切り札の男   作:古野ジョン

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第三十一話 劣勢

 自英学院は、前の打者が溜めたランナーを四番が帰すというお手本通りの攻撃を見せた。特に、四番の八木はバッテリーに直球狙いを悟られたことに気づき、カーブを狙い打ちしたのだ。強豪校らしく、その実力と経験値で大林高校を圧倒していた。

 

 タイムリーの後、梅宮は辛うじてピンチを脱して一回裏を終えた。汗をびっしょりとかきながらベンチに戻り、まなに謝った。

 

「すまん、滝川」

 

「あれを打たれたら仕方ないです。次の回から、気をつけましょう」

 

「ああ、ありがとう」

 

 ナインにも、どこか暗い空気が漂い始めていた。八木という強敵が相手にも関わらず、いきなりの二失点。厳しい戦いになることが予想された。

 

 その空気を反映するかのように、大林高校の打者は次々に打ち取られていく。二回、三回は両方とも三者凡退に終わってしまった。しかし、梅宮もなんとか踏ん張って初回以降は失点を防いでいた。

 

 試合は四回表に入る。依然として〇対二と、ビハインドの状況だ。アナウンスが流れ、近藤が打席に向かう。

 

「四回表、大林高校の攻撃は、二番、ショート、近藤くん」

 

「近藤頼むぞー!!」

 

「空気変えてくれー!!」

 

 部員たちの必死な願いが、グラウンドに響き渡っていた。近藤も気合いの入った表情で打席に入り、マウンドに対した。

 

 まなの指示は変わらず、「低めを捨ててゾーンを高めに」だ。近藤はその通りに、徹底的に浮いた球を狙っている。しかし、八木はコントロールを誤ることなく、確実に低めへと変化球を投げ込んできていた。近藤は最後にスプリットを打たされ、サードゴロに打ち取られた。

 

「ワンアウトワンアウトー!!」

 

「ナイスピー八木ー!!」

 

 内野陣が声を掛けると、八木は人差し指を突き上げて答えていた。自英学院の応援団は声を枯らし、彼を盛り立てていた。続いて、三番の岩沢が打席に向かう。

 

「キャプテン頼むよー!!」

 

「出てくれ岩沢ー!!」

 

 ベンチから、出塁に期待する声が飛んでいた。岩沢もバットを強く握って構えている。キャプテンである自分が何とかしようと、決意していたのだ。一方の八木は松澤のサインを見て、足を上げた。ノーワインドアップのフォームから、第一球を投じた。

 

(スライダー!!)

 

 岩沢はスイングしかけ、止めようとした。しかしバットが回ってしまい、審判の右手が上がった。

 

「ストライク!!」

 

「オッケー倫太郎、ナイスボール」

 

 松澤は頷きながら、八木に返球した。岩沢を始め、大林高校の打者たちは変幻自在の投球になかなか手が出ない。続いて、八木は第二球を投じた。

 

(今度はインコース!!)

 

 外角への高速スライダーを見せられてから、内角へのストレートを投じられた。岩沢は捉えきれずに空振りし、これでツーストライクと追い込まれた。

 

「いいぞ八木ー!!」

 

「ナイスピッチ!!」

 

 久保はネクストバッターズサークルで、岩沢に対する八木の投球を見ていた。その圧倒的な実力で、じわりじわりと追い込んでくる。彼にとって、その状況が歯がゆくて仕方なかった。

 

 八木は三球目に直球を投じたが、これはアウトコースに外れた。返球を受け取ると、松澤のサインを見て頷き、四球目を投げた。ボールは緩い軌道を描いて、ゆっくりと沈んでいく。

 

(チェンジアップ!!)

