本日は久方振りの先生のトリニティ訪問の日。特別な機会だから特別なお茶菓子を用意していると言う事で、仕方ないので参加してあげる事にした。まあ先生の訪問が特別なイベントかと言われれば、正直微妙な気はするが、その辺りの事情は取るに足らない話である。
今回のお茶会は無礼講だからと、比較的小さい会議室の一室*1が会場らしい。まあお茶会と銘打っておいて別の意図があるのは、特に珍しい事でもないから気にしない。重要そうな話を聞かなかった事にするのは得意だから。
「席順に拘るのも煩わしいことですし、トマリさんはそのまま奥の席へどうぞ」
「せっかくだから、俺はこの赤の席を選ぶぜ!」
「何がせっかくだからなんですか……? しかも椅子は赤色ですらありませんよね……? あの、本日は私が準備するので、ドア側の席に座っていないで奥の方へ行っていただきたいのですが……」
「往々にして、人生とは思い通りにいかないものですね。残念ながらそれもまた人生。……無言で両肩に手を置くの止めて頂けます?」
「あら、丁度いいところにありましたのでつい。……やはり、しめた方が良さそうですよね」
「しめるのはそこの半開きになっているドアの事ですよね? 決して別のものではありませんよね? 両手を徐々に首に近づけるの止めてください。まあ待ちましょうよ。ここは冷静に、取り敢えずその手を離せば分かりますから」
「話して分からなかった結果ではないでしょうか?」
「こんな時に誰が上手い事言えと言いましたか。ちょっと絞まってますって」
何時もより実力行使に移るまでが早くないか? 後ろから見れば戯れているだけだが、実態はただの脅迫の現場である。渋々移動する事にしたが、この程度の障害で屈する柔な精神性ではない。が、よくよく考えてみれば、拘る意味もなかったので結局止めた。争いは何も産まないんだな。
「さて、本日は特別な日ということで、普段とは趣の異なるお茶菓子として、羊羹や最中を用意してみました」
「おお。まさかの和菓子ですか。と言う事は紅茶ではなく緑茶を?」
「……? いえ、当然紅茶ですが……?」
心の底から困惑している模様。別にお菓子とお茶の組み合わせに対して、拘りとか全くないから何でもいいが、流石に当然は言い過ぎだろ。まあでも、紅茶に頭やられているナギサ様なら然もありなん。これ以上この話を広げられると面倒くさい事になるのでさっさと切り上げるぞ。
「まあそれはさておき……」
「──まさか。トマリさんは、紅茶が和菓子に合わないと勘違いをしておられる……!?」
「あーあ、終わった」
「落ち着いて聞いてください。まずもって、紅茶に合わないお菓子は存在しません」
「言い切っちゃった」
「もしも仮に紅茶と合わないと主張する方がいるとすれば、その方の紅茶への理解が足りないか、もしくはゴミでも食べているかに違いありません」
「ナギサ様も大概な暴論言いますよね」
一旦アイスティーでも飲んで頭冷やせば? と言い掛けてギリギリ口を噤んだ。アイスティーアンチのナギサ様にそんな事を言い出そうものなら、また由緒正しい紅茶の淹れ方やらよく分からない歴史やらの解説が始まってしまうぞ。話自体は意外と聞きやすいが、ミカさんの無駄に長いお喋りと同じかそれ以上に長いから。流石は幼馴染み。そんな部分に共通点を作るな。
おもむろに隣席へと座ると、手ずから淹れた紅茶を無言で飲み始めるナギサ様。ティーカップをソーサーに置いて、一息ついて、そして反論を始めなかった。いや何も喋らないんかい。
そのまま1分間ぐらい特に何をする訳でもない無音の時間が続いた後、ナギサ様は唐突に口を開いた。そんな古い家電の電源入れた時みたいに話し始めるパターンあるんだ……。
「和菓子と括ると少し種類が多くなりすぎるので、代表として餡菓子を例にとりましょう。自然な甘みと繊細な味わいが特徴である餡菓子には、一般的には上品な渋みが特徴的なダージリンを、特に相性の良いペアリングとして有名なものはファーストフラッシュになります。フレッシュな風味を存分に活かすためにもストレートで楽しむのが一番でしょう」
「あー……何でしたっけ。ファーストフラッシュは確か、春摘みの新茶みたいな奴だった様な……」
