――トリニティ総合学園*1
「セイア様を害そうとした裏切り者を引きずり出せ!」
■■が、軋む音がした。
「アリウスと手を組んでエデン条約を台無しにした罪人がティーパーティーだなんて、許せません!」
■■が、輾む音がした。
「罪人には罰を! 断罪を!」
■■が、轢む音がした。
「裏切り者には罰を!! 私たちを騙した代償を!!」
運命が、歪む音がした。
「――ハハハ、罪人には罰を、か。それならさ、」
彼女が、聖なる炎で焼かれるならば。
「その歪んだ正義、この私が裁いてあげる」
おまえたちは、地獄の焔でその身を焦がすがいい。
「――神秘反転、裏コード……『アトラ・ハシースの方舟』!!」
◇ ◇ ◇*2
「エデン条約の事件以来、トリニティ総合学園の情勢は複雑になりました」
ティーパーティー。トリニティ総合学園の生徒会に当たる政治機関。その最高意思決定者となる『ホスト』、桐藤ナギサは鬱屈とした表情でティーカップを見つめていた。
「特にミカさんに対する世論はかなり悪化している状況です……」
ナギサは紅茶を一口飲み、力なく笑う。
「ミカさんは既に自身の所属していた勢力のパテル分派から追放され、明日行われる聴聞会でティーパーティーの資格も剥奪されることが決定しています。過程や真相はともあれ――ミカさんはアリウス分校と結託してエデン条約の事件を起こした主犯ですから」
「……!!」
ティーカップに映る自分の顔を、ナギサはただ見ていた。
先生には、その独白が懺悔のように聞こえて。けれど、何も言えず歯を食いしばるしかない。
「聴聞会が開かれるまでにも、断罪を要求する騒動が度々発生し、私刑としてミカさんのいる檻の中に石を投げ込む生徒が現れたり……学園の掲示板にはミカさんに対する非難の書き込みが殺到し……パテル分派はミカさんが所属していたというだけで冷たい目で見られ……ミカさんが使っていた本や所持品は押収され、大事に集めていた服やアクセサリーも焼却されて……」
「そんな事態に……」
「……正義実現委員会が取り締まっていますが、学園全体に広がっているこの空気を払拭することは不可能に近いです」
「……」
己の未熟を恥じるしかない。生徒たちの苦しみに対して、責任を取るのが大人だというのに。そんな状況にまで追い詰められた生徒を救うことも、護ることもできなかったなんて。
「……ミカさんはトリニティにおいて公共の敵になっています。それら全てを、ミカさんの負うべき罰だと切り捨てることもできますが……」
ティーカップから視線を上げると、ナギサはティーカップを皿に置いた。
「……それでも、私はミカさんを弁護したいです」
そこには強い意志があった。
「彼女は既に自分が犯した罪以上の代償を払っていますので」
「そうだね……私にできることはないかな?」
「……はい、ありがとうございます先生。ですが……」
ナギサは僅かに言い淀み、逡巡する。が、意を決して口を開く。
「ミカさん本人が……ご自身を弁護する意思がないようで……」
「ミカが……?」
ナギサの言葉、それが意味することは二つ。ミカは言われるがままに罰を受け入れてしまうということ。そしてもう一つは、最初から聴聞会が開かれる意義がないということ。
「ミカさんは聴聞会を欠席しようとしています。そんな状態で行われる聴聞会は……間違いなく彼女の退学に直結するでしょう。ですが……私では彼女に出席するよう説得することが叶わず……」
ミカがナギサの頼みを断らなかったということは、それは最後の救いを求めたということ。
それを拒むということは――ミカは、その救いを望んでいないということ。
「セイアさんならできたのかもしれませんが……彼女は今、それどころではありませんし」
意を決したように、ナギサは最後の希望たる先生に視線を合わせた。
「……そこで、お願いがあるのですが」
「うん……私がミカに会って説得してみるね」
「ありがとうございます。先生のお言葉ならきっと……」
ドカアアァァァァァン! ドドドドドドドドォォン!! ドカアアアァァァァァァァァン!!
