伏黒姉弟救済RTA 無為転変チャート【参考記録】   作:ガラムマサラ

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 無言


裏:虎杖悠仁はわからない

 虎杖悠仁は呪術界に身をおいてニヶ月程度しか経っていない。まだ知らないことの方が多すぎるが、その経験はしっかりと彼の身に刻まれている。

 

 己に死刑を宣告した上層部はおっかない連中が蔓延る世界であることを知った。

 五条や夜蛾、伊地知、七海のような理解のある大人もいることを知った。 

 伏黒や釘崎のような背中を預けられる仲間がいることを知った。

 そして、己の身に宿る宿儺が、どれほど邪悪な存在であるかを身をもって知った。

 

 

 知らないことはまだ多い。

 けれど、白と黒くらいはわかっている。

 

 ──────つもりだった。

 

 

(わからない)

 

 

 前にも後にも、純粋に疑問符だけが浮かんだのはこの瞬間。

 今、目の前に立つ、この男を見た時だけだった。

 

 身体的な特徴はわかる。

 やや茶色がかった黄土色の髪。無骨ながらも整った顔の部位。虎杖よりも拳一つ分程度高い身長。

 身につけている衣服だって、虎杖が知るものばかり。

 

 しかし雰囲気はまるで異質。

 優しそうだとか、怖そうだとか、変な人だとか、人間誰しも抱くはずの第一印象。

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 人生で初めての経験に戸惑う虎杖だが、男が手に持っていた【宿儺の指】が、辛うじて疑問と僅かばかりの不信感を向けられる要素としてあった。

 

 

「お前、それはっ……!」

 

「お前が一番よく知っているものだろう。虎杖悠仁」

 

 

 言外に、虎杖が“宿儺の器”ということを知っていることを示していた。

 思わず身構える。

 後ろの運転席にいる伊地知に視線を向ける。

 虎杖の意図を汲んだ伊地知は静かに頷き、車を切り替えして距離を取った。

 

 

「別に離れる必要もない。すぐに終わるからな」

 

「すぐ終わりそうはないな。つか、何でそれを持ってんだよ?」

 

「吉野順平の自宅から回収したものだ」

 

「っ」

 

 

 虎杖がここに至るまでの過程が呼び起こされる。

 映画館での変死事件を追う中、ちょうど現在立っている河川敷で会った容疑者である吉野順平。母親を含めて親交を深め、順平の性根に触れた矢先に、母親が呪霊に襲われてしまった。

 目立った外傷はなかったが、今もなお意識不明のままにいる。

 

 なぜ呪霊が現れたのか。

 疑問は尽きないものの、引き続き調査を進める七海と分かれて伊地知の車で移動していた矢先──────答えがやってきた。

 

 

「……そうかよ。それ、自白ってことでいいんだよな?」

 

 

 男は否定も肯定もしない。

 虎杖が拳に呪力を込めると、宿儺の指をポケットにしまう。渡すつもりはない、ということか。

 

 持っているだけで呪霊を呼び寄せる危険物をそのままにしておくことはできない。

 辿り着く結論としては、実力行使で奪い取るまで。

 アスファルトが削れる勢いで足を踏み込み、全身をバネのように虎杖は飛びかかった。

 

 

「ふっ!」

 

 

 小手調べ、しかれども力を込めた右ストレートを放つ。力を相殺させるように左腕で受け止めながら河川敷の下へと降りていく。

 

 草根を飛び越えて放った踵落としも難なく受け止められ、反撃に回し蹴りを放たれる。虎杖の防御は間に合い、川に足を入れる寸前でその身を持ちこたえる。

 

 

(肉弾戦はできる方か)

 

 

 一度、二度、三度。

 虎杖が仕掛けては受け流され。

 その繰り返しが行われながらも、虎杖は分析の思考を止めない。

 

 ……現状、完全に動きを読まれている。

 虎杖が全速力で打撃を入れようとしていたところには既に防御されている。

 

 

「くっそ、純粋な体術だけでいなされる……こいつ、俺よりも何枚も上手か──────ならっ!」

 

