トリニティのある校舎の渡り廊下にて。時間に余裕があったので、ちょっとした屋外作業をするために中庭へ。バケツを片手に花壇を目指して移動している途中で、見覚えのない4人組が前方から近づいて来た。
「いた。この人だ」
「ん?」
「ちょうど今もバケツを持っているわね」
「あっ! 私、この人のこと知ってるかも」
「えっ? そうなの?」
そう言ったのは、胸元の緑のデカリボンが特徴的な、グループの中では一番背の高い子だ。ちなみに俺はあの子の事を存じ上げていない。その他の人達に関しても、多分会った事はなかった筈。
「やあやあ、そこの少年よ。ちょっとお話をしてもいいかな?」
「アンタ達、俺が見えるのか……?」
「「えっ」」
「あはは。ヒフミちゃんが言ってた通りかも。ちょっとトリッキーな言動が多いけど、悪い人じゃないって聞いたよ。トマリくんで合ってるよね?」
「おお、俺の名前をよくご存知で。まあその評価に対して異議はあるけど」
「いや、どう考えてもその評価で正しいでしょ……」
「10秒チャージを2秒で済ますし、午後ティーを午前に飲むのは当たり前」
「否定するのそっち!?」
「札付きの悪だ……! いらない注意かもしれないけど、気をつけて、杏山カズサ……!」
「ねぇ、なんでわざわざ私に言ったの?」
「あくタイプっぽい見た目だからじゃね? 全体的に黒いし」
「喧嘩売ってる?」
ヒフミさんの友達だったのか。それにしても彼奴は、自分の異常性を棚に上げておいて、俺の事をトリッキーだとか申すか。十人に聞けば十人がヒフミさんの方が異常だと回答するのは疑う余地がないのに、全く度し難い話である。笑止千万とは正にこの事よ。
4人は放課後スイーツ部なる集まりだそうで、活動内容は放課後にスイーツを食べる事らしい。どこぞのティーパーティーと違って、名前の通り平和な部活で最高じゃないか。まあ本当にただの仲良しクラブなのかは、まだ分からないが。
「一つ意見させて貰おう。俺が変人だとか、そう言う偏見はよくない」
「いや、ファーストコンタクトで透明人間のフリしてる時点で変でしょ」
「偏見というか、うーん……。トマリって、なーんかナツと似たようなタイプな気がするのよねぇ……」
「私?」
「へぇ。それは俺もそっちのピンクちゃんもいいセンスしてるって褒めているのかね?」
「いや、どっちかと言うと悪口だから」
「悪口」
「わ、悪口じゃないけど、それはちょっとわかるかも。独特な喋り方とか、マイペースな部分とか」
「要するにボケが一人増えたって感じ? ナツだけでも大概なのに、頭痛くなってきた……」
「大丈夫? バファ⚪︎ン飲む? なっちゃん、何か飲み物持ってない?」
「そんなときはこの、牛乳を贈って進ぜよ〜」
「でかした!」
「でかしてないから」
人の厚意を無碍にするとはいただけない。本人の目の前での悪口と言い、初対面の人に対して中々失礼ではなかろうか。最近の女子高生のトレンドか?
「でもヒフミちゃんも、トマリくんのことをちゃんと褒めてもいたはずだよ? えっと、なんて言ってたっけ……? あっ。……あ、あはは。ちょっと忘れちゃったかなぁ」
「本当に褒めてたかぁ……? よくよく考えてみると褒めてなかったって表情してるけど……?」
「え、えっと……ほら! トリッキーってことは、人にはない発想ができてすごいってことでもあるからっ! ね!?」
「文脈的にギリギリ悪口だったんだろうなって見て取れる発言」
「ちょっと、何でもいいけどウチのアイリをいじめるってなら、こっちも容赦しないよ?」
「ウチのカズサは怒らすと怖いよ〜? 何てったってキャスパ、あ痛っ」
「か、カズサちゃん、私は大丈夫だからね?」
「宅急便じゃなくて警備の方だったか」
やってる事はただのプロレスで、双方本気で言ってる訳でもない。まあ向こうもその辺りは分かっていて容赦しないと言っているだろうから。ただし、ヒフミさんとは後で個人的に語らう必要があることは理解した。アイリさんの反応的に碌な事吹き込んでなさそうだし。
「話が進まないから本題に入るわよっ! トマリが今持っているバケツとも関連するんだけど……」
「バケツの中身が欲しいと? いいぞ」
「えっ? いいの? ……ちなみにバケツの中身は何なの?」
「……? 希釈前の農薬だが?」
「農薬……」
「トマリって用務員か何かなの?」
「大体合ってる」
もしかして、スイーツの材料を一から育てる鉄腕魂の持ち主か? それなら俺も微力ながら協力させて頂くが。ただ、部活動としてやるには、完成までに時間が掛かり過ぎるとは思うぞ。
「やっぱりプリンじゃなかったか」
「プリン?」
「この前、トマリがバケツプリンを運んでたって、ナツが言っててね。どういうルートで入手したのかを聞きたくって声掛けたんだ」
