歴史とは、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話である。このフレーズは事実そのものが歴史になるのではなく、解釈された事実こそが歴史であると言う脈絡の言葉らしい。うーん、中々分かり辛い。
前提として歴史と言う言葉は、文脈によって異なる二つの意味を持つ。一つ目の意味は、出来事としての歴史である。過去に実際に起こった事実そのものとも言い換えられる。
そしてもう一つは、記録や解釈としての歴史である。『歴史家や記録者が、過去の出来事をどのように理解し、物語として組み立てたか』と言う意味だ。要するに事実と言っても主観の入った歴史的事実のことを指し、解釈や記録の仕方で結論が左右されるものである。対話がどうのとはこっちの意味の歴史だと思われる。
「ややこしいので一つ、具体例を挙げましょう。 『先生は以前から欲しいと言っていた限定品のプラモデルを購入できたのでウキウキで帰って行った。その後、シャーレからユウカさんの悲鳴が聞こえた』 よし、この例でいきましょう」
「何もよしじゃないんだけど!? じ、事実無根だよ!?」
「あはは……」
「あらあら♡ 興味深い例えですね」
「フゥー……やれやれ、仕方ありませんねぇ。えー、この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。これでヨシと」
「本当にヨシって思ってるの??」
「すごい。何も解決してない」
正直、先生の気分の問題なんだから別に解決しなくてもいいかなとは思っている。ただ、誠に残念な事ながら、話自体はノンフィクションであるが。
「て言うか、それ以前にユウカってのはどこの誰なのよ……」
「全てを計算で解決する超合理主義の冷酷な算術使い」
「えっ」
「ではなくミレニアムのおかんです。先生の頭が上がらない人でもあります。ついでに言えば、先生のお小遣いも管理していたんじゃないですかね? 今はどうしているか知りませんが」
「えぇ……」
真面目で優しくお節介だから、大体貧乏くじ引いている人。論理的思考も得意で能力も非常に高いが、何故か発言が残念と言うか何と言うか。確かに事務能力も大層優秀だとは思うが、どちらかと言えば交渉や調整などのコミュニケーション能力に注目するべきなんじゃないかな。やりたい放題するタイプが多いミレニアムでは特にそう思う。
先生が補習授業部の面々に質問攻めされているのを横目にフレンチクルーラーを頬張る。独特のふわふわした軽い食感。こういうのでいいんだよ、こういうので。ふと、同じものがミカさんの頭にもくっついていた事を思い出した。かなり微妙な気分になった。
モモフレンズのコラボグッズ目当てにドーナツを大量購入したのはいいが、食べ切れずに困っていたとのこと。きちんと捨てずに食べようとするその心意気や良し。素直に他人を頼れるのも立派な長所である。
「我関せずの態度をとっていますけど、話を戻しませんか?」
「次にトマリはモノを食べる時のご高説を垂れるんだよね」
「で、流れで先生にアームロックを掛けると」
「なんでそうなるのよっ!?」
「話の繋がりがよくわからない」
「何の話をしていましたっけ?」
「うふふ♡ 女の子が先生を見て悲鳴を上げたところですよ」
「言い方に悪意がありすぎるよ!?」
間違っていないが正しくもない発言。この例の事実を短く纏めると、『先生がプラモデルを買ったこと』と『シャーレでユウカさんが悲鳴を出したこと』の二点。これらの事実と関係性や時系列から、『ユウカさんが悲鳴を出したのは先生が散財したから』と解釈しているのが歴史的事実であると言えるだろう。
「その通りですね。あくまで私が考えた、可能性が高い解釈であることは間違いありません。ですがもう一つ付け加えるなら、例をまとめた時点でトマリさん自身の解釈が含まれるので、厳密には事実ではないかもしれませんね。まあ本当に細かく言えば、ですが」
「情報の取捨選択をした時点で、それを選択した人の意図が介在しますからねぇ」
「む、難しいお話ですね……」
駄目だ。分かりやすくするための例え話が余計にややこしくなっている。コハルさんなんて頭の中がショートしたのか、動作停止しておられるぞ。誰かリブート掛けといてくれ。
「えっと、ひとまず大元のお話に戻ろうか。結局、トマリはこの歴史書を読んでどう思ったの?」
