オラリオで映画を作るのは間違っているだろうか   作:るい

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ついに本作の評価バーにも色が付きました!

ここまで読んでくださった皆様、感想、評価をくださった皆様ありがとうございます!
更新は遅めかもしれませんが、頑張って続けていきたいと思います。
ぜひこれからもお付き合いのほど、よろしくお願いします。


神様も結構世知辛い

 

 

 

 

 差し入れ用と個人用足して百三個。店舗ではなく露店で頼むにしては埒外の注文個数に店主が在庫が足りないと急いでジャガ丸君のタネを製作する横で、女神ヘスティアはお客様たるベル・クラネルと世間話に興じていた。

 タネ作り、揚げ調理共に直近で大失敗をやらかしていて、食品に触らせてもらえないのである。

 

「じゃあ君は映画制作所(スタジオ)の子なんだね。ボクもヘルプで行ったことあるよ!ん?あれ、じゃあなんでこのお店に?」

「このお店が一番美味しいってノアールさん、上司に教えてもらったんです」

「へぇー!だってさ、おばちゃん!!」

「スタジオのノアールって言えば【弓弦の剣葉(ユズルハ)】のことだろう?嬉しいねぇ、そんな有名人に知られているってのは」

「ユズ……?すみません、あまり詳しくなくて…………」

「少し古いが、高名な冒険者様だよ。引退はしてないって聞くけど、アンタの話だとスタジオで働いてるって噂も本当みたいだね」

「まあ、そんな有名人云々よりもボクは隠し味がウマくいってる方が嬉しいけどね!」

「隠し味?」

 

 店主も巻き込み、ぺちゃくちゃと昼下がりのメインストリートで他愛もない会話が続く。

 なかなか自分からは訊きづらかった、厳しくも優しさのある指導係の事情が本人のいない場で明かされていくことに期待と若干の気まずさを覚えていたベルであったが、彼の興味を次に奪ったのはジャガ丸君の隠し味という話題だった。

 

「内緒だぜ?実は……」

「ヘスティアちゃんっ!」

「ひぃっ!!ごめんなさい!!」

「……言うなら小声でだよ」

「!!ありがとうおばちゃん!耳を貸してくれ、少年」

 

 隠し味を大通りで明かそうとした警戒心の足らない女神を店主は一度叱りつけたが、普段ぴょこぴょこと動く二房のお下げ髪と共にシュンとしてしまった表情を見て、諦めたように目を閉じて笑った。

 アドバイザーという名の味見役とは言えそもそもはヘスティアとの共同開発だ。彼女にそれを明かす権利がないとは言えないだろう。

 パァッとわかりやすく明るい笑顔を見せて、ヘスティアはベルをしゃがみこませて耳打ちする。

 

「実は、ここのジャガ丸君にはポーションを少しだけ使ってるのさ」

「ポーション……です、か?」

「うン?まさかポーションも知らないのかい!?」

「うっ…………はい、田舎から出て来たばっかりで……」

 

 内緒話と言うことはすっかり忘れ、ヘスティアは少年の知識のなさに驚きの声を上げる。

 彼女も降臨してくる半年前まで下界の事なんて何一つ知らなかったのだが。

 

 自分の無知を恥じて顔が赤くなる少年に、対応ミスを自覚して狼狽えるヘスティア。そこに飛んできた「いつ来たのか」という店主からの助け船に全力で乗っかって「七日前」という彼の返答に、「なら知らなくてもしょうがないよね!!」と彼女は強く頷いた。

 

 

体力回復薬(ポーション)は疲れが取れる飲み薬だよ。冒険者には必須の物だから、慣れ親しんでいる味ならよく売れるんじゃないか、と思ったらアタリだったという訳なんだ。マーケットリサーチって奴だね!」

「なるほど、露店も大変なんですね……あれ?でもだったら冒険者通りに店を構えた方がいいんじゃないですか?」

「あー、それは…………」

「冒険者は一日中ダンジョンに潜る人が多いから、お昼時には稼げないのさ。アタシは朝から働きたくないし、ずっと冒険者の相手だと疲れるからね」

「まーそんなわけだから、きっとスタジオの支店でも何かしら独自の隠し味は入れているはずだよ。ボクは厨房に入らせてもらえなかったから知らないけどね」

 

 仕切り直して、三人の間では改めてポーションが隠し味という話題が展開される。

 

 客に合わせた味付けというのはバカに出来ない効果をもたらす。ジャガ丸君がオラリオの街中あちらこちらで販売されているのも、こういった味付けのバリエーションが豊富であり、自分にとってのアタリの店を探すといった娯楽要素が噛み合っているからだろう。

 一通り隠し味の話のネタが尽きて、ようやく少しだけ訪れた静けさは、ヘスティアが思い出したように尋ねた質問で破られた。

 

「そういえば少年は何を作りたくてオラリオに来たんだい?」

「え?」

「わざわざ田舎から出てスタジオで働いてるって事は、何か作りたいんだろ?小道具とか、背景とか、映画そのものとかさ」

「いやっ、そうじゃなくて、僕は一日限りのバイトなんです!スタジオとはちょっと縁があっただけで、本当は冒険者に、なりたくて…………変、ですかね。こんな細いやつが冒険者って……ハハ」

