切り札の男   作:古野ジョン

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第二十五話 評判

 いよいよ明日に準々決勝が迫っているが――大林高校の部員たちは、新聞のスポーツ欄に夢中になっていた。明日の試合が注目カードに挙げられており、雄大のインタビューが掲載されていたからだ。

 

「久保、お前ずいぶんと真面目に答えてるなあ」

 

「いやあ、ちょっとカッコつけちまったぜ」

 

 記事を読んで感心する芦田に対し、雄大はそう返事をしていた。皆も自分のことが載っていないかとはしゃいでおり、試合前の緊張感などどこ吹く風だった。すると、雄大は新聞の片隅から自英学院の記事を見つけ、雄介に声を掛けた。

 

「雄介、健二も記事になってるぞ」

 

「まじすか? って、一試合二本塁打!?」

 

 健二は初戦からその打棒でチームに貢献しており、三回戦では一試合二本塁打を放ったというのだ。一年生ながら四番に抜擢されただけはあり、その実力を遺憾なく発揮していた。

 

「森山だって、三回戦では十奪三振で完封だ。完全に復活したな」

 

「これも、健二のおかげ……?」

 

「どうやら、お前の元チームメイトは想像以上みたいだな」

 

 雄大はそう言って新聞を置いた。そしてグラブを手に取り、グラウンドへと向かっていく。歩きながら、彼は森山のことを考えていた。

 

(やっぱり復活したんだな。心置きなく、去年の借りが返せるってもんだ)

 

 相変わらず全校から見物客が訪れているが、雄大は気にせず練習に励んでいた。大林高校野球部は、今までないほどに注目されている。部員たちもすっかり気分がよくなっており、レイは少し心配していた。

 

「なーんか、みんな浮かれてますね~」

 

「大丈夫だよ、見ててね」

 

 まなはそう言うと、新聞を読んでいる部員たちのところへと向かった。そして大きく息を吸い込み、腹から声を出して――

 

「い い 加 減 に 練 習 し な さ い!!!!」

 

 と叫んだ。部員たちは慌てふためき、急いで道具を手に取って練習に向かおうとしている。そんな中、雄介は新聞を手に取ったまま動かない。

 

「ちょっと、雄介くんもさっさと……!」

 

「先輩、ここに兄貴がカッコよく写ってますよ」

 

「え、どこどこ?」

 

 その場にいた全員がズッコケた。

 

***

 

 練習を終え、部員たちはミーティングに臨んでいた。もちろん、明日の準々決勝に向けてのものだ。まなは皆の前に立ち、対戦相手について説明を始めた。

 

「皆も知っての通り、明日の相手は和泉高校。三回戦常連の学校ね」

 

「準々決勝まで上がったのは久しぶりじゃないか?」

 

「そうだね、雄大。今年は選手が揃ってるみたい」

 

 まなは資料を取り出し、和泉高校の選手について説明を始めた。このチームの主力となるのが、四番に座る足立だ。彼はエースでもあり、フォークとスライダーを持ち球としている本格派投手である。

 

「足立くんの最速は140くらい。フォークの見極めが鍵だね」

 

「フォークを振らされるとキツイな」

 

 雄大は真剣な表情でそう言った。続いて、まなは他の野手について説明を始めた。特に注意すべきなのが、一番の鎌田と三番の野口である。鎌田は俊足の遊撃手で、攻撃の起点となることが多い。三番の野口は好打者の二塁手であり、足立とともにポイントゲッターの役目を果たしていた。

 

「他の選手たちも鍛えられてるから、全体的に堅実な選手が多い印象だね」

 

「そうだなあ」

 

 部員たちも和泉高校の選手について話し合っていた。しかし、まなはそれを制して、口を開いた。

 

「明日の先発は雄大に任せる。頼んだわよ」

 

「おう、任せとけって!」

 

「リョウくんと加賀谷くんも、いつでもいけるように準備しといてね」

 

「はい!」

 

「おうよ!」

 

「だいたい話も終わったし、今日は解散ね。みんな、明日はよろしく!!」

 

「「おう!!!」」

 

 そうして、部員たちは帰り支度を始めた。雄大も帰ろうとして、荷物をまとめている。すると、まなが彼に話しかけた。

 

「雄大、ちょっといい?」

 

「おう、どうした?」

 

「帰り、ファミレス寄らない……?」

 

***

 

