曇りどころか、雨まで降り始めましたね
「さて、じゃあやってみよっか?……もう私は、行くところまで行くしかないから」
ミカの言葉が開戦の合図となり、睨み合っていたアリウス部隊とシスターフッドが遂に交戦を始めた。数で大きく勝る上に日頃から戦闘訓練に明け暮れているアリウス部隊と、先生の指揮するシスターフッド。決してシスターフッドが弱い訳ではないが、戦闘員の差は圧倒的である。
互角に渡り合えるのが奇跡と言える程の戦力差だが、それを覆す事を可能にするのが
「あはは……嘘、嘘ですよね…?そんなこと、トマリさんに限ってある訳ないですよね…?」
「ヒフミ……」
「趣味の悪いイタズラに決まってます…!でも、トマリさんはこんな嘘なんて吐かないっ、うううぅぅ……」
「…………」
受け入れられない出来事に動揺してへたり込むヒフミ、それを心配そうに見詰めるアズサ、険しい表情で何かを考え込むハナコ、状況を理解できずただ困惑するコハル。トマリの悲惨な末路を幻視した補修授業部の反応は大きかったが、取り分け彼と交流が深かったヒフミのショックは強かった。補修授業部のリーダーとして常に周囲へ気を配り、直向きに物事に取り組んできた優しい彼女が、さめざめと涙を流す姿は酷く痛ましかった。
だが、ここは既に戦場となっている。嗚咽を漏らすヒフミを、彼女を心配する補修授業部を戦火は待ってくれない。無情にも火の手は留まる事を知らず、それどころか時間の経過と共に益々激しくなるばかりである。混乱の最中にあっても、いや混乱の最中だからこそ、冷静に現在の戦況を分析したアズサが呟く。
「……少しずつだが、戦線が押されかけている。元々勝つどころか、戦線を維持できるのが不思議な程の戦力差だったんだ。私も加勢してくる」
「……えぇ、どうやらその通りですね。でしたら私も。アズサちゃんの言う通り、この状況でいつまでも先生に甘えている訳にはいきませんからね」
「えぇ!?ちょ、ちょっと!?ねえ、ヒフミはどうするのよ!?……あーもう、ヒフミっ!ここにいなさいよ!?」
「…………」
一人、また一人といなくなり、最後にヒフミだけが取り残された。彼女自身、一刻も早く立ち直って、シスターフッドに加勢するべきである事を頭では理解しているが、どうしても精神が追いつかないでいた。自身の心から湧く暗澹たる気持ちを、未だに整理できないでいる。
作戦通りあの時ナギサ様を連れ出していれば、そもそも一人で足止めなんて危険すぎたんだとか、もう取り返しが付かないのに後悔ばかりが過ぎる。ふと目に入った無惨に破壊された壁や床には、作戦決行前にトマリが描いていた不思議な模様が、暗がりの中で薄ら輝いていた。
「……魔法!そうです!トマリさんには、魔法があるんです!私たちには分からないような、すごい魔法がっ!だから絶対……絶対に大丈夫」
ヒフミは自分に言い聞かせるように大丈夫、大丈夫と繰り返した。その声は震えていたが、それを指摘する者は既に誰もいない。彼の扱っている不思議な魔法に一縷の望みを掛けて、ヒフミは遂に立ち上がった。
「それに……こんなところで立ち止まっていたら、それこそトマリさんを調子に乗らせるだけですから……」
いつも通りのトマリの惚けた態度を思い出し、しょうがない人だと思わず苦笑する。無理矢理笑ったその顔を笑顔と言うには、些か不恰好である事をヒフミは自覚していたが、同時に彼なら、『まあそっちの顔の方がいいんじゃない?』と普段通りの締まりのない顔で何の気無しに、言ってくれるような気がした。
後一手足りない。
協力してくれている生徒達の指揮を執りながら、先生はそう実感していた。