 

 

 掌底を放つと見せかけ、男の服を掴む。

 そして引き寄せながら、肩から背中にかけて体重を乗せて、()()()()で殴る。

 

 

「ほう」

 

 

 武術の心得があるわけではない。

 しかし、虎杖悠仁の肉弾戦における才能は五条悟から見てもピカイチと言わしめる。

 彼の身体能力であれば、たとえ見様見真似の猿真似でさえ攻撃として通用する。

 

 風が通り抜けるように、芝生に風が吹き抜ける。

 入った。ダメージとして通用したことを手応えで感じ取った。ただひたすらに“無”だった男の鼻頭が赤く腫れているのが見て取れた。

 

 

「成程。素の膂力が並の術士の呪力を纏った攻撃と同義と言ってもいい。単純なパワーというのはシンプルが故に、対処できなければそのまま圧倒されるな。

 いや、呪力云々に関係なく、単純に肉体の強度や性能が異常に高い。後天的に身につけたにしては技は拙い。つまり先天性のもの。

 ……驚いた。親の顔を見てみたいな。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、お前の肉体」

 

「そうかよ! こっちはお喋りなことにびっくりだよ!」

 

 

 男が話している間にも虎杖は距離を詰めていた。

 攻撃が通用するとわかればこちらのもの。

 胴にめがけて飛び蹴りを繰り出した。

 

 

「だがこれではまだだな。純粋(シンプル)単純(ワンパターン)を履き違えない方がいい」

 

「なっ!?」

 

 

 しかし、気がつけば胴に腕を回されていた。

 虎杖の身体能力であれば空中にいようとも体幹で身を翻せる。だからこそあえて隙の大きい飛び蹴りを繰り出した。

 が、反射で行動する前には既に、虎杖の後頭部から背中にかけて衝撃が走っていた。

 

 

「……くっ、ここでプロレス技かよ!」

 

 

 意外な技に遅れを取った。

 土手に亀裂が走り、川の水面に波紋が広がる。

 地震かと勘違いしてしまいそうになる攻撃を受けても虎杖は意識を保っていた。

 

 次に視界にうつるのは両足のブーツの靴底。

 プロレス技だったらそれもくるよな、と内心読んでいた虎杖は身を縮こませて防御する。

 競技ではない以上、ノーガードで受けてやる必要もない。腕と脚に呪力をこめて攻撃に備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────瞬間、黒い閃光が視界を埋める。

 

 

 

 

 

 

 

 ブラウン管のテレビが電源を切るように、虎杖の視界が真っ黒に閉ざされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、にが、おき」

 

「しまった。まさかここで出るとは」

 

 

 耳鳴りが収まり、視界も徐々に光を取り戻す。

 口の中に滲む血を吐き出しながら呼吸を整える。

 

 

黒閃。打撃と呪力の衝突が誤差0.000001秒以内に発生した瞬間に起きる現象だ。威力は約2.5乗……と言ったところか。組手で良かったな。本気で呪力を込めていたらここ一帯の家屋を貫通していたぞ」

 

「組手、って」

 

 

 虎杖は割と本気で戦闘をしていたつもりだというのに、遊ばれていただけだった。男が、虎杖の攻撃を組手として受け取ったのは双方の隔絶した力量差によるものだと知り、虎杖は力の入らない拳に無理矢理力を入れようとする。

 

 

「黒閃は技ではなく“現象”だ。狙って出せるものではないが、術式があろうとなかろうと誰にでも平等に起こり得る。

 案外、お前のような愚直な人間にこそ、窮地の時に応えるものかもな」

 

「……おい! 待てよ!」

 

「器のカタチは理解できた」

 

「じゃなくて、指!」

 

「用が済んだらくれてやる」

 

 

 一方的に話すだけ話して去っていった。

 負傷により追うこともできず、そのまま虎杖は意識を手放してしまう。

 距離を取って様子を伺っていた伊地知と、連絡を受けて急行した七海によって保護され、幸い半日で動くことはできるようになったものの、七海に対する経緯の報告に苦労することになる。

 

