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ふと、目を覚ます。見慣れない朽ちた風景に古惚けた様な臭気が鼻をついた。周囲の家具などから察するに、ここは古びた教会であろうか? ただ、それ以上に気になったのは、地面を揺るがすかと錯覚する程の騒音である。何かを力任せに激しく叩き付ける異音は、さながら赤子が癇癪を起こしているかの様だ。……酷く、嫌な予感がした。
得も言われぬ不快感を努めて無視して、騒音を撒き散らす根源を辿る。そこでは、巨躯の異形が八つ当たりするかの様に暴れ狂っていた。それに相対しているのは、最近見慣れた彼。暴虐の嵐に晒されている彼は、それを身一つで躱し続けている。
「あ、あぁ……」
防戦一方で段々と追い詰められて行く彼を、私は傍観する事しかできない。暫しの間抵抗していたが、遂に逃げ場を失くした彼は、大楯で身を護ろうとした。だが、異形の慈悲のない一撃によって大きく吹っ飛ばされた。
「い、嫌だ……やめて……」
倒れたまま全く動かないでいる彼に近寄る異形の化け物。その巨躯に見合った大きさの棍棒を振り上げて、そして────
「ここがあの女のハウスね…! あ痛っ」
突如として姿を見せたシマエナガくんを追って勢いで部屋を出たが、まあ多分大丈夫だろう。既にそれなりに話はまとまっていたっぽいし、会議を多少早引きするぐらいなら問題ない筈。気にするだけ無駄であろう。
シマエナガさんからの割と容赦ないツッコミが入ったので、さっさとセイアさんの居る部屋へと入る事にした。可愛い顔して人を突くんだぜ、ソイツは……。しかも地味に痛いし、時間経過で数が増える。可愛いだけじゃないシマエナガさんである。
「こんにちはー、会いに来てあげましたよ」
「トマリ……? それにここは……。だとすれば今は……少し失礼するよ」
「何ですか? いきなり手を握ってきて。人肌が恋しいのですか?」
「それも否定できないが……触れられると言うことは現実で間違いない……」
「また明晰夢に潜っていたのですか?」
「ああ……それも仕方のないことさ。キヴォトスが終焉を迎えるなんて悪夢を見てしまったんだ。その光景が真実であるかを、私は見極めなければならない」
「まあ、そこまで言うなら止めはしませんがねぇ……」
顔色をブルーベリー色にしたセイアさんがそんな事を宣う。赤色の鳥居を潜らせた方がいい?
明晰夢は意識的に予知夢を見て、それをそのまま覚えていられる代わりに、夢か現実かの認識が徐々に曖昧になっていってしまうのだとか。現在は予知夢対策のお呪いを本人の希望で暫く取りやめているが、そろそろ黄色信号な気がする。
「ぐすっ……」
「そろそろ手を離して貰っても、えっ。急にどうかしました? 目に粗大ゴミでも入りましたか?」
「…………」
「無言が一番困るんですけど。えぇー……どうするよこれ……」
俺が小さい子を泣かせたみたいなのはちょっと……。背中を摩ったり、抱きしめたりする? 却下で。そう言ったスキンシップは、ナギサ様やミカさんとやってどうぞ。他の人がすれば美しい友情だが、俺が同じ事するとただの犯罪現場になる不思議。今の状況も第三者から見れば、誤解を招きかねない光景だから。
「……婦女が嗚咽していると言うのに、抱擁の一つも返さないのは、些か甲斐性がないとは思わないかい?」
「そう言う事は俺より適任な方々がいらっしゃるんで、そちらにお願いしましょう。で、また夢見が悪かったのですか?」
「君は存外、ドライな一面も持ち合わせているな……」
「ドライ? 見てくださいよ、このお腹を。既に両手の指では数え切れない程、紅茶を飲まされているんですよ?」
「ピントを外した回答をするのは相変わらずのようだね……」
昨今のコンプラの壁は情より厚いのであった……。それはさておき、セイアさんから何を見たのか詳細を聞くと、俺が化物にボコボコにされていると言った内容だった。悪意もなく、『お前は近い内に痛い目に遭います!』って具体的に宣言されるのは斬新な体験だなぁ……。
「予知夢で俺に関する内容を見たのは初めてでは?」
「その通りだね。何分完璧な制御ができない代物であるから、見ていて不愉快になるものまで覗いてしまうんだ」
「ちなみにですが、逆に見ていて愉快な予知夢とかはありましたか?」
「全く……今はそんな事を話している余裕はないだろう? 君は来る破滅の未来にも物怖じしないのかい?」
「そんな来年の事を言えば、ミカさんに笑われますよ?」
「君の場合は怪物ではなく、ミカへの対応に注意を払うべきだな」
奴の背中には鬼どころか鬼神が宿っていそうではあるが。まあ正直ボコボコにされるだけなら、非常に残念な事に割とよくある事だから。多分まだ生きてる、恐らくは。
それから暫くの間、無駄話を続けた後に、ふと気になったので質問する事にした。
「そう言えば、明日のミカさんの聴聞会の件についてはどうなりました? 説得を頼んで以来、すっかり放置していましたが」
「……? 待ってほしい。それは一体何の話だ?」
「マジっすかぁ……」
ミカさんが聴聞会を欠席する予定である事を掻い摘んで説明する。明晰夢で消耗しているセイアさんに依頼する事ではないのは分かっていたが、俺ではどうにもならないからなぁ……。
まあこの件については、ナギサ様は先生にもお願いしてみるとは言っていたので、そっちが上手くやる事に賭けよう。何故かは知らないが、先生の言う事は結構聞くっぽいので、分の悪い賭けでもないだろう。万が一、聴聞会を欠席して退学になったとしても、先生に丸投げすればヨシ!
事情を聞いたセイアさんが口を開く寸前で、ドアをノックする音がした。
「失礼するよ。セイアは……っと、トマリも居たんだね」
「……先生?」
「セイア、大丈夫?」
「一応大丈夫なんですが、ただ……」
「ただ……?」
「遂にボケ始めてしまって……」
「ボケは君のことだろう……?」
「ほら、聞きましたか? こんな見当違いの主張をしているのですよ?」
「とりあえず人物記憶は正常みたいだね」
先生までボケ始めていらっしゃる……? やはり年か? 寄る年波には勝てないのか? まあ先生のボケ疑惑はさておき、ここで一旦俺は退室する事にする。二人の対話中に、俺が居ても居なくともさして変わらないだろうから。
主人公:セイアの言っていた化物の心当たりがないこともない。
セイア:この頃はまだ大人しかった。