オラリオで映画を作るのは間違っているだろうか   作:るい

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出勤風景

 

 

 

静謐な部屋の中、私の耳には一人の寝息が聞こえている。

規則的な音が鳴り始めたのはほんの少し前。【スキル】の影響で作業中は不眠に近い私とは違い、まだ一般人な彼は眠気に勝てなかったようだ。

私のせいで彼の身に起きた今日一日の出来事は、普通に生きる分には一年分くらいの密度がある。疲れるのも当然だ。

 

彼を起こさないように淡く光るフィルムを水晶へと仕舞い込み、私はベッドに近づいて彼の寝顔を盗み見た。

あんなことがあったというのに、事の元凶の私を前にしといて安らかな寝顔。

よく見ると少年らしい角張った部分はあるが、やはりどちらかといえば可愛らしい造形をしている。

一週間前に都市外に出た時すれ違った少年を思い出し、妙な縁に可笑しくなってクスリと笑った。

 

 五時間かけてオラリオに着いて直ぐに何をしたかとか、どの英雄譚が好きなのかとかの何気ない会話の隅に混ぜて行った情報収集により、私は彼の事情にやたらと詳しくなってしまった。今なら、彼の記憶している限りになるが、彼が入団を断られた【ファミリア】を上から順にソラで言える。

 彼が先日都市外ですれ違った少年であるという奇妙なつながりに気がついたのはその副産物だ。

 

 

 あどけない顔で子供のように眠るこの少年は、私が想像していたよりも『人間』だった。

 人並みに喜ぶし、悲しむし、怯えるし、不満や嫉妬、怒りだって感じる。

 話していれば、予想とは異なり彼は負の感情を隠して切り離すのはむしろ苦手なように思えた。私が怖がったアレは、恐怖や怒りといった感情よりも彼が持つ他者への強い共感性が顔を出した結果だったらしい。

 

 私が勝手に怯えていただけだ。理知のある者同士、近づいて話し合えば分かり合える。

 異端児(ゼノス)の時に学んだはずなのだけれど、中々先入観というものはなくしづらい。

 

 フワフワとしている白い髪をサラリと撫でて、魔力を少し高める。

 情報の精度を上げる目的で彼の記憶を取り出そうとして、しかし、これ以上は流石に道理にもとるか、とかつての反省を胸にそのまま魔力を収めて指で白髪を梳いた。

 そのまま少年の頬をつついて、不快そうに眉をしかめるのを見て笑う。

 

 最初こそ怖かったが、彼の心根ときちんと向き合えば悪感情どころか好感を抱くようになっていた。十四なんて多感な時期でありながら全然スレていないところも私的には加点ポイントだ。

 というか、あまりの純粋さに入団して直ぐの金髪幼女の面倒を見ていたことすら思い出していた。あの頃確か彼女は七歳くらいだっけ?

 七歳幼女と同等の真っ直ぐさを保った―――彼女の行動原理を考えたら、むしろ彼の方が歪みが少ない―――十四歳少年というのはもはや偉業のようにも思える。

 

 彼が覚醒してしまう前に弄るのを止めて、音を立てないように治療院のドアを開ける。

 廊下と部屋がつながった途端、冷たい空気が部屋へと一気に流れ込んで来たことに驚きながら急ぎ部屋を脱出し、布団の下で少し身悶えした少年に夜の挨拶を告げた。

 

「おやすみ、ベル」

 

 さて、まだ夜は長い。

 やらなきゃいけない作業は山積み。明日は彼に【ファミリア】を紹介してあげたいけど、午前中から会議があるから少し難しいかもしれない。どうせ午後まで伸びるし。

 ましてや、明後日になってしまえば無関係の人には見せられない異端児(ゼノス)の撮影が始まる。流石に彼を連れてはいけないだろう。

 

 どうにか明日の予定を最低でも半日空けるために私は隣の空き病室に移り、記録魔法を唱えた。

 

