せっかくなので映画の日に投稿。
処女作ですが頑張って書いてみるので、誤字脱字、間違いなどあったらご指摘の程よろしくお願いします。
人生が変わる瞬間というものがある。
雷に打たれたようにかつて味わったことのない衝撃に全身が包まれ。
天啓を得たようにこれまでの価値観が土台からひっくり返り。
恋をしたように世界が急速かつ鮮やかに色づいてゆく。
そんな瞬間。
一人の少女――シャーリー・ウォルバーグにとって、それはまさに今だった。
「こ、
腰まで伸びる松葉色の髪を振り回し、宝石のように輝く目をあらん限りに見開き、耳をこれでもかと近づけて。前から後ろから横から上から下から斜めから。初めて見るソレに興味を全身で示す。
「コラ、あまりはしゃぐな。私たちが見られん」
「まあまあリヴェリア。良いじゃないか、シャーリーには初めてなんだから」
少女の後ろには幾つもの人影。その内、少女と似た緑系色の髪を持つ長身のエルフがシャーリーを引き戻そうとして、中央の長椅子に腰掛けた
リヴェリアは反射的にどうにもシャーリーに甘い節のある団長、フィン・ディムナに苦言を呈そうとして、一度瞑目し思いとどまる。
これまでシャーリーは【ロキ・ファミリア】の面々に年相応な姿を見せてこなかった。
見た目と声音こそ子供のそれだが、振る舞いは冷静沈着。髪と同じ松葉の瞳は鋭く怜悧な印象を抱かせ、同じ【ファミリア】でありながら一人外れているような、どこか他人事として傍から眺めているような、そんな雰囲気を醸し出していた。
常に自らやるべき事を見つけ出し次々と成していく小さな背中に、まるで無理をして大人になったような違和感を覚え、いつか壊れてしまうのではないかという不安をリヴェリアは抱えていたのだ。それ故、放っておけば知らぬ間に消えてしまいそうな少女を、リヴェリアは世話役として―――おそらく内心鬱陶しがられながらも――見守ってきた。
それを思えば確かに、あの大人びた少女に童心に返れる時間をもっと堪能させてやっても良いだろう。
微笑みを携え、今もまだ騒ぐ少女の背を見つめるリヴェリアの顔は紛れもなく母の面立ちであった。
「リヴェリアはすっかり
「ママと呼ぶなこれ以上私の負担を増やすな。私はアイナのようにはなれん」
「しかしこうも反応するとはのぉ。こやつの趣味がよくわからんわ」
朱髪の主神にからかわれリヴェリアが杖で主神の脛を小突く横で、ドワーフのガレスは蓄えたひ髭をしごきながら奇妙なものを見る目つきで少女を見つめる。
手加減しているとはいえ常人とは遙かに次元が異なる『冒険者』の力で突かれた痛みにアイタ~!と大げさに反応してから、女神は少女に向けて渾身のドヤ顔を作り、ない胸を張った。
「どや、シャーリーたん!これがうちの本来の力やねんで!!すごいやろ!」
「うん!これすごいよ!最近ロキって毎日お酒飲んでバストがないこと気にしてあやかろうと胸の大きい女の子に絡んでるだけの女神なんじゃないかと思っていたけど、本当にすっごい!!」
「ぐほぉっ!神やから分かる本音が右ストレート……っ!!」
興奮と感動で言葉を選ぶことも煩わしいと感じている少女は、この奇跡を起こした女神へ一瞥もせず素直に、本当に素直にありのまま思っていることを口にする。
だが、時として嘘が優しさとなるように、本心は他者を傷つけるのだ。
コンプレックスを刺激され、あまつさえ普段のセクハラ行為に自分ですらあまり考えていなかった意図を曝け出され、ロキは言葉のナイフに突き刺された勢いのまま背後の壁まで吹き飛んでいった。
ひび割れた壁面の中心でピクリ、ピクリと痙攣した後、無乳の女神は涙目で鼻をすすりながら全ての力をなくしたかのように床へとずり落ちてゆく。
わずか一台詞で大ダメージを負った主神に、団長であるフィンは苦笑を浮かべて一言。
「ハハハ……いい加減、ロキも普段から大人としての姿を見せた方がいいんじゃないのかな?」
これだけ背後が騒がしいというのに、シャーリーは全く気にした様子もなかった。
まるで関係が無いというように、目を皿のようにして、耳を傾けて、必要な情報以外は脳に届く前に切り捨てていた。
真実、この時の彼女は、目の前の”ソレ”以外どうでもよかったのだ。
今もなおシャーリーの目を奪って離さない、フヨフヨと空中に浮く円形の『窓』。
『神の鏡』
千里離れた場所であろうと見通せる、下界で唯一行使が許された『
シャーリーが目をつけたのはそんな遠見の能力――――ではない。
冒険者でありながら
『絵画』のように精緻で、それでいながら止まることを知らない『動き』。
こんなにも小さいのに、まるでそこにいるかのような臨場感。
『鏡』の中の剣劇に合わせて鳴り響く、甲高い金属音。
ここぞ、という場面で世界の動きが遅くなり、何度か同場面が別視点で繰り返される演出。
全てが完璧に伝わっているとは思わない。
『鏡』越しでは、映し出されている荒野に流れる冷たい風を感じ取ることはできない。
本当なら腹の底に響くような地響きも、『鏡』をとしては鼓膜を震わすだけの音楽だ。
人は一度見逃した場面を繰り返して見返すことは出来ない。そもそも、『
