0-1 先生、来日
――連邦生徒会室・ロビー*1
「……い。……先生、起きてください。ハクノ先生!!」
ハクノが目を開くと、白い制服に身を包むメガネを掛けた少女が映り込む。頭上に輝くヘイローとよく似た蒼玉の瞳で顔を覗き込んでいた彼女は、視線に気付いたのか、ハクノが目を覚ましたのを見て「ふぅ……」と吐息を漏らした。
「少々待っていてくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。なかなか起きないほど熟睡されるとは」
「……? ここ、は……?」
「……夢でも見られていたようですね。ちゃんと目を覚まして、集中してください」
メガネの位置をくいっと直した少女は、のそりと起き上がったハクノと視線を合わせる。
「もう一度、改めて今の状況をお伝えします。私は
連邦生徒会――キヴォトスの全行政を担い、学園都市の運営に従事する中央組織。その幹部であると自らを称したリンと名乗る少女は、どこか困惑したような雰囲気を漂わせながら、少し考え込むような表情で言葉を続ける。
「そしてあなたはおそらく、私たちがここに呼び出した先生……のようですが」
「推測形なの?」
「……ああ。推測形でご説明したのは、私も先生がここに来た経緯を詳しく知らないからです」
「?」
経緯を知らない? 疑問が顔にでも出ていたのだろうか、それともそれを察したのか、苦々しい表情を浮かべながら眉を深く寄せた。その表情には、彼女自身が抱えるもどかしさと、詳しい事情をうまく説明できない歯がゆさが滲み出ていた。
「混乱されていますよね。分かります。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも今は取り敢えず、私に付いてきてください。どうしても、先生に協力していただきたいことがあるのです」
くるりと踵を返すと、リンはつかつかと歩き出す。
「まずは情報の共有を。現状については移動しながらご説明します」
「その前に一つ。私は、何をすればいいのかな?」
「学園都市の命運をかけた大事なこと……ということにしておきましょう」
気になることは多いものの、まずは現状を把握するのが最優先だろうと判断したハクノは、先を行くリンに付いていくことにした。ロビー内に設けられたエレベーターに乗り込むと、リンは1Fと書かれたボタンを押す。どうやら、目的地は一階のようだ。
ウィイイイイイイン――
エレベーターの壁面はガラス張りになっており、外の景色を望むことができた。そこから景色を眺めると、果てしない青空と都市が一望できる。都市全体が空に溶け込むように広がり、建物と空と海の青が見事に調和しているその光景は、まるでひとつの巨大なアート作品のようだった。
「『キヴォトス』へようこそ。先生」
「これは……すごいね」
学園というにはあまりにも広大で、都市というにはあまりにも美しい街並みだった。この壮大な景色は、普通の学園都市の枠を遥かに超えた規模と、現実を超越した神秘性を兼ね備えている。
「キヴォトスは数千の学園が集まってできている巨大な学園都市です。これから先生が働くところでもあります」
「ここが……」
「きっと先生がいらっしゃったところとは色々な事が違っていて、最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが……でも先生なら、それほど心配しなくてもいいでしょう」
「それは、どうして?」
「あなたは、あの連邦生徒会長がお選びになった方ですから」
「……連邦、生徒会長」
連邦生徒会長――曰く連邦生徒会の長であり、キヴォトスの全生徒を代表する人物。
リンの言葉には、その人物に対する絶対的な信頼が込められていた。ハクノは、そんな連邦生徒会長に選ばれた『先生』らしい。
「……それは後でゆっくり説明することにして」
チン、と音が鳴り、エレベーターが目的の階に到着した。
――レセプションルーム*2
「ちょっと待って! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」
扉が開くと、その先では多様な制服を着た少女たちがざわざわ……と2人を待ち構えていた。
その中の1人、腰まで伸ばした菫色の髪をツーサイドアップに纏めた少女が、険しい表情を露わにしてリンへと詰め寄る。
「……うん? その大人の方は?」
「首席行政官。お待ちしておりました」
「連邦生徒会長に会いに来ました。風紀委員長が、今の状況について納得のいく回答を要求されています」
「あぁ……面倒な人たちに捕まってしまいましたね」
菫色の少女に続くように、非常に大きな漆黒の翼と胸部装甲が特徴の黒い髪の少女と、左腕に風紀の二文字が記された腕章を身に付けたメガネの少女が抗議の言葉を口にする。
リンは苦虫を噛み潰したような顔を彼女たちに向ける。時間がないというのに、面倒事が群れをなしてやってきた……とでも言うような表情だ。
「こんにちは、各学園からわざわざここまで訪問してくださった生徒会、風紀委員会、その他時間を持て余している皆さん。こんな暇そ……大事な方々がここを訪ねてきた理由は、よく分かっています。今、学園都市に起きている混乱の責任を問うために……でしょう?」
「そこまで分かってるなら何とかしなさいよ! 連邦生徒会なんでしょ!」
菫色の少女が、苛立ちを隠すこともなく、まるで食らいつくように、声を荒げて言葉を返す。
「数千もの学園自治区が混乱に陥ってるのよ! この前なんか、うちの学校の風力発電所がシャットダウンしたんだから!」
「連邦矯正局で停学中の生徒たちについて、一部が脱出したという情報もありました」
「スケバンのような不良たちが、登校中のうちの生徒たちを襲う頻度も、最近急激に高くなりました。治安の維持が難しくなっています」
「戦車やヘリコプターなど、出所の分からない武器の不法流通も1000%以上増加しました。これでは正常な学園生活に支障が生じてしまいます」
先の3人に加えて、紅い瞳と白い長髪の少女が次々と声を上げる。その内容は、学園都市の内情に詳しくないハクノでも、異常な状況であることが確信できるものだった。
「こんな状況で連邦生徒会長は何をしているの? どうして何週間も姿を見せないの? 今すぐ会わせて!」
その問いに答えたのはリン――
「連邦生徒会長は今、席にはいない。行方不明……そうだよね、リン行政官?」
「あなたたちは……!?」
――ではなく、連邦生徒会の制服とは対照的な、黒を基調とした制服に身を包む1人の少女。その少女の姿を目にしたリンは、まるで親の仇かなにかでも見たかのように表情を歪めた。
