アメリカの最小のウマ娘   作:SKT YKR

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新たなビッグレッド 上

 

 全体的な強者。人はそれを何と表現するのだろうか。天下無双、英雄豪傑。強者を指す言葉は数あれど、その言葉がこれほど似合う人物も珍しい。

 

『オフィスクラーク抜けている!オフィスクラークだ‼』

 

 そのレースの勝者は既に決まっていた。第三コーナー付近から徐々に広がりだした差は今や30バ身に届こうとしている。それでもなお先頭のウマ娘はスピードを落とさない。

 

『圧勝‼最強とはまさにこのこと‼』

 

 私たちの視線が自然とビッグレッドさんの方に向く。今までも何度かあった世代交代の話。しかし、ただそこにいるだけで民が認めるような絶対的なカリスマを持つものは現れなかった。本人の才能は勿論のこと時代の流れにも左右されるそれは理屈で示せるようなものではない。

 誰もが一目見て頷く人物。それは今、目の前に……

 

「……いいだろう」

 

 スイートルームの一角で、大きな歴史の時計が架け替えられた音がした。

 

◇  ◇  ◇

 

「とはいえ、本人の性格がなぁ……」

 

 アドミラルさんが呟く。確かにそれは私も危惧する所だった。

 

「自由奔放。趣味は食事と昼寝……事務仕事を好んでするタイプではないし立場のある人との対話が得意とは到底思えませんね」

 

「ええ、正直今の会長との性質の違いが大きくて彼女が会長をしている姿が全く想像できないものね」

 

 アソールトさんも同意する。オフィスクラークは冷静に観察してみれば組織のトップに向くタイプであるとは言えなかった。

 まあ考えてみれば当たり前の話である。いきなり何も知らない状態からトップとして振る舞えと言われできる方が異常である。しかし、今までこの学園を支えてきたのはそれを可能としたウマ娘なのだ。一人の天才に頼るこのシステムはいずれ崩壊すると思ってはいたが、いざ直面してみると解決策が思い浮かばない。

 

「理事長職はとりあえずビッグレッドさんとバートン卿が引き続き行うということでしたっけ」

 

「そうね。流石にいきなり生徒会長と理事長職を兼任はさせられないわ」

 

 ビッグレッドさんは生徒会長の職の他に理事長も兼任している。改めて考えなくとも異常な状態だ。

 

「アドミラルさんが臨時的に会長になるというのは?経験も人望もありますし」

 

「いやー無理でしょ。私の場合大衆からのイメージはヒールだし。それこそオーシャンビスケットを呼んできて会長にした方がまだましだよ」

 

 無理無理と手を振りながらアドミラルさんは否定する。アソールトさんも体調的に不可能だし、私は単純に分不相応だ。会長になるのに特段条件はないが、臨時とはいっても三冠ウマ娘がふさわしいだろう。

 

「テスティモニアルさんは今何してるんでしたっけ?あの方の人気はビッグレッドさんに次ぐレベルだったと思いますが……」

 

 アソールトさんの次の三冠ウマ娘、テスティモニアルは初の100万ドルウマ娘として名をはせたウマ娘だ。ついた愛称はビッグサイ。デビューから38連続連対、最大16連勝という文句なしの怪物である。100万ドルの記録達成のために多くのレースに出たということもあり、ファンも多くその人気はかなりのものである。

 

「ビッグサイは後進育成に力を注いでるって話ね。言えば受けてくれるでしょうけど、彼女絶対に無理して行動するから私としては反対するわ」

 

 うーん、無理か。そうなると、他の三冠ウマ娘でこの話を受けてくれそうなのは……いないか。それぞれ今の生活があるしそれを投げ捨ててまで学園に戻ってきてくれとは言いにくい。

 

「そもそも、今オフィスクラーク以外をトップに置くなんて世間が許してくれないよ。メディアもそれ一色じゃないか。それに、せっかく会長という職に就くウマ娘に『誰かの代わり』という役割を押し付けたくはないね」

 

 アドミラルさんの言うことは尤もである。結局はオフィスクラークに会長の席に座ってもらうしかない。

 議論は振り出しに戻り、私たちは頭を悩ませる

 

