個人的に、主人公って一般人視点で見たらちょっと気狂いくらいの方が格好良いと思う。
アンケートご参加ありがとうございます。大分僅差で推移を確認するのが面白いです。
票数も多くなり、放置したままというのも示しが付かないので、次話で締め切ることにします。
よければご投票ください。
路地から場所を変えて、【ディアンケヒト・ファミリア】治療院。
市場に出せば五十万ヴァリスはくだらないアミッド手製の
壁一枚挟んだ廊下では、シャーリーが正座をしていた。
何も言葉は発していないというのに圧倒的威圧感を誇る聖女の無表情を前に、平身低頭。
もっと正確に言うならば、土下座をしていた。
「何か、申し開きは」
「…………ありません」
何かあるように溜めを作ったが、本当に何の言い訳もない。ひたすらにシャーリーの過失であった。
潔く罪を認めた被告人に、聖女様からのありがたいお言葉が下賜される。
「自己の都合を優先し、他者を傷つけるとは何事ですかっ!!」
聖女の怒号がビリビリと大気を震わす。
シャーリーは一度ビクッ!と身震いはしたが、土下座の格好は崩さずに顔を上げることはなく。施設に轟く大音量に急ぎ駆けつけた団員は、怒れる聖女の前にいる【
ちなみに、彼女の名誉のために述べておくが流石に傷害事件は初めてである。
「しかも、まだ『恩恵』も得ていない少年に手を上げるなどっ、私が偶然に通りがからなかったらどうなっていたことかっ!!」
聖女の説教は止まらない。
実際、彼女があそこにいなければベルは死に、シャーリーは殺人犯に成り果てていただろう。
現場が北西のメインストリート、つまり【ディアンケヒト・ファミリア】ホーム近く。そしてアミッドの外出という二つの要因が重なったからこそ、彼は今も生きながらえていた。
言葉を出し尽くして少し息を切らし、落ち着いた頃には無表情に舞い戻ったアミッドは、彼女にしては珍しく皮肉たっぷりにシャーリーのことを責めた。今も平伏しているシャーリーを見下ろす目つきは、常連客に対する失望に溢れていた。
「随分とお久しぶりですね、ウォルバーグ様。この頃は運ばれてこないと思っていましたが、まさか
「少年を治してくださり、ありがとうございます」
「治療いたしますとも。傷ついた人を癒やすのが私の役目であり、仕事です。ましてや加害者が私の知己で、彼は何も悪くないともなれば治さない理由がありません」
「返す言葉もありません」
「はぁ…………頭を下げるなら私ではなくあの少年に。それとそのかしこまった口調、止めてください。調子が狂います」
ため息と共に数々の文句を吐き出して、アミッドはシャーリーを赦した。
彼女自身の自戒の気持ちが見えていたことと、彼女に譲れない作品への情熱があることを知っていたからだ。そも、シャーリーが声を上げなくては横で起こる悲劇にアミッドが気づくこともなかった。
諸々を加味した上で、シャーリーが無意味に人を傷つけるような人間ではないという積み上げてきた信頼をダメ押しにしてようやく、アミッドは折り合いをつけた。
謝意は自分よりも少年に。その言葉にシャーリーも深々と下げていた頭を上げ、聖女の
「それで、彼は誰なんです?冒険者ではないというところまでは聞きましたが」
「私も知らない。それだってファミリアに断られていたっていう状況からの推理でしかないし」
「全ては彼が目覚めてから、ですか。貴方はどうされますか?」
「残るよ。一度あの荷物持って帰ってらなきゃいけないけど」
「……人を貸しましょう」
少年のベッドの横にうずたかく積み上がった水晶玉の山を思い出し、アミッドは呆れたような目をして手伝いを申し出た。
「ん……ここ、は…………?」
目に入る見知らぬ風景に戸惑い、パチパチと
状況が掴めないまま半身だけ起き上がり、周囲をゆっくりと見渡す。
白い壁、白い天井、白タイルの床。雲の中かと見紛うほどに白一色に統一された奇妙な部屋の中心に、ベルは寝かされていた。
