――どこかの廃墟*1
「……いざっ! 忍法、分け身の術!」
右手の人差し指と中指を立て、顔の前にかざしたイズナが声を張り上げる。その瞬間、彼女の輪郭が微かに揺らぎ、まるで蜃気楼のように三つの影へと分かれていった。それぞれが
「ぶ、分身した!?」
「ま、まさか、本物の忍者とでも言うっすか!?」
「ふんっ、分身したからなんだ! 行け、魑魅一座! 数ではこちらが有利だ、押し潰せ!」
本物の忍者の如く分身の術を使った事実に驚くマサムニェだったが、彼はすぐに冷静さを取り戻し、魑魅一座に指示を出す。その指示に従い、各々の得物を構えた魑魅一座が一斉にイズナへと襲いかかる。
「――縮地!」
しかしイズナは動じることなく、体の中で練り上げた気――神秘を弾けさせた。ハクノの目の前に陣取る本体を残して、2体の分身が高速で距離を詰め、拳撃と銃撃を別々の相手に繰り出す。
「ぐあああっ!」
「くっ、速すぎるっす!」
敵の1人を殴り飛ばした分身Aは流れるように回し蹴りをまた別の1人へと見舞った。さらに、分身Bは横に薙ぐように
「イズナ、すごい……!」
以前、敵として対峙した時は二度とも敗走を余儀なくされたイズナだったが、今回は数々の忍術と高い身体能力を存分に活かして魑魅一座の集団と互角以上の戦いを繰り広げている。イズナの忍者としての実力を目の当たりにしたハクノは感嘆の声を上げる。
「くっ、手こずらせてくれる……だが! 所詮は忍者ごっこだ! シャーレの先生を狙え!」
「――っ、させません! 主殿! お下がりください!」
「う、うん!」
攻撃の間隙を縫い、数人の魑魅一座の銃口がハクノへ向けられる。その殆どは分身たちによって引き金を引く前に無力化されたものの、照準を定めた銃口は一つ二つではない。止め損ねた1人の銃弾がハクノに襲いかかる……!
「主殿には、指一本触れさせません!」
だが、それを許すほどイズナは弱くない。左手の苦無を振り抜き、迫りくる弾丸を切り払う。その衝撃で僅かに軌道が逸れた銃弾は、本来の目標を外れて周囲の壁や天井へと穴を穿つ。
「(さらに高く! さらに速く! 主殿の期待に応えられる忍者に……!)」
イズナは両手の忍具を構え直し、戦場を駆ける。その速度はさらに加速し、敵の間をすり抜けるように移動しながら切り捨て、或いは撃ち抜いていった。分身たちも本体に呼応するように体術を織り交ぜて攪乱攻撃を行い、魑魅一座は1人また1人と戦闘不能へ追いやられていく。
「けど、数が多すぎる!」
「くはは、街で暴れてくれていた間に、百鬼夜行の各地にいた魑魅一座にここへ戻ってくるよう伝えておいたのさ! 何十人もの魑魅一座を相手にして、一体何時までその威勢が保つかな!?」
マサムニェは勝利を確信したかのように高笑いを響かせる。たとえイズナが優れた忍者であっても、数十人を超える魑魅一座を1人で相手にし続けるのは限界がある。このままでは疲弊し、ジリ貧に追い込まれるのは時間の問題だろう。
「さあ、この状況でも儂を裏切って、先生の方に付くつもりか? 今ならまだ、水に流してやらんでもないぞ! しっかり考えたらどうだ、この愚か者め!」
「愚かなどではありません! 忍者は……イズナは……! イズナの夢を信じてくれた人のために、主殿のために戦うだけです! それこそが、イズナが信じる忍びの道だから!」
イズナは分身と共にマサムニェを見据え、確固たる決意を宿した眼差しを向けた。その瞳には揺るぎない信念が灯っている。自らの夢を認めてくれた人のために全身全霊で戦う。それこそが真の忍びの姿だと信じて疑わない彼女の想いは……決して折れることはない!
