アメリカの最小のウマ娘   作:SKT YKR

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おまけ
その後の日常


 

「ミラージュ」

 

「はい、どうしましたかメディックさん」

 

 昼下がりの生徒会室で私とメディックさんは目の前に広がる膨大な量の伝票を仕分けていた。新しいビッグレッド……オフィスクラークは今日も今日とてどこかに遊びに行ってしまったため、仕事が一人分増えている。

 あ、また理由の分からない出費だ。もう無視してもいいかな。

 

「おい、休憩だ……埒が明かん」

 

「レースと掛けてます?」

 

「……余裕がありそうだな。埒の扱いはお前の方が得意だろうしこの一束分はお前に任せようか」

 

「やめてください」

 

 無駄口を交わしながら私は手を止め、メディックさんが持ってきたラスクに手を伸ばす。シュッドヴィが作ってくれたらしい。この前に持ってきてくれたものは少しバターが多すぎたのか紅茶がないと辛かったが、今日のものはラスク単体でも味に飽きない。

 メディックさんもその味が気に入ったのか、鼻歌を歌いながら食べ進めていた。クラークは今頃何をしているのだろうか。一昨日はロバに囲まれているところを発見され、昨日は深い芝生の上で気持ちよさそうに眠っていたところを通りすがりの人が見つけて連絡してくれた。もう少ししっかりしてほしいものである。

 

「メディックさんは真面目ですよね。レースだとちょっと荒々しいイメージがあったから意外でした」

 

「そうか?」

 

 相も変わらず重りを手首足首に付け筋肉を保っている彼女からは威圧感を感じる生徒も多い。だからと言って何か困ったことがあるわけではないし、どちらかというとそのカリスマに助けられることが多いため私としてはありがたいのだが。

 

「重りが気になるか?」

 

「ええ、まあ。今日はどのくらいの重りを付けてるんですか」

 

 私が尋ねるとメディックさんはおもむろにアンクルウェイトを外し机の上に置いた。

 

「現役中で最も重かった時のものだ。持ってみろ」

 

「持てませんよ、重すぎて」

 

「いいや、お前は持てるはずだ」

 

 渋々机の上のアンクルウェイトを手に取り二の腕とふくらはぎの部分に取り付ける。流石に左足には付けられないので余った分は肩に載せた。

 

「おっも……やっぱり重いですって。……ん、いやでも」

 

 そーっと立ち上がり部屋の中を歩いてみる。確かに重い。ずっとつけていることはできないだろう。だが現役で走っていた頃、この程度の重さを背負って走っていた記憶がある。

 

「どうだ。経験したことがあるだろう」

 

「ええ、ここまでは重くなかった気がしますが似たようなものは」

 

 アンクルウェイトを返しながら私は現役時代を振り返る。あの時感じていた重さは物理的なものに換算すればこの程度のものだったのか、と今更ながら納得した。

 

「体重に対しての比率という意味で言えば君の方が重いものを背負っていた。それであれだけ走れたんだ。驚愕の一言だよ」

 

「えへへ、ありがとうございます。まあ、私は途中で背負いきれなくなったんですけどね……」

 

 メディックさんは余計なことを言ったかと顔を反らし窓の方を見た。今日は曇りで夕方には雨も降りだすとのことだ。今のうちに練習をしておこうとしているのか、グラウンドから聞こえてくる声も通常より大きい。

 

「活気がありますね。黄金期と言われるのも納得です」

 

「そうだな……」

 

 今、この国では数多の天才、秀才、鬼才、奇才が生まれ、これでもかとその才能を発揮している。

 あまりの強さからこの世の生き物と同列に語られない二代目ビッグレッド、オフィスクラーク。ティアラの頂点、ラスカル。そしてつい先日初の無敗三冠を達成したシアトルボグ。挙げればきりがないほどの才能あるウマ娘が今この瞬間も生まれている。

 

「ま、それに伴ってこうやって仕事が増えているわけだが」

 

「もう少し働いてくれる人員が欲しいですね」

 

