隣に座るヒフミさんが思い出したかの様に、突然いつも持ち歩いているバッグの中を漁り始めた。水色の梟の様な形をしたクッションやらピンク色の折り畳み傘やら手榴弾やら、雑多な持ち物が顔を出していく。女子らしいファンシーなグッズに紛れた危険物。オレでなきゃ見逃しちゃうね。ちょっと病室に入る前に持ち物検査を受けて頂いてもよろしいか?
「あった!これ、お見舞いの品です!受け取ってください!」
「おっと、態々ありが……何これ?」
「マミーペロロ様人形です!限定グッズなんですよ?」
「なるほどー、はいこれ。アズサさん良かったなー」
「ありがとう…?」
渡されたのは、ヒフミさんの大好きなペロロ様が包帯でぐるぐる巻きにされている状態の人形だった。窒息しかけで紫色になった顔色と、万物を恨むかの如く血走った目がとってもチャーミング……な訳がない。どんな趣味だよ。
元々がもう既にアレな人形だったのに、それに輪を掛けて異様な仕上がりになっていた。商品企画の段階で、致命的なエラーが発生してないか?主に企画者の頭の中とか。控え目に言っても俺には無用の長物*1なので、反対側に居たアズサさんにダイレクトパス。宝*2の持ち腐れよりは、遥かにマシだろう。
「流れるように左から右へ渡したわね……」
「ちょっと!?お見舞いの品って、言ってるじゃないですか!?」
「オレ、ニンギョウ、イラナイ」
「声と表情に一切の感情がないですね」
「感情を失ってるわね」
「普段のポーカーフェイスがかわいらしく見えるぐらいには無の表情だ」
「と言うかなんで片言?」
「あうぅ……そんなあ」
哀しげに肩を落としている姿は、周囲の同情を誘うだろう。客観的に見れば、ヒフミさんが被害者に見えるに違いない。だが無意味だ。いらないものはいらない。マニア垂涎の一品かもしれないが、価値を見出せない側からすれば只の変な人形としか思えない。と言うか、持っていたら何か呪われそうで嫌だ。
まあでも俺が貰うよりかは、アズサさんが持っている方が絶対にいいと思う。俺には何が良いのかは到底理解できないが、アズサさんは人形を大事そうに両腕で抱き抱えているから。多分大切にしてくれるんじゃないか?
「……わかりました!トマリさんがそう言うなら、仕方ありませんね」
「やっと理解しt「ペロロ様の素晴らしさをわかってもらうチャンスですね!」…駄目だコイツ」
「あはは……こうなったヒフミは、簡単には止められないよ」
「うん、モモフレンズの可愛さを是非知ってほしい。ちなみに私のお気に入りはスカルマンだ」
「そうですよねっアズサちゃん!それでは、モモフレンズの皆さんの紹介からですね!この画像を見てください!ますは中央にいる……」
「モモフレンズ、いつ見ても可愛い生き物たちだ……」
「布教活動は余所でしていただいてよろしい?ほら、あそこの暇そうな大人にご注目。話を聞きたそうにこちらを見ている!」
「あ、私はこの後用事があるから。またね!」
「それではごゆっくりどうぞ♡」
「えぇ……」
補修授業部の金銀コンビに挟まれた状態で、モモフレンズの布教活動が始まった。尚、他の面々に関しては何事もなかったかのように、退室していった模様。薄情者共がよお。宣教師は眩いばかりの笑顔で詠唱を始めた。……まあ楽しそうならいいか。
「こちらがウェーブキャットさんです!長い体を持った猫で、いつもウェーブして踊っている、ペロロ様の唯一無二の親友なんですよ!ペロロ様のペロロダンスほどではありませんが、いつも素敵なダンスを踊りをする、モモフレンズマニアの間ではとても人気な子なんです。確かバッグの中に……あった、これです!ウェーブキャットさんの形をしたふかふかのネックピロー!お昼寝にピッタリなグッズですよ!」
「この予測できない動きの踊りは、見ていて飽きない」
「何だこの動きキm…個性的なダンスっすねー、海中で揺れているワカメみたいだなー」
「それは褒めているの…?」