 

 岩沢はその球の軌道を見てなんとか踏ん張り、タイミングを合わせた。バットを出し、ボールの軌道へと導いていく。そのまま振り切ったが、やや芯を外された。

 

「ライトー!!」

 

 松澤が声を張って、指示を送った。右翼手はほぼ定位置から動かない。岩沢は悔しそうにバットを放り投げ、一塁へと駆けていく。そのまま捕球され、これでツーアウトとなった。

 

「ツーアウトツーアウトー!!」

 

「ナイスボール八木ー!!」

 

 盛り上がる内野陣とは対照的に、八木は表情を変えていない。というのも、彼は次の打者を見据えていたからだ。アナウンスが流れると、より表情が険しくなる。

 

「四番、レフト、久保くん」

 

「打てよ久保ー!!」

 

「頼むぞー!!」

 

「お前が打てー!!」

 

 大林高校の応援席から、状況の打開を期待する声援が飛んでいた。たとえツーアウトでも、久保の一発には試合を大きく変える力がある。松澤も表情を厳しくして、八木に声を掛けていた。

 

(ここで打たなきゃ、このまま押し切られる)

 

 久保は久保で、危機感を持って打席に向かった。まだ四回表だが、八木攻略の糸口は見えず、梅宮も苦しい投球を続けている。このままでは自英学院の勢いに飲まれてしまうのは明らかだった。

 

「「かっとばせー、くーぼー!!」」

 

 観客席から、全校生徒が大声でエールを送っている。久保の仕草、そして息遣いまでが注目されていた。二年生ながら、彼はチームを背負って打席に立っている。その事実が今、はっきりと示されていた。

 

(こうなったら、低めにもゾーンを広げていくか)

 

 まなの指示とは違うが、久保は低めの球にも狙いをつけた。追い込まれたら、どのみち低めの球にも手を出さなければならなくなる。それなら、最初から狙ってしまおうという算段だった。

 

 八木は慎重に松澤とサインを交換した。ふうと小さく息をつき、足を上げる。そのまま、第一球を投じた。

 

(低い……いや、スライダー!)

 

 久保は手を出していったが、バットの先っぽに当たって三塁線を切れていくファウルとなった。まずワンストライクとなり、八木の表情が少し和らいだ。

 

「八木ー、落ち着いていけー!!」

 

「しっかりなー!!」

 

 内野陣はしっかりと八木を励ましている。久保は次の球について考えを巡らせながら、構え直した。

 

(この打席も徹底的に変化球か。次もスライダーかな)

 

 八木は第二球を投じた。久保の予想通り、これも高速スライダーだった。彼は手を出していくと、今度はしっかりとボールを捉えた。しかし僅かに切れていき、再びファウルボールとなった。

 

「ファウルボール!!」

 

「追い込んでるぞー!!」

 

「焦るなよー!!」

 

 久保はしまったという表情でバットを見つめた。八木は一瞬ヒヤっとしたが、ほっと安心してマウンドに戻った。

 

(最後までスライダーで押し切るか、それとも……)

 

 久保は考えがまとまらず、苦しんでいた。はあと大きく息をつき、厳しい表情で打席に入り直した。八木は足を上げ、第三球を投げた。白球が、インコースに向かって真っすぐ進んでいく。

 

(真っすぐ!!)

 

 外に二球スライダーを見せてから、内角へのストレート。並の打者なら弾き返すのは困難だが、久保はしっかりと対応した。うまく肘をたたむと、しっかりとセンター方向へと打ち返してみせた。カーンという金属音を残して、強烈な打球が飛んでいく。

 

 一瞬、大林高校のベンチが沸いた。皆がその打球の行方を見つめ、期待を寄せた。が――八木は手を伸ばして、その打球を掴み取った。ピッチャーライナーとなり、これでスリーアウトだ。

 

「くっ……」

 

 一塁に駆けだそうとした久保が、その場で動きを止めた。反撃の嚆矢となるはずの打球が、八木に掴み取られてしまったのだ。そのダメージは大きかった。

 

 大林高校はなかなか反撃をすることが出来ていなかった。そうこうしているうちに、いよいよ自英学院は梅宮を捉え始める。果たして、久保たちはそのピンチを凌ぐことが出来るのか――

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