 うんうんと何度も首を縦に振るメディックさん。誰もがトップにと推薦した二代目ビッグレッドはあの調子だし、ローカルダンサーさんは後輩の指導で全国を回っている。シュッドヴィは生徒会メンバーが入れ替わるとなったタイミングで辞めてしまった。他にも州ごとに様々な業務を担当してくれる者はいるがそれでも今の溢れかえる才能を支えるのは困難だ。

 少しの沈黙の後メディックさんは深呼吸をして仕事に戻った。私も頑張るかと気合を入れ直し、目の前に広がる伝票を手に取る。そうして2時間ほど過ぎただろうか。ドアの外に大きな影が現れ、のんびりとした声が部屋の中に入ってきた。

 

「おはよ~」

 

「よおクラーク、いいご身分だな」

 

 やっと我らがビッグレッドが帰ってきた。悪びれる様子もなく緩慢な動作で席に座るクラークにメディックさんが近づく。

 

「これが終わった書類な。サインしておいてくれ。他に特別な仕事はない。いつも通り頼むよ」

 

「オッケー」

 

 それで、とクラークに詰め寄るメディックさん。

 

「どこほっつき歩いてたんだよ」

 

「今日は近くの街中で現場視察?ははは、意外とばれないものですね」

 

「本当は?」

 

「……公園で走ってました」

 

 あの体格で街中を歩いてバレないわけがない。相変わらず噓をつくのが下手である。

 

「変な所に連れていかれないようにしてね。あなたは良くも悪くも影響力が大きいんだから」

 

 以前と比べれば治安は良くなっているとはいえ、少し路地裏に入れば黒寄りのグレーな連中がたむろしている。ケガを負わされるなどの直接的な影響は勿論、そんな奴らと一緒にいるところを撮られたりでもすればどう使われるか分かったものではない。

 

「分かってますよぉ」

 

 溜まっている手紙の量を見てため息をつきながらクラークは応える。まあ、彼女もバカではない。本当に危険がありそうであれば回避するし遊ぶにしても引き際を分かっている。それに彼女は今やこの国の宝だ。理性が飛んでいるような奴でもおいそれと手出しはしないし、周りの人間も必死に彼女を守ろうと努力している。彼女はその名声から生まれる危険を上回る力を持っているのだ。

 

「お前ほど名前と実態が一致しないやつも珍しいよな。オフィスでクラークって、なんかもう事務員以外の仕事出来ないって感じじゃないか」

 

「よく言われます。実際椅子でじっと仕事しているより外に出て走ったり食事していたりする方が好きですし」

 

「まあ、全くするなとは言わないけど、ほどほどにね」

 

 軽口を交わしながらもクラークはテキパキと書類を片付けていく。彼女はその気になれば仕事は早い方だ。さぼり癖……というよりもマイペースすぎるせいで締切寸前になることも少なくはないが。

 

「メディックさんの名前の由来は小さい頃世話になったお医者さんでしたよね。素敵ですね」

 

「その頃の話は親から聞いた限りだがな。ドクターには今もお世話になってるよ」

 

 珍しく恥ずかしそうな表情をして顔を背けるメディックさん。前に聞いた話だとドクターは彼女にとって第二の親のようなもので、今も家族ぐるみの付き合いがあるらしい。

 

「フォンセミラージュ……フォンセってフランス語で暗いって意味でしたっけ」

 

「いろんな訳があるけどおおむねそんな感じね」

 

「かっこいいですよね。暗い蜃気楼……」

 

「お前と同じレースで走っていた奴もお前が黒く見えたと言っていたし、面白いものだよな」

 

 その噂は私もよく聞いていた。最初は私の髪が何かしら影響してそう見えたのだろうと思っていたが、そうではないらしい。今にして考えると体が限界を迎える予兆の一つだったのではないかとも思う。どちらにしろ、今となっては過去の話だ。

 そして何よりかっこいい。私の青と白の明るい勝負服が真っ黒に変わって見えるというのは何ともロマンがある話ではないか。惜しむらくはその姿を自分では見ることが出来なかったことだが、自分の知らない自分の姿があるというのも味がある。