「はじめまして、先生。自分の名前はフランシスコ・ザビ――むぐっ!?」
「あのさ……ハルちゃん、自己紹介くらいは真面目にやろうね?」
その少女がどこかで聞いたことがあるような名前を口にしかけたが、三日月の飾りを白い翼に付けた、同じ制服に身を包む別の少女がロールケーキでその少女の口を物理的に塞いでしまう。
「……ごくっ。ごめんごめん。改めて、自分の名前は
「無銘生徒会?」
「非認可の生徒会です。まったく、よくもまぁここに顔を出せたものですね。自称生徒会長さん」
「今回は事が事だからね。連邦生徒会長の失踪は、この学園都市の存続に関わる問題だよ」
2人の会話を聞いていた菫色の少女が、寝耳に水だと言わんばかりに口を挟む。
「連邦生徒会長が行方不明って、どういうこと!? 本当なの、代行!?」
「……ええ、真実です」
「……!!」
「やはりあの噂は……」
リンの肯定の言葉に、再び周りの生徒たちがざわざわ……と騒ぎ始める。
「結論から言うと『サンクトゥムタワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先程まで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか、首席行政官?」
「はい。この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
急に話の中心に引っ張り出されたハクノは、少女たちの視線を一身に浴びることになった。
「!?」
「!」
「この方が?」
「私が?」
菫色、眼鏡、黒翼の少女に続き、ハクノも首を傾げる。
「へー、これが例の先生かー。あんまり私たちと変わらない感じなんだね?」
「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」
「はい。こちらのハクノ先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
「行方不明になった連邦生徒会長が指名……? ますますこんがらがってきたじゃないの……」
ハクノ本人も状況をあまり把握できていないが、まずは生徒たちに挨拶をすることにした。
「こんにちは。私は
「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや、挨拶なんて今はどうでもよくて……!」
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと……」
「誰がうるさいって!? わ、私は
「よろしくね」
菫色の少女――早瀬ユウカは、リンの物言いに憤慨しながらも、しっかりと自分の名前を名乗り直す。
「……先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の担当顧問としてこちらに来ることになりました」
一息。リンが言葉を続ける。
「連邦捜査部『シャーレ』。単なる部活ではなく、一種の超法規的機関。連邦組織のため、キヴォトスに存在する全ての学園の生徒たちを、制限なく加入させることすらも可能で、各学園の自治区で、制約無しに戦闘活動を行うことも可能です」
「……え!?」
「なぜこれだけの権限を持つ機関を、連邦生徒会長が作ったのかは分かりませんが……。シャーレの部室はここから約30km離れた外郭地区にあります。今は殆ど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令で、そこの地下に『とある物』を持ち込んでいます」
そこまで言うと、リンは制服のポケットから携帯端末をおもむろに取り出す。
「先生を、そこにお連れしなければなりません。モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」
『シャーレの部室? ……ああ、外郭地区の? そこ、今大騒ぎだけど?』
端末の画面に表示されたのは、サンゴのような色合いをした髪から飛び出した小さな角、尖った耳、大きな尻尾を併せ持つ小柄な少女の姿。片手に抱えている明太子チップスの袋の中身を直前まで食べていたのか、唇には食べかすが付いている。
「大騒ぎ……?」
『矯正局を脱出した停学中の生徒が騒ぎを起こしたの。そこは今戦場になってるよ』
「……うん?」
『連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良たちを先頭に、周りを焼け野原にしてるみたいなの。巡航戦車までどっかから手に入れてきたみたいだよ? それで、どうやら連邦生徒会所有のシャーレの建物を占拠しようとしてるらしいの。まるで、そこに何か大事なものでもあるみたいな動きだけど?』
すぐ横で通話の内容を聞いていたハクノは、ふと、直前にリンが語っていた内容を思い出す。
連邦生徒会長の命令で、シャーレの地下に『とある物』を持ち込んでいる。そして、その建物のある外郭地区は――
『まあでも、もうとっくに滅茶苦茶な場所なんだから、別に大したことな……あっ、先輩、お昼御飯のデリバリーが来たから、また連絡するね!』
ブツッ、と一方的に通信を切断されたリンは、苛立ちのあまりに全身をプルプルと震わせる。
「大丈夫? 深呼吸でもする?」
「……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
「うーん……これは、なんて言えば良いのかなあ。連邦生徒会も大変だね?」
「聖園ミカさん。あなたたちも、連邦生徒会の目の上のたんこぶの一つなのですが……」
はぁ……とリンはため息をひとつ漏らすと、じーっと自身を囲む生徒たちの顔を一通り眺め、何かを企むような悪い顔で口を開いた。
「……?」
「な、なに? どうして私たちを見つめてるの?」
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」
「……えっ?」
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」
そう言って歩き出したリンの背中に、ユウカは慌てた様子で声をかける。
「ちょ、ちょっと待って!? ど、どこに行くのよ!?」
TIPS:
この作品の先生の本名は岸波ハクノ。
名前通り、『Fate/EXTRA』の岸波白野の男性版と同じ外見をしています。
指揮に優れており、『狐』に一目惚れされた繋がりで採用しました。