「成る程。だからバケツの話になったのか。あれは市販じゃなく自作な」
「やっぱり? あのサイズのキットは見たことなかったから、そうかもとは思ってたんだ」
「キャットなら居るのにな」
「そろそろ手が出るよ?」
「ついキャッとなって? あだっ」
「トマリって余計なことしか言わないわね……」
猫パンチにしては可愛くない威力の一撃が脇腹を抉った。何か武道でも嗜んでました? と聞きたくなるレベルで痛いのだが? 流石キヴォトス人、手を出すのに躊躇いがない。まあ銃口を向けられていないだけ有情ではある。
「そんなトマリを見込んで、例のブツの作り方のコツを聞きたいんだけどいいかな〜?」
「等価交換こそが世の摂理……! さあ、何を出せる……代償……対価を……!」
「急にどうしたの?」
「対価は……この牛乳……!」
「ナツも乗らなくていいから」
「足りない。具体的には桁一つ分ぐらい足りてない」
「でしょうね」
「後は砂糖と卵、ゼラチン、その他諸々。以上」
「……もしかして、対価って材料のことなの?」
「え、うん」
「言い回しがややこしいのよ、あんた達……」
まあ一応本職らしい事を言っておこうかなと思って。深い意味はない。時計を確認すると、思っていたよりも時間が経っていた。
「やべっ、仕事の時間だ」
「中庭まで行くの?」
「いや、何処かの校舎の何処かの会議室。会議名は覚えてない」
「時間しか覚えてないんだ……」
「おー、じゃあ後でレシピとか送ってー」
「いいぞ。折角ならこのバケツを使う? カラメルの代わりに農薬が入っているけど」
「いらないわよっ! ったく、片付けておいてあげるから、さっさと行きなさい」
「センキュー」
バケツをヨシミさんに託して、返事もそこそこに出発する事にした。目的地も目的もまだ確認していないけど。そして、ある程度歩いて距離が離れてから漸く気付いた。そう言えば、あの子達の連絡先知らないなと。まあいいか。部室にでも訪ねれば何とかなるだろう。
「はぁ……漸く執務室に戻って来れたことですし、一息入れておきましょう」
「そうなのですね。それでは俺は帰ります。お疲れ様でー……あの、ナギサ様? 帰れないので扉の前から退いて貰っても?」
「それではお茶の準備をお願いしますね」
「アッ……今日は帰れないパターン引いたかぁ……」
会議は既に終わった。だから本日の業務は終了だと思った。嘘です。思っていませんでした。まず会議が予定より遅れて始まり、終了予定時刻から1時間近くオーバーしている。この時点で既に駄目そうな予感しかしない。
会議の内容に関しても、トリニティで発生している問題の報告数は増加、内容も微妙に以前より質が悪くなって来ている気がする。暴動が起きかけていると言うか、シンプルに治安も悪くなって来ていると言うか。え、銃撃戦? それはいつも通りだな。
「滞っていた予算案の精査と明日の会議に向けての準備と、それから後は、えっと……」
「ティーセットはこちらに置いておきます。ではそう言う事で。……ヘイ、ストップストップ。俺が悪かったので、そのワッフルを下ろしてください」
「お茶の準備、ありがとうございます。ああ、トマリさんにお任せしたい内容としては、引き続きシスターフッドと協力してあの事件の状況分析を進めてもらうことと、ミサイルが発射された遺跡地区、特にカタコンベの再調査と救護騎士団の備品状況の監査、最近出没した不審者の調査……は正義実現委員会の皆さんにお任せするとして、後は私の補佐もお願いしますね」
「選り取り見取りですね。全て貧乏籤ですが」
「それは私と仕事をするのも嫌ということですか?」
「曲解とはこうして産まれるのですね。……うへぇ、胃がキリキリするので悲し気な顔するのやめてもらっていいですか?」
「ふふっ、冗談ですよ。トマリさんなら受けてくださると信じていますから」
「うわぁ、断り辛ぇ……」
担当者をつけにくいのも納得のラインナップである。仮に断ったら断ったでナギサ様は強要しないのだろうが、どうなるかはまあ想像がつくので後味が悪い。それでは、この厄ネタ達の内のどれを処理すればいいんですか? 全部? 人間の体は分裂しない事をお忘れですか?
「もちろん、難しい内容であることは承知していますので、今すぐに取り掛かっていただく必要はありません。一歩ずつでも確実に事を進めていければ大丈夫ですので」
「ご利用は計画的に、と言う事ですかね」
「微妙にずれているような気が……。まあその辺りは私がフォローしますので、ご安心下さい」
「それは安心……あれ、結局全部関わる事になった……?」
オカルト研究会とは。まーた愉快なグループが爆誕してますね。