 

 

 

 

 日が昇り、都市に朝を告げる鐘が鳴る。

 ガヤガヤと今日の探索へと向かう冒険者で賑わい出す北西のメインストリート沿い。

 【ディアンケヒト・ファミリア】本拠(ホーム)前では、ベルとシャーリーがアミッドと向かい合っていた。

 

「それでは、退院おめでとうございます」

「ありがとうございます。その、お金本当に良かったんですか?」

「はい。既にウォルバーグ様から満額を受け取っていますので、クラネル様が支払う必要はありません」

 

 でも、とベルは視線を隣に立つシャーリーへと向ける。

 不安げな眼差しに対し、シャーリーは笑みと共になんとも頼もしい言葉を返した。

 

「あまり気にしないで。結構安いし、どうせ私は無駄に貯まっててさして使い道もないから。それに、ベルはお金持ってないんでしょ?」

 

 なお、支払いの内訳で薬代の項目に記載された五十万ヴァリスとは一般的に高給であるとされる下級冒険者の月収に近いものであり決してお安くはないのだが、ベルはそんな代物を使われたと知らないので軽く流してしまう。

 ただし、施された恩には真摯に向き合い、ベルは二人へ向けてほとんど垂直に腰を折り頭を下げた。

 

「…………はい、わかりました。改めて、二人ともありがとうございました」

「…………良い子」

「だね」

 

 冒険者を目指しているなんて信じられないほどに誠意のある、精一杯のお礼をしっかりと尽くすベルを前にしてアミッドはポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 その後、治療院を離れた二人は中央広場(セントラルパーク)、則ちダンジョンへと向かう冒険者の波をかきわけ都市門方向へ向かって歩いていた。

 【ファミリア】を探すためではない。自分の会議ついでに手持ち0ヴァリスのベルを支援しようとシャーリーがバイトで雇ったのだ。

 つまり二人は仕事に向かっているわけである。

 

 少量の水晶玉を詰めた木箱を小脇に抱えたままスイスイとシャーリーは進んでいくが、慣れていないベルは時折『恩恵(ファルナ)』持ちとの筋力差で負けて押し流され、シャーリーと離れてしまう。

 そのたびにシャーリーは立ち止まってベルが追いつくのを待っていたのだが、最終的に面倒になったのか手を引いて進んでいた。

 

 メインストリートの中央にさしかかった頃、二人は左の脇道へとそれる。

 

「はぁっ、はぁっ…………シャーリーさん、荷物、無事ですか?」

「うん、大丈夫。ごめんね。実際に見せた方が早いと思ったんだけど、記憶より混んでたや」

「い、いえ……」

 

 ようやくゆっくりと息を吸える環境にベルは大きく深呼吸。

 壁に軽くもたれかかるシャーリーも、表面上は飄々としていながらその額にはうっすらと汗が滲んでいた。こちらは体力的な物ではなく、単に長時間の人混みがストレスなだけである。

 ベルの呼吸が整ってきたのに合わせて、「行こうか」とシャーリーが声をかける。

 

 今度は西の方へ向かって歩き出した二人は、先程の人の群れについて言葉を交わす。

 

「あんな風に、大抵の冒険者は朝からダンジョンへ向かうでしょ。だから昼にホームを訪ねても採用できる人がいないことが多いんだよ」

「そうだったんですか!?」

「大手になると『遠征』をダンジョンに潜るほぼ唯一の機会にしている派閥もあるからその限りではないんだけど、中小派閥の上位陣は大体昼にホームにはいないかな。主神の気まぐれで入団決めちゃうとこもあるけど」

「なるほど……じゃあ夜に――」

「行けば会えはするんだけど、シンプルに礼儀知らずで印象が悪くなるね。冒険者は夜は酔っ払ってることも多いし、最悪あの時のベルみたいに殴られて終わっちゃうかも。ここで問題。じゃあいつどこなら団長とか立場のある人に会えると思う?」