 二人は一緒に学校を出て、ファミレスへと向かった。珍しくしおらしいまなを不思議に思いつつも、雄大は何を食べようかなどと呑気に考えていた。やがて店に到着すると、二人は適当なボックス席に腰掛けた。

 

「おい、乾杯しなくていいのか?」

 

「あ、うん」

 

 雄大はまなのコップにお茶を汲んできてあげて、彼女に差し出した。しかし、依然としてまなの表情は冴えない。雄大がどうしたもんかと思っていると、彼女が口を開いた。

 

「ねえ、雄大」

 

「ん、どうした?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「おいおい、なんだってんだよ」

 

 雄大はお茶をちびりと飲み、コップをテーブルに置いた。しばらく沈黙が流れていたが、再びまなが口を開いた。

 

「なんか、こういうの久しぶりだね」

 

「こういうのって?」

 

「最近、雄大と二人きりで話してなかったなって」

 

「はは、たしかにそうかもな」

 

 雄大はそう言って笑った。まなも少し笑みを浮かべ、コップを手に取った。雄大は試合に取材にと大忙しだったため、あまりまなと話をしていなかったのだ。

 

「最近さ、スカウトの人が来てるよね」

 

「……そうだな」

 

「よかったね、雄大。きっとプロに行けるよ」

 

「おいおい、気がはえーよ」

 

 喜ばしいことのはずなのに、まなの口調はどこか寂し気だった。雄大は頭に疑問符を浮かべ、単刀直入に切り込んだ。

 

「なあ、さっきからどうして元気がないんだ?」

 

「……え?」

 

「何かあったのか? 言ってみろよ」

 

 雄大はじっとまなの目を見つめ、答えを促した。まなは苦笑いして、ゆっくりと話し始めた。

 

「なんか、雄大だけどんどん先に行っちゃうんだなって。私だけ、何も進んでないや」

 

「なーんだ、そんなことかよ」

 

「ふぇっ?」

 

 まなが気の抜けた返事をすると、雄大が彼女の両手を掴んだ。そして語り掛けるように、感謝の言葉を口にした。

 

「お前のおかげで、チームはここまで強くなったんだ。そして、俺だって投手に復帰できた。何も進んでないなんてさ、悲しいこと言うなよ」

 

「でも、私はただ」

 

「それによ、俺たちが甲子園に行ったらすげえことだぜ? お前は、甲子園に行った史上初の女子マネ監督になるんだぞ」

 

 雄大はがっちりと手を握ったまま、離さない。まなは耳まで赤くなって、照れたように返事をした。

 

「……ありがとう。恥ずかしいから、手離してよ」

 

「あ、わりい」

 

 手を離すと、雄大はコップの茶を飲み干した。そして、さらにこんなことを付け足した。

 

「それに、俺はお前と同じ大林高校の三年生だ。遠くにもどこにも行ってないだろ?」

 

 それを聞き、まなに笑顔が戻った。彼女は元気な声で、雄大に返事をする。

 

「……うん、そうだね!」

 

「あーあ、腹減ったしピザでも食おうぜ」

 

「ちょっと、明日試合なんだからねー!」

 

「じゃあお前が食えよ、ハハハ」

 

 こうして、二人はいつも通りの調子に戻っていった。雄大も、もちろん自分に注目が集まっていることは承知している。それでも、しっかりと地に足をつけ、一歩一歩確実に歩んでいたのだ。

 

 そして、次の日。大林高校の選手たちは球場へと足を運び、準々決勝に向けて準備を始めていた。スタンドには早くも両校の応援団が陣取り、球場を盛り上げている。試合開始の時間が近づき、選手たちはベンチで最後のミーティングを行っていた。

 

「今日は後攻だし、先制点取られるのは避けないとな」

 

「雄大に懸かってるんだからね。頼むね」

 

「おう、もちろんだ」

 

 まなはポンと雄大の肩を叩き、気合いを入れていた。間もなく両校の選手たちがベンチ前に並び、審判の号令を待っている。

 

「整列!!」

 

 選手たちが一斉に駆け出し、本塁を挟んで列をなしている。彼らは気合いの入った表情で互いに見合い、試合に向けた雰囲気を作り出していた。

 

「和泉高校対大林高校の試合を開始する。礼!!」

 

「「「「お願いします!!!!」」」」

 

 ベスト4を懸けた準々決勝が、始まった――

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