お詫びと言ってはなんですが、本日三話投稿です。
アンケートご投票ありがとうございました。投票の結果、過去編は本編に挟み込む感じで投稿させていただきます。
また何かアンケート取るときも、どうかご参加のほどよろしくお願いします。
エダスの村を出て半日経ってようやく、シャーリーはオラリオの市壁を越え北のメインストリートを歩いていた。
初めて訪れる世界最盛の都市の街並に興味を引かれながら取りあえず一晩の宿を探して歩き回ってはいるが、この大通りに店を構えているのはどうにも服飾の店舗ばかりのようで宿屋はありそうにない。
事前に仕入れた情報の正確性を実感し、ひとまずの目的地を中央にあるという広場に設定して前に向きなおる。
(しかしあれだけ仰々しくしていた割には、随分とゆるい入都検査だったなぁ)
武器どころか護身用のナイフ一つ持っていないことが原因か、シャーリーの身体検査は僅か二十秒で終了した。なんだったら中は物騒だからと安物の短刀を手渡されたくらいだ。果たしてあれで警備になっているのかどうか甚だ疑問である。
そんなトントン拍子で検査が進む僅かな時間で門番に尋ねてみたところ、西側に行けば比較的安めな宿が多いとのことなので、都市の全体図を歩いて感じるためにも都市の中枢となっている
ヒューマン、ドワーフ、エルフ、小人族(パルゥム)、獣人、ハーフ、神々、エトセトラエトセトラ。
道が埋まるほどではないがそれでも夕方。家路を急ぐ人や酒場を目指す人でごった返した通りを縫うように小さい身体と少ない荷物を活かしてスルスルと足を進める。
オラリオという超巨大都市とこれまで訪れた他の町との大きな違いは、神の一般化だった。
神という存在があまりにも身近にありふれていて、横を通ったところで誰も気にもとめない。広域地図五枚の範囲に一柱いればそれだけで珍しい外界とは全く違った扱われ方に面食らってしまう。
そんな神であるが故の贔屓のないオラリオでさえ、どの神にも一人は護衛がいる辺りが治安の悪さを物語っているが。
店先でシャッターを閉めようとする店主に対して値切りをしている女神を横目に通りを歩いていると、ようやくシャーリーの視界が大きく開け、白い巨塔の根元が見えた。
雲さえも突き抜けて天を衝く白亜の塔。
あれこそがバベル。別名『崩落の塔』。モンスターを地上に出すことのないように蓋の役目を担っている、千年前の建築物である。
この寝物語を初めて聞いた時には、丁度村の学校が崩れた頃だったので倒壊の心配をしたものだが、実物を前にしては老朽化など考える気も失せる。あまりに悠々とそびえ立つその巨塔は、千年の時を感じさせる雄大さと不朽ではないかと思わせるほどの美しさを併せ持っていた。きっと製作者のステイタスが関与して噂に聞く
天高く伸びるバベルから視線を下ろして広場を軽く見回してみると、同業とおぼしき輩が数名視界に入った。
吟遊詩人がここまで揃うことは通常まずないが、この地は『
そんなオラリオの同業者の現状に寂しさを抱くと共に、競合相手の少なさに拍子抜けした軽い安堵感を抱えてシャーリーは西区画へつながる道に入った。
(リュミエールの言っていたことも、本当なんだろうな)
袂を分かつことになった師匠の主張を思い出し、世界のタイムリミットを否応にも意識させられる。
遠くで響く「スリを捕まえてくれ」という叫びや、路地裏から漂う血の臭いに、シャーリーは眉をしかめた。
英雄が生まれるはずのこの都市でこのような荒れた状態が続けば絶望もしたくなるというもの。特に千年の平和が続いた後では市民の荒事への適応能力は著しく低いと予想が付く。シャリザールの話にあるように、人は長い期間平和を享受し続けると頭のネジが緩くなると言うか、平和ボケして人間の独善性や醜悪さを忘れがちになる。他者へ過度に期待して、自助の能力が低下するのだ。
問題を提示されて放置しておくような性格ではないシャーリーは、都市の現状解決のための策に頭を回す。いくつか思いついたが、その内ほとんどは民衆総
――――都市には『英雄』が必要。
数多くのことを考えて、行き着く先は最もシンプルなプラン。英雄による治安維持。
対症療法的ではあるが、まずは問題に取り組める平和を作り出すことが先決。
効果が明確に発揮されるまでの期間、都市問題の先に待ち受ける世界問題、人々が今求める物。それらの条件を加味した上で、これが彼女の思いつく最適解であった。
(オラリオ暗黒期を終わらせた『英雄』。その人を理解して誤解を最小限に抑えつつ都市から世界に広めるにはやっぱり同じ【ファミリア】に入団するのが一番手っ取り早く…………あれ、ここどこ?)