撃破しても、次から次へと現れるアリウス生達を前に、徐々に倒れていく味方側の生徒達。寡戦となっている現状において、正面戦闘はできる限り避けたいが、ナギサの身柄を抑えられているがために、どうしても自軍が攻める必要があった。持久戦に持ち込まれれば、継戦能力で大きく劣るこちらが不利な事は想像に容易い。それ以外にも問題はある。
『先生、危ないです!』
「っと、ありがとね。アロナ」
『はいっ!ですが……』
「うん、分かってる。バッテリー残量の事だよね。心配してくれてありがとう」
『は、はい……』
ここまでの戦闘やそのサポート、流れ弾から先生の身を守ってくれるバリアと、充電する間もなくシッテムの箱を使い続けている。そのため、まだ多少の余裕こそあるものの、そろそろ電池残量にも気を配る必要が出始めていた。
「これは……中々厳しいね」
八方塞がりに陥り、思わず弱音が出てしまった先生。逆転するにしても、その作戦を考える時間が欲しい。現状維持に掛かり切りであり、思考のリソースを割く余裕がなかった。せめて何か、些細な事でもいいから切っ掛けがあれば。先生はそれがないものねだりだと分かっていながら、そう願わずにはいられなかった。苦慮する先生の元に、ヒフミが合流した。
「先生っ!ご無事ですか!?」
「ヒフミ!……行けるんだね?」
「正直まだ吹っ切れてはいませんが……ですけど、あのまま何もしなかったら、トマリさんに煽られちゃいますから」
儚く笑うヒフミの顔色は、決して良くはない。それでも彼女の目からは、現状に打ち勝つために抗おうとする意志を感じられた。ヒフミの様子から、肩に力が入り過ぎていると感じた先生は、この場にいない彼を真似て、冗談か本気か分からないような発言をしてみせた。
「『戦場で何やってんすか?あ、もしかしてデコイ役引き受けてくれるんですか?ここはアンタに任せて、俺は
「あはは、トマリさんなら言いかねないですね……」
戦場ですら普段通り、緊張感の欠けた言動を連発するトマリの事である。きっとそんな風に言うに違いない、と夢想する二人。余りにも彼らしい物言いをする先生に、呆れたように笑うヒフミ。彼女の表情が少しだけ、自然に戻ったように見えたのは気のせいではないだろう。
アリウス部隊に捕えられているナギサは、トマリの使っていた杖を持ったまま蹲っていた。トリニティのためにと、今まで必死に張っていた虚勢は、今や見る影もない。守りたかった幼馴染の裏切り、その結果起きてしまったのが、何だかんだ信頼していた者の失踪である。現実を受け止めきれていなかった。
頭の中には疑問符ばかりが浮かぶが、ただそれだけだ。今はもう何も考えたくなかった。既に色々と限界を迎えていた。止めどなく流れる涙をそのままに、周囲の喧騒にも目を瞑り続け、最早なされるがままだった。
それは前触れもなく起きた。
「……っ!…………?」
ナギサの視界の端で何かが光っている。光源を辿って行くと、彼女の手元にあるステッキだった。彼女を取り囲んでいたアリウス兵達も、直ぐに異変に気付いて警戒し始めた。だが、それは無意味に終わった。
「なんだ…?」
「杖から、風?……なっ!?」
「うわあぁー!?」
一際強く発光すると、突如、ナギサの周りを烈風が吹き荒れた。ステッキを握っているナギサにだけ襲いかからない摩訶不思議な光景は、さながら風に意志が有るかの様である。一陣の風がナギサを取り囲んでいたアリウス兵を残らず吹き飛ばした直後、物陰から飛び出てきた影がナギサの前に姿を現した。
「ごめんなさい、寝てましたぁー!」
「…………あぁ」
「……何か反応薄く無いですか?ほら、ぼんやりしてないで、早く一緒に逃げましょうよ?」
衣服を血だらけにした寝坊助が、交わした約束を果たすために、ナギサに手を差し伸べた。
やっぱり最後は晴れてほしい、と願っています