オラリオで映画を作るのは間違っているだろうか   作:るい

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各話タイトルが思いつかない…………




問い「冒険者が一般人に暴行を加えるとどうなるか」

 

 

 

 

 一年前、お祖父(じい)ちゃんが死んだ。

 

 あの強くて豪快で殺しても死なないような祖父は、なんのことはなく普通の人のようにモンスターに襲われて谷底に落ちて死んだらしい。

 伝聞形なのは、その時一緒にいなかったから。

 僕がいたところでどうにかなったとも思えないけれど、一緒に谷に落ちていたならこんな寂しさを知らずに人生を終えられていたのかな、とも思う。

 

 祖父が遺してくれた物は多くなくて、祖父が遺してくれた言葉は山のようにあった。

 

迷宮都市(オラリオ)には何でもある。行けば否応なく時代のうねりに巻き込まれるが、富、名声、運命の出会いに至るまで、何でもじゃ』

『覚悟があるなら行け。儂はそれ以上言わん』

『他人に、他神に、ましてや精霊なんてものにも、誰にも自分の意思は委ねるな』

『誰の指図でもなく、お前自身が決めて進め。お前の物語(みち)じゃからな』

 

 嘘、とまでは思わない。

 今でも思い出せる幼少の頃の思い出の言葉に、偉そうにもそんな達観したようなことを考える。

 

 実際この都市にはたくさんの物がある。

 これまで見たこともないような道具、人種、武器、記念碑(モニュメント)。あと、なんて言うのか分からないけれど『動く写実画』なんて物もそこかしこで見ることが出来た。特にダンジョンとバベル。無限にモンスターを生み出す怪物の坩堝と、モンスターの流出を防ぐ、遙か天高くを衝く白塔はここでしか見ることが出来ないだろう。

 

 見る物全てが新鮮で、この街に入ってから何にでも興味と興奮を示していた僕だけれど、七日目にしてそんな元気は失われていた。

 

 オラリオには何でもある。けれど、僕を受け入れてくれる家族(ファミリア)は見つからなかった。

 

 

 

 

 

「我々にお前は必要ない、帰れ」

「待ってくだ……!……はぁ…………このファミリアもダメか……」

 

 バタンと閉じられた扉を前に、一人肩を落としてうなだれる。

 今日だけで四度。通算七十六度目の入団お断りの対応に、僕は自分の運のなさを嘆いた。

 

 いやまあ。お上りさん丸出しの僕の身なりとか、これまで特別鍛えても来なかったせいでヒョロッちい見た目とか色々断られる原因は僕自身にあるんだろうけれど、それでも良い出会いに巡り合えない運の悪さをまず嘆いていた。

 オラリオに入ったときに知り合った冒険者、たしか……ハシャーナさんも、冒険者に大事なのは良い神様と巡り会える運だって言っていたし。

 

 何も知らない僕にも親切にしてくれたハシャーナさんの言葉を言い訳の道具にしていることに薄々と気づいていて、それに罪悪感を覚えながらも、僕は次のファミリアを訪ねに立ち上がった。

 

 キョロキョロと、どこかまだ見ていない派閥のエンブレムを飾っているところはないかと辺りを見回しながら深く細く入り組んでゆく路地を進む。

 『冒険者通り』と呼ばれているらしい北西の表通りにある派閥は全て訪ねてしまっていた。

 ちなみに、少ないながらどうにかかき集めた旅費は今日までの宿泊費、及び食費で露と消えている。つまり、今日僕を受け入れてくれる【ファミリア】を見つけられなかったら野宿確定となるわけだ。

 

(やっぱりこういう路地よりも中央の広場の方が安全かな……)

 

 こういうのは気落ちしていたら何も始まらないどころか、相手に察せられて即座に落とされる―――やる気があっても主神様にも会えず追い返されたけど―――というのに、僕の意識は次に向かう【ファミリア】よりも今日寝る場所の確保に向いていた。

 門前払いを七十回も連続で喰らわされると、断られた時に必要以上に気落ちしないためなのかネガティブな思考が自然と身についてくる。

きっと今の僕はあからさまに暗い顔をしているんだろうな、と鏡を見ずとも察せられた。

 

