オラリオで映画を作るのは間違っているだろうか   作:るい

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女神と兎

 

 

 

「―――ってわけだから、この子の指導係になってあげて。お願い」

「それはいいが…………」

「決まりね。私会議に急がなきゃいけないから、あとは二人でよろしく。じゃあベル、終わったら迎えに来るから、頑張ってね」

「はい。ありがとうございました」

 

 一通り僕が今日一日のバイトであることを説明し、シャーリーさんは最後に僕の頭を軽く叩いて第三スタジオから消えていった。その様子を横で見ていたノアールさんは驚いたように遠くなってくシャーリーさんの背を目で追い、次いで僕に視線を向ける。

 何かを聞きたくて視線を向けられているのは分かるけれどその意味を察することの出来ない僕は、とりあえず一日お世話になる彼に向けて挨拶を執り行った。

 

「ベル・クラネルです。よろしくお願いします!」

「……ああ、よろしく頼む。言ったかと思うが、俺はノアール・ザクセン。古代街セットの管理と、あとはここでの撮影の手伝いをしている」

「ここ全部ですか!?凄いですね!」

「流石に一人でというわけではないがな。だが今日は一人だ、お前にもこのセットの手入れを手伝ってもらう。指導はするが、新人だからといって甘く扱ったりはせんからな」

「はい!!」

「…………ガネーシャの所の娘っ子といい、こういうのが好みなのか?」

「え?なにか言いましたか?」

 

 スタジオ勤めどころかバイトをすることさえ初めてだというのにいきなりこの圧巻の景色に携われると聞いて、僕の心は粗相をしないだろうかという不安とそれ以上の責任感で埋め尽くされた。

 「古代ってことは英雄のお話とかに使うのかな」と自分のこれからの仕事が英雄譚に関わる期待に胸を弾ませて町を眺めていると、ノアールさんが背後で何かを呟く。

 仕事のアドバイスを聞き逃してしまったかと焦って聞き返したが、ノアールさんは「何でもない」としか言わなかった。

 

 

 

 

 

 ノアールさんからセット手入れの方法を教えてもらった後。僕たちはお昼から始まる撮影に間に合わせるために並んで道の掃除をしたり、窓や机の端に溜まりすぎた埃を払ったりと細々とした作業に入っていた。

 始めたときはピカピカにしようと意気込んでいたのだけれど、生活感を出すために少しは汚れを残しておかなきゃいけないらしい。指定された家を転々と回り、その都度変わる掃除の加減に戸惑いながら手入れを続ける。

 時折ノアールさんに見て指導してもらって、作業を分担どころか手間を増やしていることに申し訳なさを抱く。けれどスピードを上げようと急いでやったら雑だと叱られたので、僕に出来る分を出来るだけやっていた。

 

「おい小僧、休憩にせんか」

 

 作業を始めて二時間も経った頃。

 僕の担当する家から見て、通りを挟んだ酒場からノアールさんに声をかけられる。

 そもそも家事に不慣れな僕は内心そのお誘いに心底感謝をしながら、それでも休みに飛びつく軟弱者と思われたくはなくて「ここが終わったら行きます」と少し仕事が出来る風の見栄を張って声を返した。

 

「お疲れ様です」

「うむ、お前もな。ほれ、座れ座れ、仕事があるからあまり飲めんが酒もあるぞ」

「あ、いや僕お酒はちょっと……」

 

 服に付いた埃を軽く払いながら酒場(のセット)に向かうと、ノアールさんは通りに面したテラス席で小さなコップに黄金色の液体を注いでいた。

 近づいてみると、ほのかに香るアルコールの匂い。

 顔をほんわりと赤らめて緑色の酒瓶をこちらに向けてくる彼に僕は微妙な顔を作りながら遠慮させてもらう。

 方便や遠慮ではなく、実際苦手なのだ。あのジンワリと胸と喉が熱くなってくる感覚にまだ慣れることが出来ないままでいる。

 

 とはいえ全く飲めないわけではない。村の大人達に無理くり飲まされた記憶を思い出し、一杯くらいは付き合わされるかと思いきや。

 案外あっさりとした態度で瓶は下げられ、ノアールさんのコップにまた並々とお酒が注がれる。

 空になった酒瓶を天板に載せ、片手で持ったコップの中身を一息にぐっと飲み干す。

 こんなところでも、ノアールさんは格好良い大人だった。

 

