オラリオで映画を作るのは間違っているだろうか   作:るい

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シャーリーの作り上げた職場紹介ということで、今話はオリジナル設定の山です。

ただ、そこまで話の本筋に関係あるものではないので、フワフワと想像して、楽しんでいただければなによりです。





映像制作所(スタジオ)

 

 

 

「おはようございます。社長」

「うん、おつかれ」

「あの、そちらの方は」

「バイトの子だよ」

 

 そびえ立つハコを首を真上にして見上げながら、僕はその大きさに圧倒されていた。

 シャーリーさんが門番にしては随分とラフな格好をした、ガタイの良い男の人に僕を紹介してくれているけれど、驚きのあまり僕は一言も発することが出来ない。

 

 言葉を失うほどに、その建物は規格外だった。

 

 落ち着きのない華やかな塗装に彩られた石の壁。

 人が十人縦に並んでも届かないほどに高く伸びる建端。

 それほどの高さよりも圧倒的に目立つ、優に人が二百や三百は入りそうな横の広さ。

 

 そんな建物が都合6つ。正六角形を描くように建造されたカラフルな建築群はそれぞれ適度に距離を保っていて、移動しやすいようにか屋上と中央に各建物をつなぐように回廊が設けられている。

 

 当然、そんな規格外の大きさを持つ建物が収まる敷地面積は半端な物じゃない。

 なんというか、端から端が見えないのだ。

 少なくとも、僕の目では黒い鉄柵の向こうには視界いっぱい緑の大地しか見えていない。

 一度だけダメ元で訪ねた、都市最大派閥と聞く【ロキ・ファミリア】のホームでさえこれほどの広さではなかった。その代わりと言わんばかりにあの建物は縦に伸びていたが、シャーリーさんのスタジオは高さでさえも匹敵している。

 

 今日までオラリオの多くの場所で使われているのを見てきたけれど、シャーリーさんの作り出す『映像』という文化がどれほどの影響力を持っているのかを強く実感させられる。

 

「軽く案内と紹介をするから、ついてきて」

「は、はい!」

 

 鉄柵の門を開き一礼をする門番さんに向かってシャーリーさんは手を振りながら施設内へと進んでいく。

 僕は慌ててその背中を追いかけて、映像制作所(スタジオ)へと足を踏み入れた。

 

 

 

 初めてくる――僕にとってはオラリオのどこでもそうだけど――企業施設におっかなびっくり、唯一頼れるシャーリーさんの隣にひっつきながら歩くスタジオの中は、予想外にとても穏やかな雰囲気に包まれていた。

 人の往来は激しくて活気はあるのだけれど、それ以上に広大な敷地が喧噪を感じさせない。

 

 舗装された黄色いレンガ道の周りには花や植物がたくさん植えられていて、緑の芝生の中に混ざる赤や紫色といった色鮮やかな花々が心を癒やしてくれる。

 付近を見渡せば、ベンチでくつろいでいる人やパラソルの下のテーブルで飲み物を飲んでいる人なんかも目に入る。

 彼らの背後には列が出来ていて、何事だろうとそれを視線で追っていくと小さな喫茶店がその先に見つかった。

 

「シャーリーさん、あのお店って……?」

「息抜きのために敷地内に色々なお店を入れているの。あとでマップ見るといいよ。社割……はバイトのベルには使えないから、何か欲しいのがあれば数個は買ってあげる」

「い、いえ!大丈夫です!!」

 

 僕の質問にシャーリーさんは一瞥もせず、歩みを進めながら簡潔に答える。

 周りに気を取られていた僕は、少し遠くから聞こえてきたその声にいつの間にかシャーリーさんとの距離が離れていたことに気がついて急いで後を追った。

 

 急に走って息を乱した僕を横目に、シャーリーさんはスタジオ内の店舗業種をいくつか指折り挙げていく。カフェ、食堂など飲食関係はもちろんのこと、遊戯場や衣類店に休憩所、あまつさえ浴場まで敷地内にあるらしい。

 「暮らすだけならここから出なくても良い」と得意げにシャーリーさんは断言したが、その言葉に対して僕はあまりの荒唐無稽さにほぐれかけていた緊張感がまた張り詰めていた。

 

(この中だけで暮らせるって、それもう村じゃない……?)