横の窓から差し込む西日が、彼の白い髪に赤みを持たせる。
「あったかい……」
未だ覚醒しきらぬ頭で感じたままのことを口に出す。
しばらく頬を日に当てて呆けていたベルであったが、眩しく思えたのかカーテンを閉じようと窓を覗き、どんどんと市壁の向こうへと日が落ちてゆく光景に時刻が夕方であることに気がついた。
(ああ、もう夕方か…………ゆう、がたぁ!?」
布団のぬくもりから離れ、冷えてきた頭が一瞬でどれほどマズいのかを理解する。
「嘘っ!どうしよう!!僕まだ【ファミリア】に入れていない!!もしかして野宿!?てかここどこぉー!?」
「起きたっ!?」
「ひぃっ!!」
「走らないでください!ここは病院です!それと、貴方も静かにしなさい!!」
「は、はひっ!!」
予想だにしない時間経過に騒ぐ声を聞きつけてか部屋のドアを勢いよく開けて飛び込んできた松葉色の見知らぬ女性に、何故かベルは悲鳴を上げて飛び上がった。どうしてか、こんなにも綺麗なのに人間に見えない。
息も落ち着かぬまま、松葉色の人を追って入室した白銀の女性の恐ろしいほど迫力のある叱咤の声にまたも震え上がって、ベルは訳も分からぬまま了解の声を上げる。
怖い理由が明確なだけアミッドさんの方がマシだった、と後にベルは語った。
「はい、問題ありません。今この時から退院可能です。栄養失調気味だったので、今後は気をつけてください」
「あ、ありがとうございます……」
「いえ、仕事ですので。どうぞ身体をお大事に」
精緻な人形のような美しさを誇る美少女に素肌を触れられ、少年は顔を赤くしながら礼を述べた。
オラリオでは見ることの少ない初心な反応にアミッドは好感を抱き、僅かに頬を緩ませる。
もう一段階、ベルの顔が紅くなった。
診察を終えてスッと下がったアミッドと入れ替わり、もう一人の女性がベルのベッド脇に立った。こちらも目が覚めるような美人で、ベルは慌てて診察のために脱いでいた上着を着直す。
インナーに袖を通し、襟から頭を覗かせたベルの前に立つシャーリーは、非情に決まりの悪そうな表情を見せながら「あー、うー」と幾度か口籠もり、やがて意を決したように一つ尋ねた。
「貴方、気絶したんだけど覚えてるかな?」
会った瞬間に罵られると思っていたシャーリーは、自分に多少の苦手意識を抱えているようではあるが予想よりも余裕のあるベルの態度から、彼が記憶の混濁状態にあると考えていた。
正直なところ、このまま有耶無耶のうちに終わらせてしまいたい。
しかし、だからといって運が良かったと責任から逃げてしまうのは間違っているだろう。
特に、あの聖女様が後ろにいてはそんな不義理は許されない。
気絶という言葉にキョトンとしていたベルの顔が、抜けていた記憶を取り戻し段々と真に迫った物へと変わる。
「あ、はい。えっと……確か、水晶玉が…………っ、水晶玉!無事でしたか!?」
「え?う、うん。貴方のおかげで……」
「良かったぁ……!アレ、大事な物……ですよね?」
グワッと掛け布団を剥がしてシャーリーに詰め寄るベルの態度に、困惑を浮かべながら彼女は事実を述べる。
シャーリーの語る事の結末に、ベルは自分のされた仕打ちなど完全に忘れ、破顔して喜んだ。
どんな罵倒が飛び出るか、と構えていたことが馬鹿らしくなるほどに少年の性質は善良極まる物だった。ともすれば、性善説が成り立ってしまうのではないかと思うほどに。
背骨を砕かれて最初に出る言葉が相手の心配と無事だった喜びだということにシャーリーは脚を半歩後ろに退きながら少年の問いに答えた。
「そう、だね。アレがなかったらちょっと大変だったかな」
ベルが受け止めた水晶玉に映っていた記録は、物語のクライマックスに関わる重要な伏線部分。撮影が順調に進んでしまったことの弊害で、他に記録も残っていない一点物のシーンだった。ベルがいなければ、公開が怪物祭に間に合うことはなかったと断言が出来る。
「じゃあなおさら、受け止められて良かったです」
