3周年ですって
トリニティの噴水広場にて。燦燦と照る日本晴れの下、水飛沫が煌めく空間は、古風な情景も相まって異国めいた神々しさを感じさせる。
だが、今現在に限ってはそうなっていなかった。寧ろその雰囲気は、この状況の異様さを引き立てていた。理由はそこに、スクール水着を着た不審者がいたから。もしかして暑さで頭やられた人か?何故こんな奴に限って、矢鱈とスタイルが良いのか。俺が来てからも逃げも隠れもせずに、白昼堂々と佇むその姿には、最早貫禄すら感じる。これは人前で露出する事に快楽を覚えるタイプの、筋金入りの露出狂に間違いない。
あーあ、この世界でも遂に現れたか。不審者と幽霊は、視線が合ったら付き纏われるんだ。だからこそ、目を合わせてはいけない。見なかった振りをして、その場から立ち去るべきである。誠に不本意な事に、俺はそういうのに詳しいから知ってるんだ。だから、ロックオンされた事も分かってしまうんだ。
「こんにちは♡今日はいいお天気ですね」
「寄るな来るなそれ以上近づくな変態、海に帰れ露出狂。お巡りさん出番です」
「あらあら……初対面なのに随分と嫌われてしまいましたね。一体何がいけなかったのでしょうか」
「あっちに鏡があったので、自分の目で確認して来たらよろしいかと」
「ふふっ……お気遣いいただき、ありがとうございます。解決策を提示してくださるなんて、お優しいのですね」
「どうでも良いから、さっさと行って貰えます?」
一緒に居て噂とかされると恥ずかしいし。何なら、恥ずかしいでは済まないし。目的地の進路上丁度から、全く動こうとしない構えの不審者。あれの近くとか、通りたくないんですけど。主に身の安全的な意味で。位置取りが完璧なのは、狙ってやってるのか?
「浦和ハナコと申します。殿方とお会いするなんて、貴重な機会ですからね。うふふ……私の■■な■■が■しだ■■■して■■■■■■■■■■ますね」
「往来でとんでもねえ事言い始めたぞ、こいつ」
ド直球の下ネタ突っ込んでくるのやめろ。キャッチボールでいきなり、無駄にキレのあるフォーク投げられたら事故にもなるだろ。お前は言葉のドッジボールでもしているのか?独りでしていてくれ。
「ま■■■■花■■一■に■■■たかのよう■■香で、と■■■■的ですね♡」
「無駄に知性を感じさせる言い回し止めろ」
見た目とのギャップで風邪引くわ。ジリジリと近づいて追い詰める手際の良さと言い、恐らく計算されたであろう逃げにくい位置取りなどから、変態の中でも取り分け頭の良い変態と見た。つまり、交渉だとか話術系がクソ雑魚の俺では対処が難しい。相性が悪い。斯くなる上は……
「…………」
「あら、後ろには噴水しかありませんよ?」
後退した事で、更に追い詰められるが問題なし。想定内だ。狙うのは相手がこちらの距離を詰めるために、動き出したその瞬間。相手に気取られないように、足が地面から離れた一瞬を見極める。
「シャアッ!」
「きゃっ!?……うふふ、追いかけっこですか?逃しませんよ〜?」
上手く意表を突けたと思ったのに、即座に追って来やがる!?無駄にいい反射神経じゃないか、畜生!くそっ、知性にスキルを振り切った変態だと思ったのに、俺の読みが外れたか!?巫山戯た格好で普通に俊敏な動きをしてくるんじゃない。厄介な奴め。
単純な足の速さこそ勝っているが、地の利のせいなのか、思っているより距離は引き離せていない。少々危険ではあるが、もう一段階走るペースを上げようとした矢先にそれは起こった。
「っ!?痛た……」
またとない好機!このまま走り去れば、簡単に追手を撒くことができるはず!靴も履かずに追いかけ回している方が悪い。
「…………」
「……本当にお優しいのですね。逃げるチャンスですよ?」
「煩いですね。助けてあげてるんですから、素直に善意として受け取ってください。ほら、まずは消毒からしますから、怪我したところを見せてください」
「ええ、ありがとうございます。…………一つ、聞いていいですか?何故、こんな私のことを助けにきてくれたのかを……」
「別に、本当にただの気紛れです。服装も言動もアレでしたが、まだ一応実害があった訳ではありませんから。それに……まあ差別は駄目でしょう、差別は」
「…………そうですか」
有害かどうかで判断するなら、もう黒と断定して良いレベルかもしれないけど、まだギリギリ灰色だろう、一応。黒に限りなく近いけど。見た目で判断するとか、偏見は良くない。仕上げに包帯を巻いて、簡単な処置を終える。
「ふふふ……その割には、とっても嫌そうな顔してますね」
「明らかに不良っぽい奴の近くを通る時とか、何もしてなくても怖いでしょう?それと一緒ですよ、一緒。……はい、飽くまでもこれは応急処置ですので、早目に医療機関にかかってください。俺は別に専門家でもありませんから」
「……申し訳ないのですが、肩を貸してくれませんか?保健室までそれほど距離もないですし、少し歩きにくくて」
「はいはい……」
「ありがとうございます♡うふふ……こ■■て■■と私■■■■し■たって、■■ない■分に■■■■■いますね」
「遠回しに投げ飛ばして下さいって言ってます?」
「もう……冗談じゃないですか?」
俺は判断を誤ったのかもしれない。反省の色もない。くすくす…と笑っている姿だけ見ればお上品そのものであるが、忘れてはいけない。この人が今、水着姿であることを。そして、この場面が目撃されてしまい、俺の評判が下がる……事は無かった。これも普段の行いの賜物だな!
「お、先生。お久しぶりで」
「あれ?トマリがどうしてトリニティにいるの?」
「仕事ですよ、お仕事。先生の方こそ、こんなところに何か用ですか?」
「ナギサと補修授業部のことで、ちょっとお話にね」
「ああ成る程。でしたら案内しましょうか」
「うん、お願い」
そう言えばここに来て以来、先生と顔を合わせていなかったな。トリニティが広いのもあるし、そもそも活動場所が全く被っていないことが原因だろう。前にあった時と比較して、心なしか顔色が悪そうに見えるのは気のせいだろうか。
「で、補習授業の方は順調ですか?」
「ふふふ、舐めないでもらいたい。私は先生だよ?今回の試験の結果は当然……ダメだったよ」
「やーい駄目教師〜。24時間いつでも反面教師〜。ガンプラの作りすぎで勉強の教え方忘れた?先生からガンプラ職人にジョブチェンジした方がっ…危なっ、ちょっと沸点低くない?」
「そこまで人を苛立たせることができるのは、もはや才能だよ」
ただ悪乗りしただけなんだが?他の生徒と比べて俺への対応だけ雑じゃないか?全く、もっと俺にも優しくして欲しいものだ。教職者に在るまじき不当な差別である。
「トマリの方こそ、トリニティでどんな仕事をしてるの?」
「あぁ、それは……っと着いたみたいですね」
元々大した距離でもなかったので、すぐに目的地に辿り着いた。一応他人の成績のことだから、聞かないほうがいいだろうと言う今更の配慮により、先生だけでテラスに入ってもらうことにした。あの場にいた時点で意味があるとは思えないが、体裁を保つ事は大事だから仕方ない。
先生の口振りから、報告にはそれなりに時間が掛かる事が予想される。俺の用事については特に急ぎと言う訳でもないので、今日のところは引き上げるとしますか。決して待つのが面倒だったからとか、そのような事実はない。決して。
ここから合宿スタートですね