 

「このスタジオには色々詰め込んだけど、メインストリートには行きづらくて土地代が安い第七地区の中央部だから作れたっていう点は否めないかな。他はどこも高いかうるさいかで。ダイダロス通りが一番安くて静かなんだけれど、あそこは通いづらいし」

 

 多分、スケールの大きさに僕が引いていたのを感じ取ったのかシャーリーさんは少し早口で補足を付け加える。付随して、当時の苦労話も歩きながら語ってくれた。

 

 当然のことだけれど、こんな規模の事業を起こすには大変な苦労がつきものだったらしい。とある【ファミリア】がスポンサーとして一応ついていたけれど、それでも冒険者の頃に貯めていた私財がほとんど消えたとか、やりたくない仕事も沢山やらなくてはいけなかったとか。

 苦虫を噛み潰したような顔でヘルメス様という男神様の迷惑エピソードを語るシャーリーさんが可笑しくて、僕は自然と固くなっていた表情を崩していた。

 

 斜め後ろに位置していた僕に対して、黒いレンズ越しじゃない視線が向けられる。

 

 僕が気を抜けるタイミングを見計らっていたようにシャーリーさんは十字路で立ち止まり、質問を投げかけた。

 

「ベルは、物作りは得意だったりする?」

「いえ、多分苦手ですね……」

「じゃあ音楽は?」

「楽器に触ったこともないです」

「そっか。じゃあやっぱり第三かな」

「?」

 

 何かをつぶやいて、シャーリーさんはここまで辿ってきた黄色のレンガを外れ、左の赤いレンガの道へと足の向きを変える。

 カツカツと革靴特有の足音を立てて向かう彼女の進路の先には、まるで血を浴びたように真っ赤に染まった大きな石壁が待ち構えていた。

 

 

 

 

 

 「ようこそ、第三スタジオへ」と芝居がかった慇懃な態度で彼女が開いた扉の向こうには、町があった。

 

 いや、何を言っているのか分からないと思う。でも僕も分からない。

 ただ、目の前で広がる民家や舗道、商店や酒場の風景をまとめるとしたら“町”以外に言い表しようがなかった。

 それもどこか現代の風景とは違う、物語の挿絵で見るような古代の町の造り。

 けれど遺跡のように古くさくはなく、今にも横道から住人が現れそうな現実感がその町にはあった。

 

 困惑と共に頭上を見上げる。

 青空はない。

 僕の真上にあるのは金属製の梁と真っ白な光を放つ魔石灯だ。

 ただし壁には青い壁紙が張られていて、視線を上に上げていなければまるで外にいるような錯覚を起こしてしまう。

 頭上で煌々と町を照らしつける人工的な光だけが、僕が屋内にいることを思い出させてくれた。

 

 一番近くにあった民家に出来る限り近づいて、じっくりと眺めてみても全く作り物のようには思えない。ガラスを通して見える部屋の中の様子も生活感に溢れていた。

 ということは、ここで共同体が形成されているのだろうか。この中で生活をしているのだろうか。

 

 僕はどこ、いつに来たんだ?とひどく混乱しながら背後のシャーリーさんに縋るように目線を送ると、クスクスとイタズラな目をして慌てふためく僕を笑う姿があった。

 

「ふふ、作り物だよ。その家からあの店まで、全部ニセモノ。頑張って作った撮影のための道具」

「嘘でしょっ!?」

「ほんとほんと。あんまり触らないようにね。もうこの町も5年選手だし、強くすると壊れちゃうから」

 

 種明かし、という程でもないがシャーリーさんの語る真実に僕は愕然として真横の民家をまじまじと見つめなおす。

 やっぱりいくら見ても作り物とは思えない。壁に刻まれたヒビや汚れなんて、何十年もここにあるようにしか思えないのに……。

 

 それでも彼女を疑う気になれないのは助けてもらった恩と、ここに来るまでダンジョンやバベルのような、もっと想像も付かないような物を見てきたからだろうか。

 

 まだ開いた口が塞がる気はしないけれど、それでも驚きに耐性がついてきたような気分で辺りの風景を眺めてみる。

 

 何度も物語で憧れた古代の町並みに一人気分を高揚させていると、しわがれた声と一緒にとある背の真っ直ぐに伸びた老人が曲がり角の向こうから姿を現した。

 

「ぬ、誰だ?…………と、後ろにいるのはシャーリーか?」

「おはよう、ノアール。元気してた?」

「何しとるんだ、お前。今日はここを使うのは昼からだぞ?」

「でもノアールはいた。お年寄りの朝は早いからね。いると思ってたよ」

「やかましいわ!」

 

 僕を挟んで扉側にいるシャーリーさんと親しげに言葉を交わすその人は、ノアールさんといった。

 見た目こそ髭を生やした老人そのものだけれど、高い身長を棒みたいに伸ばした背筋や着流しの下から覗いて見えるしなやかで張りのある筋肉は老いを知らない若者のそれ。

 段々と近づいてくるにつれて、彼の放つ凜とした雰囲気に僕はつい自分の背筋を伸ばしていた。

 