だが、それでも彼女はそこに革新を見た。
『鏡』の中で流れる『映像』に確信を得た。
この力があれば、いつかは色褪せる絵画のような。常に全く同じ抑揚は作れない唄のような。万人に同じ景色を見せられはしない本のような。いつしか創作者と世界を共有した役者がいなくなる歌劇のような。
時代による、演者による、観測者による変化を。妥協を許さずにいられる。
伝えたい『完成形』を後世に伝えられる。
強く力を欲した少女の背中に”とある魔法”が発現したのは翌日の夕方。
シャーリー・ウォルバーグ、十三歳の思い出である。
暗闇を、地平線から昇ってきた太陽の赤い光が切り裂いてゆく。
そこは一つの巨大な部屋だった。
元はまっさらな白色だっただろう壁紙はあちこち薄黒く汚れ、窓から薄いレース越しに差し込む陽光に照らされるのは白い雪がごとく室内を舞い散る埃ばかり。床には多くの書類書物と衣類が投げ出され、グチャグチャと整理もされず乱雑に散らばっている。
廃屋の三歩……いや、二歩手前のその建物にはいくつもの木箱があった。
どれもこれも基本壁沿いにズラッと並べられているだけだが、それでもこの部屋で唯一整理できている一品。
壁を埋め尽くす勢いで並べられ、重ねられている全ての木箱にはラベルが貼り付けられており、
『マッキー家探し(7201~14400)』『昼下がり25話』『大人(ジャル)』『空(3ー9)』
など、意味が通じるような通じないような。おそらくは通称か暗号であろう文言が書かれている。
見る者の足が引けるほどに圧巻の景色を作り出している無数の木箱であるが、それらが奇天烈に思えるのは全ての木箱に水晶玉が山積みになっている点だ。しかもそのどれもが高価な
こちらも
そんな水晶に囲まれた部屋で、一人の女が水晶玉を一つ手に持ち何かを唱えていた。
薄暗く、用途も分からぬ道具に囲まれた部屋で呪文を唱える光景はまるで魔女の儀式。
やがて部屋の中央に座する魔女の詠唱が止まると同時。淡い光が薄暗い部屋を白く染める。
女の正面に浮かび上がった白い縦の光輪。それは一枚の布のようだった。
等幅ではない。円を描く光布は女の正面の部分だけ大きく膨らみ
女は松葉色の瞳の中に四角い『映像』を反射させながら、光布を掴んでクルクルと目当ての部分にたどり着くまで回し続ける。不意に女が手を止めたその時、『アクション!』という音が部屋に小さく鳴り響いた。
途端。細長い指でピッ、と女が巻物を横になぞる。その動きに沿うように、巻物には紅い直線が走った。
何の乱れもなく、映像は流れ続ける。『カット!オーケー!』と声が流れて、もう一度女は巻物を横になぞった。
女はまたクルクルと、今度は打って変わって暗闇しか映さない巻物を回し続ける。新しい光を画面に映さないまま、巻物を回す女の手は引っかかりを覚えた。
「終わった…………」
思わずといった風に、部屋に小さくこぼれた女の声には万感の思いが詰まっていた。
人気監督三作同時公開とかいうギルド発案のふざけた企画。その最後の『映画』の編集を終えるために、女――シャーリー・ウォルバーグは二週間の絶食を敢行していた。
寝ずの作業は毎週毎日の事ながら、食を全て抜くまでに締め切りが迫っているのも久しぶりのことで、それを乗り越えた達成感で自然と……というか壊れたように笑みが浮かぶ。
なにせ公開が今朝の10時。リミットまではあと4時間といったところだろうか。
無限とも思えた編集地獄から一時的に解放された喜びで脳が大分やられている彼女は気づいていない。
これから横にゴロゴロと転がる水晶の山から切り出した映像を順番につなぎ合わせ、納品まで行わねばならないということに。更に、BGMを映像に付与するために一度全編フルで流さなくてはならないので、実質30分で三作分のつなぎ作業を完遂させなくてはいけないのだ。
トントン、と現実を知らせる音がやってくる。
「え、まだ終わってないんですか!!?」
「うるさい!!編集私だけに押しつけといて文句言うなぁ!!!」
「それはそうですけど、まず私たちには手伝えませんし、それにあなた一昨日の夜はほぼ終わりとか言ってましたよね!?」
「終わらなかったの!やたら注目作品だからかどれも3時間半とかバカ長いしさぁ!!でも遅らせるわけにいかないじゃん!!?」
「それでも報告は正確にお願いしますって何度も言ってますっ!!」
「私を信用なんかしないでよっ!!どうせこの状況分かってたけど昨日デートだったから放置したくせに!!」
「な、なんでそれを……」
「うわぁ、本当なの?当てずっぽう言ったのに」
「騙しましたね!?」
「うっさい、この恋愛脳!!」
「一人じゃスケジュール管理も出来ない仕事バカが何を言いますか!」
仕事への意識を説く秘書を相手にわめきちらす姿は、成人女性として見られたものでない。
自分で始めたとはいえ映像制作という仕事に忙殺され思考力を焼き切らした彼女は、かつて大人ぶって過ごしていた幼少期を取り戻すかのように、感情的で衝動的な子供大人に成り果てていた。
シャーリー・ウォルバーグ、二十四歳の春である。