ブルーアーカイブ 校境なき生徒会   作:ゲーマーN

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E-0-3 寄り添う者、歩み寄る者

 ――???*1

 

 壁と天井が崩れ落ち、外に机が積み上がった青空と水平線の広がる教室のような謎の空間。そんな見たこともない教室で、ひとりの女の子が机の上にうつ伏せで居眠りしていた。

 

「くううぅぅ……」

 

 空と雲をイメージしているのだろうか。女の子は青いセーラー服と大きな白いプリーツスカートを身に着けている。ヘイローは青い輪の形状をしており、髪の色もほぼ同じトーンの水色。彼女の頭には、白い大きなリボンがカチューシャに結びつけられている。

 

「むにゃ、カステラにはぁ……いちごミルクより……バナナミルクのほうが……くううう……」

 

 寝言を呟きながら、幸せそうにカステラといちごミルクの夢を見ている女の子。

 

「えへっ……まだたくさんありますよぉ……」

 

「……まったく、こんな可愛らしい姿になっちゃって……」

 

「うにゃ……まだですよぉ……しっかり噛まないと……」

 

 微笑ましいものを見るような優しい顔で、眠りこける女の子の頬をツンツンとつつく。

 

「あぅん、でもぉ……」

 

 ツンツン。

 

「……うぅぅぅんっ」

 

 ガタッ、と椅子ごと身体を揺らし、その女の子はむくりと起き上がる。

 

「むにゃ……んもう……ありゃ? ありゃ、ありゃりゃ……?」

 

「やあ、おはよう」

 

「え? あれ? あれれ?」

 

 寝ぼけ眼を擦る女の子に、ハルはニコリと笑いながら挨拶をする。その姿を視界に収めると、女の子はかぁっと白い頬を真っ赤に染め上げ、わたわたと慌てた様子を見せる。

 

「せ、先生!? この空間に入ってきたっていうことは、ま、ま、まさかハル先生……!?」

 

「うん、そうみたい。ここは、『シッテムの箱』の中かな?」

 

「う、うわああ!? そ、そうですね!? もうこんな時間!? うわ、わああ? 落ち着いて、落ち着いて……」

 

 深呼吸。スーハースーハー……。

 

「えっと……その……あっ、そうだ! まず自己紹介から!」

 

 女の子はビシッと姿勢を正し、自己紹介を始めた。

 

「私はアロナ! この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そしてこれから先生をアシストする秘書です!」

 

 ニコッとヘイローを赤いハートへと変化させ、女の子ことアロナは輝くような笑顔を見せる。

 

「やっと会うことができました! 私はここで先生をずっと、ずーっと待っていました!」

 

「……いや、寝てたよね?」

 

「あ、あうう……も、もちろんたまに居眠りしたりしたこともあるけど……」

 

 もう、仕方がないなぁ、とハルは思わず苦笑いをしてしまう。

 

「よろしくね」

 

「はい! よろしくお願いします! まだ身体のバージョンが低い状態でして、特に声帯周りの調整が必要なのですが……これから先、頑張って色々な面で先生の事をサポートしていきますね!」

 

「うん、ありがとう。アロナ」

 

「は、はい……なんだか、先生に名前を呼んでもらえるのは恥ずかしいですね……」

 

 もじもじと体を揺らすアロナの姿からは、どこか子犬のような可愛らしさが感じられた。

 

「あ、そうだ! ではまず、形式的ではありますが、生体認証を行います♪」

 

「生体認証? 具体的には、何をすれば……」

 

「うう……少し恥ずかしいですが、手続きだから仕方ないんです。こちらの方に来てください」

 

 アロナに指示されるままに、ハルは彼女のすぐ近くまで歩みを進める。

 

「もう少しです」

 

 よく見れば、髪型が左目を覆っているため分かりにくいが、右目が青で、左目が赤のオッドアイになっている。それが分かるほどに距離を縮めると、アロナは右の人差し指を突き出した。

 

「さあ、この私の指に、先生の指を当ててください」

 

「ふふ、まるで指切りしてるみたいだね?」

 