「その通りです。以前お話しした内容を覚えているようですね。簡単に説明しますと、ダージリンは春、夏、秋と一年に三度の旬があり、ファーストフラッシュは春摘みのものになります。お花や果実に近い香りに輝くように美しい黄金色の水色、口に含んだときに広がる爽やかな渋みと個性豊かな味わいが特徴です。一方でセカンドフラッシュやオータムナルが調和しないかと言われれば、決してそう単純なお話しではなく……」
まあ人間、自分の好きなものの話になると自然に熱が籠るから。ナギサ様が楽しいならそれでいいんじゃない? ここ最近は多忙のせいか、シナシナしていたし。個人的にはマニアックな話は嫌いではないし、何より美味いものが食べられるから不満はない。
適当に相槌を打ちつつ、和菓子と紅茶に舌鼓を打っていたが、そろそろ約束していたお茶会の時間が来る。普通にお喋りし続けているが、本当に今のまま何もしなくて大丈夫かは知らない。
「……ですから、アフタヌーンティーとクリームティーが全く別物であるように、お茶会には時間や場所、目的など相応の様式というものがあります。ただし、お茶の楽しみ方には正解はありませんし、様式の中からも個人の嗜好は現れるものです。スコーンに紅茶は欠かせませんが、クロテッドクリームとジャムのどちらを先にのせるかは多様性によりますので」
「まあ気にする人はとことん気にするらしいですね。所で時間の方はよろしいので?」
「……? ああ、先生がトリニティに訪問されるのは午後からですよ」
「集合時間を朝にした意味は……?」
「あまりありませんが……まあ強引にお題目を挙げるとしますと、先日お願いしたお仕事の進捗に関してのちょっとした報告会、でしょうか?」
「要は暇だから呼んだって訳ですね」
「当たらずとも遠からずかもしれませんね」
報告だけなら5分あれば終わる内容だぞ。別で直接説明する様な事もないし。まあ報告に至るまでで予想通り想定外の事態は起きたが。最早想定内か想定外か分からんぞ。その辺りは報告しなくても問題ない内容ではあるが。
「それではお話を続けますね」
「あ、はい」
そろそろ先生が訪問すると聞いている時間に差し掛かる頃、会議室の扉を叩く音がした。てっきりノックせずに入ってくるかと思ったが、先生もやればできるじゃないか。巫山戯やがって。
「失礼します。……あら、トマリも居るんですね」
「ふむ。確かにこれからの話し合いの席には、打って付けの人選ではありますね」
「見てくださいよ、ナギサ様。お二方とも、会場を間違えておいでです。うっかりさんですねー」
「トマリさん」
「誰にでもミスはありますからね。仕方ない、仕方ない。あー、これから腹痛の予定があるので帰りますね」
「腹痛がするのですか? でしたら私が救護いたしますのでご安心ください」
「しまったっ、救護騎士団だ」
「トマリさん。潔く諦めましょう」
「『しまった』と言われるのは、些か心外なのですが……」
団長の場合だとどうしても叩いて治すイメージが強すぎるから。流石に病人に対してそんなことはしない……と思いたい。いやまあ、俺は病人ではないが。
「謀ったな……汚いなさすがお嬢きたない」
「いえ、成り行きでこうなってしまっただけなんですが……」
「成り行きで火とガソリンを揃えないで下さいよ。トリニティの安全管理体制は一体どうなっているんですか?」
「その場合、安全管理者はトマリさんになりますね」
「ガソリン? 車のお話でしょうか?」
「トマリさんは色々な場所に顔を出されているようですからね。その通りかもしれません」
こんなに直接的に表現しているのに、両者とも全く気付かないだと……!? 惚けているだけか、はたまた自覚がないのか……絶対後者だろ。後者だと信じたくないけど後者だろ。
悪い方向に相性が良い二人を態々セットで呼ぶなよ。このコンビに更にナギサ様を加えると? 熱した油に水を加えて爆発オチにでもするのか? 正気か?
「……アカン。胃が痛くなって来た……」
「大丈夫ですか? よろしければ胃薬を飲みますか?」
「……背中摩りますね」
「原因は食べ過ぎでしょうか?」
「しばくぞオメー」
「なっ!? なぜですかっ!?」
先生がトリニティに来る話(先生未登場)