 

「暗くて黒い、暗黒の蜃気楼……かっこいいでしょう?」

 

(……やっぱりミラージュさんってちょっと中二なあれですか)

 

(いや、これならかっこいいもの好きの範疇だろう)

 

 二人が何やら小声で話している気がするがきっと気のせいだろう。

 

「でもほんとに不思議ですよね。服が黒く見えるって。走っている途中雰囲気がガラッと変わるウマ娘は偶にいますけど、服が変わって見えるって初めて聞きました」

 

「不思議が尽きない世界だからな。特にウマ娘については。そういうこともあるんだろう」

 

 ウマ娘についてはまだまだ分からないことも多い。一説によれば平行世界の何者かの魂が体に入るとかなんとか……誰が唱えだしたか分からないが面白い話だ。もしかするとあの黒い影もその平行世界の何かだったのかもしれない。

 

「ミラージュさんに黒い服か……」

 

 クラークは妄想を膨らましているらしく、私の体をじっと見ている。

 

「……似合いすぎて少し怖いくらいですね。闇落ちした姫みたいな」

 

「勝手に闇落ちさせるなよ。ま、私も似合うって点は同意だな。髪の色とよく合っている。ちょっと雰囲気が暗くなりすぎるのと背丈の関係で背伸びしている感が出るのは欠点か」

 

「恥ずかしいのでその辺にしてください」

 

しかし黒い服か……今度街に行ったときにでも見てみよう。サイズがあるといいのだが。

 

「それじゃ、仕事に戻ろうか。あと一頑張りだ」

 

 メディックさんの声と共に私は席に戻り作業の続きを始める。ワープロを叩く音が秒針の音と歩調を合わせるようにして午後の穏やかな時間の流れを感じさせていた。

 

 ◇  ◇  ◇

 

「はい終わり、終わり。今日は帰りましょう」

 

 声を聴いたクラークが背伸びをし、メディックさんは背もたれに寄りかかる。外は雨の影響もあり真っ暗だ。

 

「食堂にでも行くか」

 

「いいですね。最近新しくメニューに加わったスコーン食べてみたかったんですよ」

 

「あー、あのストロベリーのやつですよね。おいしかったですよ」

 

「食べ物の情報に関しては早いよな、お前」

 

 話しながら廊下を歩くと私たちに視線が集まる。私たちというのは少し違うか、皆が見ているのはビッグレッドだ。

 

「あ、ビッグレッドさん!こんばんは!仕事お疲れ様です!」

 

「ありがとー」

 

「ビッグレッドさん、今度一緒に走ってもらっても……」

 

「いいよ、いつでも生徒会室においでね」

 

 次々に話しかけられ、それに適当に答えているクラークを見ると人気者の大変さがよく分かる。

 当の本人はその人気ゆえの辛さをあまり感じていないらしい。そんなところも才能なのだろう。まあ、ストレスは本人も気づかぬところで溜まっていくものである。故に、好きな時間に走ったり沢山ご飯を食べたりするのに対して私たちは極力目をつぶっているのだ。

 

「少しは無視してもいいんだぞ」

 

「いやー、それはちょっと冷たい感じがして嫌なんですよね」

 

 そんな会話をしながら学食についた私たちは、それぞれ適当に注文をし、できる限り入口から遠い席に座る。食堂は既に皆夕食を終えた時間ということもあり、貸し切り状態だった。

 

「お待たしました~。サラダとハムのサンドイッチ、ハンバーグセット、炒飯セット、ストロベリースコーンです。食後のコーヒーなどいかがですか?」

 

「三つお願いします」

 

「かしこまりました。ごゆっくりー」

 

 普段の数倍丁寧な接客を受け、運ばれてきた食事を私たちはゆっくり食べ始める。因みにサンドイッチが私、ハンバーグがメディックさん、炒飯がクラークだ。

 

「炒飯って珍しいね」

 

 クラークはいつもステーキなどがっつり肉料理を食べているイメージだったがそうでもないらしい。セットでついてきた餃子の熱さに悶えながらもおいしそうに食べている。

 