「そうか、まあ無理にとは言わんが冒険者をやるなら多少は飲めるようになっておけ。酒を飲める分には損はない」

「あ、それシャーリーさんも言ってました。酒場は冒険者にとって第二のホームだって」

「あぁ……あいつはここに来たときから強かったからなぁ…………」

 

 ノアールさんは遠い目をしてしみじみと呟く。反応から察するに、酒場が冒険者にとって大事なのは事実だけれど、シャーリーさんは特別入れ込んでいる部類らしい。

 

 自分が弱いからか、お酒に強い人には少し憧れる。

 シャーリーさんが特別強いという話を聞いてフワフワと思い浮かんだのは、彼女が暗いバーで一人静かにグラスを傾けている姿だった。男装にも近いあの青藍のジャケット姿が大人っぽい店の雰囲気にマッチするんじゃないだろうか。

 そんなビジョンを思い描いていると、ノアールさんから追加情報がもたらされる。

 

「ありゃ化け物だったな。十二かそこらの娘っ子がウワバミかバケツかというくらい次々と酒樽を開けていく光景は圧巻だぞ。大人も面白がって飲み比べを挑むんだが、一人二人、五人十人とどんどん潰されちまう。いやぁ……ひどいもんだった」

 

 全く思っていた方向性と違った。真逆も良いところだった。

 あのどこか超然とした雰囲気のある人が大衆酒場か、と妙な親近感すら湧くほどに荒くれ者の冒険者していた。

 再度イメージを上書きして思い描いたところで、子供が大人を飲み潰しているという異常性にようやく気がつく。

 

「って、シャーリーさんはそんな頃から冒険者をしているんですか?」

「お前もさして変わらんだろう。確かにあの頃はまだまだ未熟なガキが多い時代だったがな」

 

 もっともな指摘に言葉を詰まらせて、僕は昔を懐かしむノアールさんの顔を横から覗いていた。

 村の大人達と何も変わらない懐古の表情に、あんなにも遠く思えていた冒険者という職業をどこか身近に感じる。

 

 「もっとお話を聞かせてください」そう言おうと口を開いたその時。

 クゥ、と僕のお腹が小さく鳴いた。

 

 吐き出す言葉を無くした口がパクパクと動き、鳴り響いた音に振り向いたノアールさんと目が合って、僕は恥ずかしさにうつむいてしまった。

 しばらくして、ノアールさんは口を大きく開けて呵々大笑の笑い声を轟かす。

 

「わははは!もう昼だ、そりゃあ腹も減るわな!」

「は、はい……」

「飯なぁ……適当にスタジオで食べても良いが…………小僧、仕事だ。北のメインストリートに行き女神が売り子をやってる店でジャガ丸君を百個と少し買ってこい」

「ひゃ、百個ですか!?」

 

 昼食のプランについて思案を巡らせ、どんな道を辿って行き着いたのかノアールさんは僕にお使いを命じた。

 

 ただのお使い、もといパシリなら仕事人として下っ端も良いところな僕は甘んじて受け入れるつもりだったのだけれど、二人で消費するにはあまりに多大なその購入個数に流石に聞き返す。

 

「ああ。今から撮影班が来る、その差し入れだ。百個は差し入れ分、余った金で必要なだけお前の分を買え。俺の分はいらん。お前がここにいたところで手伝えることなど荷物持ちくらいしかない。だったら昼ついでに差し入れを買ってこい」

「あ、なるほど。わかりました。えっと、僕お金ないので貸してもらえたら……」

「わざわざお前のような子供に自腹は切らせんわ、たわけ。ほれ、これだけあれば足りるだろう」

 

 バッと乱雑に投げられた小袋をなんとか受け止め、予想外の重さにズンッと手を腰より下に落とす。持ち上げて中身を確かめてみれば明らかに過剰と言える量のヴァリス金貨が僕の目を焼いた。

 え?ジャガ丸君って一個30ヴァリスくらいだよね?この一袋で下手したら店まで買えちゃうんじゃ……というか、僕こんな大金を持って街を歩くの?

