オデュッセイアいいよね
「大きな騒動でトマリさんが大怪我するの、恒例行事になっていませんか?」
「ああ……クセになってんだ。病室送りになるの」
「これは癖で片付けていいんですかね……?」
「やはり今からでも患部を切断した方がいいのでは……」
「やめて。マジでやめて」
救護騎士団の先輩方は手遅れになる前に、ハナエさんに正しい医療知識を教えておいてくれ。やる気も愛嬌もある良い子ではあるんだ。ちょっと物騒なだけで。
「右目の視力は三日、右腕は完治まで二週間の見込み……ですか」
赤黒く変色した右目を心配そうに見詰めるセリナさん。大した怪我でもないのに心配されると、こちらが居た堪れない気がする。
「まあその程度で治りますよ」
「……その程度、ですか?」
「放っておけば勝手に治りますし、実質ノーダメみたいなものですね」
「先輩」
「ええ。どうやらトマリには、相当強度の高い救護が必要なようですね」
「いやいやいや、冗談じゃないですかぁ!? ミネの姉御ぉ!?」
「救護道を邁進する者として、自身の救護もまた疎かにするべきではありません。まだまだ自覚が足りていないみたいですね」
勝手に救護道(?)を歩いていることにするな。そもそも救護道って何だよ。武士道かなんかの亜種か? キヴォトスは修羅道みたいだけど。
「ご機嫌よう、トマリさん。お体の調子は大丈夫てすか?」
「こんな時間に来るとは珍しいですね。……あの、大丈夫ですか?」
「はい、何も問題ありません」
問題のある時間帯と顔色だから聞いているんだぞ。死人みたいな顔色のナギサ様が、こんな真夜中に訪ねて来るとか異常事態でしかないだろ。
「今回の騒動でも、大怪我を負われているので心配で」
「鏡を見てください。そこに心配するべき人の顔が映るでしょう」
「私の心配をしてるんですか? ……確かにここ最近は、あまり眠れていませんが……」
「一応まだ頭は回るみたいですね。俺の心配より、帰って寝た方がいいですよ。ミカさんに 『ナギちゃん顔色やばっ! 豆腐みたい☆』 とか煽られる前に」
「ミカさんなら豆腐に例えないと思いますよ」
そう言うことじゃないんだよなぁ。聖園ミカ厄介ファンめ。風の噂でティーパーティーが仲直りしたとは聞いたけど、現場に居合わせてないから真偽の程は定かではない。
「しかしですね、ナギサ様。これは進歩だと思うんですよ」
「はぁ……よくわかりませんが、トマリさんの言う進歩とはなんでしょうか?」
「今回は意識を失っていないですね!」
「代わりに右目の視力と右腕の自由を失っていますが」
「その内治るからセーフ」
「治るからと言って傷ついていいとは思いませんよ?」
これは手厳しい。まあ確かに、聖女ちゃんがいれば自傷ダメージなんて、あってないようなものだったから少し感覚がズレている可能性はあるが。
昔は骨を斬らせて骨を断っていたことがあるとバレたら、説教が長引きそう。それと、どう考えても団長にバレたらもっとヤバい。考え出すと口に出そうなので、これ以上は深く考えないようにしよう。
「……今、何かを隠そうとしていますね」
「えっ。し、知らねっす。証拠でもあるってんでぃ!?」
「いくら何でもわかりやすすぎないですか……? まああなたが言いたくないなら、これ以上は詮索いたしませんが……」
「今日も生き延びることができた……」
「ただ」
ナギサ様はすっと立ち上がり、俺の右の目元にそっと手を添えた。普段より少し真剣な表情で、それでいて落ち着いた声のトーンで切り出した。
「決して忘れないでください。あなたが傷つけば、それで悲しむ者がいるということを。あなたが無事ならば、それで安心する者がいることを。どうか、無理はなさらないようにお願いしますね」
「まあ、俺の行動方針は 『いのちだいじに』 ですから」
「平時は確かにその通りです。ですが、緊急時はその限りではありませんよね。覚えていますか? あなたがトリニティに来て最初に起きた襲撃事件を」
「なんか懐かしいですねぇ。そこまで時間が経った訳ではない筈なんですけど」
ミカさんのクーデター事件のことだな。今にして思えば、ミカさんには相当手加減されていたんだと分かるんだよなぁ。何なら初手でミカさんに暴れられていたら、それで終わっていただろう。
「ふふっ、そうですね。確かに私たちは長い時間が経ったわけではありませんが、それ以上に密度の濃い時間を過ごしてきましたから。……あのときのことは、今でも鮮明に覚えていますよ。常に疑心暗鬼だった私のことを、人柄で信用して体を張って守ってくださったこと」