その時、二人の会話を遮るように、世界を裂くような轟音が学園中に鳴り響いた。
「この音は……!?」
「……嫌な予感がします。私は少し外を見てきますので、先生はこちらで待機していてください」
「いや……ナギサ、私も行くよ!」
突然鳴り響いた轟音。それは聞き慣れないが故に不吉な予感を掻き立てる音だった。ナギサは席を立つと、部屋から飛び出していく。先生も慌ててその後を追った。
◇ ◇ ◇*3
それは、まさに地獄のような光景だった。
「な……なんですか……これは……?」
ナギサが言葉を失うのも無理はない。彼女の瞳には、何十何百人もの生徒が瀕死の重傷で、地面に倒れ伏すという非日常が映し出されていた。
屍山血河。トリニティ生が山のように積み重なる、その中心に『彼女』は立っていた。
「ハル……さん……?」
「どうしたの? そんな――魔女でも見たみたいな顔しちゃって」
蒼井ハル。トリニティ総合学園に在籍する生徒の一人にして、もう一人のナギサの幼馴染。
その姿を見て呆然とするナギサの横に、ようやく追いついた先生が口を開き――
「汚らわしい。私を見るな。声を出すな。あなたに、それらを実行する資格はない」
憎悪に凝った目で、怨嗟を込められた瞳で、臓腑の滾りを抑えられないと睨み付ける。
「私はお前が悪くて堪らない。シャーレの大人」
彼女の言葉は、怒りに滾る焔で満ちていた。
「私はお前を殺したい。その全てを磨り潰すように、砕いた魂が欠片も残らぬほどに殺したい」
生徒の一人を踏み躙る蒼井ハルの表情は、憎悪と憤怒で歪に彩られていた。
「でも……それ以上に許せないのはね」
その瞳を鋭く光らせると――憎悪は一気に殺意へと転調する。
「事ここに至るまで、他の何よりも大切な私のお姫様が傷付くのを見逃してきた自分だよ」
そう語る蒼井ハルの姿は、ナギサの知らない、幼馴染の彼女の姿だった。
「シャーレの大人。どうして……どうして、ミカが傷つけられるのを、黙って見ていたの? 私の大切な幼馴染が、どうしてこんな目に遭わなきゃいけなかったの?」
「それは……」
知らなかった。そんなことは言い訳にもならない。それは、先生自身が誰よりも分かっている。
「本来なら、生徒の間違いを正すのが『先生』の役目だろうに。ミカが何をしたとしても、それがミカを傷付けていい免罪符になりはしない。――二度と先生を騙るな、未来のゲマトリアめ!」
「……!?」
怒りの丈を吐き出したハルは、少し離れたところに寝かされていた一人の生徒を抱え上げる。
「ミカさん!?」
「これ以上、ミカが苦しむ必要なんてない。ミカには、これから幸せになる権利がある。だから……」
そう言いながら、ハルはミカを優しく抱き上げながら立ち上がる。
「私が、ミカを傷付けようとする全てから守ってみせるよ」
そしてハルはナギサの方を向き直り――
「さよなら、トリニティ。もう二度と会うことはないだろうね」
「待ってください!! ハルさん、私は……!!」
ナギサの声が届くことはなく。ナギサの幼馴染は、ナギサの目の前から姿を消した。
TIPS:
以降、蒼井ハルと聖園ミカがトリニティ自治区に戻ることはありませんでした。
世界終焉級の厄災は顔を出すもののの、それ以外では二度と先生たちの前に姿を見せることはなく、学園都市の片隅で二人……正確には、山海経高級中学校のある生徒が開発した薬品の力で、二人の間に生まれた子供と3人で静かな日々を送ります。
救世の聖女の役割を放棄した災禍の魔女は、自らを導く天使と共に平凡な人生を過ごしました。
因みに、このルートで正真正銘のハッピーエンドに辿り着くためには、
『エデン条約編5章』で《災禍の魔女》ハル*テラーを正面から打ち倒す必要があります。
以下、《災禍の魔女》ハル*テラーの基礎能力
・『アトラ・ハシースの方舟』
・聖園ミカ の身体能力
・小鳥遊ホシノの防御力
・空崎ヒナ の戦闘技術
・剣先ツルギ の回復能力
・調月リオ の演算能力
・■■■■級の神秘