感想・誤字報告ありがとうございます
アリウススクワッドを文字通り煙に巻いて逃げる事に成功した。偉そうに啖呵を切っていた割にはやってることは敵前逃亡とか恥ずかしくないの?と言う批判はあるかもしれない。だからこそ、敢えてこの場でハッキリ言わせて頂こう。
誉れは遥か昔に死にました、と。
そもそもこれまでの俺の所業を思い返してみて欲しい。遠くからロケランとか、霧に紛れて奇襲とか、挙句の果てには土下座で時間稼ぎまでする始末。端から恥も外聞もなかった。寧ろ不名誉な方向にフルスロットルである。手段を選んでいられるほど強くはないので致し方なし。弱ェ奴は手段も選べねェ……。まあ目標は大体達成してるのでセーフ。
閑話休題。予め決めていたランデブーポイントに無事到着した。そこでセナさんの手により、怪我を負った先生への適切な応急処置も完了した。症状としては出血多量、そしてショックによる意識不明ではあるものの、奇跡的に命に別状はなかった。
不謹慎かもしれないが、腹部を撃たれてこの結果なら非常に運が良い方だろう。お前の痛み分けの術で何とかならないのかって?間違いなく止めを刺すだけなので今回はパス。薬に関してもこっちでは治験もしていないから、それ以外に選択肢がない様な場合を除いて、出来る限り使用は控えた方がいいし。副作用もないとは言い切れないのだから。
で、先生の本格的な治療のためにも、トリニティの本校舎に向かう必要がある。そこが現在地から最も近い医療設備が整った環境だから。今はその道中だが……。
「はぁ……」
「…………」
重い。車内の空気が重過ぎる。セナさんの方は、万が一の容態急変に備えているとは言え、気を張り詰めすぎているし、ヒナさんの方も隅で膝を抱えて消沈している。運転席にまで澱んだ空気が流れ込んで来るんだが?換気したいが窓を開ける訳にはいかないし。
ちなみに運転は俺が担当する事になった。理由は色々あるがこの中では最も土地勘があると言うのが大きかった。その事については、取り立てて異論はない。
「ところで、ゲヘナの方の被害状況はどうですか?トリニティは首脳陣が壊滅しているらしいですが」
「…………万魔殿は飛行船が墜落して消息不明、風紀委員会も古聖堂周辺に待機していた戦力については壊滅的でしょうね」
「まあそうなりますよね。とすると……あー…………」
「お二人も少なくない怪我をされていますので、今は体を休めてはいかがでしょうか?」
「俺は運転しているのですが?」
「トマリならそのままで大丈夫でしょう」
「バッチバチに負傷しているのですが?」
「貴方も大変だっただろうし、やっぱり私が運転を……」
「「委員長は休んでいてください」」
「そ、そう……?」
唯でさえ居た堪れない空気の車内から逃げ出せないのに、その中心になんて行きとうない。まあヒナさんの真っ黒な境遇は、本人や先生から度々耳にしている。だから今のようなちょっとした場面でも厚意に甘えるつもりはない。
そもそもセナさんに楯突いたのは車内の空気を変えたかっただけだから。セナさんもその辺りの機微を察しての発言だろうし。鉄仮面で口下手を自称しているが、中々クレバーな対応である。
「…………」
「…………」
今のやり取りで心なしか更に落ち込んだ様に見える。見えると言うか、分かりやすく雰囲気が暗かった。バックミラー越しにセナさんも何とかしろって訴えかけて来てるし。寧ろセナさんがどうにかするべきでは?俺には荷が重過ぎるのだが?
