オラリオで映画を作るのは間違っているだろうか   作:るい

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本作ではシャーリーが大分長いことオラリオに住んでますから、色々原作とは設定(状況)が変わっていたりします。スタジオなんてその筆頭ですし。

彼女も、その一部です。


たまの外出は誰と行くかが大事

 

 

 

「こんにちはーっ!!お仕事のお迎えにあがりましたー!!」

 

 バタン!という強く開かれたドアが壁を叩く衝撃音と騒がしい友人の声に、シャーリーは目の前に浮かぶ『記録の光輪』を水晶に仕舞いゆっくりと振り向いた。

 

「や、久しぶり」

「ホントだよもー。全然遊びに来てくれないんだから!」

「なかなか忙しくてね。これでも結構抑えてるんだけど」

 

 苦笑した彼女の視線の先に立っていたのは、ヒューマンの女性だった。

 

 薄蒼色の頭髪は昔から変わらずに短い。顔立ちも纏う雰囲気も中性的なくせして、身体にピッタリと沿う形の青色の戦闘衣(バトルクロス)が彼女の女性らしさを強くアピールする。

 『銀の義手』の上に巻かれた腕輪の徽章(エンブレム)は『象の顔』。

 彼女が広大なオラリオの治安維持をほぼ一手に担っている『都市の憲兵』。【ガネーシャ・ファミリア】の一員であることを示している。

 

 そっけないシャーリーの態度に口では文句を言いながらも、彼女は笑っていた。

 彼女の笑顔を目にする度に、シャーリーはよく似合う、と惚れ惚れ見入ってしまう。

 喜びを隠すつもりもない彼女の笑みにつられて、シャーリーも口元を緩ませた。

 

 笑顔は良い。シャーリーは一人心内でつぶやく。

 誰かを煽る笑顔もあるだろう。悲しみを誤魔化す笑顔もあるだろう。

 けれど彼女の笑顔は、他人を幸せにする笑顔だ。

 

 二人をこれから待ち構えているのは仕事だ。しかも突貫で終わらせなければならない、普段の十倍は難しい仕事。けれど、部屋に閉じこもってたった一人巻物とにらめっこする時間よりはずっと良い。

 

 もうすぐ『怪物祭(モンスターフィリア)』。

 

 かけがえのない友人と一日中一緒に過ごせるこの時期が、シャーリーはとても好きだった。

 

「よし、行こうかアーディ」

「うん!みんなもう待ってるから!」

 

 友人の名はアーディ・ヴァルマ。二つ名は【象神の詩(ヴィヤーサ)】。

 世界の中心たる迷宮都市でも辿り着ける者は非常に限られた”Lv.5。”

 ()()()()()()の一人である。

 

 

 

 

 

 北西のメインストリートを横に通り抜け、北へと向けて二人連れだって歩く。

 時間はまだ早朝。太陽がようやく東の市壁を乗り越えて都市全体を暖かな光で包みだした頃だ。

 こんな時間に活動しているのは朝から営業している飲食店の仕入れかよほど気合いの入った冒険者くらいなもので、オラリオでもかなり有名な二人が歩いていても誰も気がつくことはない。まあ、シャーリーの方は作業で忙しい影響で広く一般に顔が知られてはいないのだが。

 

 見られているとも思っていない周囲のまばらな人々の自然な仕草をつぶさに観察しながらシャーリーは脚を動かす。

 

 

 

 日常を知ることは創作の第一歩だ。

 

 この世に広がる物語は千差万別。

 太陽、月、地面、人、神、モンスター、国、制度。そういった世界の大前提さえ同じくする必要が無い創作は無限の可能性を秘めているが、最低限どのような作品にも何かしらの主題(テーマ)がある。

 繰り返す毎日の中にある普遍的な、誰もが共感しうる小さな幸せを、不幸を題材に物語を描くのも良い。

 それとも全くの別方向で、普通では決して送ることのない、お伽噺のような劇的な物語を創り上げてもいい。

 個人の好き嫌いこそあれど、どちらかが間違っているということはない。

 