 

 ヘスティアの誤解にベルは慌てて釈明をしていたが、だんだんと言葉は尻すぼみになってゆき、顔はうつむいてゆく。

 一週間にわたり耳にタコができるほどに聞かされた度重なる否定の声は、ベルの精神をひどく摩耗させていた。

 それまでの明るい少年の雰囲気は消え失せ、前髪に隠れた目元の下に卑屈な笑みを見せるその態度に、ヘスティアは地雷を踏んだことを一瞬で察する。

 だが、善神極まる彼女はその失態を覆すのも迅速だった。

 

 

「そんなことないよ!!」

「え……」

「細くたって若くたって、そんなの冒険者に関係あるもんか!【剣姫(けんき)】とか【九魔姫(ナインヘル)】とか、女の子の上級冒険者だってたくさんいるし、種族だって関係ない!ボクたち神の与える『恩恵(ファルナ)』は下界の子供達の可能性を引き出すものだ!神だろうと君の可能性全部なんて傍から見ただけで分かるもんか!」

「女神様…………」

「だから元気出して、顔を上げなよ。君を断った派閥(とこ)なんて、うんと凄くなってから見返してやればいいのさ」

「っ!…………はいっ!」

 

 目尻にたまった滴を拭い、決意と共に顔を上げた少年は女神へと笑い返す。

 

 十四という年齢は多感であり流動的だ。特に純粋な心を持つベル・クラネルは、良くも悪くも他者に染められてしまう危険性を孕んでいた。

 

 しかし、折れかけていた自尊心は少女の言葉によってつなぎ止められ、補修され、より強固な物として今また高くそびえ立った。

 ヘスティアの言葉を思い出せる限り、彼はもう自分の目標(みち)を疑うことはないだろう。

 選択に悩むことや、立ちはだかる困難にくじけることもあるかもしれない。しかし、この地で英雄を目指すことを間違いだとは思わない。

 少年の夢も事情も何も知らない、下界に降りて全知零能に成り下がった女神の、何の気もないただの励ましの言葉だが、ベルにとってはオラリオに来てから初めて受けた自己を肯定する言葉だ。

 

 今ここに、炉の女神ヘスティアの手によってベル・クラネルの骨子は完成されたのだ。

 

「ありがとうございます。僕、もうちょっと頑張ってみます」

「うん、それがいいよ」

 

 外見上何の変化もないが、大きく成長したベル・クラネルへ向けて、女神は母のように優しく微笑んだ。が、その幼い身体に似合わぬ雰囲気は直ぐに霧散し、ソワソワと見た目同様の落ち着きのなさを見せ始める。ウニョウニョと身体の動きに合わせて二つ結びのおさげ髪が揺れ出した。

 

「それで、だねぇ?いやぁ、僕も今ちょうど!偶然!眷属を探している途中でね!ファミリアを探している君と、眷属を探しているボク、お互いに助け合えるんじゃないかなぁ……なーんて――」

「ホントですか!!?」

「うひゃあ!!ほ、本当だよ!!」

「っ!!ぜ、ぜひっ!!どうか!僕を神様のファミリアにっ…………あ……ごめんなさい。返事は、ちょっと待ってもらっても良いですか?」

 

 【ファミリア】を探し続けて早七日。つい先程気合いを入れ直したとはいえ前途多難な現状に思い悩んでいたベルは、目の前に差し出された誘いの手に飛びついて上に下にとブンブン振り回す。

 異性の急接近、しかも体外接触(ボディタッチ)を伴うそれに、処女神であるヘスティアは目を白黒させ、振り回される手に意識が集中する。ツインテールがピン!と重力に逆らって真っ直ぐ横に伸びた。

 そんなヘスティアの態度に気づくことなく、予想外かつ二度とあるともしれない好機を逃がせないベルは焦って何度か舌を噛みながらも眷属契約の話が冗談とかうやむやにならないうちに成立まで運ぼうと手を握ったままヘスティアに詰め寄った。

 しかし、ベルが前に踏み出すと同時にヘスティアが一歩足を引く、そんな攻防が突然止まる。

 少年の脳内には、松葉色の女性が像を成していた。

 

「ん?ど、どうしたんだい?」

「いや、その、シャーリーさん……とある人に【ファミリア】を紹介してもらうって先約があって、何の断りもなしに決めるのはちょっと不義理かなって…………」

「シャー、リー?シャーリーって、あのシャーリー・ウォルバーグ!?スタジオの!!?」

「は、はいっ!た、多分」

 

 都市に訪れたばかりでまだ【ファミリア】も見つけられていない、権力などとはほど遠く思える少年の口から飛び出た思いがけぬビッグネームに、ヘスティアは飛び上がって驚愕の悲鳴を上げた。

 

「嘘だろぉ-――っ!!?あのシャーリー君直々の紹介なんて、そんなのずぅぇええったいに大手のファミリアじゃないかぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 

 

「大手は止めておくかな、うん」

 