「そう思いますよね! 決して何かの映画のワンシーンを真似たわけではありませんよ!」

 

 フンス、と鼻息を荒くするアロナに、微笑みを零したハルも指を差し出す。

 

「それでアロナ。これには、どういう意味があるのかな?」

 

「実は、これで生体情報の指紋を確認するんです! 画面に残った指紋を目視で確認するのですが……すぐ終わります! こう見えて目は良いので」

 

 目視? と疑問を覚えながらも、ハルはアロナの指先に自らの指を触れ合わせる。

 

「どれどれ……」

 

 目を細める。今まさに、目視で指紋を認証しているのだろう。

 

「(うーん……よく見えないかも……。……まあ、これでいいですかね?)」

 

 ……本当に? なにか、手抜きをされたような気が……。

 

「……はい! 確認終わりました♪」

 

「真面目にやったよね?」

 

「も、もちろんです! 先生の指紋はしっかり確認しました!」

 

 正直、疑わしいところだが、余計なことを言うと彼女の機嫌を損ねそうなので、黙っておく。それにしても、アロナの外見年齢は10歳かそこら。それ故なのか、ついつい幼子に接するような態度を取ってしまう。先生としては、あまり好ましいことではないだろうが。

 

「了解。じゃあアロナ、そろそろ本題に入ってもいいかな?」

 

「あ、はい! このアロナにお任せください!」

 

「ふふ、頼もしいね。それなら、まずは私の事情を説明させてもらうよ」

 

 ◇ ◇ ◇

 

「なるほど……先生の事情は大体分かりました」

 

 一通り、アロナに事情の説明を終えた。シャーレの先生として並行世界から召喚されたこと。この世界線の時間軸は、自分の世界から10年前の時間軸に当たること。僅かな差異はあるが、この世界線でも自分の世界の過去と同様に、連邦生徒会長が行方不明になったこと。

 

「連邦生徒会長が行方不明になって、そのせいでキヴォトスのタワーを制御する手段がなくなった……」

 

「念のために聞いておくけど……連邦生徒会長についての情報で、心当たりはあるかな?」

 

「私はキヴォトスの情報の多くを知ってはいますが……連邦生徒会長についてはほとんど知りません。彼女が何者なのか、どうしていなくなったのかも……お役に立てず、すみません」

 

「ううん、気にしないでいいよ。大体の予想はついているからね」

 

 並行世界とはいえ、10年後の時間軸に生きていたハルは未来の情報を持っている。

 連邦生徒会長である『彼女』が、どうしていなくなったのか、その経緯を知っているハルには何となく予想がついている。

 尤も、並行世界故の事象の差異が存在するために、全く同じ流れになるとは断言できないが。

 

「……ですが、サンクトゥムタワーの問題は私が何とか解決できそうです」

 

「じゃあお願い、アロナ」

 

「はい! 分かりました。それでは、サンクトゥムタワーのアクセス権を修復します! 少々お待ちください!」

 

 ウイィィィィィィン―――――*2

 

「サンクトゥムタワーのadmin権限を取得完了……。先生、サンクトゥムタワーの制御権を無事に回収できました。今サンクトゥムタワーは、私アロナの統制下にあります」

 

 数秒後、これまでの連邦生徒会の苦労が嘘のようにあっさりと、アロナはサンクトゥムタワーの制御権を取り戻した。得意げといった表情で、ビシッと親指を立てる。

 

「ありがとう、アロナ」

 

「いえいえ、当然のことをしたまでです! それよりも……今のキヴォトスは、先生の支配下にあるも同然です! 先生が承認さえしてくだされば、サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管できます。でも……大丈夫ですか? 連邦生徒会に制御権を渡しても……」

 

 ふと、ある悪童の存在が脳裏を過ぎる。無銘生徒会の不倶戴天の敵、彼女に権力を渡すのは避けたいところだが……ここで制御権を握るのは、どう考えても悪手以外の何物でもない。

 

「(仕方がない、か……)」

 

 その少女の顔を思い描きながら、ハルは腹をくくる。

 

「大丈夫。問題が起きた時は、その時だ。私がなんとかするよ」

 