 ただ、普段見えている景色(せかい)とのつながりがそこにあるからこそ、人はその作品(せかい)に感情を沸かせる。

 小さな共感の積み重ねがあるからこそ作品は完成することを忘れてはいけない。

 

 故に、シャーリーは少ない外出の機会には周囲の観察を徹底的に行うことを心がけていた。

 自分一人の経験と感情を元に作ったところでそれは独りよがりで、一部の同類にしか刺さりはしない。

 自分と全く関わりの無いものには人は激情を抱くことはない。

 

 よりリアリティを感じてもらうためにはどう描写すれば良いのか。

 より多数の、深い共感を得るためにはどうすれば良いのか。

 

 趣味で撮る映像はともかく、芸術でありながら一種商業として撮影する時、彼女はこういったことを考える。とは言っても、民衆の流行り廃りは神でさえも読み切れないのだが。

 

 

 

 立ち止まってはいないとはいえ、自然と遅くなるシャーリーの歩みに合わせてくれていたアーディがしびれを切らしたように唐突にフード越しの顔を覗き込み、ムッと頬を膨らませた。

 視界一杯に映り込んだ年齢に見合わぬ可愛らしい不満顔に、シャーリーは怪訝な表情を浮かべる。

 

「こわ~い目になってるよ」

「ん、ああ。ごめん」

「シャーリーの真面目な顔も嫌いじゃないけど、今日は私といるんだからもっと楽しい顔をしていて欲しいな」

「ほんと……アーディは真っ直ぐだね」

 

 まるでデートでもしているかのような台詞を恥じらう様子もなく告げる友人に、何の抵抗も許せず心撃ち抜かれそうな自分へ向けて苦笑する。

 かつてはここまでチョロくなかった気がするのだが、人との親密な交流が減って情に飢えているのだろうか。

 

 そんな思いを抱きながら、シャーリーは右隣を歩くアーディの血の通った暖かな左手を優しく掴み取って軽く微笑みかけた。

 

 

 普段目元に被さるほどに伸ばした前髪は左手で軽く払い、目を逸らさずに松葉を薄蒼と相対させる。

 前髪を払った手先を耳元へ移す動作を流すように行ってちょっとした色気をアピール。

 首は軽く傾け、体温を意識して上げて頬を淡く染め、あざとさを演出。

 口元にはあまり大きな変化はつけず、ほんのりと身近な者が見れば分かる程度に軽く弧を描かせる。

 最後に、彼女のためだけに向ける、作り物ではない親愛を忘れてはいけない。

 

「アーディのそういうところ、大好きだよ」

 

 心揺らされた仕返しに意図して作り上げた儚げ美少女の微笑みは、どうやらアーディの琴線に触れたらしい。

 ボッと一瞬で頬を赤く染めて、ギシッ、と壊れた機械のように今度は彼女が立ち止まってしまった。

 

「ふ、ふふっ、あははっ!急ごうか。もう大分遅れているし」

 

 耳の先まで真っ赤になって黙りこんでしまったアーディの手を引きながら、シャーリーは満足げに声を上げて笑う。

 数年前、周囲に推されて一度だけ主演を務めたシャーリーの演技力はまだ衰えていないようだった。

 

 

 

 

 

 北のメインストリートの最北端。

 グルリと円形に石壁で囲まれたオラリオを出るための北の都市門前には、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達によって数台の馬車が準備されていた。

 基本的にはどの馬もおとなしく利口で、慣れている団員以外に都市へと流入してくる人々に囲まれようとも石像のように身じろぎもしない。ただジッと己の仕事を命じつけられるのを待っているだけだった。

 

 しかし二頭だけ、おとなしさとは無縁とも言える醜態をさらす馬がいた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()かのように恐慌状態に陥っているその二頭に共通する条件は、ある積み荷を後方の荷台に積んでいること。

 

 今回の馬車の構成は計四台。

 撮影に使用する小道具、衣装、機材などを積んだ馬車が一台。

 長期とは言えないが、別に極限状態を求める旅ではないため撮影期間中の水分、食料や団員達の私物を少し過剰気味に詰めた馬車が一台。

 そして単純に人が乗り込むための馬車が一台。

 最後に、白い巨大な布地に隠された『鉄製の檻』を載せた馬車が一台。

 

