オラリオで映画を作るのは間違っているだろうか   作:るい

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はじめの二人

 

 

 

 円形都市オラリオはダンジョン直上にあるバベルを中心とした中央広場(セントラルパーク)と、そこを交点とした四本のメインストリートによって八区画に分けられている。

 その航空図をわかりやすく言語化するならば、八等分されたホールケーキ、だろうか。

 北と北東のメインストリートに挟まれた区画を起点とし、時計回りに数字を割り振られた8つの区画にはそれぞれ何かしら都市の一機構を担う特色が見受けられる。

 例えば北東にはオラリオの経済を担う魔石製品の工場が郡立。南にはオラリオの娯楽文化を一手に引き受ける繁華街、といった具合だ。

 そんなオラリオにあって、西から北西にまたがる第七区画には他区画ほど特筆するべき役割はなかった。その面積のほとんどがオラリオに住む一般市民の住居や宿屋、酒場といったいわゆる市民街となっており、区画を代表する特別な建物はなかったのだ。

 

 ――――つい、5年前までは。

 

 

 

 

 

 とっぷりと日が暮れて黄金色に輝く月が昇り、荒くれ者の冒険者集う酒場からも声が失われた夜半。一人の女が第七区画の狭い路地裏を歩いていた。

 

 金の翼の装飾を持つサンダルを履いた女の足取りはツカツカと速い物で、見るからに、いや聞くからに不機嫌であること。そして関わると面倒くさそうなことが伝わってくる。

 普段であれば冷めている彼女の碧眼も今日に限っては…………とある神物が関わればよくある気がしないでもないが、まあ彼女の主神がいないにしては珍しくつり上がっている。あと少しで彼女のトレードマークでもある銀縁の眼鏡を超えてしまいそうな勢いだ。

 

 歩き進む勢いは僅かたりとも落とさず、宵闇も相まって分かりづらい路地を次々と曲がる彼女の判断に迷いはない。

 先へ先へと足を止めずに進んだ先。水色(アクアブルー)の髪を持つ女がたどり着いたのは、西区画には似合わない、とても巨大な直方体の建物だった。

 

 これといった特徴はあまりない。素材は周囲の住宅にも使われている都市近隣の山で採れる木材。各壁面には適度に窓が置かれ、最低限換気は可能なように見える。外観があまりにもシンプルな直方体であることを覗けば、むしろ建築物として特徴を出す気が無いようにも思えた。

 

 急ぐあまりに少しズレ落ちた眼鏡をかけ直し、女は目の前にそびえ立つ巨大な開き戸を手で軽く押す。

 ギィ、という木が軋む音と共にドアが開いたことに、女は額に手を当ててため息をついた。

 

 

(不用心が過ぎる……)

 

 鍵もつけられていないこの建物を住居にしている友人の顔を思い起こし、つい胸中で文句をたれる。

 仕事に関わる時だけは職人としての責任感と矜持に満ちあふれているのだが、素の彼女はどうにもこういった抜けているところが多すぎて、長年の付き合いになる女はもはや住人のことを大きな子供としか思えない。

 

 そんな手のかかる友人を探して、アスフィ・アル・アンドロメダは建物の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 建物の中は、まるで倉庫のようであった。

 壁一面、床にも至る所に積み重ねられた、水晶玉を詰め込んだ木箱。それ以外には壁の隅に張られた崩れかけの蜘蛛の巣や歩く度に床から舞い上がる埃が特に目に付き、誰かが住むような環境にはとても見えない。

 あまりの生活感のなさはもはや廃墟にすら思えるが、階段横のスペースにグチャグチャに積み重ねられたくたびれた衣服やその山の中から飛び出している女性用の下着が、彼女がまだここに在住しているのだと告げている。

 

 一通り一階を見回して目当ての人物を探し出せなかったアスフィは、二階へとつながる階段に足をかけた。

 一段一段上る度に、階段はギシギシと悲鳴を上げる。どこかで抜け落ちやしないかと少し不安を覚えた彼女の視界を、僅かに淡い光が照らした。

 

(――いますね)

 

 二階に彼女がいると確信を得たアスフィは、スピードを上げて階段を上りきる。

 トッ、と軽い音を立てて降り立った二階の中心で、彼女は――シャーリー・ウォルバーグはこちらに背を向け、光る巻物を真剣に見つめていた。

 

 

(また暗い中で映像を…………)

 

 アスフィの友人であるシャーリーの容貌は、美人だと何の憂いもなく呼べるようなものだ。珍しく街を歩けば老若男女、神々問わず見惚れて振り返る程度にはその見目の良さに定評がある。

 しかし、そんな彼女の姿を前にしてアスフィがはじめに抱いたのは、彼女の視力の心配だった。

 