 何せ、何もわからなかったから。

 理解できたのは事細かに要点だけをくり抜けられた虎杖の“器”としての適性と、呪術に関する知識のみ。

 どこか致命的にボタンをかけ違えているような、同じ言葉を話しているはずなのに意思疎通ができた気がしない。そんな印象しか残らなかったからだ。

 

 あれは一体何だったのか。

 わからないまま次の日。虎杖にとって試練の時を迎える。

 利用されるだけ利用された吉野順平を無残な姿に変えて殺害した特級呪霊、真人と呪い合いは苛烈を極めた。

 

 

『自閉円頓裹』

 

 

 七海とも合流し、土壇場まで追い詰めた真人が発動した“領域展開”。

 あえて領域から除外された虎杖は一度、最強を経験している。

 故に、閉じ込められた七海は数秒も経たずに順平のようにされてしまう。

 

 

(動けっ! 動けよ俺の体! 何休もうとしてんだよ!)

 

 

 しかし、結界を破壊できず、とうとう活動限界を迎えようとしていた。

 いくら頑強な器としても、殺意に身を委ねて捨て身の攻撃をし続けていたツケからは逃れられない。加えて、昨日に受けた黒閃がここにきて響いてしまっていた。

 

 ……そう、黒閃だ。

 七海にも教えてもらったあの現象。

 

 虎杖は嘆く。

 あれさえ出来れば、このような結界なぞ容易く破壊できるというのに。手遅れとはいえ、改造人間の命を奪っておいて結局これか。所詮、自分は己の無力を噛みしめることしかできないのか。

 

 

 

「領域による結界は閉じ込めること。中に入ってしまえば必中で術式を行使できる以上、内から外に出ることは難儀するが──────」

 

 

 そんな無機質な声が空から降り注ぐ。

 

 

「外から内に入ることは容易だ」

 

 

 振り返れば、あの時の河川敷で会敵したあの男がいた。ダーツを投げるように、結界に小さな矢を虎杖の頬に触れる寸前のところを通り抜ける。

 

 虎杖は殴ってもびくともしなかった結界に突き刺さった瞬間。

 

 

■■(ばったい)

 

 

 どん、と。

 爆弾のように衝撃と破裂音が、結界の背後に通り抜けた。

 見れば、校舎に結界の輪郭と同じ空洞が出来上がっていた。その綺麗な断面は焼く前に切り抜いた後のクッキーの生地を彷彿とさせるが、残念なことに虎杖の位置からは伺えない。

 

 けれど、結界の中心から天井に走った亀裂は見逃さなかった。

 

 

「……すぅ」

 

 

 短く息を吐いて、その後に吸い込む。

 今の虎杖は千載一遇の機会しか見ていない。

 

 腰の位置に構えた後に練りだされる右手の呪力。

 残り一発、全力で放つことができる拳。

 これで出来ることなぞ、少年院の時のような、何の特別なことはないただの呪力を纏った攻撃。その焼き直しにしかならない。

 

 

「う、おおおおおおおオオオオオオ──────!!!!」

 

 

 ただ、あの時と異なるのは──────黒い火花が弾けたことか。

 

 

 虎杖は今度こそ完全に意識を手放した。

 気がつけば既に事は終わっていた。口惜しいことに真人には逃げられてしまったものの、七海は五体満足で生き延びることができてほっと一息つく。

 

 そして、領域の外側で何が起きていたのか話をしていると、自然とあの謎の男の話に移る。

 

 

「黄土色の髪の男……いえ、残念ながらそんな男は見ませんでした。虎杖君が結界を破っていただいた後、私もあの呪霊を追うので精一杯でしたから」

 

「そっか……」

 

「私も虎杖君と共に河川敷で目撃した情報をもとに調べてみました。以前、百鬼夜行の際に京都で東堂一級術師が交戦した呪詛師と特徴が一致しています」

 

「写真などはありますか?」

 

「一応、撮影を試みたものはありますが……いかんせん、近接戦闘の最中を撮影したものです。精度としてはお役に立てできるものではないかと」

 

 

 伊地知から渡されたピントがズレた写真をパラパラと捲りながら七海は思案する。

 

 夏油一派の残党の呪詛師? 

