「スマートファルコンさん……行方不明になったんですって!?」
学園での授業が終わり、各自がトレーニングの時間帯になると、スマートファルコンの学友達や後輩のウマ娘達がエイシンフラッシュに詰め寄ってきた。
「……はい」
エイシンフラッシュは、その詰め寄ってきたウマ娘達に、小さく頷く。
フラッシュと彼女達は困惑の色を浮かべていた。
それもそうだろう。行方不明になったとはいえ、スマートファルコンが自ら失踪するなんてことは考えられないからだ。
学友達にとってのスマートファルコンは、悩みなんてトレーナーに淡い恋心を抱いている事以外に抱えていないような天真爛漫な存在。悩みが出来たとしても、彼女と心を許せる間柄の相談出来る相手はトレーナー含めてたくさんいるはずだ。
だからこそ、彼女達にとっては何かしらよからぬ事件があったとしか思えないのだ。……ある意味、それは事実だったが。
皆が俯き気味にファル子の安否を気に掛けているさなか、後輩のウマ娘の一人がおずおずと話題を変えた。
「……ところで、エイシンフラッシュさん。その、腕に抱えている丸いぬいぐるみ、なんですか?」
エイシンフラッシュの両腕には、抱えられる程度の大きな丸いぬいぐるみ……ピンクのボールが抱かれていた。スマートファルコンを模したぬいぐるみのようにも見える。
「しゃ~い☆」
エイシンフラッシュが抱えるぬいぐるみが、愛嬌たっぷりの声で答える。
「音の出るオモチャ、ですかね?」
「……なんか生きてるように見えるけど」
「まさか。こんな生き物見た事ないよ。でも、本当によく出来てるなー……」
後輩のウマ娘達がぬいぐるみに興味津々といった様子である。エイシンフラッシュも、このピンクのボールについては気に掛かるところがあった。
「ファルコンさんが夜居なくなってから、突然現れたんです。何かコレと失踪について関係があるのかもしれません」
洞察力に優れたエイシンフラッシュ。それは少なからず当たっている。しかしコレがスマートファルコンを呑み込んだなどという荒唐無稽な事までは流石に考えが及ぶはずもなかった。
後輩達が、ぬいぐるみのほっぺを引っ張ると、ボールがきゃっきゃと笑った。人畜無害で人懐っこい印象を受ける。
「ともあれ……居ないとなれば、今日のダートの練習相手は、別の方を見繕う必要がありそうですね」
後輩達は残念そうに、肩を落とす。スマートファルコンの抜けた穴は大きいらしい。
エイシンフラッシュが代われるモノなら代わりたいが、フラッシュの主戦場は芝だ。正直なところ苦手分野だし、ダートを走る脚色は主戦場がダートである後輩達にも劣る。
皆が気落ちしていると、それはピンクのボールにも伝わったのか、悲しそうな表情を一瞬作ってから、エイシンフラッシュの腕から飛び降りた。
「しゃーい……」
皆を元気づけようとしてくれているのかもしれない。そのように見上げてくる。
「あはは、ありがとう。でも練習相手がね……」
「ぺぽっ!」
ダート練習もちゃんと出来ないし、ファル子の事も心配だった。だがぬいぐるみは「自分が練習相手になる」とでも言いたげに、手で自身の胸(?)を叩いた。
どうやらやる気らしい。しかし、流石に無理がある。いくら愛らしい見た目とはいえ、こんな短足でファル子の代わりを務めるには無理がありすぎだ。
皆も困ったように眉をハの字にしてしまう。
「うー! しゃーい!」
しかし、やる気たっぷりなピンクのぬいぐるみの姿を見て、エイシンフラッシュが眼を細めた。
「……やらせてみましょうか」
被っているカツラのせいもあって、なんとなくファル子を思い出す。それにこの子もやる気に溢れているようにも見える。可愛らしいし、皆の気が紛れるかもしれないと思い、エイシンフラッシュは練習場に連れて行ってあげた。
そしてピンクの球体がダートの上を走り始めて、皆は目を見張った。
それはそれは速い。ファル子そっくりのカツラを被ったぬいぐるみはその短足で懸命に走ると、ウマ娘もかくやという速度で走るではないか。
