アメリカの最小のウマ娘   作:SKT YKR

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ティアラ三冠のウマ娘

 

「調子は?」

 

「完璧です」

 

 ティアラ三冠最後の関門、CCAオークス。1917年にベルモントレース場の所有者により創設された大レースである。去年まではアケダクトレース場で行われており、5年ぶりにこのベルモントレース場で行われることになった。初代勝者であるウマ娘と第33回勝者の名前が同じという面白い偶然が起きたレースでもある。

 

「その……」

 

「……トレーナーさんが気にすることではないですよ。残念ではありますが、今悔やんでも決まったことは覆らないですから」

 

 つい先日、私はトレーナーさんを通してボーナス廃止のことを聞いた。ビッグレッドさんたちが交渉してくれてはいるものの厳しいようだ、と。

 きっと、こうなる運命だったのだ。あのレース予定表を作った時から、いつか私はこのローテーションで走らなければいけない気がしていた。あの黒い影がしきりにその予定表を気にしていたのは、そういうことだったのだろう。

 

「それでは、行ってきます」

 

 レース場に入ると、前回とは違い観客たちの大声援が聞こえてきた。落ち込んでいた気持ちも少しはまぎれる。

 

『さあ、フォンセミラージュは初のティアラ三冠がかかります』

 

 ゲートに向かう私に注目が集まる。だが、出走予定のウマ娘たちはこちらを見るなり顔を背け居心地が悪そうだ。特に変わったことはないと思うがどうしたのだろう。

 気にしながらも私は自分の枠に進む。今日は6人のレース、私は4番で3番のシリアンオーシャンと、6番のゲイマテリアルに挟まれている。

 

『ここで勝てば今活躍中のメディックファーガーと年度代表ウマ娘争いになるでしょうねぇ』

 

『選ばれればティアラ路線のウマ娘としては23年ぶりの快挙ともなります!ぜひ頑張ってほしいですね』

 

 ゲートに入り、出走の準備をしながら息を整える。ダート10ハロンのこのレース、ティアラ三冠レースの中では最も距離が長く勝者を予想するのもなかなか難しい。

 

「あなた……」

 

 シリアンオーシャンが話しかけてくる。ゲートに入ってからの私語は無いことではないが彼女がするのは珍しい。

 

「酷い顔をしてるわ、大丈夫?」

 

 その声色には僅かに恐怖が含まれていた。そんなに怖い顔をしているのだろうか、今の私は。もしそうだとすればそれはあまりよくない。教えてくれたシリアンオーシャンさんに感謝だ。ほほを撫で、表情筋の緊張をほぐす。

 

「教えてくれてありがとう」

 

 まだ僅かに緊張感のある顔のままだったが、彼女はどうもと言って視線を戻した。

 

『スタートしました!』

 

 私は隣のシリアンオーシャンに合わせ、流れるようにゲートを出る。体の大きさからして、観客側からは私が見えていないだろう。

 

『ゲイマテリアルいいスタートを切りました!2バ身、3バ身リードを開いていきます』

 

 ゲイマテリアルは大きく外のほうを悠々と走っている。スタミナは自信があると言っていたため、競い合うよりも自分のレースに集中することを選んだのだろう。

 

『直線が続きます。フォンセミラージュは現在三位、ゲイマテリアルと内のシリアンオーシャンには差がなくなってきました』

 

 私は徹底的にシリアンオーシャンの横についていた。彼女はそれを嫌がるように少しずつスピードが上げていくが、私はストライドを変化させ、スタミナを温存しながらそれに合わせる。体の大きさはずいぶん違うが、ストライドだけなら彼女よりも私のほうが広い。

 

『外を回るゲイマテリアルは段々内に入ってきました。フォンセミラージュも動きを見せています』

 

 そろそろギアを上げようと私は足に合図を送る。だが、隣のシリアンオーシャンがそれをさせないために少し体を寄せてきた。これからコーナーもあるため外に膨らみすぎるのは控えたい。私はもう少し様子を見るかと、今までと同じようにレースをする。

 いつになく足は軽い。いつでも仕掛けられるが、ゲイマテリアルが急に内に寄ってきたりすれば接触もあり得る。変に外側を走っているのも私が前に行くのを抑えるための作戦だったのだろうか。

 

(でもそろそろ限界ですよね)

 

「はぁッ…はぁッ…」

 

 スタートから続く直線は完全な直線ではなく少し緩いカーブもある。小さいロスだとは言え、最終直線でスパートをかけるためのスタミナを食いかねない。それにもともと彼女は一人旅をするタイプではない。作戦の変更による精神的な疲労も響いてくる頃合いだ。

 

『長い直線も終わりが見え始めます。ゲイマテリアルは現在4、5位辺り、シリアンオーシャンとフォンセミラージュはほとんど差がありません。少しフォンセミラージュが前でしょうか』