「それはナギサ様が最初に事情を全て話していたからですよ。元々は引き受ける気なんてなかったのですから」
「いえ、あの時はミカさんを守るというゴールはお話しましたが、すべての事情を話したわけではありませんよ?」
「えっ、そうなのですか?」
「はい。まず最終目標をお伝えしたのは、そちらの方が契約してくださると判断したからです。そして、先生と敵対関係になると想定して、あなたと言う実力が未知数の護衛を引き離し、同時にこちらの戦力にするのが裏の目的でした。あなたとの面談に先行して実施したヒフミさんからのヒアリングの結果、とりあえず人格破綻者ではないのは確認済みでしたので、条件のいい契約なら乗ってくると面談が始まるまでは考えていましたので」
「つまり、面談中に最終目標を打ち明けると判断したのですか?」
「その通りです。そもそも一対一の面談になるように手を回したのも私です。それに、もし仮にあなたが私の事情を言い触らしたとしても、少なくともあの時点でのあなたにはトリニティ内での信用はないので火消しは容易でした。つまりはすべて打算からの行動です」
「怖っ」
「ふふふ。あなたは既に知っているでしょうけど、私はそれなりに強かなんですよ?」
あの面談だけで相手の性格を見抜いて、リスク計算と有効な勧誘案までその場で考えていたってこと? 当意即妙と言うべきか、千軍万馬と言うべきか。政治や交渉に関しては、逆立ちしても勝てる気がせんぞ……。やはりトリニティのトップは伊達じゃない。
「…………この契約の裏事情は当初、最初の大事件の後で、遅くともエデン条約の締結後には打ち明けるつもりでした。ですが、あなたに嫌われるのが怖くなって今まで黙っていました……申し訳ありません」
「別にそのまま黙っていればよかったんじゃないですか? 現に今まで、俺はそんな事全く気付いていませんでしたよ?」
「……体を張って契約を遵守するあなたに対して、あまりにも不誠実な対応ではないですか。……いえ、そんな綺麗な理由ではありませんね。どこかで私の思惑が露呈してしまうと恐れて、黙ったままで居られなくなっただけです」
「……そうですか。まあその謝罪は受け入れられませんね」
「……っ」
「それ以前に受け入れる謝罪がないと言うか……」
「…………」
罪悪感からか、とうとう俯いて泣き出してしまった。いや待て、何で泣いてるんだよ。普通に困るんですけど……。
「えー……そもそもの話、何故罪悪感を感じているのですか?」
「それは……あなたに対して不誠実な行動を……」
「それが意味分からないのですよ。契約なんて脅迫とかでもしていなければ、お互いが利益のためにしているだけじゃないですか。別に騙している訳でもないですし」
「えっ……? でも、私はあなたの善意に付け込んで……」
「ないです。全く。微塵も。そんなの多少の思惑があったと言うだけの話じゃないですか。ナギサ様が謝罪する必要性が丸で分かりません」
善意に付け込んだって何? 同情を誘ったって事? でも、話は全部事実だったじゃん。何か問題あるのか? 本当に何を言ってるんだ、この人は?
やり方が汚いかと言われれば、別にそんな事もなく。不当な扱いを受けたかと言われればそれもない。あ、訂正。休日が少ないのは不満だが。
もしかして思い込みか何かでドツボに嵌ったか? まあ確かにナギサ様は、そう言うところはある。どんどん悪い方へ考え出す悲観的な部分とか。
「ナギサ様に謝罪されるような事が何もありません。だから、その謝罪を受け入れられません、と言う意味ですが」
「……許されたのですか?」
「それ以前に何も悪い事をしていません」
「……………………私の、思い込み……?」
「恐らくは……?」
「ッ……!?」
今度は真っ赤になった顔を手と翼で覆って俯いてしまった。まあ、勘違いで泣いて謝罪は流石に恥ずかしいよな……。
暫くして再起したナギサ様が一言。
「はぁ……。なんかもう、安心したら一気に眠くなってきました……」
「それはただの寝不足ですね」
これ絶対原因は、寝不足とストレスだろ。誰かナギサ様を休ませて差しあげろよ。救護が必要なのはナギサ様の方だろ。
そしてこの後、泣き疲れたのか本当に寝てしまった。色々限界すぎない?
主人公:暴走するナギサを見て流石にヤバいと感じたので、次の日に退院した。
ナギサ:過労 + ストレス + 睡眠不足 から、更に悪夢を見て一時的に情緒がバグった