切り札の男   作:古野ジョン

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第三十五話 執念

 スタンドのどよめきを聞きながら、雄大が内野に向かって走って行く。まなはそれに合わせ、岩川を伝令に送った。彼は雄大の投手用グラブを手に、マウンドへとやってきた。内野陣も集まり、皆で話をしている。

 

「お疲れ、加賀谷。しんどかっただろう」

 

「すまん、久保。俺では止められなかった」

 

 雄大は加賀谷を労うと、ボールを受け取った。伝令に来た岩川は、まなからの指示を部員たちに伝えている。

 

「前進守備で、内野ゴロは必ずバックホームです。無失点で切り抜けましょう」

 

「他には?」

 

「久保先輩には『出来るなら三振を取ってほしい』とのことでした」

 

 岩川の言葉を聞き、雄大はベンチの方を向いた。それに気づいたまなは頷き、その意思を伝えようとしている。

 

「分かった。芦田、空振り狙いでいくぞ」

 

「言われずともそうするよ。じゃあ、みんな頼むぞ」

 

「「おうっ!!」」

 

 芦田がそう声を掛けると、皆が各守備位置へ散って行った。雄大は投球練習を開始し、豪快な捕球音を響かせている。彼が一球投じるごとに、観客席が大きくどよめいていた。

 

「出てきたな、金井」

 

「ああ。アイツを打たなければ決勝はない」

 

 藤山高校のベンチでは、牧原と金井がマウンドの方をじっと見つめていた。藤山高校の三年生にしてみれば、雄大はかつて先輩たちの夏を終わらせた張本人である。そのため、この試合に懸ける思いには特別なものがあった。

 

 間もなく投球練習が終わり、二番の左打者が打席に入った。それに合わせ、審判が試合を再開させる。

 

「プレイ!!」

 

「頑張れ久保ー!!」

 

「負けんなー!!」

 

 雄大は声援を聞きながら、芦田のサインをじっと見た。そしてセットポジションに入り、各塁の走者を見る。七回表、同点で状況は一死満塁。観客たちも、この緊迫した状況に息を呑んでいる。雄大はふうと息をつき、第一球を投じた――

 

「ッ!」

 

 次の瞬間、打者は思わずのけぞった。雄大が投じた球がインハイに決まり、ドン!という捕球音を響かせたのだ。スコアボードに「155」という球速が表示されると、スタンドからは再びどよめきが聞こえた。

 

「ひゃくごじゅうご……!?」

 

「やっぱすっげえな」

 

「高校生かよ、マジで」

 

 スタジアムが騒がしくなる中、雄大は堂々と振舞い、芦田からの返球を受け取った。打者は目を丸くしながら、再びバットを構える。続いて、雄大は第二球に高めの直球を投じた。打者は打ちにいくが空振り、これでツーストライクとなった。今度は「154」という数字が表示され、またも観客席がどよめく。

 

 打者はバットを短く持ち替え、なんとか対応しようとするが通用しなかった。雄大は三球目にも高めの直球を投げ、空振りを奪ってみせたのだ。

 

「ストライク! バッターアウト!!」

 

「すげえ!!」

 

「きょう最速だ!!」

 

 しかし観客たちの視線は、打席でなくスコアボードに集まっていた。そこには「156」と表示されており、雄大の高校生離れしたポテンシャルが端的に示されていたのだ。

 

「久保先輩、すごい!!」

 

「うん、さすが雄大!!」

 

 レイとまなも、期待通りのピッチングに興奮を隠せなかった。雄大の投球で、徐々にスタジアムの空気が大林高校寄りに変わっていく。そんな中、三番の佐藤が打席に向かった。

 

「三番、サード、佐藤くん」

 

「お前が頼りだぞー!!」

 

「久保を打ってやれー!!」

 

 佐藤は気合いの入った表情で左打席に入り、構えた。彼は既にバットを短く持っており、雄大の速球に対応する姿勢を見せている。状況は二死満塁となり、内野手は定位置に戻っていた。

 

(ツーアウトだけど、バットに当てさせたくない。三振を狙いにいくぞ)

 

 初球、芦田は縦スライダーを要求した。暴投になるリスクもあるが、それでも空振りを狙おうという強気のリードである。雄大はそのサインに首を縦に振り、セットポジションに入った。

 

「「かっとばせー、さとうー!!」」

 

 大声援が轟く中、雄大は第一球を投じる。白球が高めの軌道へと突き進んでいき、佐藤はスイングを開始した。雄大が二番打者に直球を多用していたのもあり、彼はストレートが来るのを予想していたのだが――ボールは急激に変化して、バットの下を通過していった。

 

