「さぁ、出来たよ! 妖精さん、召し上がれー」
スマートファルコンは、新しい友達であるピンクの妖精の為にお昼ご飯を用意し、テラスにあるテーブルの上にお食事を置く。
プラスチックで出来た皿の上に乗せられていたのは、オムレツニンジンに温かいブレッド。そして骨付きの唐揚げ。
「ぽよぉ~……」
ピンクの妖精は、眼前に並べられたご飯を感動した眼差しで見つめている。
オグリキャップのコスプレをしているだけに、どうやら食べる事が大好きらしい。
「……どうかな? トレーナーさんに作ってあげる為に練習してるんだけど、おいしそう、かな? あはは」
「うむっ♪」
お互い、嬉しそうな笑みを浮かべて。
「……オグリのヤツ、どこいったんや」
と、ピンクの球体を眺めながらタマモクロスが寂しそうに呟く。冷蔵庫にあったケーキを台無しにして落ち込まれて以来、彼女の目に焼き付いているのはがっくりと首を落としたオグリキャップの姿。
今頃どこで何をしているのか。一応昼休みの始まりにメッセージは送ったのだが、既読も着かない始末だ。
「タマ、なにをそんなに落ち込んでるんだい?」
一緒についてきたイナリワンがからかい半分心配半分でそんな言葉を掛ける。タマモクロスはじとっとした視線をイナリの方に向けた後、「なんでもない」と言ってから、すぐに「いや、ちゃう」と思い直した風に声にした。
「オグリ見かけんかったか?! 今朝から見かけとらんのや!!」
タマモクロスが尋ねると、イナリワンは考え込んだ風に腕を組む。
「いやぁ、今朝っつったらせいぜい五時間しか……まぁさっき学食に来てデカいハンバーガー食べようとしてたのは見かけたよ。目を離した隙にハンバーガー共々忽然と消えてたけど」
オグリの目の前の食べ物が瞬間的に消えるのはいつもの事だ。とはいえ、オグリ自身が、居なくなるのは珍しい。そのままおかわりでもしそうなものだが。
「そう、そうか……そうやったらいいんや……ハハ……」
イナリの言葉を聞いて、タマモクロスは肩を落とす。ファル子の方とは違って、寂しそうな乾いた笑い。
そんな彼女を前にイナリワンは頬を指で掻き、声のトーンをいくらか上げる。
「な、なぁ。タマ。悩み事があったら相談してくれって。あたしとお前さんの仲じゃあないか!」
無理矢理といった感じで笑顔を取り繕い、気っぷの良い態度でそう振る舞うイナリワン。
普段は犬猿の仲ではあるが……そんな相手にも心配させてしまっていると感じて、タマモクロスは申し訳なさそうに事の次第をイナリにも話した。
「うん、そりゃタマが悪いわ」
先の優しい態度から一転。一刀両断とばかりに真顔で言い切るイナリワン。
「そ、そない言うても。トレーニング終わった後の自由時間にちゃんと台無しにしたケーキ弁償するとは伝えたやろ?! せやかて、どこのお店のケーキかすら教えてくれへんで……」
抗議の意を込めて、少し泣きそうな顔でイナリに言い返すタマ。彼女自身、何故オグリキャップがあのように落ち込んでいるのか分からずに、困惑を極めている。
それを目の前に、イナリとファル子は考え込んだ風に顔を見合わせた。
「タマ」
しばらくして、イナリワンが口を開く。いつもの快活な喋り方ではなく、少し落ち着きのある声だった。タマモクロスも戸惑いながら話に耳を傾ける。
「お前さん、今日誕生日だろ」
「せやけど、それがオグリが落ち込んでるのとなんの関係があるん?」
タマモクロスが疑問を呈すると、イナリワンは言うべきか言うまいか悩んでいる様子だったが、ファル子の方が口を開いた。
「えぇっと、たぶん、そのケーキって、オグリ先輩が誕生日プレゼントとして用意していたものだと思います。その、タマモクロス先輩の」
ピンクの妖精も不安そうに見守る数秒の沈黙の後、タマモクロスはテーブルの上にある食事に目をやった。
「――その、オグリ先輩の手作りの……」
と、ファル子が言った途端、タマモクロスは泣きそうな顔から、しょんぼりとした顔になる。
「はは……そりゃ、オグリも怒ってもしゃーないな……」
タマモクロスは、落ち込んでいるオグリキャップの姿を思い返していた。