 それとも呪霊勢力と敵対しているフリーの術師? 

 ……情報が少なすぎる以上、正体については引き続き調査が必要だろう。

 ただ、未熟とはいえ虎杖と同じ一級の東堂が遅れを取る相手とあれば、七海も相手にするのは骨が折れることは確かだ。

 

 

「わかりました。私の方でも何か情報があれば連絡します。

 しかし、虎杖君はこの男の何が気になるのですか? 指を持っている以上、追わねばならないのはわかりますが、君にとっては他の理由もあるように感じます」

 

 

 流石ナナミン。鋭いな。

 見えない意図を感じ取る力は社会人を経験した所以だろうか。

 

 

「うーん……いや、単純に“気になる”からってだけ。俺が宿儺を宿していることを知っていた上で、黒閃とか領域の性質とか色々話してくれたし」

 

「……何か思惑がありそうですね」

 

 

 そういう意味で言ったわけじゃないんだけどな。

 口元まで出かかった言葉を虎杖は飲み込んだ。

 

 七海の言うとおり、何か思惑がありそうなのは確かだ。だが、見方を変えれば言動としては親切に教えてくれたようにも見える。

 

 あわよくば、手を取り合えるのではないか──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめておけ」

 

「えっ」

 

「心優しい虎杖(ブラザー)のことだ。きっとあの男とわかりあえるのではないか、と思っているのではないか? 

 その上で俺は言おう──────あの男だけはやめておけ、と」

 

 

 それは甘い考えだと、切り捨てたのは東堂だった。

 交流戦が終わった後、過去に東堂があの男と交戦したことを思い出した虎杖は、東堂に百鬼夜行当時の話を聞いていた。

 

 

 特級一体、一級五体も呪霊を祓った彼でさえ体術で押し切られたこと。

 さらに彼の“不義遊戯”を持ってしても逃げられたこと。

 

 範囲内であれば手を叩くだけで位置を入れ替える。こと相手を逃さないことに関しては随一の術式を、“肉弾戦で防御した東堂を術式範囲外まで吹き飛ばす”という荒業で攻略して逃げおおせたのだから。

 

 東堂は包み隠さず“不覚を取った”と口にする。

 だが、それを上回るほどの異質さを東堂はあの男に感じていた。

 

 

「拳を交わしたものとしてわかることはある。あの男は呪術界一般で言われる“呪詛師”とは異なる。虎杖(ブラザー)もそれは感じているからこそ、味方になれば心強いと言う考えに至ったのだろう」

 

 

 流石東堂。鋭いけどちょっと怖いな。

 特に理由もなく意図を汲まれると少し引いた虎杖であった。

 

 

()()()だ」

 

 

 しかし、虎杖が求めていた答えを出すのはいつだって東堂だ。

 彼の説明はいつも虎杖の腑にすとんと落ちていく。

 

 

「呪霊や呪詛師、呪術師や非呪術師……いや、そもそも人間と非人間と言っていい。

 ヤツと俺達は本質として決定的に噛み合わない。虎杖(ブラザー)も理屈ではなく本能で感じたのではないか?」

 

「そりゃ……まあ……」

 

虎杖(ブラザー)の考えを全て否定するわけではない。だが、お前の選択が結果的に誰かを傷つけてしまうことがあるかもしれない。身に覚えはあるだろう?」

 

「──────っ、おう」

 

 

 思い起こされるのは少年院での出来事。

 安易に宿儺へ体の主導権を移したことにより起きた悲劇を繰り返すわけにはいかない。

 

 勿論のことだが、東堂は決して“敵”であるとは言葉にしなかった。

 つまり、虎杖自身が見極めろ、ということか。

 虎杖はそう受け止め、次に会った時こそ彼のことを知ろうとした。

 

 その機会は思ったよりも早くやってくる。

 

 八十八橋。

 会敵した呪胎九相図が、己の不利を悟りトラックの荷台へ逃げ込んだ先に、あの男はいた。

 