「ベ、ベル・クラネルです!」

「んん?あー……ノアールだ」

「よし。顔合わせも済んだし、あとはよろし、ぐぅっ!…………いたい」

「いや説明してからいかんか、たわけ」

 

 僕らが名前を教え合ったところを見るや否や、シャーリーさんは扉をくぐって外へ出ようとしてしまう。

 けれど、僕の横を風が通ったと思った瞬間。気がついたらノアールさんがシャーリーさんの首根っこをつかんでいた。

 目前で起きた一連の出来事に目を瞬かせ、そこで悟る。彼もまた、冒険者なのだと。

 一人作り物の町中に取り残された僕は、せめて話に置いてかれて迷惑はかけないように、二人の立つ扉へと向かった。

 

 

 

 

 

「―――ってわけだから、この子の指導係になってあげて。お願い」

「それはいいが…………」

「決まりね。私会議に急がなきゃいけないから、あとは二人でよろしく。じゃあベル、終わったら迎えに来るから、頑張ってね」

「はい。ありがとうございました」

 

 承諾の返事を聞くなり、シャーリーはノアールにベルを任せて第三スタジオを後にした。

 

 自ら指導係を選出する、去り際に頭を軽く撫でる、激励の言葉などなどベルへのわかりやすい特別扱いに驚愕したノアールの視線を背に受けながら、来た扉とは逆方向の六つの極彩色の建造物に囲まれた中庭方面へと駆けてゆく。

 

 憩いの地として名高い――恋人の聖地的な扱いも強いが――アモールの広場を模して中心に設置した噴水の横を通り過ぎ、赤の建物の対角線上。白い第六スタジオへと入ったシャーリーを出迎えたのは、人種・年齢を問わないクリエイターと職員らの「おはよう」の唱和の声であった。

 一つ所に勤めていながら統一感などまるで無い彼らの自由な服装そのままに、各自時に粗雑に、時に礼儀正しく送られてくる朝の挨拶に対応しながら一階ロビー中央、移動に楽だからと導入した魔石昇降機(エレベーター)のボタンを押して、鏡のようになっている扉の前でシャーリーは一度自分の身だしなみを確かめる。

 

「少し遅かったですね」

 

 大量の資料を胸に抱え、シャーリーの横に並んだギルド職員にもよく似たパンツスーツ姿の彼女はシャーリーの秘書だ。

 膨大すぎるスケジュール管理のためだけに雇った『恩恵』すら持っていない一般人だったのだが、実年齢より十は若く見える幼い見た目に反し中々有能なもので当初の予定とは異なり実務作業も多分に任されている。

 

 資料の束を受け取りながら社長と秘書は昇降機に乗り、大会議室のある最上階のボタンを押す。

 ガーッとぎこちない動作で閉まる扉の奥で会話が交わされる。

 

「今日の会議の題目は?」

「こちらにまとめ上げてあります」

「詳細は読んでおくから、概要だけ読み上げて」

「まず映画部門になりますが、以前許可を出された新作脚本の修正版が数点上がってきています。その採用是非と修正必須箇所の洗い出し、撮影順会議ですね。決まり次第順を追って演者と配役の第一構想選考に移ります。別作で夏より撮影開始の数本の衣装・美術のイメージ図が提出されました。こちらは確認だけですね。

同様にドラマ『ダンジョンの空』と『昼下がりの嘘』シリーズが新シーズンに入るにあたり劇伴に新曲が追加されるので、取りあえずのチェックをお願いします。絵物語(アニメーション)の方は『魔導少年アトミ』の放送終了に伴い各出版社から次のアニメ化の打診が出ていますので、そちらの協議も。

それと、先月お渡しした一般公募の11~12月分の脚本選考の会議が予定されています。本日はそちらがメインですね」

「うわ。最後の奴今日だっけ?」

「はい。それと事後確認になりますが、本日シナリオの偏重問題についての会議予定が入っていましたがタイムスケジュール的に無理だと思い各員に通達しています。よろしかったでしょうか」

「うん、ありがとう…………今日三時までに上がれるかな?」

「無理でしょうね。ああ、そういえば会議とは全くの別件ですが、ギルド長から伝言を預かっています」

「ロイマンから?」

「『「眷属募集(リクルート)」が半年後に迫っているため、各派閥の宣材動画(プロモーションビデオ)を新たに作れ』だそうです」

「『各派閥の交渉とスケ調節をそっちでやりきってから言ってくれませんか。特に【フレイヤ・ファミリア】』って返しといて」

「了解です。昼食は十二時半頃で問題ありませんか?」

「それでよろしく。じゃあ、行こう。仕事の時間だ」

 

 ポーンという到着を知らせる鐘の音と共に開いた扉の向こうへ、シャーリーは勢いよく足を踏み出した。

 

 

 




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