あの食いしん坊のオグリが、ケーキに手を付けず、自分の為に用意してくれたモノを台無しにしたのだと思うと胸が締め付けられる思いだった。
自分の落ち度を痛感すると同時に、謝罪すら出来ていない事が更に胸を痛めた。
「……」
タマは自身の胸元を鷲掴み、眼を瞑りため息を吐く。
「どうしたんでい、タマ」
その様子を見てイナリワンが口を開いた。心配そうな面持ちである。タマモクロスの方はふるふると首を横に振る。
「……オグリがウチの為にケーキ作ってくれるんは嬉しいけど……」
タマモクロスは思った事を、そのまま言葉にする。
「こう、ウチは……お祝いの言葉だけでいいというか……しいていえば練習終わった後に、一緒にテレビ観るくらいでもウチは別に……」
己に言い聞かせるように、胸の内にある思いの丈を言葉にしていくタマモクロス。
お祝いの気持ちさえあればそれで十分。祝いの品など、金の無駄遣いという気持ちは多少ある。のちに備えて貯めておけばいい。
タマモクロスの言葉を聞き届けた後。イナリワンはしばし何かを考えた後、口を開いた。
「寂しい事言うじゃないかい。あたしだって一応クリークのヤツと一緒に見繕ったってのにさ」
そう言って、イナリワンは苦笑している。ぽかんとした顔で、その言葉を受け取ったタマモクロス。
「だって、そうだろ。なんだかんだで長い付き合いなんだ。生まれた記念日に祝いの品の一つや二つ、バチは当たるめい。てやんでい!」
イナリは照れ隠しに笑って、タマモクロスの肩をベチッと叩いた。タマは所在なさげに、ファル子とピンクの球体の方に目をやる。
「タマモクロス先輩。お誕生日のプレゼントっていうのは、贈った人に喜んでもらうっていうのもそうだけど……」
ファル子が、少し迷いの籠もった、だけど優しい声音で言葉を続ける。タマモクロスは口を挟まずに聞いていた。
そして、まぶしい笑顔を浮かべて言葉の続きを口にした。
「自分のプレゼントしたモノで喜んでもらえると、すごく嬉しいんだよね。ね? 妖精さん」
「うむっ!」
ファル子の手作り料理を目の前に、同意するように頷くピンクの妖精。
タマモクロスは、ファル子とイナリの言葉を胸の中で反芻した。そして、彼女達の言いたい事を理解していくにつれて身体の奥底から熱が込み上げてくるのを感じる。
祝われる側である自分の都合の事ばかりを考えていて……相手の気持ちまで考えていなかった事を、タマは恥じた。
「……うん。せやな。ウチ、ちゃんとオグリに謝りたいんや。その後に……」
そう、ひとりごちる。
「それにしてもどこいったんやろ、オグリ」
そう言いながら、なんとなしにオグリのコスプレをしているピンクの球体の頭部を優しく揉む。オグリに似た毛髪の質感が、タマモクロスの沈んだ心をいくらか癒してくれた。
「あたしも手伝うよ。探すの」
イナリワンがそう申し出てくれた。タマモクロスは小さく笑みを浮かべる。犬猿の仲でも、こういう時は頼る間柄だ。
「すまんな」
しかして、どこを探したものか。授業直前にクラスへ乗り込めばさすがに鉢合わせは出来るのかもしれないが、それでは満足に話し合う時間も――。
――もっ。
何か硬いものを吸い込む音が聞こえた。皆の視線がピンクの球体の方へ注がれる。
――もごもご……。
口を平べったくクローズド……というか頬が真横に拡張されているように見えて。
やがて、息を吸うように膨らんで――ピンクの球体は口から皿を二枚吐き出した。
「ぺぽっ」
……『ごちそうさま』、あるいは『おかわり』と言わんばかりにピンクの悪魔は鳴いた。
「なんかすごいデジャヴを感じるんやけどこの丸っこいの……」
そのピンクの球体を訝しげに持ち上げ、むにむにと揉みしだくタマモクロス。
「ハハハ、食い意地もオグリに似てるな。この丸いのは」
愉快なモノを目の前にしたように、もらすイナリワン。そもそもコイツを拾い上げたのはオグリキャップのコスプレをしていた姿が面白かったからというのもある。
ともいえ、それはそれ。まずはオグリを探しに行かなければ話にならないので、席を立つ一同。
