1-1-1 アビドス高等学校
――シャーレ・執務室*1
『おはようございます、先生!』
「おはよう、アロナ」
『ここ数日間、シャーレに関する噂もたくさん広まってるみたいですし、他の生徒たちから助けを求める手紙も届いています。良い兆候です! 私たちの活躍が始まるということですから!』
先日の一件を皮切りに、大小様々な問題の解決に奔走している先生の情報は、掲示板やSNSなどを通じて少しずつキヴォトス全体に広がりつつある。それも、この数日間で急激にだ。
やはり、『大人』の先生という存在に興味を抱く生徒が多いのだろう。なにせ、大人の『人』はこの学園都市には、ハクノを除いては一人もいないのだから。年頃の少女である生徒たちに、むしろ先生という大人の存在に興味を抱くな、という方が無理がある話だ。
『ですがその中に……ちょっと不穏な、こんな手紙がありまして。これは先生に一度読んでもらった方が良いかな、と』
机の上に置かれた洋封筒。それを開いたハクノは、中にあった便箋の内容に目を走らせる。
『
こんにちは。私はアビドス高等学校の
今回どうしても先生にお願いしたいことがありまして、
こうしてお手紙を書きました。
単刀直入に言いますと、今、私たちの学校は追い詰められています。
それも、地域の暴力組織によってです。
こうなってしまった事情は、かなり複雑ですが……。
どうやら、私たちの学校の校舎が狙われているようです。
今はどうにか食い止めていますが、
そろそろ弾薬などの補給が底を突いてしまいます……。
このままでは、暴力組織に学校を占領されてしまいそうな状況です。
それで、今回先生にお願いできればと思いました。
先生、どうか私たちの力になっていただけませんか?
』
全てを読み終えたハクノは、手書きの手紙を封筒にしまい直し、引き出しの中に入れる。
「……アビドス高等学校、か」
「先生、アドビスに行くんですか?」
日常的に飛び交う銃弾一発が致命傷となりかねないハクノの護衛兼私設秘書として、ここ毎日のようにシャーレに足を運んでいるハルが尋ねる。
「そのつもりだよ。アビドスについて、ハルは知ってる?」
「勿論です。この制服は、アビドスの先代生徒会長から貰ったものですし」
無銘生徒会の漆黒の制服は見る者に威圧感を与えることから、普段は行動中の自治区を統治する学園の制服を着用するハルだが、流石に連邦生徒会の制服を着るわけにもいかない。そこで、一日ごとに別の学園の制服を着て過ごしている。
本日、着用しているのは落ち着いた紺色の上着にチェック柄のスカート。首元には、水色のネクタイが結ばれている。曰く、この制服こそアビドス高等学校の制服であるらしい。
「以前は、この学園都市最大の学園として名を馳せていたそうですが、数十年前のある時期から頻発するようになった砂嵐によって環境が激変してしまい、人口の流出にも歯止めがかからないまま地区全体が衰退しつつあると聞いています」
「なるほど」
「あとは……そうですね。砂漠に埋もれたゴーストタウンでは遭難の危険があるので、出発する前に食べ物や飲み物などの準備をしておいた方が良いと思います」
「街中で遭難?」
「冗談に聞こえるかもしれないですが、事実です。実際に、自分も何度か遭難したことが……」
あはは……と、苦笑混じりに告げるハル。
「そっか。じゃあ、適当に食べ物でも買い込んでくるよ」
「そうですね、それが良いと思います」
執務室を後にするハクノ。小さく頷き、ハルもその背を追いかけるのだった。
――アビドス・住宅街
そうしてアビドスの自治区を訪れたものの、肝心の学校が見つからず何日も迷い続け、見事に2人は街のど真ん中で遭難してしまった。建物の壁に寄りかかり、ハルとハクノは力なく言う。
「あの……先生、すみません……」
「いや、私がちゃんとしてなかったから……ごめんね」
「い、いえ! そんなことは……! 自分が道を覚えていれば……!」
お互いに謝り合う2人。どちらも責任を感じているようで、一向に相手の非を認めようとはしない。そうして謝罪合戦が一巡しそうになった時、キキーッとブレーキをかける音が路地に響いた。
「……ハル先輩?」*2
突然かけられた声に、驚いて振り返る2人。そこには、銀髪をセミロングにした、水色の瞳だが瞳孔の色が左右で異なるオッドアイを持つ非常にミステリアスな雰囲気を醸し出している美少女が立っていた。制服姿から、アビドス高等学校の生徒だと分かる。また背中には、光学サイトとフォアグリップの付いたアサルトライフルを背負っている。