 

「悪いが、ここで終わりだ」

 

 

 人質である座席にいた一般人を引き剥がし、無防備な背中に蹴り飛ばすことで虎杖の間合いへと強制的に入れさせた。

 

 

「……ごめん」

 

 

 兄弟の死に涙できる彼らは、呪霊と人間のどちらだったのか。

 もう物言わぬ彼らに答えられるはずもなく、その亡骸はずるりと虎杖の拳から離れていく。

 

 そうして目が合うのは、何度も虎杖の前に姿を現した男。

 人質に取られていた一般人はそのままトラックの荷台に乗せられたまま去っていくのが男の背後から見えた。

 

 結果的にこいつも人質を助けるために動いてくれた。

 呪いとは違う、手を取り合える存在だとようやく安心できそうだった虎杖は、男に対して礼を口にしようとしていた。

 

 

 

 

 

()()()()

 

 

 

 

 

 

 悪魔のような言葉を耳にするまでは。

 

 

「は?」

 

 

 その亡骸は、瞬きする間にカタチを変える。

 虎杖が奪った命は、親指サイズの化石のような、それでいて壊相の面影を感じさせるようなモノに成り果てた。

 

 いや、虎杖が呆気にとられたのはその速さだけではない。

 今、こいつは、何て詠唱した? 

 聞き間違いでなければ、あの真人と同じ──────

 

 

(速っ──────)

 

 

 目を離していたわけでもないのに、いつの間にか視界から消え失せていた。

 瞬間移動を彷彿とさせる動き。最悪を想定した虎杖は全速力かつ最短距離でガードレールを飛び越える。

 

 

「受肉体を呪物に戻す、というのは出来なくはないが、やはり現実的ではないか。まるで水に混ざりきった粉末を取り出すようなものだな。元に戻すには必ずしも同じ手段でできるとは限らない、というわけか」

 

「おい、なにぶつくさ言ってんだコラ。こいつらの仲間だって言うんなら──────」

 

『釘崎ィィィ!!!』

 

 

 飛び込むように虎杖は釘崎の体に突撃した。

 受け身のことを考えずに擁壁に追突するのを背中で受け止める。

 痛みでいえば今日一に痛い。だがこれでも比較的軽症だろう。

 釘崎の目元に、男の指が触れる寸前だったのだから。

 

 

(目で、追えなかった……! 勘で何とか後ろに引っ張れたけど、少しでも遅かったら……!)

 

 

 壊相が形を変えさせられた時間。真人とは比べ物にならないほどの術式行使の速さ。

 

 真人は手に触れられるのが一瞬であれば、七海のように怪我で済む。

 だが、この男は指先が少しでも触れるだけで駄目なのだ。文字通り、一瞬あれば術式は完了する。呪力があろうとなかろうと、人の形なぞ飴細工よりも脆いものなのだ。

 

 

「そら、くれてやる」

 

 

 戦いが始まろうとしたと思いきや、男の手から何かが投げ捨てられる。

 真人のような改造人間ではなく、虎杖の目には初めて邂逅した時に見た両面宿儺の指を捉えていた。

 指は体勢を崩した釘崎の目の前に着地する。

 

 

「これ、宿儺の指じゃん! うーわ、キッショ!」

 

「俺にとっては用済みだからな。()()()()()と約束したのだろう?」

 

「え、虎杖アンタこいつと前に会ったことあんの?」

 

「……ああ、まあ」

 

 

 だったら早くいいなさいよと釘崎から言われるが、交流戦が終わった後に話しただろと言い返す。

 不思議と敵意がない。しかし味方とも安心できない男と会ったことがある。そんな話を伏黒とも一緒に見舞いのピザ食べながら話をした──────

 

 

 

 

 

『黄土色の髪と目付きが鋭い男を見たら俺に教えてくれ』

 

 

 

 

 

 ふと、この事件に取り掛かる前の夜を思い出す。

 伏黒が呪術界に足を踏み入れた理由を。

 それは、寝たきりの姉の呪いを解くため。

 

 

 