 

 カーブに入り、ゲイマテリアルは私の後ろのほうにつけた。やはりそのまま先頭につけるほど余力があったわけではないようだ。しかし、彼女の怖いところはここからでも追い込んでくる可能性がることである。無尽蔵とまではいかないが彼女のスタミナも目を見張るものがある。

 

(だから、仕掛けるなら今)

 

追い込んでも届かないところまで行ってしまえばいい。それが私の作戦だ。

 

『フォンセミラージュがここで動いた!まだゴールまでは距離がありますがこれは……!』

 

 ロングスパートを仕掛けてくるのは予想外だったのか、それともスピードに付いていけないと判断したのか、隣のシリアンオーシャンは特に反応なしだ。ゲイマテリアルは作戦に気が付いたのか少しスピードを上げたがそれでは私に届かない。

 一ハロンもしないうちに、二位集団との距離は2、3バ身に広がる。カーブであるにもかかわらず、私の足はスピードを楽しむかのようにその回転をさらに加速させた。後続もこれ以上離されたくないと必死に食らいついてくるが、それでも差は縮まない。

 

 カーブも後半に差し掛かり、観客席から聞こえる声援が大きくなる。私の三冠を望んでいる人、私だけに蹂躙されたくはないとほかのウマ娘を応援する人、遠くから見るだけでもその反応は様々だ。

 声援を受けて体に熱が走る。領域はウマ娘によって違いはあるが自分と向き合い、心身が極限まで研ぎ澄まされたときに入るものらしい。私も最初はそうだったが、今日のこれは少し違う。不安や様々な感情を無意識に追いやり焦りを抑える、本来は走りに集中するための副作用であるそれが目的になっている気がする。

 

(でも、走る時くらい自由になってみたい。皆の期待に応えられる私でいたい)

 

 だから私はこの熱に身を預ける。私を見るこの数多の目を輝かせられるように。限界が来るかもしれない、これから無茶しなければいけない、そんな不安を少しでも忘れるために。

 

『さあ直線に入って先頭は変わらずフォンセミラージュ!ゲイマテリアルは届きそうにない‼差はさらに広がり後ろからは何も来ない‼』

 

 軽やかに、跳ねるように私は駆ける。3バ身、4バ身と差が開き誰の目から見ても勝負は決していた。

 

(まだこの調子で……)

 

 目に焼き付くような着差、さすがに100バ身は無理だがそれでもできる限り差を開こうと足を延ばす。感じる風が気持ちいい。このままずっと走っていたいが、ゴール版はもう目の前に迫っていた。

 

『フォンセミラージュ、1968年、遂にティアラ三冠達成です!』

 

 聞こえる大歓声で我に返った私はスピードを緩め観客席の方を見た。まだ勝ったという実感がわかない、走ることに集中しすぎていたせいだろうか。流れるように掲示板を見ると、そこにはまぎれもなく一着4番の文字があった。そしてその着差は……

 

『フォンセミラージュ、二着とは12バ身差、さらに二着のゲイマテリアルと三着との差は6バ身!圧勝です‼』

 

「やった……」

 

 胸のティアラはこれでもかというほど光を反射して輝く。中央に来るまで、この景色を想像することさえしなかった。ジュニア期のころは重賞勝利のイメージさえ持てなかった。それから少しずつ積み重ね、今がある。

 これからへの不安もまだ消えてはいない。だけどきっと、今くらいは忘れて純粋に喜んでもいいはずだ。だって私は、史上初のティアラ三冠ウマ娘なのだから。

 

 大きく拳を突き上げ、改めて観客席の方に目をやる。手を振ってくれている人、泣いて喜んでいる人、声を張り上げ名前を呼んでいる人、少し悔しそうにしながらも拍手をしてくれている人。反応は様々だが、皆私を見てくれている。

 きっと彼らがいなければ私はここにいなかった。マザーグースの開催もただ無理が押し通ったというだけではなく、きっと民衆の力もあったはずだ。

 

 言いたいことは次から次に溢れてくる。だからこそ、ここは一言に全てを込めよう。

 

「皆さん!ありがとうございました!」

 

 一礼をしてコースを去る私に拍手の音がさらに大きくなる。通路を歩いていく私の横にいつの間にかあの影がいた。どことなく誇らしげな影に苦笑する。何だかんだこの影との付き合いも長くなったなぁと振り返りつつ控室の扉を開けると、そこには誰よりも私の勝利を喜んでくれている人間がいた。

 

「本当に、本当におめでとう‼」

 

「ありがとうございます!トレーナーさんのおかげですよ、これからもよろしくお願いします」

 