「シロコちゃん?」
その少女――
「久しぶり。えっと、また遭難したの?」
「うぅ……ちゃんと覚えてるつもりだったんだけど……」
「気にしないでいい。それより……」
シロコはハルの隣にいるハクノに視線を向ける。
「この人は? 見た感じ、連邦生徒会から来た大人の人みたいだけど……」
「あ、この人は先生で……」
「こんにちは。いきなりで悪いんだけど、飲み物を買える場所を知らないかな?」
「飲み物?」
「用事があって数日前にこの街に来たんだけど、道に迷っちゃって……」
「ああ。ここは元々そういうところだから。食べ物がある店なんか、とっくに無くなってるよ。こっちじゃなくて、もっと郊外に行けば市街地があるけど」
気候の変化で地区全体が衰退しつつある……とは聞いていたが、まさか本当に廃墟のように廃れているとは思っておらず、ハクノは内心で驚いていた。
「……ちょっと待って」
そう言うと、シロコはゴソゴソと鞄の中を漁る。数秒後、出てきたのは彼女の瞳の色と同じ水色の水筒だ。ちゃぽんという音からして、喉の乾きを潤すには十分すぎる量が入っているようだ。目の前に差し出されたそれを、何の躊躇いもなく受け取る。
「はい、これ。エナジードリンク。ライディング用なんだけど……今はそれぐらいしか持ってなくて。でも、お腹の足しにはなると思う」
「ありがとう、いただくよ」
「えっと、コップは……」
続けて、コップを取り出そうと鞄の中に手を突っ込むが……水筒を渡されたハクノは、そのまま口をつけると、ゴクゴクと中身を飲み干した。
「……! あ……それ……」
「わぁお。先生って割と大胆だよね」
それを見たシロコとハルは、それぞれ異なる反応を示す。呆気にとられるシロコだったが、我に返った彼女はすぐに顔を赤くする。一方のハルは、ニコニコとなぜか楽しそうだ。
「? どうかした?」
「……ううん、何でもない。……気にしないで」
「本当にありがとう。おかげで助かったよ」
「うん」
変な反応を見せるシロコが気になったものの、とりあえず感謝を伝えるハクノ。それ以上はシロコも触れず、別の話題を口にする。
「アビドスには何をしに来たの? この辺りには、うちの学校しかないけど……もしかして……」
「うん。アビドス高等学校に用事があるんだ」
「……そっか。久しぶりのお客様だ。それじゃあ、私が案内してあげる。すぐそこだから」
ぐぐ、と足に力を入れて、ハクノは立ち上がろうとしたが……。
「あはは、ごめん。お腹が空いて力が……」
「うーん……どうしよう」
「そのロードバイクに、一緒に乗れないかな?」
「えっと、これ一人乗りだから……」
「それなら背負ってほしい。流石に、今のハルに頼むわけにはいかないし……」
「……面目ないです」
身体能力がそれほど高くないハクノほどではないが、数日の遭難でハルも体力が削れてしまっている。遭難者2人を交互に見たシロコは、少し考える仕草をしてから告げる。
「まあ、そのほうがいいか。ロードバイクはここに停めて、と……」
スッと背中を差し出したシロコは、しかし何かに気が付いたようにピタリと動きを止める。
「……あ、待って」
「?」
「えっと……さっきまでロードバイクに乗ってたから……そこまで汗だくってわけじゃないけど、その……」
「気にしないで。むしろいい匂いがするから」
「それは流石に変態っぽいよ、先生」
呆れた声音でハルが言う。対するシロコは、どこか羞恥と困惑の混じった表情をしている。
「……うーん。ちょ、ちょっとよく分からないけど……気にならないなら、まあいいか。それじゃ……」
掴まりやすいようにシロコが再度身を屈めると、ハクノはその背に体重を預ける。
「よいしょっと」
背中に抱き着くような姿勢で、シロコの背中に覆い被さる。制服越しに感じるシロコの汗の匂いは、確かに甘酸っぱいが、不快になるほどではない。バレない程度にすーっと深呼吸をする。
「しっかり掴まってて」
ハクノが背中に掴まったのを感覚で確認したシロコは、アビドス高等学校に向かってゆっくりと歩き出した。
――アビドス高等学校・生徒会室*3
「ただいま」
「おかえり、シロコせんぱ……い?」
生徒会室では3人の女子生徒が机を囲んで座っていた。彼女たちは、シロコが帰ってきたことを歓迎した直後、正体不明の大人を背負っているのに気が付き、驚きの声を上げた。
「うわっ!? なにっ!? そのおんぶしてるの誰!?」