イズナの心は肉体へと伝わり、さらなる力を解き放つ! 時に
「イズナ流忍法奥義!!」
かつて小鳥遊ホシノが無力な自分/
「百八式!」
そして、イズナは渾身の力を込めて必殺の一撃を放つ! 一本の苦無に己の持ち得る全ての神秘を集結させる。その輝きが最高潮に達した瞬間、彼女はそれを魑魅一座に向けて投擲した。
「手裏剣影分身の術!!」
十、二十、三十……空中で無数に分かれた苦無が桜吹雪のように舞い散る。その光景は、まるで夜空に咲き乱れる花火のような壮麗さを放っていた。鋭い音を立てて風を切り、四方八方へと放たれた苦無は、見える限りの全てを埋め尽くさんばかりに降り注ぐ。
「ぐあっ!」
「こ、こんなの手に負えないっす!」
魑魅一座の面々はその美しさに見惚れる暇もなく、迫り来る刃の嵐に怯え、悲鳴を上げながら身を伏せた。しかし、彼女たちを取り囲む苦無は逃げ場を許さない。一つ、また一つと分け身の応用で分裂した苦無が狙いを外さず敵を撃ち抜く。
花嵐の如き苦無の乱舞――それはただ見た目が美しいだけではない。鋭利な意志が込められた一撃一撃が、確実にイズナの信じる忍道を体現していた。
「ぐぅっ、口だけではないということか……! だがまだだ、まだ終わっていない!」
「これは……!」
ドタドタドタ……激しい足音と共に、廃墟の奥から複数の人影が姿を現す。さながら組織の全員を集めて、襲撃に向かおうとする悪役の集団といったところか。これが物語ならば負けフラグ確定だが、大技を使い、疲労困憊のイズナにはもはや戦う力は残っていない。
「うっ……イズナがここで、倒れるわけ、には……」
それでも、イズナは諦めない。歯を食いしばって、なんとか立ち上がろうとする。
「イズナは、主殿のことを、守らなきゃ……」
足元がふらつき、体全体が鉛のように重く感じる。汗が目にしみ、視界もぼやけてきた。それでも彼女は立ち上がり、自らの主を守るために、残った最後の力を振り絞ろうとした――その時。
「やるじゃん、忍者の子! あとは私たちに任せて!」
「だ、誰だ!?」
突如、廃墟に響き渡る声。その声の主は、イズナの目の前に颯爽と現れた。*2
「先生! 大丈夫ですか!?」
「お頭! お待たせしマシタ!」
「形勢逆転、助けにきました!」
百夜堂の三人娘に続き、修行部の三人組も戦場に駆けつける。カエデとミモリは、膝をつき倒れていたイズナを抱えるように助け起こす。そのまま前線から遠ざけるようにハクノの元へ運び、2人を守るように立ちはだかった。
「お祭り運営委員会、それに修行部の奴らまで……!」
「やっぱり、犯人はあなただったんですね! 会長……いえ、ニャン天丸!」
「ニャン天丸じゃない、マサムニェだ!」
世を忍ぶ偽りの名で呼ばれたことに憤慨するマサムニェだったが、その怒りも長くは続かず、すぐに眉を顰めて苛立ち混じりの困惑した声を漏らした。
「それにしてもどうしてここに……! 魑魅一座が誘拐してきた後、すぐに連絡手段は絶ったはず……!?」
「これのおかげです!」
そう言って、シズコは懐から、可愛らしい装飾が施された自分のスマホを取り出した。
「スマホ……? だから連絡手段は……いや、まさか!?」
「先生が予め、私にモモトークを送ってくれていましたから! 『今から誘拐される予定だから、遅くなる前に助けに来てほしい』って」
「ぐっ、ここに来る前の段階で、既に送っていただと……!?」
悔しげに歯軋りをするマサムニェ。だが、すぐに何かに気が付いたようにハッとする。
「ということは……先生、お主攫われたのではなく、全部最初から分かってて……!」
「……」
「やはり侮れない奴め……!」
ひゅーっと口笛を吹き、余裕の表情を浮かべるハクノ。何も言わずにその仕草を見せることで、マサムニェの問いに対する答えを示した。そう、全てはマサムニェの推測通り。騒動の黒幕の正体を暴き、決定的な証拠を掴むべく、ハクノは敢えて誘拐されたのだ。
「それにしても……「やっぱり」、と言ったな。つまりは、儂の正体にも薄々気付いていたということか……! やるではないか。儂が魑魅一座を束ねているという真実に辿り着くまで、さぞかし多くの困難があっただろう……お祭り運営委員会の委員長、河和シズコよ!」
「え? いや、別に」
――ノータイムで否定するシズコ。その反応に、マサムニェは目を点にして硬直する。
「桜花祭に来ていた人たちに、怪しい人を見なかったか聞いてみたんデス!」
「そしたら結構な人数が、会長と魑魅一座がこの商店街の裏路地を通って廃墟に入って行くのを見たと言ってたので、そりゃもうあっさりと」