 そして、僕の予想通りこんな心持ちで訪ねた結果。七十七個目の【ファミリア】で僕はドアから空中へと飛ばされた。

 

「お前みたいなナヨッちい奴はお呼びじゃねえっ!!」

「あうっ!!」

 

 今まで、数々の派閥で適当にあしらわれてきた。何度も食い下がった結果、荒っぽく放り投げられたこともある。

 けれど、『恩恵』を持っている相手から拳を叩き込まれたのは初めてだった。

 

 きっと手加減はしていたはずだ。だって僕の身体が原形をとどめている。けれど鳩尾に突き立てられた衝撃は僕の意識を飛ばしかける程度には強く、ジンジンと負傷を訴える痛みに嘔吐きながら僕は浮遊感を覚えていた。

 

 何の異能も持たない僕にクルリと着地!なんて格好良い真似が出来るわけもなく、自然の摂理に従って硬い石畳へと落下していく。何の受け身も出来ないまま、僕はお尻を強かに打ち付けた。

 

 

 その直後、横から二度目の衝撃が僕を襲う。

 

「えっ?」

 

 少し低音(アルト)な、それでも女の子だとわかる人の声が聞こえたと思ったら、僕は三度目の衝撃と共に地面を転がっていた。

 

 わけがわからない。

 

 急速に流れる視界が止まってからようやく、背中が刺されたように熱く痛み出す。

 呼吸が止まり、視界が一瞬白く染まり、聴覚は全ての音を遮断する。

 針で穴を穿つように、余分なエネルギーは一切分散させず背骨の一カ所だけを蹴り飛ばしたのだと。仰向けになって痛みにもんどり打つ僕の上空、水晶玉を飛んで回収する彼女の姿を見て察した。

 

 理屈じゃなく、感覚的な理解だった。

 

 

(きっと背骨、折れてる。いや、砕けてる)

 

 生命の危機が直ぐそこに迫っているというのに、僕の思考はいやに冷静だった。

 人間、理解の範疇を超えると、どんな異常現象でも俯瞰して見てしまうものらしい。

 

 段々と空から近づき、僕の視界を埋めようとする水晶玉を感覚の失せた(てのひら)で無意識のうちに受け止めた。

 

 きっと、そこにいる彼女の大切な物だ。『コレ』のために僕は蹴られたんだから。

 

 つくづく救えないバカな僕は、こんな状況に陥っても見知らぬ女の子のことを気にかけていた。

 彼女こそが、僕を今殺しかけた張本人だというのに。

 

 動かない身体に無理を強いて、僕に背を向けている彼女のことを見つめる。

 

 後ろ姿だけでも綺麗な人だった。

 うなじで短く一つ結びにされた松葉色の髪は、ボサボサと飛び跳ねていてあまり手入れはされていないようだった。けれどどうしてか煌びやかに光沢を放つそれは絹のようで、人の目を奪う。

 髪の隙間から覗く横顔は端麗なもので、凍るような冷たい美しさを持っている。

 女神だと言われても信じられるほど端整で完璧な、黄金比の取れたプロポーション。

 服装は男の人に近い。青空よりも暗く、夜空よりも明るい青藍のジャケット。首回りを覆う黒いセーター。腰から下、スラリと伸びた脚は白いスキニージーンズでより引き締まって細長く見えた。

 

 佇む彼女から、目を離すことが出来ない。

 背中の痛みも、【ファミリア】を見つけられない不安も、彼女が誰かという疑問も。

 全てを忘れて僕はこの時、彼女に見惚れていた――――

 

 

 ――――のだが、人とは思えない挙動で彼女の松葉色の瞳と目が合った瞬間、僕は咄嗟に悲鳴を漏らし――

 ――――限界を迎え、意識を失った。

 

 

 

 

 

「ねえ、それ渡して!」

 

 少年、ベル・クラネルの手にあるものを視認するや否や、シャーリーは叫んでいた。

 少しでも気を抜けば倒れそうな水晶タワーを支えながら、首だけをグルリと反転させて仰向けに倒れたままの少年へと呼びかける。

 しかし、彼に起き上がる気配はまるで感じられない。

 

(……渡さずに高く売りつけるつもり?)