「ファル子も……私も手伝います! えっと、キミはここで待っててくれるかな?」
「うむっ」
ファル子にそう言いつけられて、頼り甲斐ありげに頷くピンクの球体。その素直さにほっこりした空気が場を包む。
やがて三人を見送る為にテラスから身を乗り出して、手をぱたぱたと振る。
その仕種は何とも健気に見えて、三人は思わず微笑ましく感じながらその場を後にしようとした。
――ぽとり。
ピンクの球体の上に何か落ちてきた。毛虫だ。
「うげっ」
と、青ざめる。タマモクロス。いかにも毒々しい見た目をしていて、イガイガの針鎧を身に纏っている芋虫。それがうねうねとピンクの球体の、カツラの上を蠢いている。
「あぁ、季節が季節だから……」
ウマ娘達の誕生日の時期は春の訪れ。虫もいるだろう。いかにも毒虫だが、誰かの頭の上でソレを叩き潰す気概はない。
「一寸の虫にも五分の魂でい。丸っこいの、今ハンカチで取ってやるからじっとしてな。そのままちょっくらい木の根元にでも……」
イナリの言葉も聞こえてない様子で、ぷるぷると震えだすピンクの球体。かと思えば、目に涙を浮かべて大声で泣き喚き始めた。
「いぎゃあ~~っっ!!」
……どうやら、毛虫が大の苦手らしい。毛虫を振り払うように猛ダッシュで走り出し、その速度やオグリキャップのラストスパートもかくや……といった次第で。文字通り一瞬で視界から消え去った。
中空に浮いた毛虫を器用にハンカチに乗せるイナリと、呆然とするファル子。タマモクロス。
そして数秒後に、建物の裏で「ドシン」と何か勢いよくぶつかる音が響いた。
「…………あっ、妖精さん大丈夫かなっ!?」
「あ、あぁ、見に行ったろ」
ファル子が心配すると、タマモクロスもイナリワンもそれに同意して建物の裏へと回る。
そして三人は、ピンクの球体が横たわっているのを発見した。恐らく壁にぶつかって意識を失ったのだろう。すっぴんになったカシラには、お星様を回しているように見えた。
……その横には、すやすやと眠っているオグリキャップの姿があった。
「タマ」
「…………」
オグリキャップの横に座りながら、テーブルに頬杖をつくタマモクロス。表情はどこかムスっとしたような、そこに気恥ずかしさが混ざったような、なんとも言えないソレである。
「甘いものは嫌いだったか?」
「……どっちかっつーたら、好きなほうや」
タマモクロスがぽつりと言葉を返す。オグリキャップは、「うむ、そうか。よかった」と笑みを浮かべながら頷いた。
オグリが目を覚ました直後、ケーキを台無しにした事を謝ろうかと慌てたタマモクロスであったが。オグリや周囲はそんな暇は与えてくれなかった。
「タマちゃ~ん。お誕生日おめでとう~♪」
タマモクロスの誕生日を祝う為に、学友達がタマモクロスを御輿の如く扱う様相である。それに紛れてオグリキャップも調理実習室に入ってしまうものだから、謝るのにも機会が悪かった。ままならない。
しかも、それが人垣で埋まるような形になれば尚更である。
当のタマモクロスは、「こんな風に大袈裟に祝わんでも……」と呟きつつも、皆に祝われていた。気恥ずかしさで顔は赤いが……気持ちそのものは嬉しいようで口元は笑みをこらえている。
「タマ、聞いてくれ。この誕生日ケーキは私の手作りなんだ」
「…………」
タマモクロスは、少し呆れつつも視線をオグリの方に向ける。冷蔵庫に入っていた時よりも、デカデカとしたケーキをテーブルに運んできた。
タマは、どちらかといえば小食な方ではある。特に高級そうなモノは胃が悪くなる。まぁ、そういう意味合いでは一切れ千円近くする高級ケーキを投げつけられるより、手作りの方がよかったのかもしれない。
「…………ごめんな、オグリ」
「なにがだ?」
タマモクロスは、オグリキャップのケーキに目線を落としながら独り言のように呟いた。それに不思議そうな顔をするオグリキャップ。
その表情を見て、またも赤くなるタマモクロス。視線を彷徨わせながらも言葉を続ける。
なぜ謝られているのかわからないといった様子のオグリキャップの為に、彼女は言葉を紡いだ。
「今朝、ケーキ台無しにした件……」