「何とかして本人をその気にさせないとねぇ……私たちも嫌々やってほしいわけじゃないけどどこかで折り合いをつけられないかしら」

 

「事務的な業務は他のメンバーで支えられますしね。そういえばビッグレッドさんはどこに?」

 

 今日は遠出する業務はなかったはずだが見当たらない。仕事も少し溜まっているのでそれを放置して休むというのも考えにくい。

 

「ああレッドさんなら散歩に行くって言ってたよ。もう結構時間が経ってるからそろそろ帰ってくると思うけど……」

 

「今戻ったぞ」

 

「こんにちは~」

 

 二人の栗毛のウマ娘が部屋に入ってくる。一人はビッグレッドさん、そしてもう一人は渦中の人物オフィスクラークだ。

 

「おっ、クラークじゃねぇか。今日はどうした?」

 

「はは、ちょっと見学ってことで」

 

 アドミラルさんの絡みに人当たりのいい笑顔で答えるクラーク。この理由なく人を安心させる笑顔を見ると、その性格を抜きにして人の上に立つ才能があると感じてしまう。

 

「私はもう十分話したのであとはお前たちに任せる。会長になるのは前向きに考えてくれるそうだ。何かあれば私は下にいるから電話で呼んでくれ」

 

 ビッグレッドさんはそう言うと机に積んであった書類を鞄に入れさっさと部屋を出ていった。最近私たちと距離を取っていたクラークをどう説得してこの部屋まで連れてきたのだろうか。ビッグレッドさんの人の心を動かす手腕には舌を巻く。

 さて、残された私たちはとりあえずクラークを椅子に座らせ適当なお茶とお菓子を用意する。しかし、クラークはさっき食べてきたからとお菓子には手を付けなかった。

 

「それで、クラークさん。早速ですけどあなたの考えを聞かせてほしいわ。私たちとしては次期会長はあなたしかいないと思っている。勿論、一般大衆も同じ考えよ」

 

「ですが、あくまでそれは他人の考え。あなたの意見を最優先とさせてもらいます。いざとなれば……まあ、アソールトさんやアドミラルさん、私……私かぁ……うん、何とかして穴をあけないように努力はするから」

 

 クラークは話を聞くというよりは、私たちを観察するような眼でこちらを見ていた。そして話が終わると椅子に深く座り込み、うーんと声を漏らす。

 

「……確認なのですが、私が会長になれば当然今のビッグレッドさんは退きますよね。そして規則にのっとり私が新たな生徒会メンバーを選ぶことになる」

 

「そうだな。お前の友人や知人で付き合ってくれる奴でも、私たちを続投させても構わないぜ」

 

 クラークは腕を組んで静かに目を閉じる。普段のクラークを知っている身からすると熱でもあるのではないかと心配したくなるほどの真剣な顔だ。

 何を考えているのかは分からないが、今の私たちは選んでもらう側。答えを待つしかない。

 

「皆さんから見て今の私が会長の職について業務を問題なく行うことが出来ると思いますか?」

 

 クラークが会長になるとして、最も気になっているのがそのことだろう。自分の性格が大きな組織のリーダーにふさわしいとは思っていないのだ。

 

「最初から問題なくリーダーを務められる者はいないわ。バートン卿から聞いたけれど、今のビッグレッドさんでさえ最初は手探り状態だったのよ。それに彼女は就任後すぐ戦争に駆り出された。それだけの障害があっても務められるんだもの。それに私たちも絶対に無理と思うウマ娘を会長に推薦したりしないわよ」

 

「1年間はレッドさんがつきっきりでお前に業務を教えてくれるぜ」

 

「確かにあなたの性格を考えると完璧なはまり役とは言えませんが……今のビッグレッドさんと同じ量の業務をこなしてもらう必要はないですし、生活のスタイルなどを大きく変えずともやっていけますよ」

 

 私たちの答えを聞き、クラークは再び考え込むような姿勢を取った。自由の体現者の彼女としては、少しでも縛られるものが少ない方がいいに決まっている。しかし、そのような生き方だけを選択するのが正解だとは思っていないのだろう。自分が社会から、友人から、先輩、後輩からどのように見られているのか、私たちが思っている以上に彼女は考えているはずだ。そうでなければビッグレッドさんが彼女を説得し、この場所まで連れてきているはずがない。