 階段を上ってすぐの壁に備え付けられていた、まるで使った形跡のない魔石灯の撃鉄装置(スイッチ)を起動させる。

 チカッ、チカッ、という数度の明滅の後、天井からぶら下げられた魔石灯が熱を放ち、部屋一帯を暖かな光で照らした。

 

 照明の明るさに引っ張られ、光り輝く映像が見づらくなったことでシャーリーは目を細める。

 それでも視聴を止める気のない姿に呆れ混じりのため息をつきながら、アスフィはツカツカとわざと音を立てて近寄ってみた。

 

 集中を途切れさす騒音に、シャーリーの表情がより険しいものになる。

 

「もし」

「あと」

 

 呼び出しておきながら放ったらかしであるこの対応への皮肉も込めて、全力で丁寧に呼びかけるアスフィ。

 けれども端的に、そして雑にあしらわれたことに眉と口をヒクつかせ、彼女はシャーリーの背後に立った。

 

 

 そして――――

 

「いい加減に見るのを止めろというのが分からないのですか!!この映像バカは――――――っ!!」

 

 

 ――爆発した。

 

 シャーリーの米神を握りこぶしで挟み、グリグリグリと指の関節をめり込ませるように右に左に回転させる。

 これにはたまらずシャーリーも目を見開き、痛みに叫び謝罪の声を上げる。

 

「いたっ!いたい!!ちょっ、待って!いたいって!わかった謝る!謝るからぁ――――!!」

 

 深夜のオラリオ住宅街に、一人の絶叫が響き渡った。

 

 

 

 

 

「それで?壊れた品はどこに?」

「ハイ、えっと、確かここ……あれ?あそこだったかな?」

「だからいつも片付けておけと言っているじゃないですか」

「でもさぁ、水晶の管理で限界だよぉ」

「つべこべ言わずさっさと探しなさい!」

 

 すっかり明かりの点いた部屋の中をシャーリーはアスフィに渡す品を求めて右へ左へフラフラと探し回る。

 自分より二つも年上でありながら甘えた考えを持つ彼女を叱りつけて、アスフィもこのままでは一日かかりかねないと一緒になって探し始めた。

 

 うら若き乙女が二人そろってウロウロと、バカみたいに広い編集室(エディットルーム)内を歩き回る。

 

「というか、毎度毎度こんなギリギリに修理依頼をよこさないでください。迷惑です」

「街に出ないと貴方たちが帰ってるかわかんないんだよね。ようやく知った時には出発日、みたいな?」

「みたいな?じゃありません。たまには散歩くらいしなさい」

「帰って直ぐに貴方が来てくれれば良いんじゃないかな、アンドロメダ」

「ろくすっぽ外出をしない貴方の更生も含んでいるんですよ、シャーリー。上手くいった試しがないですけど」

「そんなこと言われても…………お?あー!あったあった!」

 

 木箱の積まれた奥の影からシャーリ-が引っ張り出した物は、一つの魔道具(マジックアイテム)だった。

 形状は球体に円筒がつけられた形。幼児でも迷うことなく絵に描けるほどシンプルなフォルム。

 シャーリーがカチリ、という音と共にそのフラスコ状の物体を横半分に割って開くと、球体部分の空っぽな内面が姿を現す。明らかに何か……具体的には水晶玉の装着(セット)が前提であることが見て取れた。

 

 久々に触るそれでシャーリーが遊んでいると、「いい加減にしなさい」とアスフィが横から取り上げる。

 「ありゃ」という呟きを一つ落として、魔道具を取り出した場所にもう一度シャーリーが手を入れる。五秒と経たぬうちに木箱の隙間から抜き取ったシャーリーの手には、先程と全く同じ道具がもう一つ握られていた。

 同じように次々と取り出され、計6個の魔道具が床に置かれる。

 

「こんなにあるんですか……」

「今回故障多くて。一カ所上映できなくなってるくらいなんだよね。アンドロメダしか直せないし」

「いえ、まあ。支払いが良いので治しますが……何度も言うようですがもう少し早く依頼してください」

「私が直せたら良いんだけどね。【魔導】だけならともかく【神秘】まで入っちゃうと、もーお手上げ」

「一応『恩恵(ファルナ)』を媒介にしているとはいえ、『神の鏡』。つまり『神の力(アルカナム)』への憧れが貴方の魔法の元ですからね。【神秘】も必要になるというものでしょう」

 

 修理のため埃を払ってからキッチンカウンターの丸椅子に腰掛けたアスフィは、会話をしながらも手際よく魔道具の円筒部分を分解して、ダメになっている部分を持ち運んできた細かな部品と取り替えて魔道具の動作と魔力の流れを正常なものへと近づけてゆく。