タマモクロスの一言に、オグリキャップは「あぁ」と言葉を漏らした。
「朝起きたら食べようと思って、取っておいたヤツの事か。確かにもったいなかったが」
「は?」
話が噛み合わない。オグリの朝食? タマモクロスにプレゼントする誕生日ケーキではないのか。
「練習したケーキだったから、形が不格好でな。これではタマにあげられないと、自分で食べる為に取っておいたんだ」
真顔でそんな事を言うオグリキャップに、タマモクロスは言葉が出てこなかった。
「…………じゃあ、あんなに落ち込んでたのは、単純に食い意地……」
「あぁ、甘味を楽しみにしていた分、デザートが出る昼食まで絶不調だった」
嫌味も皮肉もなしに説明するオグリの純粋な表情に、タマモクロスはがっくりと肩を落とした。
「……なんか、色々と勘違いしてたんかな、ウチ」
深いため息をひとつ吐きつつも、目の前に切り分けられたケーキが配られる。
『おたんじょうびおめでとう。タマ』
その文字を見て……嬉しさで頬が少し緩む。視線を周囲にやると、座っているのは友人と呼べる存在達。
そんな幸福に思いを馳せていると、隣にいるオグリが言葉を口にする。
「タマ」
タマモクロスはオグリの方に顔を向ける。彼女の耳に届いたのは、静かでいて芯のある言葉だった。
「こうやってみんなとタマをお祝いできて、私はすごく、嬉しい」
タマモクロスがオグリの瞳を見る。タマモクロスだけを見つめるその瞳は、嬉しそうに細まっている。
「な、なんや。そんな事いうて、三倍返し期待しとんのやろ。こんな大きなケーキの三倍いうたら材料費とんでもない事になるで!!」
タマモクロスが顔を赤くしながらそう返すと、オグリキャップはクスっと笑った。
「私だけタマの気持ちを聞くのは、ずるいと思ったからだ」
なんの事だろう、と周囲は思った。しかしスマートファルコンだけは、なんとなく思い当たる節があるような表情をして微笑む。
オグリキャップは、ひときわ大きなケーキの一切れを取り分け、皿に載せる。
「ウチの誕生日ケーキやのに、遠慮がないやん」
しかしオグリの大食をもってしてもケーキは十分な量だからか、タマモはカラカラと笑っている。
オグリキャップは、隅っこで物欲しそうにしているピンクの球体に目をやると、載せたケーキの半分を取り分け与えた。
「今度は早いモノ勝ちじゃなくて、半分こだ」
そういってオグリキャップは、ピンクの球体に笑いかける。
「はぁーいっ♪」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねながら、タマモクロスの誕生日を祝う席に加わるのであった。
おまけ:
「そういえばクリークやイナリも誕生日プレゼントくれるんか?」
気まずそうに頬を掻くイナリワン。「うふふ」と楽しげに……妖しく微笑んでいるスーパークリーク。
「そうですよ~♪ タマちゃんに似合うお洋服とアクセサリーを見繕ってきたんです」
そう言いながらクリークは、紙袋を多数取り出してきた。呆れ半分、嬉しさ半分のタマモクロスの表情。
「洋服なんてそんな高いもん……でも、まぁ、この期に及んで断るなんて失礼やし……」
貰ったものはしっかり使おうと、前向きに考える。袋の中身は――……………………幼児服。おしゃぶり、ガラガラ………………。
「……………………まった、クリーク。取り違えを起こしとらんか?」
「うふふ♪」
「クリーク? クリーク? イナリィ!!!!」
「すまん、タマ。止められんかった」
イナリは「あたしのプレゼントは後で渡す」と言いながら、クリークとタマのやり取りから目を背ける。他の皆も……オグリとピンクの球体は不思議そうにしながらも皆に倣う。
「だ、だれか……う、うちを助け……」
「タマちゃ~ん♪ いいこいいこでちゅね~♪」
「ぎ゛ぇ"゛や"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛あ"゛!゛?゛!゛?゛!゛?゛」
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