「分かりました。これよりサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管します!」

 

 ……ほんの少しの逡巡の後、ハルはサンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会へと移管した。

 

 

 

 ――シャーレ・建物の地下

 

 気が付けば、シャーレの地下へとハルの意識は戻っていた。

 

「……はい。分かりました」

 

 誰かと通信していたリンが、カチャッと電話を下ろすと、ハルの方に向き直る。

 

「サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これからは連邦生徒会長がいた頃と同じように、行政管理を進められますね」

 

 これで一段落。あとは連邦生徒会に任せれば、問題なく解決に導いてくれるはずだ。

 

「お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」

 

「どういたしまして」

 

「ここを攻撃した不良たちと停学中の生徒たちについては、これから追跡して討伐いたしますので、ご心配なく」

 

 連邦生徒会の次なる一手については、最早ハルの関与すべき領域ではない。後片付けは連邦生徒会に任せて、自分は自分の仕事をするべきだろう。

 

「それでは『シッテムの箱』は渡しましたし、私の役目は……いえ、もう一つありましたね」

 

「?」

 

「付いてきてください。連邦捜査部『シャーレ』をご紹介いたします」

 

 

 

 ――シャーレ・執務室*3

 

 シャーレのビルは六角柱を複数連ねた形をしており、一階はエントランスを囲むように図書室、教室、射撃場、実験室、格納庫などが存在する。エントランスに向かわずに右の通路を進むとバスケットコートやテニスコートを備えた体育館がある。

 

「ここがシャーレのメインロビーです」

 

 最後に案内されたのは、左の通路を進んだ先にある40人以上を収容可能な視聴覚室。そして、

 

「長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」

 

 その扉には、ヘイローを上部に頂く十字と円を重ね合わせたようなエンブレムと、シャーレの正式名称『Independent Federal Investigation Club(独立連邦捜査部) S.C.H.A.L.E』の文字が併記されている。

 リンは、その扉に張り付けられた『空室 近々始業予定』の紙を剥がすと、ハルに向き直る。

 

「そして、ここがシャーレの部室です。ここで先生のお仕事を始めると良いでしょう」

 

「具体的には、何をすればいいのかな?」

 

「シャーレは、権限だけはありますが目標のない組織なので、特に何かをやらなきゃいけない……という強制力は存在しません。キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です……」

 

「つまり、それは……」

 

「ええ。捜査部とは呼んでいますが、その部分に関しては、連邦生徒会長も特に触れていませんでした。つまり、何でも先生がやりたいことをやっていい……ということですね」

 

 改めて、シャーレの異常性を痛感する。だが、そんな大義名分があるのならば、それこそ遠慮はいらないだろう。今後の自分の方針を定めたハルは、リンの言葉の続きに耳を傾ける。

 

「……本人に聞いてみたくとも、連邦生徒会長は相変わらず行方不明のまま。私たちは彼女を探すのに全力を尽くしているため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力がありません。今も連邦生徒会に寄せられてくるあらゆる苦情……支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど……もしかしたら、時間が有り余っている『シャーレ』なら、この面倒な苦情の数々を解決できるかもしれませんね」

 

「えっと……つまり、私にその苦情解決の手伝いをして欲しいってこと?」

 

「その辺りに関する書類は、先生の机の上にたくさん置いておきました。気が向いたらお読みください。すべては、先生の自由ですので」

 

 リンが視線を向けた先には、まるでマンガのように高く積み上げられた書類の山が見える。あの量を全部自分一人で……? あまりの書類と仕事の量に、ハルはピクピクと頬を引き攣らせる。

 

「それではごゆっくり。必要な時には、またご連絡いたします」

 

「待って! その前に一つ、頼み事があるんだけど……」

 

「頼み事……ですか?」

 

「うん。連邦生徒会長直属の法執行機関……SRT特殊学園とコンタクトを取りたいんだ」

 

 まずは一歩。生徒ではなく、先生だからこそ行き着ける明日(みらい)への軌跡を踏み出す。

 

 

 

 ――D.U.外郭地区・シャーレの部室前

 