「ストライク!!」

 

「ナイスボール!!」

 

 芦田は力強く声を上げ、雄大に返球した。佐藤は悔しそうにバットを見つめ、再び構える。バッテリーは二球目にも縦スライダーを選び、空振りを奪ってみせた。これでノーボールツーストライクだ。

 

(このままスライダーで押し切れるか)

 

 佐藤の様子を見て、芦田は三球目にもスライダーを要求した。雄大もそのサインに頷き、セットポジションに入る。全くタイミングが合っていない佐藤を見て、観客たちも雄大の勝利を予想していた。しかし――二年前の屈辱を、佐藤も忘れていなかったのである。

 

 雄大は小さく足を上げ、第三球を投じた。要求通り、縦スライダーが本塁に向かって突き進んでいく。佐藤はその短く持ったバットを動かし、無理やり逆方向に叩きつけてみせたのだ。打球は高く跳ね上がり、左方向に飛んでいく。

 

「ショート!!」

 

 芦田が大声で叫ぶと、潮田は三遊間の深いところで打球を掴んだ。そこからなんとか体を反転させ、二塁へと送球する。ベースカバーの青野が捕球したが、それと同時に一塁走者が滑り込んだ。球場中の視線が、二塁塁審へと集まった。

 

「セーフ!!」

 

「っしゃー!!」

 

「勝ち越しだー!!」

 

 タイムリーヒットとなり、これで藤山高校が一点を勝ち越すこととなった。観客席からは大歓声が巻き起こり、その得点を讃えている。一方で、二年前に自分が放ったのと同じような内野安打を打たれてしまい、雄大は思わず苦笑いを浮かべた。

 

「やられたなぁ……」

 

 小さな声で呟くと、彼はマウンドへと戻っていった。ベンチでは、レイとまなが厳しい表情をしている。

 

「打ち取った当たりだったのに……」

 

「してやられたね」

 

 押せ押せムードの中、四番の牧原が打席に向かって歩き出した。アナウンスが流れ、藤山高校の応援団が一気に勢いづく。

 

「四番、センター、牧原くん」

 

「決めろー!!」

 

「勝てー!!」

 

 一点を勝ち越したうえに、二死満塁という状況で四番が打席に入る。観客たちにとって、これほど盛り上がる場面はなかった。大歓声の中、牧原は右打席に入った。

 

 雄大は表情を引き締め直し、芦田のサインをじっと見ていた。今日の牧原は、三打席目でレフト前にタイムリーを放っている。バッテリーにとって、特に警戒すべき打者だった。

 

(ここも三振狙いだ)

 

 芦田はインハイのストレートを要求し、構える。雄大も頷き、セットポジションに入った。観客たちはマウンドと打席に熱い視線を送っている。雄大は各塁の走者をちらりと見たあと、足を上げて第一球を投じた。

 

「うわっ!!」

 

 牧原は大きく声を上げ、のけぞった。雄大の投じた球は胸元いっぱいに決まり、ドシンという捕球音が響き渡る。スコアボードに「156」の数字が表示されると、再びスタジアム全体がどよめいた。

 

「出た!!」

 

「はええ!!」

 

 雄大は芦田からの返球を受け取り、ふうと息をついた。カウントはワンストライク。牧原は今の球を見て、佐藤と同じようにバットを短く持った。続いて、雄大は第二球を投じる。火の出るような直球が、高めの軌道で本塁へと突き進んでいった。

 

「ッ!」

 

 牧原は思わず声を漏らしてスイングをしたが、当たらない。これでツーストライクとなり、雄大は早くも追い込んだ。スコアボードには「157」の数字が表示され、観客席のボルテージはますます高まっていく。

 

「最速だ!!」

 

「アイツとんでもねえぞ!!」

 

 佐藤の勝ち越し打で傾きかけた流れを、雄大が強引に引き戻していく。牧原には、もうどうすることもできない。そして、雄大が第三球を投じると――白球が、バットのはるか上を通過していった。

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「っしゃあ!!」

 

 雄大はガッツポーズを見せ、マウンドを降りていった。再び「157」の数字が表示され、観客たちが大きな拍手を送っている。牧原はただただ唖然として、打席に立ったまま動けなかった。雄大がベンチに戻ると、まなが大きな声で讃えた。

 

「ナイスピー、雄大!」

 

「一点取られてナイスじゃねえって」

 

「いや、流れを引き戻してくれた。十分だよ」

 

 スコアは三対二と勝ち越されたが、まなはそれほど焦っていなかった。部員たちにも一点返そうという気合いが満ちており、雰囲気は悪くない。雄大たちは、反撃して勝利を引き寄せることが出来るのか――

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