「ヒナさんはどうしてそんなにモコモコしているんですか?」
「……?」
「……」
質問の内容をよく分かっていない様子。いや、確かにカスみたいな質問した自覚はあるけど、気の利いた台詞なんて俺が思い付く訳ないじゃないですか。期待する方が悪いとしか……。俺はあの氷室セナに呆れ顔をさせる男だぞ。自分の天賦の才が怖いぜ……。
「後はもう『いつもがんばってくれるヒナちゃんをほめる会!』を開催するしか……」
「……。……?待って、今何て言ったの?」
「この騒動が終わったら『いつもがんばってくれるヒナちゃんをほめる会!』を開催します!」
「聞こえなかった訳じゃないから!恥ずかしいから絶対やめて!?」
「まずは会場を抑える必要がありますね」
「セナまで何言ってるの……」
アンタの意外とノリがいい所とか俺は大好きだぞ。運転中じゃなかったらハイタッチしに行っていたかもしれない。
「なお、計画立案・天雨アコ、スケジュールやその他の調整・天雨アコでお送りします」
「アコに迷惑かけるのやめてあげて……」
「アコ行政官なら自分から志願しそうですが……」
俺もそう思う。ヒナ委員長の事をアナタになんて任せていられません!ってクドクド言いながら、無駄に完成度の高いスケジュールを組む姿が目に浮かぶ。
服装は控えめに言って馬鹿だが、その代わりに頭脳は厳しめに言っても優秀だから。馬鹿と天才は紙一重とはよく言うが、それを一人で両立させてしまうのが天雨アコである。何故か俺に対しては妙に当たりが強いが。原因については皆目見当もつかない所存であります。
「予算についてはトマリが出しますので心配要りません」
「ふむ……闇鍋パーティーになってもよろしいのであれば」
「甲斐性なし」
「酷え……」
「ちょっと楽しそうかも……」
「……」
意外と関心持ってるのが既に面白い。闇鍋とはデスゲームである*1。如何にしてハズレの食材を避けるか、そして相手に押し付けるかを争う高度な心理戦が繰り広げられる*2。食べられない物しか入っていない場合もある*3ので、状況に応じて離脱するのも一つの手だろう。バレたら袋叩きだが。ルールは事前にしっかり確認するべし*4。
「もっとティーパーティーらしく振る舞えないのですか?」
「ティーパーティー?俺の事ですか?それ以前にトリニティの生徒ですらありませんが」
「……貴方は桐藤ナギサの配下じゃなかったの?彼女が魔法使いを従えただとか、貴方に関する噂は色々と出回っているのだけど」
「微妙に違うような、大体合ってるような……」
配下と言うより雇用主と従業員だが……。まあ外部に伝わるまでにニュアンスが変わるのはよくある事だ。概ね合ってそうなのでそのままにしておこう。別に不便がある訳でもない。
「…………そう。分かったわ。……はぁ、私たちには貴方みたいに、器用に立ち回れる人員が足りないと思ってね」
「へへ、まあ俺は優秀ですから」
「分かりやすく調子に乗ってますね」
「優秀……そうね、特に土壇場での精神力とかね。私にはないものだから……」
「寝惚けた事言わないでくださいよ。先生が撃たれる直前、しっかりド根性見せて庇っていたじゃないですか。誰にでもできる事ではありません。あの場面、自分はどう頑張っても間に合わなかったので、正直終わったと思いましたし。滅茶苦茶格好よかったので誇ってくださいよ」
「でも、結局先生を守り切れなかったから……」
「同じ状況でここまでの結果を出せる人、キヴォトスに何人もいません。ヒナさんが必死に頑張ったから、先生は命を繋げています」
「それは、みんなが頑張ったからで……」
「確かに全員頑張っていましたが、少なくともこの緊急事態でのMVPはヒナさんだと思っています。そうですよね、セナさん?」
「はい、その通りです」
「…………」
「今は極度の疲労で、思考が悪い方向に引き摺られているかと思います。疲れが取れるまで、ゆっくりしていてください。案外、元気になった頃には問題も片付いているかもしれませんよ?」
エデン条約締結に関して、ゲヘナ側の立役者は風紀委員長である事は間違いない。条約締結に関わった身としては、苦労を察せられる部分もあるので休める時にしっかり休んで頂きたい。
「少し考え付いたのですが……いえ、やっぱり止めましょう」
「……」
「何ですか?そこまで言い掛けたなら遠慮せずに言ってください」
「走行中の車内において、ハンドルを握る者とは乃ち生殺与奪の権を握っている事と同義です。──つまり今、俺が一番偉い」
「……?」
「真顔で珍説を垂れ流すのは、こんな時でも変わらないのね……」
「頭が高いぞ空崎ヒナ。ついでに態度がデカいぞ氷室セナ」
「しかも急に偉ぶり始めたし……」
「さて、手始めに何か飲み物でも持ってきて貰おうか」
「生憎、何もありませんのでおにぎりでもどうぞ。手が離せないでしょうし食べさせてあげます。ほら、遠慮せずに」
「飲み物だと言って、固っ!?おにぎりの固さじゃないですよこれ!?もがっ」
「セナ、容赦ないわね……。まあトマリが悪いと思うけど……」
何だこのおにぎり!?これをおにぎりと呼ぶのは、最早おにぎりに対する冒涜だろ!?
ゲヘナシロモップ→ゲヘナシナシナシロモップになりかけている段階