贈り物選びって難しくないですか?
「来ましたね、トマリ。さあ、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
セーフハウスに入って早速、応接間っぽい場所に通される。居場所を特定されないようにする為だとは思うが、手を引っ張られて急かされるのは少しビビる。……俺が逃げられない様にする為とかではないよな?
「今、お茶を淹れますので、少しお待ちください」
「いつもありがとうございます」
「どうぞお構いなく」
そう言って手早く準備をする団長。ほぼ毎回の様に軽食やお茶を用意してくれている。何もない時は落ち着いた人なんだが、何処にスイッチがあるのか分からないのが難点。黒ひげの生まれ変わりか?取り敢えず、救護が絡むととんでもねえ勢いで暴走する事だけは嫌と言うほど分かった。
「お待たせしました。本日はアールグレイを使用しています。お好みでミルクをどうぞ」
「ありがとうございます。あ、良ければこれを受け取ってください」
「お気遣いありがとうございます」
こちらこそ、来る度にお茶の用意をしてもらっているので、流石に手土産ぐらいは用意する。確かに少し割高ではあるが、トリニティは手土産に困らないのは利点だろう。お菓子を嫌いな人なんてそうそう居ない、と言うか今まで会った事ないぐらいだ。まあ今回はまた別のものだが。
え?賄賂?もしくは献上品?いやいや、そんな事はない。団長の溢れんばかりの救護パワーが俺に向かない様にするためとか、その様な意図は全くございません。
「これは……エッセンシャルオイル?」
「俺には宝の持ち腐れなので、アロマにでも使ってください。手を加えれば香水にもなりますが、どうされます?」
「是非お願いします」
「了解です」
お茶会をして一息ついた後、広めの机を貸してもらって作業に取り掛かる。用意するのは無水エタノールと精製水、後は小瓶。それと秤やスポイトなどの計量器具で、事前に準備済みである。どれも現代では手軽に購入できるものばかりだ。
香水を作る上で重要なのはアルコールと水、香料の比重だ。アルコールだけだと刺激臭がキツくなりがちで、水は入れすぎると成分の分離を引き起こす。水と油だからそうなる。だから計算通りに進める必要があるのだ。今回使う香料は1種類なので、比較的簡単にできる。
ポイントは容積ではなく、重さで計算すること。香料として使う原料によって比重が大きく異なるし、そもそも原料が液体とは限らない。何なら水と油の時点で既に違う。今回は粘性の低いものを使用するため、20滴が約1mlであることを利用することで、煩わしい計算を省略している。
何故香水について詳しいかって?確かにお洒落目的では使わないが、実はそれ以外の用途で、入り用になる時があるのだ。その他にも、金策にもなる。当然、全部自作しようとすると手間は掛かるが、ローリスクでありながら、客層の関係で高値で売れ行きもいい。売れ過ぎると、別のリスクがこんにちはするが。
作成した香水は、予め用意しておいた香水瓶とついでにアトマイザーに詰め替える。残った精油については、そのまま使うことができるので保管しておく。計算通り、かんぺき〜。因みに、蜜蝋を使えば練り香水も作れたりもする。さて、団長の反応や如何に。
「このままでも使えなくはないですが、時間が経つとアルコール臭が無くなるので、数日置くのがお勧めです」
「これが完成品ですか。やはりトマリは随分と器用なのですね」
「その辺りは慣れだと思いますよ?折角なら団長も挑戦してみますか?」
「そうですね。……それではまた今度、教えてもらってもよろしいでしょうか?」
「分かりました。準備しておきますね。……あの、それより近いです」
「すみません、手元が見えにくかったもので」
集中していて気付かなかったが、団長はすぐ真後ろに居た。細かい作業をしていると、警戒が疎かになるのはもう仕方ない。特に背後などの死角なら尚更である。それはそれとして、両肩に手を置かれていると生きた心地もしない。
「どうぞお納め下さい」
「ありがとうございます。大切に使わせていただきます。……ところでトマリ、私は思うのです。これほど何でもできるなら、セイア様を救護するもっと良い方法を知っているのではないかと」
「それは今の方法以外はリスクとリターンがあまり見合ってないと言いますか、よく考えた結果の現状の最善手を打たせていただいてると言いますか…」
「実はトマリが隠しているだけなのかもしれません。ここは一つ、首に手を掛けた状態でもう一度確認しておく必要があると……」
「ぬおぉぉっ!?」
何やってんだよ団長!?止まれ!止まるんだ団長!?団長が止まらねえと、俺の息の根が止まるんだよ!こっちには無限コンテニュー機能はないんですよ!?