 

 少年は自身のせいで死にそうな目に遭っているというのに、女はまるで見当違いな考えを浮かべた。

 

 実際、聞かない話ではないのだ。冒険者集うオラリオではもとより、更に上澄みの荒くれ者がたむろするリヴィラの街では犯罪染みた話は日常会話のネタにすらならない。

 殺人ともなれば流石に騒がれるが、逆に殺しでさえなかったらどんな行為も横行している。「ああ、よくあることだな」これくらいの反応だ。

 

 しかし、今回の件は自分が前を見えていなかったことも原因か。と自らを納得させて、木箱を道の端に置いたシャーリーはスタスタと少年へと近寄る。

 

 彼女と少年との間にあった距離はわずか十M(メドル)。けれど、距離が縮まる度にシャーリーは怜悧な表情に焦りを滲ませて歩むペースを速くする。

 

(あ、あれ……?なんで…………?)

 

 聞こえてしかるべき、呼吸音がしないのだ。

 

 ついにその距離三十C(セルチ)。注視せずとも少年のきめ細やかな肌や、処女雪のような白さを誇る頭髪の一本一本、服の細部に刻まれた皺や汚れまで目に出来るようになって、彼が死にかけている現実をシャーリーはようやく認めた。

 

「まっ!待って!!死んじゃダメだよ、ねえ!!!」

 

 人通りのない路地裏に、シャーリーの子供のような懇願の声がむなしく響き渡る。

 けれど彼女がどれほど耳元で叫ぼうとも少年が目を覚ますことはなく、粛々と自らの生に別れを告げようとしていた。

 

 

 当然こんな事態を招いたのは、彼我の能力差をさして考慮していなかったシャーリーが全面的に悪い。

 だが、強いて言うならタイミングも悪かった。

 僅か七日前、迷宮都市オラリオに希望を抱いて走っていた少年は冷たい現実を知り、どこにいっても自身を否定され続け、無様でもあがいて生き抜いてやろうという意志が欠如していた。

 そしてシャーリー。彼女も一秒一瞬の判断ミスが命を奪う冒険者稼業から離れて長い。せめて迷宮探索(ダンジョンアタック)や『遠征』でなくとも、撮影のために直近で迷宮に潜っていれば話は変わったのだろうが、彼女が前に潜ったのは遙か一年前。目の前に死にかけの人間、しかも自ら手にかけた者がいては気を動転させるなというのも無理な話だろう。

 

 こういった様々な遠因と共に、今ベル・クラネルの生涯は二度と上がらない幕を下ろそうとしている。

 

 

 で、あれば。彼を助けるのも遠因極まる偶然で然るべきであった。

 

 

 

 タタタタタッ、と靴が石畳を鳴らす音がする。

 

 『恩恵』持ちでなくては鳴らすことの出来ない、とてつもなく素早いリズムで、足音が鳴る。

 

「――――ぁ」

「何事ですかっ!?」

「アミッド!!助けて!!」

 

 路地の角、住宅に隠されたそこから現れたのは、一人の『聖女』だった。

 陶器のような白い肌。走った風圧で横に流れる白銀の長髪。白い治療師を思わせる【ディアンケヒト・ファミリア】の制服。

 普段は少し伏せている目を大きく開き、息を弾ませ、表情のなさから人形のようだとも揶揄される容貌を焦りと動揺に変えて現れた彼女のことを、シャーリーは各地の伝承で語られる女神のようだと錯覚した。

 

「状況は?」

「多分、背骨!」

「どいてください!……万能薬(エリクサー)を使います!」

 

 息もつかずに触診を終え、腰につけたポシェットから虹色の液体を迷いなくベルにぶっかける彼女の名前はアミッド・テアサナーレ。

 二つ名は【戦場の聖女(デア・セイント)】。

 【ディアンケヒト・ファミリア】所属の、都市最高の治療師(ヒーラー)

 

 この場においての、救世主であった。

 

 

 

 

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