 トレーナーさんはまだまだ話したりなさそうだったが、ライブの準備もあるのでそれ以上控室で話すことはなかった。

 興奮も少し落ち着き、私は部屋の鏡に映る自分と向き合う。ここまでで一段落、これからはさらに厳しい戦いも待っている。クラシック路線のウマ娘たちとも戦うことになるだろう。活躍中のメディックファーガーにはまだ勝つイメージが湧いてこない。というかあれはビッグレッドさんと同じような部類ではなかろうか。

 

「……よし、頑張ろう。まだ大丈夫」

 

 持ってきていたバッグの中にある一枚のプリント。今後の予定がそれには書いてある。

 

(12日後、マンモスオークス。その23日後、デラウェアオークス。そしてアラバマS、ガゼルHにローレンスリアライゼーションS……これらに勝てば年度代表ウマ娘も夢じゃない)

 

 ティアラ三冠以上に厳しいスケジュールになる。これ以上のスケジュールを走るウマ娘もいるが、私にとっては大きな挑戦だ。

 きっと反対されるだろう。でもやってみたい。やらなきゃいけない。きっと私の生涯最高の瞬間は短いから。あと一年も持てばいい方だ。

 

 蜃気楼の一生は短い。それまでに、最高の輝きを。

 

◇  ◇  ◇

 

 CCAオークスの翌日。ミラージュはとある片田舎の病院を訪れていた。案内された先の静かな病室に心電図の音が響く。ベッドの横においてあるパイプ椅子にゆっくりと座り、そこに寝ている人物に優しく話しかけた。

 

「お父さん……私、勝ったよ」

 

「……それは……良かった」

 

 元気のない声。今すぐには命の危険はないがいつ急変してもおかしくない、それが医者から聞いた現在の状況だった。退院の見通しはまだ立っていない。

 

「私……まだまだ頑張るから。この部屋にもレース場から声援が届くくらい、響かせて見せるから。頑張ってね」

 

「……はは、迷惑にならない程度にしてくれ。お前も、頑張れよ」

 

◇  ◇  ◇

 

「こんにちは。フォンセミラージュさんはいますか?」

 

「ん?ミラージュならいないけど……」

 

 フォンセミラージュのトレーナーの部屋にゲイマテリアルが訪ねてきた。しかし運悪く彼女は外出中だったようだ。後ろにいたレディカードやヴィジタールームも少し残念そうに肩を落とす。

 

「今日はどうしたんだい?」

 

「ええっと、今夜ミラージュちゃんの三冠お祝いパーティーをしようとしてたんですけど……いないなら仕方ないですね」

 

 少し恥ずかしそうにしながらレディカードが説明する。

 

(……おお、ミラージュにも同学年の友達が」

 

「途中から口に出てますよ」

 

 少し笑いが起こりトレーナーの表情も明るくなる。きっと彼女がここにいれば突っ込みの一つも入れただろうが、今いない人物のことを気にしてもしょうがない。

 

「はは、ミラージュには秘密にしておいてくれ」

 

「どうしましょうか……ん、それは何ですか?レースの予定?」

 

 ふとヴィジタールームが視線を送った先には小さな紙が貼ってあった。そこにはびっしりとレースと休養の予定が書き込まれている。とても誰かに走らせるとは思えない、少し異様な内容だ。

 

「これは……ミラージュが昨日送ってきたものだ」

 

「いやいやいや、無茶でしょ。来週またレース?その後も休みほとんど無いじゃない」

 

 結果が出ず後の無い、もしくは体の頑丈さに確証があるウマ娘がかろうじて組むかどうかといったスケジュール。ミラージュがここまでする必要はないはずだ。それにレースは高レベルになればなるほど体への負担は大きい。あの小さな体で毎回のように全力を出す彼女には危険だ。

 

「……反対したし今もその意見は変わってないよ。でも彼女にも事情があることも理解している。それを踏まえてまた話し合う予定だ」

 

 しばしの静寂。ここにいる皆、ティアラ三冠のボーナスが今年から廃止され、ミラージュがその影響を受けていることを知っている。さすがに家族の事情までは同級生は知りえないが、何か事情があるのだろうということは察していた。

 

「えー、それで結局ミラージュさんはどこに?」

 

「ああ、家族のお見舞いだよ。本当は旅行に行きたかっただろうに……やるせないね」

 

 その後、彼はミラージュを止めることはできなかった。彼女の強い意志はまるで世界の意志であるかのように揺るがない。

 話し合いの中、次第にトレーナーは彼女の目を見ることが出来なくなっていた。そこに映る熱に焼き殺されてしまいそうで、蜃気楼の一部にされてしまいそうで、気圧されてしまったのだ。

 

 後に彼は、この時のことを深く後悔する。無理矢理にでも止めておけばよかったと。

 

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