「歴史書? あんなのがですか……?」
読物としては悪くないとは思うが、歴史書ではない別のナニかだろ。卵焼きを指差して目玉焼きと言っているような、三国志演義を史実だと勘違いしているようなものでは? それ以前にこんな本が何故存在するのかよく分からないが。
「着火剤としては使えそうですね」
「本の内容の感想を聞いているんですが……」
「ただのプロパガンダ。まあ下手なコミックよりもユーモアはありましたね。当事者目線の感想としては、編集者の涙ぐましい努力を感じる内容でした」
「どう考えても歴史書を読んで出てくる感想じゃないわよね……」
俺以外のメンバーを美化させすぎて、もうギャグ小説に両足突っ込んでるとしか。まあ著者側の意図としては、俺の存在は極力登場させたくないし、活躍なんてもっての外だろう。その皺寄せで内容が矛盾している上に、不自然に削除されている部分もあるが。中途半端な真似をせずに、完全に存在しなかった事にすれば良かったものを。
「まあそうですね。如何にして俺の存在を目立たない様にするか、編集者の苦心の跡が随所に見られて面白いですよ?」
「歴史書ってそういう楽しみ方をするものでしたっけ……」
「あぁ、だからトマリの名前が一向に出てこなかったんだね……」
「ちなみになんですが、どうしてこんな扱いをされているんですか?」
「恐らく一部の権力者からお尋ね者扱いされていたのが原因かと」
「え?」
「人気者はどこに行っても追われる立場なんですね……」
「あの、一体何をやらかしたんですか?」
「強いて表現するなら、権力への反抗ですかねぇ……」
後ろ暗い計画を未然に防いだせいで、首謀者から恨みを買ったと言うべきか。誘拐用の魔法陣の破壊とその書物の窃盗が罪状にあたる。俺の様な犠牲者をこれ以上増やさないためには仕方がなかったって奴だ。反省も後悔も一切していない。
「なんと言うか、壮絶だね……」
「こんな本を持ち出して来たと言う事は、俺の過去に興味があるんですね。であればよろしい。そこまで言うなら仕方がないので、特別に話して差し上げましょう。あれは俺がまだものを知らない少年だった頃の出来事……」
「……? つまり、そこまで昔の話ではないということ?」
「あっ、長くなりそうなら要点だけまとめてくれる?」
「巻きでお願いします!」
「…………はっ!? わ、私はちょっと目をつぶっていただけだからねっ!? 寝てないわよ!?」
「興味ないんかい」
じゃあ何故そんなしょうもない本を態々俺に読ませたんだよ。その時間で昼寝でもしていた方が有意義だっただろ。割と忙しい方なんだぞ。
「では私から質問させてください。トマリさんはこの冒険譚で、どのような役割だったのですか?」
「逆に聞きましょう。何をしていたと思いますか?」
「えっ、普通に魔法使いじゃないの?」
「……言われてみれば、魔女と役割が被っていますし、不自然な気がしてきちゃいますね」
「盛り上げ役!」
「身のこなしがやけに巧いから、近接戦闘の経験があるのは間違いないはず。ただ、何らかの格闘術を学んでいるような動きではないと思う」
「お前らあの本読んでないんかい」
別にいいけどさ。ここまでで正解は、うーん……盛り上げ役だけは自惚れではなく正解かもしれない。俺が渋々同行する羽目になるまではお通夜みたいな雰囲気だったらしいから。
「錬金術を扱うとまでは書かれていましたが、具体的な描写が少なすぎるので詳細が不明なんですよね。だから、もっと別のことでも活躍していたのか疑問に思いましたので」
「ああ、そう言う意図ですか。この本では全く触れられていませんが、担当は斥候です」
「錬金術と斥候って変……変わった組み合わせだね」
「言い直すならもっとオブラートに包むべきでは?」
「トマリにならそんな必要ないと思って」
「ぬかしおる」
適正と目標に必要な技術を考えれば必然的にそうなったんだよなぁ。まあ実際は他の技術も普通に扱えるので、それらが全てではないし。
「で? 聞きたい事は聞けましたか? そろそろ用事があるので、お開きにしたいのですが」
「うーん……トマリの過去を知れると思ったんだけど、結局謎が深まるばかりだったなぁ」
「別に隠している訳でもないのでお話しますが」
「だってトマリさんの場合、お話が脱線しまくってよくわからなくなるじゃないですか……」
やはりソースは大事ですね