自分なりに都市を見回って得た情報を元に今後の方針を考え、シャーリーは思考の海の中に意識を潜らせていたが、いつの間にやら身体は路地へと潜り込んでいたらしい。
しかし宿屋街にはたどり着けていたようで、あちらこちらにベッドのレリーフやHOTEL、INNの文字をつけた看板が並ぶ。
シャーリーとしてもわざわざ宿の質にこだわって通り沿いの煉瓦造りのような高価なところに金を落とすつもりはなかったので、この辺で良いかと木造建築の並ぶその通りを軽く見回しながら歩く。
やがてINNと看板の掲げられた日陰の宿屋が目に付き、安いなら良し、と深い考えもなしにそこのドアを押し開けてみた。
カランカランと鳴ったドアベルの音に、カウンターに腰掛けた店主の目がギロリとシャリーへ向く。安宿を練り歩いてきたシャーリーはそんな粗雑な対応にも慣れたもので、鋭い店主の眼光を飄々と受け流しながら――少しかっこつけようと無理な背伸びをして――カウンターに肘をつけた。
金をむしり取りたい店主。宿代を安くあげたい客。
両者の視線が絡み合い、数秒間の膠着が起こる。
「…………らっしゃい」
「部屋は空いている?」
「一人部屋、素泊まり一泊五百だ」
「朝食は?」
「素泊まりだっつってんだろ」
「なら二百」
「四百」
「二百」
「……三百五十」
「二百五十」
「三百……三十」
「シーツ、布団と蝋燭付きならそれで」
「三百二十だ。蝋燭は自分で買ってくれ」
「決まり。一番綺麗なシーツで頼むよ」
「うるせえ、さっさと部屋へ行け。鍵だ」
ゴトリ、となかなか重量のある重しをつけた鍵がカウンターに置かれ、店主は雑誌を読み直し始めた。これだけ値切ってもまだ割高のように感じられるが、他の場所を探すのも手間なので時間代だと妥協して、シャーリーは割り振られた部屋へと向かう。
錆び付いて回りづらい鍵をようやく開け、部屋の扉を開けると宣言通り木で作られた寝台以外に何もない寂れた部屋があった。
「都市料金ってことで言葉を飲むかな。まあこの何もない感じ、少し落ち着くし」
そんなことを呟きながら埃が舞い散る暗い部屋の中で寝台に腰掛けるシャーリーの姿は、十二年後でも確認できる光景であった。
月が昇り、沈んで朝が訪れる。碌に日も昇らぬ内から宿を出たシャーリーは、宿のある第七地区からは真逆な位置に在る南東方面、第三区画へ向かってまだ暗い道を歩いていた。
手には
雲のように白が広がる地帯を抜けて、開けた場所に着いたシャーリーは立ち止まる。
目の前には、漆黒のモノリスがあった。
高さ五
一つ一つ、彫られた名前を目でなぞりながらグルリと一周して、シャーリーは丁度一つ分空いている空間の前に立った。
(ここが、最後の英雄の…………)
ここにある漆黒の石碑は。ここまでの道のりにあった白い石材は、全て誰かの墓標だ。
未知に溢れた迷宮を目指し死んでいった者たちが、最後に行き着いた場所だ。
人は死ねば肉体が骨になり魂が輪廻の輪へと運ばれるだけだが、生者は彼らが生きていた証を欲する。特に、重大なことを成し遂げた者にはその栄誉を称えるようなものを。
この黒い
今生きている全ての人類が敬意と感謝を捧げなくてはならない、人類にとっての救世主たちを称えるために作られた祭壇。
その前にシャーリーは立ち、一つ、唄を奏でた。
この世界を守ろうと奮闘した英雄に供物を捧げるために、全力で喉を震わせた。
「この唄を、贈り物の代わりにさせてもらいます。どうか、静かな眠りを」
この朝、シャーリーは決意を改めた。
あの空白に埋まる誰かを自分が必ず歌うと、心を決めた。
今日、彼女は【ファミリア】を探す。
今代の『英雄』を見つけるために。