「たまには中華もいいかなと思いまして。それに最近、中華街で修業を積んだ料理人さんが来てかなりクオリティが上がってるんですよ」

 

「お前ホントに食べ物の話題に関しては仕入れるのが早いな」

 

 フォークの背にうまくライスを乗せ口に運ぶメディックさん。私も定期的に練習しているがどうもうまく食べられない。恐らく一番の原因は食器のサイズが私に合っていないためだ。

 

「ミラージュさんも餃子食べます?」

 

「ほれミラージュ、ハンバーグを分けてやろう」

 

 私は何だと思われているんだろう。成長期はとっくに終わっている。

 しかし、サンドイッチばかりで味に飽きてきたのも確かだ。一口貰っておこう。

 

「ありがとうございます。代わりにサンドイッチを一口分どうぞ」

 

「いいんですか?ありがとうございます」

 

 小皿に餃子とハンバーグを分けてもらい、代わりにサンドイッチをちぎって二人の口に近づける。身長差があるため食べさせにくい。

 

「うん、外さない味だな」

 

 喜んでくれているようでよかった。私ももらったものを……まずは餃子から食べようか。

 

「……」

 

 口に入れ一度噛むと同時に、肉汁とニンニク、ニラのにおいが口の中に広がる。たれの程よい酸味とごま油の風味も加わり、ザ・中華という味だ。クオリティが上がったというのも嘘ではないようである。

 

 一度水を飲んで口の中を整え、次にハンバーグ。うん、まさに肉。中身はしっかりと詰まっていながら固くは感じない心地よい嚙み心地だ。料理人の気分でその日使う香辛料が変わっており、今日はナツメグの香りがやや強め。個人的にはもう少し抑えてくれた方が好きなのだが、これはこれで悪くはない。

 

「結構食べましたね」

 

 食後のコーヒーも飲み終わり、私はふうっ、と息を吐いた。二人も疲れが少しは抜けたのか、穏やかな雰囲気である。

 

「よし、じゃあ今日は解散ですね。お疲れさまでした」

 

「お疲れ、いい夢を」

 

 クラークが一足先に学生寮に帰り、残された私とメディックさんはちょっと小話をしてから席を立った。借りているマンションが同じであるため、返る道でも一緒である。

 

「今週末、またどこか行かないか?」

 

「行きたい場所があるんですか?」

 

 メディックさんがこういうことを言ってくる時、本人の中でもう答えが決まっている。今回もその例にもれなかったようで、何かのチケットをこちらに渡してきた。

 

「リッチモンドでビッグレッドが講演会を開くそうでな。それにゲストとして参加することになった。その講演会を記念して……かどうかは分からんがヴァージニアの州博物館でウマ娘についての特別展があるので、見て回りたいと思っている」

 

「ああ、ビッグレッドさんの講演会ですね。それには私も参加しようと思っていましたし、その後の予定も特にないので大丈夫ですよ。ぜひご一緒させてください」

 

 メディックさんからチケットを受け取り鞄にしまう。ビッグレッドさんに会うのは半年ぶりにでもなるだろうか。元気にしていると定期的に連絡は来ているが、紙面で見るのと実際に会うのとでは安心感が全く違う。

 

「よし、決まりだな。それじゃあ、いつも通り道案内を頼む」

 

 私とメディックさんが出かける時、チケットなどの取得は基本メディックさんまかせだ。知名度もあり、安くしてもらえる場合も多いから、と本人は言っている。その代わりと言ってはなんだが、私は旅先での道案内を担っている。メディックさんが特別方向音痴というわけではなく、公共交通機関や地理に関しては私の方が得意であるからだ。

 

「はい、任されました」

 

 その会話が終わるのとほぼ同じタイミングで、マンションの玄関口が見えてきた。この風景を見ると、一日が終わったんだなぁという実感が湧き、疲れがどっと噴き出してくる。刷り込みとは怖いものだ。

 

「おやすみ」

 

「おやすみなさい」

 

 短い別れの挨拶。ああ、今日もいい一日だったな。

 

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