 昼休憩と言うことで誰もいなくなった伽藍堂の会議室の中。肘をテーブルに立て、顔の前で両手両指を組んだシャーリーはポツリとつぶやいた。

 

 シャーリー・ウォルバーグという女は仕事人間である。朝から晩まで、基本的には映像のことしか考えていない。

 ただし、社長として多くのプロジェクトを統括する立場である以上、一作品に集中して過ごす時間というものは彼女には許されず、故に同時に複数のことを考えられる脳味噌が必要とされた。

 幸運なことに、並列思考の素養がシャーリーにはあった。フィンに才を見出され指揮の訓練で鍛えられたその能力は、もはや意識せずともどれか一つの問題に対して思考を集中させるほど、そのほかの問題も同じくらいに集中して考え込んでしまう。

 白熱する会議の時間、彼女はずっとベルの【ファミリア】問題についても熱意を持って取り組んでいた。

 

(【ロキ・ファミリア】みたいな大派閥に紹介することは出来るけれど、ベルの謙虚さは仇になりかねないよね。今の状態であまり上を見過ぎると萎縮しちゃう気がする。午後の会議はいつ終わるかな、あと誰の希望を処理しなきゃいけないんだっけ?)

 

 休憩に入ると同時に届けられた弁当箱の包みを開き、机の上にランチマットを広げてこじんまりと領土を主張する。

 蓋を開け、付属で着いてきたドレッシングをサラダにかけ、フォークで軽くつまんだ。

 

(それに、あの子【ファミリア】に求めているのが家族っぽいんだよね。大手だとその辺どうしても組織化されやすいし、向いてない。あ、このトマト美味し。どこの八百屋だろう、ドレッシングに合う。結局【ファミリア】選びって神との相性が大事だし、やっぱり直接会わせてみないとダメかな。そういえば監督と脚本の相性って【ファミリア】と似たようなところがあるなぁ。今度【ファミリア】単位で神と眷属をセットに作らせてみたら上手くいくのかも)

 

 本日のメインである鶏の唐揚げを口に入れ、そのまま行儀悪くフォークを咥えたままシャーリーはボーッと思考を回し続ける。

 

(神の脚本となると………ダメだ、あのブッ飛んだ露悪的な外れ値が頭をよぎっちゃう。私はあまり多くの神と直接の面識があるわけでもないし特に中堅や小型派閥となるとあては少ない、どの神を紹介したものか。それにあまりに新興が過ぎて先達が全くいないところって言うのも、成長の機会を奪っちゃうのかも。改宗(コンバージョン)も視野に入れて選ぶ方法もあるってアドバイスを、あ、ヤバい、溜まってた監督変更届まだ確認してない)

 

「ねえ、ちょっと誰か!私のオフィスから今すぐ机の上にある書類持ってきて!!」

 

 

 

 

 

 取りあえず大手への紹介は止めておこうか、なんて考えているシャーリーの思惑の外、彼女の思考を知るよしもないヘスティアは焦りを表情に滲ませて興奮気味にまくし立てる。

 先程とは配役がまるで逆になっていた。

 

「ダメだ!今決めよう!すぐ決めよう!!もうここで契約しちゃおう!!」

「えぇっ!?ちょっ、女神様困ります!!」

「ようやく見つけたんだ、逃がさないぞぉ……!」

 

 人にお見せできない程あくどい笑みを浮かべ、フッフッフと笑いながら少年へと近づくヘスティアの手つきはワキワキといかがわしい動きを見せる。

 豹変した女神の狂行に恐れを成したベルは一歩一歩と後退したが、ついに壁に背がつき逃げ場を失った。

 ドン、と肩が壁に当たった瞬間、ベルの顔からサッと血の気が引く。ジワリと水滴にゆがんだ深紅(ルベライト)の瞳の奥で、ヘスティアが前髪で影になった顔の中から青みがかった瞳を爛々と輝かせていた。

 

「さあ、観念して服を脱ぐんだ!少年!!」

 

 とうとう追い詰めた獲物をめがけて一直線。まるで蛇のように飛びかかったヘスティアに向けて静かな、けれど威圧感のある叱責の声が飛んだ。

 

「ヘスティアちゃん、アンタ他人の好機を潰そうってのかい?」

「うぐっ!で、でもぉ」

「でももさっちもないよ!これ以上見苦しい勧誘を続けるなら、クビにしちまうよ!」

「それだけはやめてくれ、おばちゃん!!クビになったりしたらヘファイストスに殺されちゃうよ!」

「じゃあ、その子に良い縁があることを喜んでおやり。それを乗り越えてヘスティアちゃんの眷属が出来たら、アタシが喜んであげるさ」

「おばちゃん……!ボクは君みたいな雇い主を持てて幸せだよ……!少年。良い出会いを、つかむんだぜ!!」

「え、あ…………はい」

 

 店主の懐の深さにいたく感激したヘスティアはひしっと抱きついたが、一秒と経たぬうちにうっとうしいと頭を鷲掴みにされて距離を取らされる。

 

 何を見せられていたんだろうと困惑顔を崩せないまま、ベルは突き出された女神のグッドサインに返すように、戸惑いがちに親指を立てた。

 

 

 

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