 時間にして30秒ほどだろうか、クラークは組んでいた腕を解き、少し不安が残る表情を隠さずに私たちを見た。

 

「分かりました。会長の件、引き受けます。でも、メンバー選考や業務分担についてはこれから考えますので、時間をください」

 

「おう、いい返事が聞けて良かった」

 

「ありがとう。もし会長になってみて辛く感じたりしたらいつでも相談してね」

 

 アドミラルさんがクラークの肩を叩き、アソールトさんは笑顔で手を差し出す。クラークはその手を軽く握ると、残っていた紅茶を一気に飲み干し、それではと言って退室した。

 

◇  ◇  ◇

 

とある日の放課後。生徒会室に残って作業をしているとビッグレッドさんから電話で呼ばれた。近くの空き教室まで来てほしいとのことだ。片付けか何かだろうか。

 

「何かありましたか?」

 

「いや、まあ、呼び出すほどのことでもないが二人きりの方がいいと思ってな」

 

 ビッグレッドさんは適当な椅子に腰かけて手招きをする。

 

「クラークのことだが……お前から見て今のあいつはどうだ?」

 

 私が椅子に座ったのとほぼ同じタイミングでビッグレッドさんが話し出す。会長の交代というビッグイベントを前に彼女も悩んでいるのだろう。

 

「不安を隠そうとポジティブに考えてくれているのはありがたいですけど、彼女生来の気質に合っていないからどこかで限界が来るでしょうね。もうちょっと気を楽にしてくれるといいんですけど……」

 

「そうだな。私も同じ考えだ。そしてこの問題はこれ以上私からクラークに話しても解決しないと考えている」

 

 確かにそうかもしれない。ビッグレッドさんから話しかけると、今のクラークは恐らく感情を押し殺してしまうだろう。相手の深いところから本音を引き出すのはアドミラルさんやアソールトさんの方がビッグレッドさんよりも得意である。

 

「アドミラルやアソールトに頼もうかとも思ったが、彼女らはクラークと年が離れすぎている。親身になって話を聞く役は、ミラージュ、君が最適だ」

 

「分かりました。何かしらのタイミングで話をしてみます」

 

 ビッグレッドさんは満足そうにうなずくと話はそれだけだ、と言って立ち上がった。これからロサンゼルス辺りで仕事があるらしい。

 

「クラークの仮面をまだ薄いうちに壊してやれ。あいつに仮面は似合わない」

 

「ははは、そうですね」

 

◇  ◇  ◇

 

「受けるのか?あの話。いや受けざるを得ないだろうけど」

 

「受けるよ。ただ不安がないと言ったら嘘になる」

 

 ある日の朝、オフィスクラークは同級生にしてライバルのタイと歩いていた。三冠レース全てに出走し、プリークネスSとケンタッキーダービーでは2着。ベルモントSでは皆がオフィスクラークの圧倒的な走りに対し諦めた雰囲気を漂わせる中、唯一彼女に挑んだ猛者である。実力としては三冠ウマ娘に引けを取らない実力者だ。ケンタッキーダービーで2分を切ったのは、現在彼女とオフィスクラークのみであることからもそれは明らかだろう。

 

「おいおい、元気ないんじゃないか?お前がそんな調子だとこっちも調子狂うぜ。お前には王者然としてもらわなくちゃ困る」

 

「そんなこと言われてもなぁ」

 

 タイもオフィスクラークが完璧ではないことは知っている。走ることにおいては右に出る者はいないがそれ以外の分野だと劣っているところも多い。だが今まで、オフィスクラークがここまで真剣に悩んでいる姿を見たことはなかった。いつもお気楽で、苦悩があっても数分後にはにっこりと笑っているのが彼女だ。

 

「タイ。君生徒会に来ないか?君なら私のこともよく知っているしサポートもできるだろう」

 

「まあ構いはしねぇが……あそこの部屋、三冠専用みたいなところあるだろ」

 

「確かにそんな風習はあるけれど規則があるわけではないよ。会長さんは三冠ウマ娘じゃないしね。それに三冠にこだわっていてはより幅広い意見を取り入れるのが難しい。イギリスみたいに三冠ウマ娘の数自体が減る可能性もある」