目を細めてにこやかに笑う太陽のような少年に複雑な思いを抱いたまま、せめてこれだけは言わねばとシャーリーは礼と謝辞を告げた。
「そう、だね…………ありがとう。それと、ごめんなさい」
「え?えっと、何に謝られているのか、よく……」
「貴方を蹴りつけて、こんな状態にしてしまったことについて。謝って済む事でも無いけれど、でも、ごめんなさい。して欲しいことがあればなんでも言ってみて。私に出来ることなら、全部叶える」
ひょっとすると、水晶が飛び散ったことは思い出せたが蹴られたことは覚えていないのだろうか。そんな疑念を抱きながらシャーリーは事件の詳細を口にする。
真実、彼女はどんな償いでも受け入れるつもりだった。それだけのことをした自覚はあるし、殺されかけたと知ればこの人当たりの良さそうな少年でもどれほどの怒りや不満を抱くのかも分からない。
しかし、彼の異常性はシャーリーの想像の範疇を軽々と超えていた。
「い、いえ!アレは急に飛び出した僕にも責任がありますし!それに、ちゃんと治りましたから!」
「――――――――」
今度こそ、シャーリーはざっと音を立てて後ずさった。
本心としか思えない少年の態度に、言葉を失った。
あんな出会いでさえなければ美徳と思えた少年の善良性に、確かな恐怖を抱いた。
暗黒期、様々な悪と正義を前にしてきたシャーリーにとっても理解の及ばない精神性。
否。人であれば理解できる範囲にあるが、絶対に届き得ない理想の精神だからこそ、理解の範疇にない彼らよりもこの少年をシャーリーは恐れた。
静寂が治療院の一室を包む。
戦慄と恐怖の視線を向けられたベルは、不思議そうに急に言葉の途絶えたシャーリーを見つめていた。
シャーリーは動かない。いや、動けない。
自身もあまりの少年の欲のなさに驚愕を覚えていたが、一向に会話が進まない二人を見るに見かねたアミッドが口添えをして、場をまとめようと動き出した。
「クラネル様、でしたね?」
「え?は、はい!いや、でも様なんてつけてもらうような立場じゃ……」
「お客様ですので。で、クラネル様。本当になにもいらないのですか?ウォルバーグ様は都市でも有数の実業家です。クラネル様を一蹴りで飛ばしたように、人の域を超えた『恩恵』持ちでもあります。大抵の望みであれば叶えられることかと思いますが」
「いや、そんなのウォ、ウォルバーグ?さんに悪いっていうか」
「悪くなどありません。さあ、どうぞ」
「えーっと、じゃあ、僕の治療にかかったお金を払って欲しいかなぁ……なんて」
「それは当然です。彼女は加害者なのですから。それ以外に、何かございませんか?」
「あー、えっと……あ!【ファミリア】!僕に【ファミリア】を紹介してくれませんか!!」
「だ、そうですが」
アミッドに肩を叩かれてやっと、シャーリーは茫然自失とした状態から脱することが出来た。
困惑は解けきらないまま、どこか耳の奥で聞いていた会話の中から、少年が【ファミリア】を求めているということを把握する。
陰りの入っていた松葉の瞳に、光が宿った。
「任せて。きっと貴方に合う【ファミリア】を探してみせるよ」
「あ、ありがとうございます!」
まだ衝撃は消えておらず、恐怖心も残っている。
しかし、純粋が過ぎるこの少年の要求に全力で応えてあげようとシャーリーは決意した。
「じゃあアミッド、今日私この部屋に泊まるから」
「はぁ」
「はいっ!?こ、ここにですか!?」
「うん。一晩中一緒。クラネル君さっきまで寝ていたし、今夜は寝なくても大丈夫でしょ」
「えっ!?いや、僕七日歩き回ってて…………」
「若いんだし、一晩くらい頑張れるよね?」
「う、あ、その」
「私、貴方のことをもっと知りたいんだ」
「ふぇぇ……」
ファミリアを探すために。
その一言を言わずに話を自分勝手に進めていくシャーリーにベルは赤くなって焦り、アミッドは冷めた目で手刀を放った。
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