『そんなの結構いそうだけどな。写真とかないの?』

 

『……ない。全部消えた』

 

『このご時世スマホに何かしらあるでしょ? アンタ中学の頃陰キャだったの?』

 

『うるせえ田舎女』

 

『で、誰なのそいつ?』

 

『……物心つく前から一緒にいた俺の友達なんだ。1年くらい前から行方不明になったまま見つかっていない』

 

 

 そして、同じく行方不明になった幼馴染を探すため。

 

 

『お前ら、■■のやつは見なかったか?』

 

『誰すかその人?』

 

『俺が中学の頃、いつも一緒にいただろ』

 

『はぁ、津美紀先輩じゃなくてですか?』

 

『……いや、やっぱりいい。変なこと聞いて悪かったな』

 

 

 今回の任務でも、後輩たちに聞いて回っていた。

 あの伏黒が藁にもすがるつもりで口にした特徴と、目の前の男が偶然にも一致しているように見える。いや、見えてしまった。

 

 

「お前、一体何者なんだ?」

 

「質問が抽象的だな。答えるに値しない」

 

「おい、待てよ!」

 

 

 怪我の痛みを我慢してその場から去ろうとする男を呼び止める虎杖。

 取り付く島もなく、要件だけ済ませてその場を離れようとする。

 これではまるで初対面の時と焼きまわし。

 ならばせめてと虎杖の口にした言葉──────

 

 

『「……じゃあ、名前教えてくれよ」』

 

 

 奇しくも、伏黒へ投げかけた質問と重なった。

 そして、その返答もまた伏黒の言葉と重なって聞こえる。

 

 

 

鬼灯元陽(ほおずきもとあき)。写真も戸籍も記憶も生きた痕跡すらも、()()()()()()()()()()()俺の──────友達だ』

 

鬼灯元陽(ほおずきもとあき)……これでいいか?」

 

 

 大当たり。

 一見、点と点が繋がった瞬間。

 にもかかわらず、虎杖の中には謎がわきでてくる。

 

 何故、伏黒の友達なら今まで姿を消していたのか。伏黒の姉が呪われたことが関係しているのか。

 何故、百鬼夜行に参加したのか。

 何故、【宿儺の指】を回収したのか。

 何故、ここに来て九相図を呪物に戻そうとしたのか。

 

 既に姿を消した、鬼灯と名乗った男のいた場所を呆然と眺める。

 相互理解が望めない彼の行動原理を推し量ることなぞ、虎杖でなくてもできようもない。

 結局、数々の疑問が解消されるのは──────全てが終わった後だった。





・虎杖悠仁
 宿儺の指を仕込んだ!? 敵だね?
 ↓
 色々教えてくれるし助けてくれた!? 素敵だね?
 ↓
 真人と同じ術式やんけ!? 敵だね?

 印象が反復横跳びしていてエルフの剣士よりも翻弄されている可哀想な男。意味不明なやつだけど、真人と同じ術式を持っているのなら自分じゃないと相手できないと考えており、次会ったら伏黒のためにタコ殴りにしてでも拘束しようと決めている。


・釘崎野薔薇
 後に虎杖からホモくんの術式のことを聞いて、実は窮地を虎杖に助けられたことを知る。(なお実際は指を渡されようとしただけである)
 伏黒からカミングアウトされた時は「ひょっとしてイマジナリーフレンド系なの?」とか茶化そうとしたが、あまりにも伏黒の顔が“本気”だったので自重した。
 ちなみに伏黒くんにはちゃんとホモくんのことを共有する。


・伏黒恵
 何も知らない恵くん。姉が意識不明になったと思ったらずっと一緒にいた友達も跡形もなく消滅していた気分はどうだ!感想を述べよ!
 釘崎から一部始終を聞いた途端、這ってでも現場に行こうとしたが普通に止められた。


・鬼灯元陽
 なんか突然現れてペチャクチャ解説して帰る系のキャラ。漫画やアニメだとモノローグが流れそうなシーンは大抵こいつが喋っていると思ってくれていい。
 


 次回──────『死闘』
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