「そもそも魑魅一座も会長も、すごく目立つし……ふあぁ……」
「ぐぅっ、会長という役職が、裏目に出るとは……!」
商店街会長――それが、マサムニェの公的な地位だ。顔役である彼が魑魅一座と共に行動していれば、人の目にも留まるというもの。陰謀を企む大人の悪人にしてはあまりにも杜撰がすぎる。アビドスで対峙した悪い大人たちは、もっと周到で老獪な連中ばかりだったというのに。
「ええいっ! もういい、この状況も計画の範疇だ! 最初からお主らがここに辿り着く可能性くらい、予測してなかったとでも思うか! 儂の資金を全て使ったんだぞ。その魑魅一座が本当に、これで全部だとでも思ったか?」
「……まさか」
「まだまだいるということですか……!?」
「その通り、会長の資金力を甘く見るな!」
今現在、目の前にいる魑魅一座だけでも相当な人数だ。この上、まだ他にも多数の戦力が控えているというのか……!? 思わず戦慄する一同に対し、マサムニェは得意げな顔で応じる。
「魑魅一座をここに集めておいたのは、お主らを一網打尽にするためでもあったのさ。実は自分たちが罠に嵌められていたと気付いた時の心地はどうだ! ふはは、覚悟しろ!」
「……っ」
「さあ! まだこの街に残っている、全ての魑魅一座をここに集めよ! 大量の魑魅一座……文字通り魑魅魍魎を、その目に焼き付けるがいい!! これで今度こそ――」
コツ……コツ……硬い床を響かせる足音が、高笑いを遮るように廊下を伝う。それはゆっくりとこちらに近づいて来ているようだ。
――まさか、もう増援が!? いや、それにしてはどこか様子がおかしい。まるで急ぐ気配が感じられない。不気味なほど落ち着いている。ついに足音が止み……暗闇を切り裂くように、ゆらりと2つの人影が現れる。一同の前に現れたのは……。
「やっほー☆」
「ふぅ、間に合ってよかった」
「ハル! ミカ!」
そう、そこにいたのは、ハルとミカの2人だった。軽く手を挙げ、いつもと変わらない、肩の力の抜けた態度でこちらに歩み寄る。
「な、魑魅一座をどこにやった!?」
「あなたの待ってる連中は、自分たちが倒してきたよ」
「あははっ☆ 数しか取り柄のない奴らなんて、私たちの敵じゃないからね」
ハルとミカの2人は、まるで散歩でもしてきたかのような軽い調子でそう答えた。総勢百人以上の戦力が、たった2人の子供によって壊滅させられた。その事実がにわかに信じられず、マサムニェは顔面を蒼白に染めながら絶句する。
「倒してきた……? 馬鹿な、有り得ない……会長として、使える限りの資金を全て使って動員した魑魅一座がそんな簡単に……! 儂の数年を賭した計画が……たかが学生と、先生如きのせいで失敗させられるだと……?」
「大人しく諦めてください、ニャン天丸会長。名残惜しかろうと、もう全て終わりです」
追い打ちをかけるように、シズコは厳しい口調でそう告げる。前門の虎、後門の狼――もはやマサムニェには、逃げ場もなければ抵抗する戦力も残されていなかった。
「えっと、これって……」
「もうダメかもしんないっすね」
「……うん、よし! 解散!」
「あっ!? ここで逃げるのとかズルでしょ!?」
「待て~」
完全に敗北を悟った魑魅一座は蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げ出した。それを黙って見逃すはずもなく、修行部の三人組が慌てて追いかける。残されたマサムニェはしばし呆然と立ち尽くしていたが、唐突にシュババッ! と忍者の如き俊敏さで正座の姿勢でその場に跪いた。
「えっと、その、だな……諸君、全部水に流すというのは……どうだろう?」
「んなことできるかあぁぁっっ! シズコ
――ドゴォッ! マサムニェの顔面に、シズコの拳による鉄拳制裁が炸裂する。それはまるで、忍者の掟を裏切った者への報いのように……。
斯くして、お祭り運営委員会と修行部の尽力により、一連の騒動は無事収束したのだった。
システムアナウンス:
イズナが、新EXスキル『百八式・手裏剣影分身の術』を習得しました。
『百八式・手裏剣影分身の術』がEXスキルに登録されました。
TIPS:
久田イズナ。
準学園最高戦力級。神秘の出力と経験の点で学園最高戦力級の実力者には及ばないものの、高い身体能力と忍術を合わせた戦闘技術は、短時間とはいえ学園最高戦力級と戦闘を成立させるほど。
今作主人公と大して関わりがあったわけではないというのに、蝶の羽ばたきで正史以上の実力を身に付けた百鬼夜行連合学院の次期学園最高戦力。