が打ってくれー!!」

 

 あっさりツーアウトとなり、ベンチにもどこか重たい空気が漂っていた。すると、近藤がまなに対して口を開いた。

 

「滝川、やっぱアイツは格が違う。この一年で相当レベルが上がってるぞ」

 

「その通りです、近藤先輩。でも―― レベルアップしてるのは、私たちもですよ」

 

 まなは真剣な眼差しのまま、そう答えた。次の瞬間、大林高校の観客席から歓声が巻き起こった。

 

「しゃー!!」

 

 岩沢が思わず雄叫びを上げる。彼は初球を捉え、センター前に弾き返していたのだ。

 

「おっしゃー!!」

 

「ナイスバッチー!!」

 

 キャプテンが出塁したことで、ベンチの空気が明るくなっていた。一方で、打たれた八木は表情を変えず、落ち着いて松澤の声かけに答えていた。

 

「倫太郎、あまり気負うなよ」

 

「ああ、分かってる」

 

 そして、アナウンスが流れる。大林高校の応援席が一気に盛り上がり、次の打者に期待が寄せられていることを表していた。

 

「四番、レフト、久保くん」

 

「打てよ久保ー!!」

 

「一発かませー!!」

 

 次々に声援が飛ぶなか、久保は打席へと向かっていった。初回に彼が打席に立つ意味は大きい。一発が出れば一気に二点先制となり、優位に試合を運ぶことが出来る。

 

(低めは捨てだ。とにかく浮いた球だけ)

 

 久保は狙いを絞り、バットを強く握った。八木はサインを交換して、セットポジションに入る。一塁ランナーの岩沢を目で牽制したあと、小さく足を上げて初球を投げた。

 

(低い!!)

 

 久保は球の軌道を見極め、見逃した。八木が投じたボールは本塁の手前でストンと落下し、ワンバウンドとなった。岩沢は二塁を窺ったが、久保が手で制した。

 

「ボール!!」

 

「オッケーオッケー!!」

 

「ナイスセン久保ー!!」

 

 八木は返球を受け取ると、松澤のサインをじっと見つめていた。続けて第二球を投じたが、これもスプリットだった。久保が冷静に見極め、ツーボールとなった。

 

(コイツ、低めに手出さないな)

 

 松澤は久保の様子を窺い、配球を組み立てていた。当然ながら、バッテリーも久保の打撃をかなり警戒している。徹底的にストライクゾーンを避け、ボール球を振らせようとしていた。

 

(フォアボールにはしたくないはず。そろそろカウント取りに来るか)

 

 二球ボールが続いたあとの三球目。ストライクゾーンに投じてくるのではないかと予想した久保は、バットを強く握り直した。

 

 八木は一球だけ一塁に牽制球を送った。一塁手から返球を受け取ると、再びサインを見てセットポジションに入る。そのまま、第三球を投じた。

 

(また低い!!)

 

 久保の予想と反して、白球はゾーンギリギリの低めいっぱいに向かって突き進む。彼はスプリットを警戒して見逃したが、ボールはそのまま直進して松澤のミットに収まった。

 

「ストライク!!」

 

「ナイスボール八木!!」

 

「いいぞー!!」

 

 自英学院のベンチから、八木を盛り立てる声援が送っていた。一方で、大林高校の選手たちはじっと久保の姿を見つめていた。

 

「久保くん、お願い」

 

 まなも祈るような表情で見つめている。久保はふうと息をつき、次の球を待っていた。サインが決まると、八木は第四球を投げた。

 

(高い!!)

 

 久保はその軌道を見て、一気にスイングを開始した。白球は真っすぐ松澤のミットへと突き進んでいく。ややボール気味の釣り球だったが、久保は迷わずバットを振り切った。ガシャンという強烈な音を響かせ、打球がバックネットに突き刺さった。

 

「ファウルボール!!」

 

「「おお~!」」

 

 この一球の攻防を見て、観客席が沸き上がった。八木の速球か、それとも久保のバットか。一回表から、早くも四番とエースの対決に注目が集まっていたのだ。

 

(今のを仕留めたかった。追い込まれては変化球が来る)

 

 久保は表情を険しくした。八木の変化球はしっかりと低めに制球されているため、打ち返すのは容易ではない。それを理解している彼は、追い込まれたことに焦りを感じていた。一方の八木は、松澤のサインをじっと見つめている。

 

(これで勝負だ、倫太郎)

 

 八木もそのサインに頷き、セットポジションに入った。ちらりと岩沢を見て、小さく足を上げる。そのまま、第五球を投じた。白球が低めの軌道を描いて、ホームベースへと向かっていく。

 

(低いが、打ちにいくしか)

 

 反射的に、久保はスイングを開始した。ところが、ホームベース手前で再びボールは沈み始める。久保はスイングを止めようとしたが、バットが回ってしまった。

 

「回った!!」

 

 松澤がスイングチェックを要求すると、三塁塁審が右手を突き上げた。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「クソッ!!」

 

 久保は思わず大声で叫び、悔しがっている。八木はほっとした表情でマウンドを降り、松澤に駆け寄っていった。

 

「久保くん、ドンマイ!!」

 

「久保先輩、次は打てますって!!」

 

 久保がベンチに戻ると、まなとリョウが出迎えていた。彼は右手を挙げて二人に応えると、グラブを受け取ってレフトへと駆けていった。その一方で、八木と松澤はベンチに戻りながら今の対決を振り返っていた。

 

「健太、最後の見たか?」

 

「ああ、あのスプリットにバットを止められる奴なんてそうそういない」

 

「やっぱ、アイツは要注意だな」

 

 久保は悔しがっていたが、その一方でバッテリーの二人も彼の凄さを再認識していた。そして、準決勝は一回裏へと進む。大林高校の先発はエースの梅宮だ。彼は初回から、ピンチを背負うことになる――

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