突風で砂塵を顔にひっかぶろうが、まるで関係なく走り抜ける。その姿は、まさにスマートファルコンの姿を思わせた。
もしかしたら、本当にスマートファルコンがぬいぐるみに乗り移ったのかもしれないと。皆がそう思ったほどである。
「そんなバカげた話が……」
エイシンフラッシュはそう言いつつも、あの球体が凄まじい速度で走っているのは事実である。
1200mを難なく走りきり、ウマ娘達の元に戻ってくる球体。そして皆が出迎えてくれるのを見て、ニコニコと笑っていた。
「しゃーい☆」
可愛らしい振る舞いに、後輩達も少し顔を綻ばせる。
「ありがとう。でも、やっぱり練習にはファル子先輩がいないと、だめだよ……」
「……しゃーい?」
困ったように笑う後輩に、ぬいぐるみは首を傾げる。
「私達がキミのフォームを参考に、模範(コピー)出来ない、っていうのもそうだけど、それだけじゃなくって……なんというか……」
言いよどむ後輩の言葉を、他の生徒が代弁した。
「自分の走りに自信がない時に『すっごくキラキラだよ!』って、まるで本心から思ってくれてるように褒めてくれたりね。その後もちゃんとどう走り方を軌道修正すればいいのか、ヒントをくれたり」
「あー、そう。それ。なんというか、一緒にいたら前向きになれるっていうか……」
「士気がアゲアゲ? マジ卍みたいな」
他の生徒達も、それに賛同するように頷く。
「ともかく、ファル子先輩がいてくれたら助かる。ううん、私達にとっては居ないとダメな人で、練習とかもそうだけど、先輩というか、友人というか……学友として、一緒に居たいの」
ぬいぐるみにそのような言葉を投げかけた。
それを受けて、エイシンフラッシュはぬいぐるみを抱きかかえながら思案した。
スマートファルコンは――練習時に限った事ではないが――落ち込んでいる他者を慰めたり前向きな姿勢を示したりする事が多かった。「強者の余裕があるからこそ言える事」といえば、そうなのかもしれない。だが彼女達の言葉を聞いたエイシンフラッシュは、スマートファルコンが走りや「キラキラに輝くウマドルになりたい」という目標に対する情熱や姿勢を、同じダートを走る後輩達に尊敬されている事を知っている。
同室の学友として、誇らしく思う。だからこそ、居なくなった事が心配だった。捜索は大人達が「自分達に任せてくれ」と言って、目の前の事に集中するように言いつけられているが……。
「この後、みんなでファル子先輩が行きそうで思い当たる場所にしらみつぶしでいってみます……?」
後輩の一人がそのような言葉を投げた。
「でも貴女たちには練習が」
エイシンフラッシュがおずおずと訊ねると、後輩達は少し考えこんだ後に答えた。
「ファル子先輩を見捨てて練習に励むのも、なんだか調子が狂っちゃうというか……お友達に対して薄情って『キラキラじゃない』って思うんです。ハイ」
ファル子の言葉を引用して、後輩は笑った。エイシンフラッシュも、正直なところ差し障りの無い範囲で――尚且つ全力でファル子を探すつもりだった。
「はーいっ!」
ピンク色の球体も、後輩の意見に同調するように。ぴょんぴょんと飛び跳ねながら同意する。
「あなたも、ありがとうねっ。すっごく速かったよっ」
「一着も獲れる勢いだったねー。」
後輩の一人が、球体に笑いかける。それを受けたぬいぐるみは、よくわかってなさそうだが褒められてる事を嬉しそうにしていた。
なんとも、この球体は微笑ましい性格をしている。
「……あ、そうだ。一着獲ったらね。ウイニングライブって歌って踊る機会があるんだっ。いつもは練習で一着獲った後に遊び感覚でやってるんだけど……あなたもやってみる?」
後輩は心配してくれた御礼代わりとばかりに、球体に対して愛想良い態度を向ける。そして、音を増幅する程度の機能しかついていないオモチャのマイクを球体に渡した。
つづく。