 七日前の僕の手持ち全額よりも数倍の額があるお金を手に、理性が吹き飛びそうになるのを必死に抑えて承った仕事内容を確認のため復唱する。

 

「北のメインストリートで、女神様が売り子をしているお店、で合ってましたか?」

「おう。俺の知る限りではそこが一番美味い」

「へぇー!じゃあ、行ってきます!」

「落とさないよう気をつけろ」

「はーい!」

 

 僕自身お腹がすいていることもあって、一秒でも早くジャガ丸君を手に入れるために僕は脱兎のようにスタジオを飛び出した。

 スタジオの敷地を出るまでの途中、ジャガ丸君を食べ歩く職員を目にする。けれど僕は彼らを横目に見るだけにとどめ、スタジオの門を通り抜けた。

 きっとこのスタジオの中や、北のメインストリートよりも近いところにお店はあるんだと思う。けれど、一番美味しいところを勧めてくれたノアールさんの心遣いを無碍にしたくなかった。

 

 この選択が運命を決めることになるなんて分かるはずもなく、僕はジャガ丸君を求めてオラリオの街を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 北のメインストリートの一角。常日頃から一般市民冒険者問わず人がごった返す商店街であるが、とある四つ角に組み立てられたその露店は一際盛況であった。

 

 理由は大きく二つある。

 一つは、都市住民ならみんな大好きジャガ丸君を販売していること。

 カラッと揚げられた香ばしい衣に包まれたジャガイモはどこか甘辛く、食べた者を虜にしてやまない。揚げたてアツアツを好まれる食べ物故か、紙袋に包まれて道端で売られているのが常なオラリオの名物だ。

 30ヴァリスと菓子にしては割高、主食にしてはお安めな値段で販売されるその揚げ芋は広くオラリオの住人に親しまれており、ジャガ丸君ジャンキーと呼称される中毒者もそれなりに多く存在している。曰く、「ジャガ丸君なきオラリオなどオラリオにあらず」というのが彼らの共通理念らしい。

 

 そしてここでもう一つ。この店が特別人気な理由は、一人のとある売り子にある。

 いや、一人というのは彼女を表すのに適切な表現ではない。正確には一柱が正しい。

 

 この露店では、女神がジャガ丸君の売り子をしているのだ。

 

「いらっしゃいませー!本日ジャガ丸君1割引きセールだよー」

「二つ下さいな」

「お買い上げありがとうございまーす!おばちゃん、二つー!」

 

 ピョコピョコと触覚を模した装飾を持つ奇天烈なカチューシャを漆黒の髪の上に載せ、幼女とも呼べる体格に不釣り合いな巨大メロンの上にピンクのエプロンを着て女神は叫ぶ。

 異様な風貌で神の気品など全く感じられない服装であるが、それでも美しさが漂う辺り彼女が完璧完全な、下界の住人とは違う超越存在(デウスデア)であることが窺える。

 青みがかった目を右に左にと忙しなく動かし、お昼に迷っていそうな人々を見つけ、愛想良く笑いかけては相手も笑顔にしてジャガ丸君を買わせてゆく彼女の名前はヘスティア。

 炉と慈愛の女神である。

 

「ヘスティアちゃん、今日は元気良いわね」

「ふっふっふ…………今日はきっと良いことが起きるからね!」

「なんかあるのかい?」

「ううん、ただの勘さ!」

 

 神と人という壁はそこにはなく、それどころか上司と部下として人が上に立つ状況でありながら、ヘスティアと店主は少し客の流れが落ち着いた休憩時間に気安く言葉を交わす。

 

 こういった人や立場を考えに入れない彼女の親しみやすさこそが、オラリオの人々に受け入れられた要因だろう。

 五個以上購入特典で頭を撫でられるなどのマスコット扱いに憤慨するでもなく、むしろ人々との触れ合いを喜ぶような気の良い善神であるからこそヘスティアの人気は高く、人々をまたこの店で買おうという気にさせる。もはやここら一帯ではジャガ丸君の神様として信仰を集めている状態だ。

 

 そんなヘスティアであっても、神としてのアイデンティティを失ったわけではない。

 下界では零能という制限はかけられているが、神の勘とは神の力(アルカナム)によるものではない。神が神であるが故に得る特別な、いわば予知にも近いものなのだ。

 

 故に、女神の前に彼が現れるのは必然のことであった。

 

「あの……ジャガ丸君百個下さい!」

「百個ぉ!?」

 

 運命の出会いと言うには…………ちょっと劇的さに欠ける気はするが。

 

 

 




色々悩んだけれど、やっぱりこの二人でわちゃわちゃしていて欲しい……!
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