「…………夜の酒場、ですか?」

「正解。勘が良いね。実際酒場でのコミュニティっていうのはバカにできなくて、多くの冒険者が酒場で出会いを果たしているんだ。マスターに気に入られたら口利きしてくれるとこもあるし、冒険者志望にとって酒場でお金を落とすのは投資みたいなものだね」

 

 「ほぇー」と感嘆の声を出すベルに向けて説明するシャーリーは随分と上機嫌だ。

 

 久方ぶりに新しい友人が出来たというのも理由の一つだが、それ以前に冒険者稼業について語るにあたり、懐かしい日々を思い出しているのである。

 彼女が冒険者として活動していたのは『暗黒期』というオラリオ激動の時代の渦中でありそこまで華やいだ出来事はないどころか過酷な出来事に溢れているはずなのだが、思い出はプライスレス、ということだろうか。

 自らの経験を踏まえてベルを教育するシャーリーの様子は、とても楽しそうだった。

 

「ま、こうして紹介する当てがあるならそんなテクニックはいらないんだけどね」

 

 ここまで色々と語っておいて、本末転倒なことを言い放ったシャーリーにベルは苦笑を浮かべる。しかしその恩恵を頼っているのも事実であるため、余計なことは言わずに前を向いた。

 

 視線の先には閑散とした住宅街が広がっており、【ファミリア】のホームはおろか、酒場すら店を構えているようには見えない。

 そういった賑わいの多い場所を目指している訳ではないと知っていたが、この何もない空間が目的地なのか気になってベルは顔を隣に向けて尋ねた。

 

「あの、シャーリーさんの職場って聞きましたけど、どこへ向かっているんですか?」

「ん?ああ、今は編集室(エディットルーム)……私の作業場に向かってるんだけど、最終的にはあれ。映像制作所(スタジオ)っていうの」

「?」

 

 シャーリーが指を伸ばした先。少し左を向けば、二、三階が精々な住宅街の中で頭一つ抜けた七か八階建てほどの建物があった。

 

 石材を基本に用いたその建物は、木造の住宅に囲まれるとひどく浮いた印象を与える。

 他の建物にない、極彩色の塗装。青空の中に異物が混ざったような違和感。

 特徴的なのは、石壁の直方体が六つも存在している点だ。それぞれの建物は色で分けられている上に、壁に共通語(コイネー)で数字が大きく描かれていて、一目でどれが何番なのかが分かる。

 

 ベルはここに来るまでにスタジオの存在に気づいてはいた。というか、あんなに目立つ建築物に気づかない方が無理な話だ。

 気づいてはいたのだが、都市の管理機関であるギルドが所有している建物だと思っていたのだ。あの規模を民間の建物だとどうして思えるだろうか。

 

 震える声でベルが確認を取る。

 

「あ、あれですか……?」

「そ。ちょっと木箱(これ)置いてくるからそこにいてね」

 

 人の背よりも大きい木製の開き戸を足で雑に開き、シャーリーはとある建物に入ってゆく。

 目の前にそびえ立つのは、スタジオとは逆に周囲の民家に寄せた木造建築。しかしその外観はシンプルを突き詰めたもので、四面天井何の突起もない直方体。

 目の前にあって人々が抱く感想はただ一つ。バカでかい。

 スタジオに比べれば第一から第六までのどの建物にも劣るが、それでも普通の家が四つは入りそうであった。

 しかも、ベルが事前に聞いていた話によるとこちらはほぼ個人で所有しているんだとか。

 

「お待たせ。じゃあ出勤しようか」

 

 サングラスを髪に乗せ、青いジャケットの襟を直しながら出てきたシャーリーを前に思う。

 

 ――――あれ?ひょっとしてこの人すごいお金持ち?

 

 ベルはようやくそこに気がついた。

 

 

 

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