 落ち着きのない馬たちが引く荷台は、用途中身共に不明の最後の一台だった。

 

 

 騒がしい積み荷と手続きの時間は終わり、あとは出立を待つばかり。

 けれど動かない馬車群の後方。今にも暴れ出しそうな馬をなだめる同僚の声を背中に聞きながら、多くの種族の中でも特に視力に優れた小人族(パルゥム)の団員がぼんやりとメインストリートを眺めていると、奥からうっすらと二つの影が現れた。

 

 ようやくか、と呆れ混じりに一つ嘆息し、急かすように声を張り上げる。

 

「おーい、急いでくださーい!!」

 

 声が届いたのか、二つの人影はやや駆け足でこちらへと向かってくる。

 そのスケジュール確保の難しさから毎年出発ギリギリまで作業しているというシャーリー・ウォルバーグの事情もあり、この二人の到着を確認する作業も小人族(パルゥム)の彼にとってはもはや毎年恒例のことだった。

 

 

「遅刻ですよ、お二人とも」

「申請してから外に出られる時間限られてるんですからね!」

「だってさ、アーディ」

「シャーリーが自分で来ないから迎えに行ってるんだよ!?」

 

 レベル差、冒険者歴、その他諸々の敬意を取っ払い、集合時間もろくに守れない二人へ向けて【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は軽口を叩く。

 そんな礼を失した態度を受け流しながらアーディをからかうシャーリーであったが、知らせを受けた先頭車両が乗車を待たずに走り出してゆくものだから慌ててケージを載せた馬車に飛び込んだ。

 

 走り出した馬車はグングンとスピードに乗り、あっという間に都市門をくぐり抜け広大な世界が目に入るようになる。

 都市門を通り過ぎる際、横で検門をしていた褐色肌に無精髭の冒険者から激励の声がかけられた。

 

「今年も良い映画(もの)期待してるぜ!お前ら!」

「まっかしといて――!!」

 

 同僚、ハシャーナ・ドルリアの応援を受け、アーディは元気よく心強い返事を返す。

 ブンブンと大きく手を振るアーディの横で、シャーリーは撮影について何をテーマにどういう構図を使い、どんな効果を加えるべきかを今一度考える。

 自分から言い出した仕事ではない。しかし、関わるからには手を抜くような性格はしていない。

 言葉にはせずとも、シャーリーの今回の映画に対する熱意はアーディと同様にとても高い物だった。

 

 

 

 手を振り返していたハシャーナも豆粒のようになり、どんどんと遠ざかる市壁といつまで経っても消えない白亜の巨塔(バベル)をシャーリーが眺めていると、馬車の横をヒュッ、と一人の少年がすれ違い、駆け抜けていった。

 

 おそらく『恩恵』は受けていない。身体の動かし方が素人丸出しだ。なぜかこんな場所からオラリオへ向かって自らの脚で走っていることから行商の人間だとも思えない。冒険者志望の新人未満。そんなところだろう。

 容姿がとてつもなく良かったという訳ではない。青年と呼ぶにはほど遠い、まだ成長途中であろう身体の線は細くどこか頼りない印象を受ける。顔も整ってはいるが、男の子にしては可愛らしい顔立ちが目立つばかりでどちらかというと平凡より。強いて特徴を挙げるなら、処女雪のような真っ白い髪。

 

 けれど、すれ違った一瞬だけでシャーリーは走り行く少年に目を奪われた。

 

 白い髪を揺らし、深紅(ルベライト)の瞳を輝かせて走る姿に、眩しい物を見た。

 

 約束の地(オラリオ)に憧れを持っていることが、あの純朴そうな少年の背景を何も知らずとも解る。

 富か、名誉か、はたまた異性との出会いなんてものか。少年がオラリオに何を求めて走るのかはシャーリーが知る由もないが、誰かのひたむきな姿というのは心揺さぶられる。

 

「いいね、あの顔…………」

 

 ポツリと呟き、シャーリーは目を閉じる。

 

 ――――出来ることなら、あの少年の輝きが失われませんように。

 

 そんな風に心の中で小さく祈った。

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