重役出勤という奴ですね。
深夜の空騒ぎから一週間。周囲こそドタバタしていたが、自分に関しては特に何事も無く過ぎていった。強いて挙げるならば、任される仕事が書類作業が多くなったことぐらいか。
そのため、外に出掛けることがほとんどなくなり、ここ最近はナギサさんと一緒にデスクに向かう時間が長かったように思う。一応身辺警護も仕事内容の一つに入っているので、それも関連しているのかもしれない。
「あ、そう言えばナギサさん。ついこの前、先生が面倒見ている補修授業部に顔を出しましたけど、結局あの人達って試験に合格できました?」
「……いいえ。先日、彼女達は第二次試験を受けましたが、残念な結果となってしましました。ですので、次の試験に向けて励んでいるところだと思いますよ?」
「え?全員不合格ですか?」
ヒフミさんが落ちたのも少し違和感があるが、何より浦和さんも落第したのか?滅茶苦茶頭良さそうだったけど。もしかして奴は保健体育だけ異様に成績が良いタイプだった……?どちらでもあり得そうなのが嫌だ。
「……トマリさん。今はそれよりも、この積み重なった事務作業の方を夕方までに終わらせないと……」
「今夕方までにって言いました?」
「その通りですが?」
「…………」
「無言で立ち上がらないでください」
目の下に大きな隈を作ったナギサさんがそんな事を宣う。ミレニアム然り、トリニティ然り、何故組織のトップ層がここまで事務作業を抱えているのか。そう言う作業って、担当部署に丸投げするものでは?立場的には出来あがった書類を確認して、判子を押すのがメインの仕事じゃないのか?特にデータ入力なんて、誰がやっても良い作業の筈では?
「あら。誰でも良いということのなら、貴方でも良いと言う事ですよね?」
「部外者がこう言うデータを見るのは良くないかと」
「そこは当然、あらかじめ知られても問題ないものを選んでいますので。それに、部外者だからこそ任せられる事も意外と多いものですよ?」
「……それならもう少し人手を増やすべきでは?」
「現在、人員を他の事に割いていますので、事務作業に他の人を回す余裕がないのです」
「ままならないなあ」
月明かりも分厚い雲に遮られた暗い夜の日。護衛対象であるナギサさんの居る部屋からは若干離れたポイントで待機していた。普段はそんな必要ないのだが、警備の人手が足りないらしく、急遽借り出された形だ。何でも暇そうだったからとか何とか。誰だそんな事言った奴?目ん玉節穴か?
ただしティーパーティーは、自前の武力組織とも言える正義実現委員会が存在する。だから俺の仕事は、ボディガードとはほぼ名ばかりで、基本的には前線に出なくてもいいらしい。つまり殆ど待機しているだけの簡単なお仕事です。何て割の良い仕事内容なんだ……!
「と思っていたんだが?」
ガスマスクをした不審者が銃器を構えて、校舎内に潜入しようとしていたのを不幸にも見つけてしまった。見なかった事にしたいが、このまま放置と言うのは流石に不味いので、手筈通りに誰かに連絡を……しようとしたが何故か繋がらなかった。え?何だこれ、不良品掴まされた?この土壇場でそんな事ある?
うんともすんとも言わない機器を自分で修理する?無理無理。そんな技術も部品もない。なまじ出来たとしても、その間に相手を見失う事になるだろう。
取れる選択肢はパッと思いつく限りで2つ。今から戻って敵襲を知らせるか、気付かれていないアドバンテージを利用して速やかに敵の無力化を狙うか。どちらも利点と欠点はあるし、何より判断に時間を掛けてはいられない。さて、どうするべきか。
「『あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ』……とのことです♡」
「……っ!?まさか、と言うことは…!?」
「そぉいっ!」
「っ!?……ここで来たか」
ガスマスクを装着した小柄な子がナギサさんに銃を突き付けていたので、横合いから強化したドロップキックをお見舞いする。セーフ!まだ撃たれてないからギリギリセーフです!