「と言うのは流石にあり得ませんね。セイア様のために、欠かさずに通っていることが何よりの証拠です」
「許された」
「ふふっ。こうして他愛ない話をしてこそ、ティータイムというものでしょう」
「ハハハッそうですね!?いやー全く、お茶目さんですねっ!?団長は!」
余りにも冗談が分かりにく過ぎるんだよ団長……。あんた程の者が言うと、マジで冗談に聞こえないのが怖過ぎる。ティータイムに胸のドキドキまで提供してしまう団長に脱帽。ところで、いつまで俺の肩を掴んでいるのでしょうか?駄目だ、怖すぎてこっちから言い出せねえ……
仕事の一環として、荷物を持ってトリニティの校舎の屋上を目指して階段を上がっていた時の事。建物が大きいので、屋上まで上がるのは一苦労である。況してやそれなりに重たい荷物を両手に抱えているのである。直通のエレベーターが欲しいものだ。
「まだ結構あるぞこれ……ん?」
屋上に来た当初は、荷物を抱えていたから気付かなかったが、隅の方に誰かが寝そべっているのが見える。天気も良いので昼寝する人が居ても、別段珍しくない事だろう。
だが、寝そべったその先に在るものが問題だ。バイポッドに支えられた大きなフォルム、長めのバレルと取り付けられているスコープ。芋砂死すべし、慈悲はない。
おっと、つい本音が。似たような奴等に散々苦汁を嘗めさせられた経験がちょっと。ただ少し、姿勢に違和感がある。その姿勢でスコープ覗けなくないか?
近付いてみると余計に駄目な事が分かった。うつ伏せの状態であり、暑さにやられたのか汗で水溜まりができてた。干涸びている姿は、夏場のアスファルトへ散歩するミミズを連想させる。正体は芋虫だが。
「大丈夫ですか?意識はありますか?」
「ぅん…………まだまだ、平気……」
「これ何本に見えますか?」
「……見え、ない」
身体を起こせずにプルプルしてるだけだから然もありなん。うつ伏せのままだから、こちらからも目どころか後頭部しか見えない。十中八九、熱中症じゃないかなこれ。
「少し動かしますよ」
人一人抱えて運ぶぐらいはできるので、ひとまず日影に運ぶ事にした。比較的涼しい場所に横たえさせて、靴を脱がせておく。衣服を緩めるのは(俺にとって)リスクが大きいのでしない。その代わりに、風を起こして熱った身体を冷やす。今更だが、全身真っ黒の服装は厳しくない?
ある程度の時間経過で回復したのか、起き上がって来たので手持ちの水を渡す。水分補給ができるなら、まあ一安心じゃないかな。
「助けていただき感謝します。正義実現委員会一年生の静山マシロです。回復したので、訓練に戻ろうと思います」
「正気?そこまでする理由は知らないですけど、今日の所は安静にするべきでは?」
「任務でそんな甘いことは言ってられません!キヴォトスに正義を広めるためには、この程度のこと何でもないのです!」
「うぇ……」
正義実現委員会怖ひ……。多分悪い人ではないのだろうけど、ちょっと思想が強過ぎる。本人がやりたいなら、好きにさせるべきだろう。何か怖いからあんまり関わりたくないし。
「うっ……」
「やっぱり無茶ですって、何を焦っているのか分かりませんが」
「わ、私はまだまだ未熟者なので、もっと訓練しないと…!」
詳しく話を聞くと、どうやら以前の任務でミスをして、チームに迷惑をかけてしまったらしい。なんともまあ生真面目というか、ありがちな理由と言うか。一年生らしい若さを感じるエピソードである。
「うーん……寧ろ、身体を壊す程トレーニングする方が、効率が悪くなると思いますけど…」
「…………そうですね。冷静になってみると、別のやり方の方がいい気がしますね」
「そうそう。頼れる先輩にアドバイスを貰うとか、色々あると思います」
関わってしまった以上、ここで放っておいてまた倒れられても、それはそれで寝覚めが悪い。だからと言って、深入りするつもりはさらさら無いが。こう言う話は、部外者の俺なんかよりも、適任者がいるだろう。
「それでは病棟まで連れて行ってください」
「……」
「あなたから言い出したことでしょう?」
「まあそうですが……」
「あ、私の銃器も持ってくださいね」
「……ちなみに重さはどれぐらいで?」
「対物ライフルだけで、軽く20kgを越えます」
エレベーターが欲しい、切実に。
団長って化粧品が好きなんですよね