コミュニケーション能力底辺に何を期待しているのか。確かに自分でもどうかと思う例えだけどさ。いやまあ、ペロロ様よりはこっちの方がマシだが。ぼんやり考えていると、ヒフミさんが半目でこちらを見ていた。
「今ペロロ様のこと、悪く言いました?」
「いやいやそんな事ないっす。ただ俺はこっちの方がいいかな?って思っただけでして。そこはほら、趣味嗜好の違いであって、みんな違ってみんないいと言うか何と言うか」
「……わかりました!やっぱりトマリさんには、しっかりペロロ様の素晴らしさを伝える必要があるみたいですねっ」
「へへ……どうぞお手柔らかに」
布教活動の結果?どのぐらいの時間、話が続いたか?大体分かるだろう?お察しください。
脅威の金銀コンビの居座りを乗り越えた。話の熱量が強すぎて、こっちに負担が掛かるのがな。語りに語って満足したのか、スッキリした表情で出て行った。普段は大人しいのだが、モモフレンズの話題になると、途端にブレーキが壊れるのが玉に瑕。
ヒフミさんが友達にモモフレンズの話をすると嫌がられると言っていた際に、安易に対応したのが運の尽き。それ以来、定期的にブレーキが壊れる様になってしまった。まあ自業自得ではある。でもさあ、哀しそうな表情されたら、断れないのも仕方なくないか?
「そこの所どう思う?」
「あの、一体何の事ですか?」
「俺の、俺の心が弱かったせいなんです…!」
「だから一体何の話なんですか!?」
「精神不安定ですね!お注射打ちますねー?」
「おれはしょうきにもどった!」
「まだ正常ではないみたいですね」
「どう見てもいつも通り何すけど…?」
「元々おかしいので、確かにその通りですね!」
「いい笑顔で何て事を」
セリナさんも何笑とんねん。そこは先輩として、粗相したハナエさんを嗜めるべきだろう。それもそうですね、とか言って納得する場面では決してないのだ。
「それで、お腹の怪我の様子は如何ですか?」
「完治って訳ではないけど、大体日常生活に支障はないレベル」
「お腹がくっきり凹んでましたからね。中身も普通に見えてましたし」
「トマリさんがICUに運び込まれた当初は、もう大騒動でしたからね……この怪我で動き回っていたって聞いた時の担当医のブチギレっぷりは凄まじかったですし」
「ふへへ……滅茶苦茶怒られましたわ」
大騒動その1、担当医ブチギレ事件。適当な自己判断、いい加減な立ち振る舞い、反省の色が見えない態度、etc. この時点で既に黄色信号なのに、そこにもたらされた新情報により担当医の怒りが遂に大噴火。その様はまさに烈火の如し。寧ろよく耐えて頂いた方だと思う。何より怖かったのは、怒り終わったら急に冷静になった事だが。
「実際、驚異的な回復力ですよね。あれからそんなに時間が経っていると言うこともないのに、平気そうですし」
「まあその辺りは色々ある、色々」
主に薬関連とか、そう言う諸々の技術とか。世界が物騒だと、比例して医療技術が発展するのはある種の道理とも言える。だから問題こそあれど、現代と比較しても医療技術は著しく発達していた。それこそ欠損ぐらいなら治せてしまうぐらいには。
それを逆手に取って、人体実験だとか拷問だとか、碌でもない事を企てる輩もいるのが救えない。世紀末世界のマッドサイエンティストだとか、嗜虐趣味の持ち主だとかは、最早人間の形をした別のナニカだとしか思えなかった。そういう奴等は、出会った端から粉砕したが。
「死にさえしなければ、基本的には何とかなる……はず」
「それでも外の人なんですから、あまり無茶はなさらないでくださいね?」
「何か異常があったりしたら、私が患部を切断しちゃいますから!」
「さっくりと?」
「ザックリパックリとです!」
「流石にやべえぞこの後輩」
「まあトマリさんの場合、頭を切断することになるのでやばいですね」
「遠回しに頭がおかしいと申すか」
これが京都の嫌味に比肩すると噂される、トリニティのオブラートディスりですか?ハナエさんも頭ですね!わかりました!じゃないんだわ。
※病室では静かにしてください。