見つけてしまった敵兵を無力化して、その報告のためにナギサさんの所に戻って来たら、既に襲撃されていた模様。敵兵が思っていたよりも多かったので、時間が掛かってしまったのが原因か。流石に別口の襲撃までは対処できない。
部屋の前を見張っていた護衛も全員残らず、抵抗の跡もなく伸びているので、恐らく一方的にやられていると推測される。これは中々の手だれの予感。嫌だなあ……。
「まさか補修授業部が敵に回るとは。状況はイマイチ掴めていないが、ピンチなのは分かった」
「ト、トマリさん……」
「あら、トマリさん。奇遇ですね♡こんなところに来るなん」
「失礼!しっかり掴まっててくださいナギサ様!?」
何か言ってるが無視だ無視!ああ言う口が上手いような手合いには、耳を貸さないのが一番だ。俺ならそうする。前もそうした。護衛の目的は敵兵の無力化じゃないから仕方ないね。
弁論ではまず敵わないだろうし、況してや自分が不利な状況なら尚更である。動揺して動けないでいるナギサさんを抱えて出口を目指す。
「っ!?逃しません!アズサちゃん!」
「うん、既に出入り口は封鎖した」
「チッ……随分と準備がよろしい事で」
思わず悪態が漏れ出てしまった。態々出口と反対方向に蹴り飛ばしたのに、浦和さんが呼びかけする前から動いてやがった。俺が一目散に逃げる事を読んで、先んじて対策していたんだろう。抜け目のない奴等である。
もし脱出を図るなら、後の経路は窓からしかないが、そちらもとっくの昔に浦和さんによって抑えられている。どちらかを強行突破するか、はたまた話し合いでどうにかするか。通信機器は故障しているので、こちらは増援を呼べない。
対して、相手はその限りでない。用意周到な相手方の事である。時間を掛けるのも躊躇われる。が、しかし。この場に居るのが口下手の俺だけならともかく、日常的に魑魅魍魎を相手取っているナギサさんならどうだろうか。上手い事言って切り抜けられる筈。きっとそうに違いない。
(と言う訳で後は任せました!)
(無理です!?セーフハウスを全て把握しているような方ですよ!?私にどうしろと言うのですか!?)
(いつものように舌先三寸で、何かいい感じに丸め込んでください)
(ちょっ、それができたら苦労しませんよ!?)
「あらあら♡私の前で堂々とナイショ話ですか?せっかくなら私も混ぜてください♡」
「不審者には近寄らない様に、田舎のばっちゃんに言われているので……浦和さんがちゃんと制服を着ている!?」
「私としては、水着の方が何かと都合が良かったのですけど、皆さんに止められちゃいまして。申し訳ありません、トマリさん♡」
「俺が指示したみたいに言うのやめてもらえます?」
俺に対するアツい風評被害。事実無根で名誉毀損なんだが?ナギサさんもそんな目で見な……え?俺が来る前からしてたからそれはない?誤解が解けていい事だが、肌寒い時期から続く奇行なら、より一層変態性が増すけど大丈夫?
「また歴史あるトリニティのイメージが崩れていく……」
「私的にはそのイメージ破壊には、ナギサ様も割と加担していますけど……いって!?それが命の恩人に対する態度か!?」
「それとこれとは話が別です!」
「何言ってるのですか!?一切合切全部同じ様な話じゃないですか」
「うふふ♡トマリさんとナギサさんは仲良しなのですね」
「なぜ、敵前でこんな話をしているんだ…?」
振り落としてやろうか貴様。あ!不穏な気配を察知したのか、しがみつく力を更に強くして来やがった!だが甘い。団長やミレニアムのミニ勇者と比べれば貧弱!貧弱ゥ!やっぱ椅子に座って紅茶ばっか飲んでるお嬢は駄目だな。
状況を整理しよう。2対2ではあるが、実質1+お荷物対2であるため、数的には不利。何ならまだこの場に出てきていない伏兵が居る可能性すらある。出口は塞がれていて、位置関係的に挟み撃ちを警戒する必要もある。ついでに言うと、部屋内の安全確認をしていないので、この部屋にトラップがないと言い切れない。
それに対して、こちらは腰が抜けて動けない護衛対象を抱えている状態である。更に味方陣営の支援もまあ期待できないだろう。当然の様に部屋前で無力化されていたし。つまり、時間を掛けるのはあまりよろしくない。何だこのクソゲー?テイルズ・サガ・クロニクルより酷……流石に言い過ぎたわ、ごめん。
うむ、控えめに言って厳しいわ。どうすっかな、これ。もういっその事壁でも爆破して、その勢いのままワンチャンダイブするか?ベットは俺の命。体をベッドにすればキヴォトス人なら大丈夫だろう。しないけど。
「一つ聞いてもよろしいですか?トマリさんは何故、ナギサさんの味方をするのですか?」