 

「……お前熱でもあるんじゃねぇか?」

 

 オフィスクラークらしからぬ言葉にタイは身震いする。

 

「ああ、今のはビッグレッドさんに言われたことさ。私だけでこんなこと考えられるはずないだろ?」

 

 タイはほっと胸をなでおろす。そして、今の生徒会のことについて改めて考えてみることにした。

 

 ビッグレッドはこの学園の代表として働いている姿をよく見る。休日も講演を行ったりボランティア活動に精を出したりとほぼ無休で働いているのだ。前理事長が引退してからは生徒会の活動と理事長職を兼任し、名実ともに学園の扇のかなめである。

 ウォーアトミックは学園の現役選手と関わっている姿が印象的だ。良くも悪くも威圧感のあるビッグレッドに対し、フレンドリーそのもののウォーアトミックは生徒の生の声を聴くという意味で適任なのだろう。

 アサルトは外に出ていることが多いウォーアトミックの代わりに事務仕事を請け負っていると聞く。病弱でよく入院しているにもかかわらず、一度も締切を破ったことはないというのは学園の七不思議の一つとなっているとかいないとか。

 そして最年少のフォンセミラージュ。主に三人の補助としての役割を担っているらしい。ただし、ティアラ路線に関しては当事者ということもあり彼女が最も詳しい。また、ケガした生徒のケアも人知れず行っているらしい。

 

 改めて考えても人が少ない以外の欠点がない。運営と選手との懸け橋としてこれ以上ない組織である。

 

 そして生徒会をただの懸け橋ではなく一つの巨大な権力としているのは何よりもビッグレッドの存在が大きい。他のウマ娘の仕事は下位互換となるにしても代わりはいるが、彼女だけは違う。時の大統領以上の力があるとまで言われた英雄だ。この世に二人といていい存在ではない。

 故にこれまで後任が見つからなかったのだ。巨大な力の後継者が。誰もが認めるような圧倒的な存在が。

 

 しかし、今目の前にいる彼女は選ばれた。立候補したわけではなくただ力を示し、同じ二つ名、ビッグレッドという名を手に入れた。その重さは察するに余りある。

 

 タイはそんな友人をそばで支えるのは嫌ではないし、むしろ誇らしいことだと思っている。生徒会に登用してくれるのであれば全力で仕事に取り組むつもりだ。しかし気持ちだけで行動していいものでもない。より良い組織を作り上げていくためにどうすればよいか、自分の中で結論を出すにはまだ時間が必要だ。

 

「うーむ……まあ考えとくわ。でもよぉ、俺とお前だと同年代にはなっちまうだろ?それは幅広い視点をって考えとちょっと相反するんじゃねぇか?」

 

「確かに。年代もばらした方がいいのかなぁ。そうなると私の人脈だけじゃ無理だ」

 

 クラークは相談できそうな人を思い浮かべる。

 

(トレーナーは……今めちゃくちゃ忙しそうだしな。取材とかあっちに丸投げしてるからこれ以上手が回らないだろうし。同年代のみんな……タイ以外から距離置かれているし無理か)

 

 現在のクラークが置かれている立場は本人も何となく理解している。自分の言葉一つで左が右に、白も黒に変わってしまう。だからこそ相談できる相手が少ないのだ。軽く相談するつもりで話しかけても、相手はクラークの言葉を肯定する機械になってしまう。下手をすれば悪意を持って近づいてくる者もいるかもしれないし、それらを見分ける自信をクラークは持っていない。

 

(生徒会……やっぱりあの部屋しかないか)

 

 考え付く先はやはりあの部屋のメンバーである。

 

(ビッグレッドさんとはもう結構話したし、彼女もあれ以上何か伝えるつもりはなさそうだったなぁ。アドミラルさんは確かに顔が広くていろんな人を紹介してくれそうだけど、だからこそもう少し具体的に候補を考えていった方がいいよな。アソールトさんは今入院中。残るのは……)

 

 クラークは視界の片隅に映っていた小さなウマ娘を思い出す。

 

「相談に乗ってくれてありがとう。もう一度生徒会の人と話してみるよ」

 

「感謝されるほどのことじゃねぇよ。またな」

 

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