 そんなアスフィの作業姿を見つめながら、シャーリーはただゆっくりと微笑んで床に座り込んでいた。

 

 急に静かになった空間に気まずさを覚え、会話ついでにアスフィがここに来てからずっと抱えていた不満を口に出す。

 

「それより、掃除くらいしたらどうなんです?この汚れの溜まり方はヤバいですよ」

「それは大丈夫だよ。そろそろリヴェリアが来るし」

「はい?なぜそこで【九魔姫(ナインヘル)】が?」

「私の生存確認を取りに来るの。前に来てから三ヶ月経つから、そろそろ来るんじゃないかな。ついでに掃除手伝ってもらうんだ。一人でこの広い家の相手する気にならないもの」

王族(ハイエルフ)をそんな風に扱えるのは貴方くらいですよ、ほんと……リオンが知ったらなんて言うか」

「内緒だよ」

「言えませんよ。まったく…………そういえば、貴方は最近……」

 

 全世界のエルフを敵に回すような発言に、バレた時の友人の将来を本気で不安に思いながらアスフィは最近の彼女の活動について言及しようとして、少し言い淀む。

 だが、そんな葛藤に気づいたシャーリーが怪訝そうに眉をひそめたのを目にして、アスフィは諦めたようにため息と共に抱えていた疑問を吐き出した。

 

「貴方は、新作を作らないのですか?」

「ん?まあ、時間ないしね。ちょっとずつなら出来るけど、がっつりやるにはスケジュール的に向こう二年は厳しいかな」

 

 なんだかんだと。かなり覚悟を決めて尋ねた問いに、シャーリーはアッケラカンとした態度で答えた。

 現実を見ろ。そんな答え。

 

 ここで引き下がるのは楽だろう。けれど、後に起こるだろう面倒と友人の気持ちを考えてアスフィは食い下がる。

 

「でも……撮りたくはならないのですか?」

「撮りたいよ。ただ、今も全く撮影に関わってないってわけでもないし。それにウチのスタッフ達は優秀だからね。私が出しゃばらなくても素晴らしい作品が上がってくる。貴方とそういう風に作ったじゃない」

「そうですけど…………」

「何?私の新作見たいの?嬉しいなあ……!」

 

 アスフィは――はじめは金儲けの匂いを嗅ぎつけた主神に半ば強制的に付き合わされた形であったが――二人で映画制作所(スタジオ)のシステムをどうにかこうにか作り上げた日々について言及され、反論することが出来なかった。

 

 確かに、目標としてシャーリーの干渉が最低限でも稼働するシステムを考えた。

 だが、彼女に創作を止めて欲しいわけではなかったのだ。

 

 アスフィの思いはよそに、純粋にファンを見つけた喜びの顔を浮かべるシャーリー。

 これならまだ大丈夫か。そうは思いながらも、ひと思いにアスフィは胸の内に抱える不安をぶつけた。

 逆に、今のうちならまだ対処できると考えて。

 

「いえ、それも多少はありますがそれより…………嫌なんです。

 自分の映画を撮れないままでいれば貴方は、いつか多くの問題と悩みを抱えすぎてあの頃のように戻ってしまうのではないか、と」

 

 

 ほんの二年ほど前。当時のシャーリーの荒れ方はそれはもう酷かった。

 笑顔を見せることはなく、編集室に引きこもって常に映像とにらみ合い。忙殺されそうな中たまに暇を作って酒を飲みに外に出たかと思えば、どこかで喧嘩をしている。【ガネーシャ・ファミリア】の世話になったことも両手両足の指では数え切れないほどになり、『闇』と関わりがあるのかもしれないと僅かに噂さえされた、そんな生活。

 

 自身にとっても苦い時期のことを引き合いに出され、シャーリーは少し引きつった笑みを浮かべる。

 

「あの頃は、うん。そうだね、ハイ、迷惑かけました」

「頼みますから、もう二度と貴方は苦労人(こちら)側には来ないでくださいよ。こんなのはリオンと私だけで十分です。貴方がそちら側にいて、ようやく私たち四人は釣り合いが取れているのですから…………シャーリー?」

 

 あの頃の思い出を振り払うように目を閉じ、友人のことを想ってアスフィは念を押してシャーリーに悩みを溜めすぎないように忠告した。

 が、不意に訪れた沈黙に妙な気配を感じ取って瞼を開く。

 

 出来上がって五年間。何の代わり映えもない、ただ木箱が積み重ねられただけの部屋。その真ん中に、目をまん丸にして呆けている友人の姿があった。

 

 最近はずっと子供らしい直情的な反応や表情が多い中、それでもあまり見ることのないシャーリーの心底驚いた顔は、彼女の美貌から来る冷たさは消え、存外可愛らしいものだった。