「わあ、シロコちゃんが大人を拉致してきました!」
「拉致!? もしかして死体!? シロコ先輩がついに犯罪に手を……!」
「みんな落ち着いて、速やかに死体を隠す場所を探すわよ! 体育倉庫にシャベルとツルハシがあるから、それを……」
ベージュのロングヘアを左側頭部だけ輪を描くように結んだ髪型の少女がなぜか楽しそうに声を上げ、いかにも真面目な女学生といった容姿をした赤いメガネの少女が顔を青くする。そして、長い黒髪をツインテールに結んだ赤い瞳の猫耳少女が死体の処理方法を提案する。
そんな学友3人に対して、トサッとハクノの体を教室の床に下ろしたシロコが淡々と告げる。
「いや……普通に生きてる大人だから。うちの学校に用があるんだって」
「えっ? 死体じゃ、なかったんですか……?」
「拉致したんじゃなくて、お客さん?」
「そうみたい……」
「ふふ……相変わらずだね、アビドスのみんなは」
不測の事態に右往左往する3人の少女を見て、ハルはくすりと笑みを漏らした。
「わぁ、びっくりしました。こちらにいらっしゃるなんて、とっても久しぶりですね。ハル先輩」
「うん、久しぶりだね。ノノミちゃんも元気そうで安心したよ」
「……? 久しぶり……? ノノミ先輩。もしかして、その人と知り合いなんですか?」
「うちの制服を着てるけど……この人、アビドスの外の人でしょ?」
「そうだよ。1年生の2人ははじめまして。自分は蒼井ハル。そして、こちらが……」
「岸波ハクノ。『シャーレ』の顧問先生です、よろしくね」
ハクノの自己紹介を聞いた生徒たちは、驚いたように目を見開く。
「……え、ええっ!? まさか!?」
「連邦捜査部『シャーレ』の先生!?」
「わあ☆ 支援要請が受理されたのですね! 良かったですね、アヤネちゃん!」
「はい! これで……弾薬や補充品の援助が受けられます」
アヤネと呼ばれた眼鏡の少女が嬉しそうに頷き、他の生徒たちと喜びを分かち合う。しかし、その喜びの中で、ふとアヤネは首を傾げる。
「あ、早くホシノ先輩にも知らせてあげないと……あれ? ホシノ先輩は?」
「生徒会長は隣の部屋で寝てるよ。私、起こしてくる」
そう言って、黒猫の少女が生徒会室を飛び出した――まさに、そのタイミングだった。
ダダダダダダダダッ!
「じゅ、銃声!?」
「!!」
突然、校舎の外から響いてきた銃声に、全員がバッと振り向いた。*4
「ひゃーっはははは!」
「攻撃、攻撃だ!! 奴らは既に弾薬の補給を絶たれている! 襲撃せよ!! 学校を占領するのだ!!」
タタタタタタタタタッ!!
「わわっ!? 武装集団が学校に接近しています! カタカタヘルメット団のようです!」
窓の方に駆け寄ったアヤネが外を確認し、報告する。校門の前には、ヘルメットを被り、銃火器で武装した不良たちが集まっていた。その姿を見て、シロコが怒りの声を上げる。
「あいつら……!! 性懲りもなく!」
「ホシノ先輩を連れてきたよ! 先輩! 寝ぼけてないで、起きて!」
「むにゃ……まだ起きる時間じゃないよー」
両脇に腕を入れて、黒猫の少女が小柄な少女をズルズルと引き摺ってきた。どうやら、この少女の名はホシノと言うようだ。寝起きが悪いのか、まだ寝ぼけ眼でぼーっとしている。
「ホシノ先輩! ヘルメット団が再び襲撃を! こちらの方はシャーレの先生です!」
「ホシノ、久しぶり! また随分と厄介な状況みたいだね?」
「ありゃ~そりゃ大変だね……あ、ハル? 久しぶりー、むにゃ」
「先輩、しっかりして! 出動だよ! 装備持って! 学校を守らないと!」
「ふぁあー……むにゃ。おちおち昼寝もできないじゃないかー、ヘルメット団めー」
ヘルメット団――その名の通り、構成員が様々な形のヘルメットを身に着けた武装不良集団。
生徒たちの反応を見るに何度も学校への襲撃を繰り返しているようで、慣れた様子で出撃準備を完了する。
「すぐに出るよ。先生のおかげで、弾薬と補給品は十分」
「はーい、みんなで出撃です☆」
ドコドコと足音を立てて、アビドス高等学校の生徒たちが飛び出す。
「私がオペレーターを担当します。先生はこちらでサポートをお願いします!」
オペレーターは奥空アヤネ。部隊編成は、それ以外のアビドス生徒会に籍を置く生徒たち。アビドス自治区を訪れてから、初めての戦いが幕を開けた。
TIPS:
アビドス高校生徒会。
この世界では、小鳥遊ホシノが正式に生徒会長の座を継いでいます。
結果、『対策委員会』ではなく『生徒会』が存続しています。