その質問にナギサさんの肩が大きく跳ね上がる。気丈に振る舞おうとしているが、身体の震えは抑えきれておらず、その瞳に映る不安の色は隠せていない。まあナギサさん的には、ここで俺に裏切られたらいよいよお終いだろうし仕方ない。
「仕事だから、良くして貰った義理があるから。あるいはナギサ様が何か悪い奴には見えないから。さて、どれでしょう?」
「仕事とはいえ、トマリさんにはここまでする義理はありませんよね?護衛の依頼についても、あくまでも敵対組織を認めた場合の報告程度であって、戦闘は放棄してもいい契約のはずです」
「コンプラ案件なんだが?」
契約内容ダダ漏れで草。確かにその通りだけど、何故それを当然の様に知っているのか。何処からその情報引っ張ってきたんだよ。俺はアンタの情報網が怖えよ。
「良くしてもらったことについても、トリニティではお茶会を頻繁に開くことが当たり前ですし、それはあちこちに顔を出しているトマリさんなら、当然理解しているはずです。何より、それだけでは命を賭ける理由としてはあまりにも弱い。あなたがそこまで肩入れする理由は何ですか?」
「言いたい事は分かるが……」
「さらに言うと、先生が補修授業部の顧問をしている時点で、戦略面でも不利な事は分かりきった事でしょう?まあトマリさん1人なら、見失っちゃうかもしれませんが♡」
「正直それは知らなかったのだが?」
派閥関係の話に巻き込まれたくなかったので、意図的にその辺りの情報収集をしなかったのが、今回は裏目に出てしまった形だ。よくよく考えると、自分の立場的に政治のお膝元にいる様なものだから避けるべきではなかった、と今更気づいて後悔。成程、これが今流行りの後悔してももう遅い系ですか…。なお、自分はざまあされる悪役側の模様。体制側に付いているので、余計にそれっぽいのが酷い。
確かに先生は補修授業部の顧問を請け負っていたが、しかし敵対するとは全く考えていなかった。一応、相手のブラフの可能性も考えられるだろうから、鵜呑みにするのも良くないが。
因みに先生の指揮下の生徒は、謎の超強化を受けているっぽい上に、先生の指揮自体も、あたかも戦場を俯瞰しているように的確である。それはアビドスやミレニアムで既に体感している。ただでさえこちらはお荷物に加えて、防御力でハンディキャップまで背負っているのだ。控えめに言って、敵に回したくない。
「トマリさんがトリニティに呼ばれたのも、護衛ではなく先生への牽制が目的でしょう。敢えてトマリさんに渡る情報を制限したのも、悪い印象を持たせないようにするためです。補習授業部が、試験に3回落ちたら退学になるなんて、知らなかったでしょう?」
「…………」
まあ確かに言われてみれば、追試試験に不合格ぐらいなら留年辺りの処置が妥当だとは思ったが、前半部分については分からない。どう考えても先生への牽制にはならないと思うが?何かまだ、自分の知らない情報があるのかもしれない。
「さて、これらの背景と現在の状況を引っくるめた上で、私に教えてください。貴方がナギサさんに味方する理由は何ですか?」
「…………契約には責任が伴います。乗り合わせた船が沈没しそうだからと言って、今更岸辺に戻れないのです」
大船に乗ったつもりが、沈み行く泥舟だったとか。別に珍しい話でもない。契約には確かに自分の意思で合意したのだ。戦況が不利になったからと言って、破る訳にはいかない。
「ここまで追い詰められたのは、正直想定外ですし、もっと自分達が情報収集や共有をしていれば未然に防げたのかもしれません。後の祭りですけど」
交渉の場で自分に都合の悪い事を言わないのは可笑しな話ではない。そんな話、聞かれなければ応えないだろうし、そもそも聞かなかった自分にも責任はある。いやまあ質問しなくても伝えて欲しいとは思うが。
「後はナギサ様って何だかんだで優しいので、信じてみようかなと」
「その結果、手酷く裏切られたとしてもですか?」
「勿論そうならない事を願っていますが……その時はその時考えます」
裏切られる可能性なんてものは、人の心が見えない以上は0になる事はない。周り全てに疑心暗鬼で、常にビクビク怖がって過ごす日常なんて御免である。
それなら裏切られた時に考えるぐらいで丁度いい。下手の考え休むに似たりとも言う。まあ自分の見る目が無かったと割り切るしかないだろう。行き当たりばったり?それはそう。
「大丈夫です。まだあわてるような時間じゃない」
「ハナコ、アズサ。こっちは終わったよ!あ、トマリにナギサ。会えて嬉しいよ」
「おいおいおい、死んだわ俺」
※この世界線では補習授業部より先にアリウス側が動いてました。