 

「いや……まさかそのくくりに入れてくれてると思っていなくて…………てっきりアンドロメダにとって私はビジネスパートナーみたいなものなのかなって」

「…………はあ?ビジネスパートナーだって5……いいえ、7年も続けば『友人』にもなります。貴方はそうではないと?」

「いえ、そうです!じゃあ、私とアンドロメダは、友達?」

「私はそう思っていましたが…………言わせないでくださいよ、こんなこと!」

 

 こっぱずかしいことを真正面から聞いてくるシャーリーに、アスフィは頬を染めながらヤケクソのように声を荒げる。

 

 美の完成形のような神々が通りを練り歩くこの都市で、シャーリー・ウォルバーグという友人の美しさには慣れきっていたが、可愛らしさという観点で見たことはあまりなかった。これが神々の言う”ギャップ萌え”というやつなのだろうか。

 アスフィはドキドキと高鳴る胸でそんなことまで考えて――――次に放られた台詞に一気に冷静さを取り戻した。

 

「ごめんね。でも貴方のそんな可愛い照れた顔が見られて私は嬉しいよ」

「…………ヘルメス様みたいです。ナンパでも覚えました?」

「あれ?よくわかったね。この前採用された脚本が『軽い気持ちから始まる恋』みたいなテーマだったから、直近で体感しておきたくて何人か女の子とお茶してきたんだ」

「ああ、そういえば貴方はどちらでもいけるんでしたか」

「まあね。タイプは可愛げのある子みたい」

「知りませんよそんなの…………」

 

 色々と台無しな発言に、急速にアスフィの中でシャーリーへの気持ちが冷めていく。ともすれば、友人からビジネスパートナーにランクダウンするくらいに。

 

 だがまあ、これも心地良い距離感ではある。

 

 そう思いなおすと同時に、映像を流せることを確認して、アスフィは四機目の魔道具(映写機)の修理を終えた。

 

 

 

 

 

「それでは、私は明日……というより今日の昼からオラリオにいないので」

 

 結局、アスフィがスタジオを出る時にはもう朝日は昇りきっており、彼女の出立前の睡眠時間は最大でも4時間を切ることが確実になっていた。

 連日の寝不足と過労によって作られた深い隈の奥から胡乱げな目で、見送りに立つシャーリーを見据える。

 ついでに修理した魔道具を各映画館に渡してくることまで頼みやがった仕事(災い)の発注元を。

 

 アスフィの恨めがましい視線をものともせずにこやかな笑みを浮かべるシャーリーは、オラリオから出るという発言に思い出したように自分の予定を伝えておいた。

 

「あ、そうそう私も来週は外にいるから」

「は?……ああ、そういえばそんな時期でしたか。すっかり忘れていました」

「アンドロメダの派閥(とこ)はアウトドア系だもんねー」

「オラリオはおろかこの編集室(エディットルーム)から出ようともしない貴方に比べたら、誰でもアウトドア系になりますよ」

「失敬な。スタジオには通ってるよ」

「同じ第七区画じゃないですか」

 

 この引きこもり本軍がわざわざ外に出るという状況が理解できず聞き返してしまったアスフィだったが、直ぐに()()()()()を思い出し、合点がいったように頷いた。

 

 軽口をたたき合いながら目の前の彼女がこれから挑む仕事について考え、アスフィはついポツリと口にしてしまう。

 

「しかし、あのシリーズに意味はあるのでしょうか。やはり私には到底――」

「あるよ」

「!」

 

 ムリ、と続くはずだった否定の言葉は、シャーリーの力強い肯定の言葉にかき消された。

 

 朝日を受けて宝石のように煌めく真っ直ぐな松葉の瞳に見つめられ、こんなにも意志に富んだ瞳をしていたか、と瞠目する。

 

 

「意味はある。大衆を相手にする商業作品には成功と失敗がつきもの。でも、誰の心にも刺さらない芸術(作品)なんて、ない。

 それに…………あの子達に(世界)を見せてあげられるからね」

 

 創作者として忘れてはいけないプライドを抱え、シャーリーはアスフィの前に立っていた。

 付け加えたように告げた、あの理知外の怪物たちはおそらく彼女にとってさして重要でもない。

 彼女にとって大事なのは、人に『刺さる』何かを作り出すこと。

 

「貴方がそう言うのなら、そうなのでしょう。【監督(ディレクター)】」

 

 友人の創作者としての(かお)を見たアスフィは最後に世間での通り名で彼女を呼んで、朝焼けの都市に身を溶かした。

 

 次の彼女の作品が、自分にも刺さると良い。

 

 白いマントを風にたなびかせながら、友人という立場よりも一人の観客として、アスフィはそう思った。

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