「ええ。サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会が取り戻したことを確認したわ」

 

「ワカモは自治区に逃げてしまったのですけど……すぐ捕まるでしょう。私たちはここまで。あとは、担当者に任せます」

 

 今回の件に協力してくれた4人の生徒に感謝の言葉を伝えるために、執務室を出たハルは部室の前に戻ってきた。どうやら、既に彼女たちも事の次第を把握しているようだ。

 

「お疲れ様でした、先生。先生の活躍はキヴォトス全域に広がるでしょう。すぐにSNSで話題になってしまうかもしれませんね?」

 

「みんなお疲れ様。このまま解散と言いたいところだけど……最後に一つだけ、いいかな?」

 

 その言葉に、彼女たちは疑問符を浮かべる。

 

「各学園の上層部と面識を持ちたい。各々との個人面談の機会を設けられないかな?」

 

「個人面談……ですか。なるほど、ティーパーティーの方々にはお伝えしておきます、先生」

 

「(ぺこり)」

 

「私も、風紀委員長に今日のことを報告しに戻ります。ゲヘナ学園にいらっしゃった時は、ぜひ訪ねてください」

 

「分かりました……リオ会長に伝えておきます! では、また!」

 

「ありがとう、みんな」

 

 ハルは軽く頭を下げると、4人を見送った。手を振りながら去っていく生徒たちにハルも手を振り返すと、最後の一人が見えなくなるまで見届ける。そうして誰もいなくなったのを確認すると、シャーレのオフィスへと戻っていく。

 

 

 

 ――シャーレ・執務室*4

 

「ねえアロナ、どうして私が先生に選ばれたのかな?」

 

 執務室に戻り、シッテムの箱を立ち上げると、ハルはアロナに問いかけた。

 

「私は、先生のような救世主にはなれない。よくて、炎の中に消え行く聖女が精一杯」

 

 方舟の戦い。文字通り、自分の全てを使い果たした当時のハルは、先生という真の救世主がいなければ、楽園に帰れずに跡形もなく燃え尽きていただろう。彼のオルレアンの乙女のように。

 

「私は、聖人にはなれない。生徒全員に寄り添えるほど器用ではないし、特定の生徒を贔屓することもあるだろうね。……聖人(先生)ではなく、超人(連邦生徒会長)でもなく、魔人(無銘生徒会長)が私の在り方なんだ」

 

 ハルは、自分が先生(聖職者)に相応しいとは思えない。

 

「そんな私に、先生の役目が務まるのかな……」

 

 先生という大役を、成し遂げることができるのだろうか。そんな不安がハルの心を蝕んでいた。

 

「だからこそ、ハル先生にお願いしたいのです」

 

「……?」

 

超人(連邦生徒会長)では救えない生徒もいます。聖人(先生)には寄り添えない生徒もまたいます。けれど、魔人(元生徒)であるあなたにならば……」

 

 先生と生徒、大人と子供の関係ではない。在校生(生徒)卒業生(元生徒)、その二つの関係だからこそ。

 

「……図々しいですが、キヴォトスを、シャーレをよろしくお願いします、先輩」

 

「うん。こちらこそ、よろしくね」

 

 是は、聖人の物語ではない。

 是は、超人の物語ではない。

 

 ――是は、大人になった生徒(魔人)が、もう一度青春の物語(Blue Archive)を辿る新たな軌跡(Evolution)だ。

*1
【推奨BGM:Midsummer Cat】ブルーアーカイブより

*2
【推奨BGM:Connected Sky】ブルーアーカイブより

*3
【推奨BGM:Hello to Halo】ブルーアーカイブより

*4
【推奨BGM:RE Aoharu】ブルーアーカイブ




TIPS:
寄り添う者、歩み寄る者。
本編先生は、生徒に寄り添う者。個人評価(アライメント)は中立・善。
ハル先生は、生徒に歩み寄る者。個人評価(アライメント)は混沌・善。

なお、生徒と場合によっては全速力で駆け寄ります。



次章予告『Evolution Vol.1 対策委員会 1章 あの日に見た夜空』お楽しみに。
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