――セリカの部屋
ピンポーン!
「セリカちゃん? セリカちゃん、いる?」
ピンポンピンポーン!
「セリカちゃーん? どうしたんだろう、電話にも出ないし……」
同日。同じアビドス高等学校の1年生であるアヤネが、セリカの自宅を訪れていた。しかし、いくらインターホンを押しても、建物の中からは誰も出てくる気配がない。
「スペアキー、どこだっけ……」
嫌な予感が胸に広がる。セリカから預かっていたスペアキーを使い、鍵を開けて家の中へと足を踏み入れる。
「セリカちゃん……? まだ帰ってないのかな?」
部屋は真っ暗だ。電気をつけても、セリカの姿はどこにも見当たらない。念のため浴室やトイレを確認するが、やはりいない。胸の中に湧き上がる不安が、徐々に輪郭を帯びていく。
「……こんなこと、今まで一度もなかったのに。ま、まさか……!!」
最悪の事態が脳裏を過ぎる。友達が何か事件に巻き込まれたのかもしれない。そう思うと居ても立っても居られず、アヤネは家を飛び出し、セリカを探しに駆け出した。
――アビドス高等学校・生徒会室*1
「電話はしてみました?」
「……はい。でも数時間前から、電源が入ってないみたいで……」
数時間後。既に夜も遅い時間帯だというのに、生徒会室には3人の生徒が集まっていた。友人の異変に誰よりも早く気付いたアヤネと、2年生のノノミとシロコ。セリカの安否を確認すべく、彼女たちは各々で集めた情報を共有していた。
「バイト先では定時にユメ先輩と店を出たみたい。その後、家に帰ってないってことかな」
「こんな遅くまで帰らないなんてこと、これまでなかったですよね……?」
「ユメ先輩とも連絡がつかないみたいです。……ホシノ先輩、見たことのない顔をしていました」
生徒会室に集まった彼女たちは、不安げな顔で言葉を交わす。行方不明になったセリカ、そして同じく音信不通のユメ。2人に何かが起きたことは明らかで、不吉な予感が次第に広がっていく。一体、彼女たちの身に何が起こったのか――焦燥感が少女たちの心をじわじわと蝕んでいく。
「まさか……ヘルメット団の連中?」
「えっ!? ヘルメット団がセリカちゃんを……!?」
「取り敢えず待とう。先生たちが調べてるから」
今はただ、信じて待つことしかできない。不安で押し潰されそうになりながらも、少女たちは2人の無事を信じてじっと待ち続ける。数分か、それとも数時間か。永遠にも思えるような時間が過ぎた頃、不意に生徒会室の扉が音を立てて開いた。
「みんな、お待たせー」
「ホシノ先輩!」
「ただいま」
「今帰ったよ」
待ち望んでいた人物の姿に、最初に反応したのはセリカと同学年のアヤネだった。他の生徒たちも一斉に立ち上がり、生徒会室に入ってきた3人の周りに駆け寄る。
「どうだった、先輩?」
「先生の権限で、連邦生徒会が管理するセントラルネットワークにアクセスしてきたよ」
「セントラルネットワークに……先生、そんな権限までお持ちなのですね……」
「うへ~もちろんこっそりだけどね。バレたら始末書だよー?」
「ええっ!? だ、大丈夫なんですか、先生?」
心配そうな生徒たちに向けて、ハクノは優しく微笑んだ。
「バレなきゃオッケー。それに、大切な生徒の安全のためだからね」
「先生……」
連邦捜査部『シャーレ』――その権限は、個人が持つにはあまりにも強大だ。故に、取り扱う広範の業務と相応の責任が部の担当顧問であるハクノに重く伸し掛かる。今回の件が露見すれば、連邦生徒会から何らかの処分を受けるのは避けられないだろう。
それでも、生徒たちの安全と安寧を最優先として、ハクノは自らの権限を行使した。自分たちのためにそこまでしてくれたことに、生徒たちは深い感謝の念を抱かずにはいられなかった。
「ありがとうございます、先生」
「お礼なら、2人を見つけてからでお願いね」
「……っ! はい!」
気を取り直し、ハクノは部屋中央の大きな机にアビドス自治区の地図を広げる。
「まずは地図を見てもらえるかな? 反応が途絶える直前の二人の端末の位置情報がここだった」
「ここは……砂漠化が進んでいる市街地の端の方ですね?」
「住民もいないし、廃墟になったエリア……治安が維持できなくて、チンピラばかりが集まってる場所だね」
ノノミとシロコの言葉通り、2人の反応が最後に確認されたエリアは、お世辞にも治安が良いとは言えない地域だった。地図上で正確な位置を把握したアヤネは、思わず顔を強張らせる。
「このエリア、以前危険要素の分析をした際にカタカタヘルメット団の主力が集まっていると確認できた場所です。ということは……やはりカタカタヘルメット団の仕業……!!」
「なるほどねー、帰宅途中の二人を拉致して、自分たちのアジトに連れて行ったってことかー」
「学校を襲うくらいじゃ物足りなくて、人質を取って脅迫しようってことかな」
「どちらかといえば、学校よりも生徒をターゲットにしてきたと考えた方が良いかもね」
セリカはアビドス高等学校の生徒。仲間を人質に取られたとなれば、アビドスの生徒たちはヘルメット団に逆らえなくなる。加えて、先代生徒会長のユメまで行方不明になっている。もし2人を人質に取ることが目的なら、今起きている状況にも辻褄が合う。
「考えていても仕方ありません! 急いで二人を助けに行きましょう!」
「うん、もちろん」
「当然、敵による待ち伏せもあるはずだよ……みんな、気を引き締めて行こう!」
「よっしゃー、そんじゃ行ってみよー!」
「先生、号令を」
「うん。全員、出発!」
そうして、少女たちは夜の闇へ飛び出していった。
―――???*2
「セリカちゃん! 起きて、セリカちゃん!」
「う、うーん……」
暗闇の中、セリカは意識を覚醒させた。覚束ない意識の中、彼女の鼓膜に微かに声と布擦れの音が届く。それは隣を歩いていたはずの先輩のものだった。
「……良かった。目が覚めた?」
「……へ? ……!? こ、ここは!? 私たち、さらわれた!?」
ガバッ! と勢いよく上体を起こすセリカ。
「あ、う……頭が……」
「大丈夫? ゆっくり、ゆっくりと起き上がって」
「う、うん……ありがとう、ユメ先輩」
心配そうに覗き込んでくるユメに礼を言いながら、セリカはゆっくりと体を起こす。まだ頭がズキズキと痛むが、体の調子はさほど悪くない。軽く周囲を見回すと、どうやら寝かされていたのはトラックの荷台のようだった。ガタン、ガタンと振動がお尻に絶えず響いてくる。
「ここ……トラックの荷台……?」
「そうみたい。暗いけど、そこの隙間から外が見えるよ」
ユメが指差す先、微かに光が漏れる隙間からセリカは外の景色を覗き見た。
「……砂漠……線路!? 線路がある場所って……ま、まさかここ、アビドス郊外の砂漠!?」
セリカの顔が一気に青ざめる。アビドス自治区の郊外は、砂漠化が進み、人が住めるような場所ではない。故に人が訪れることは殆どない。しかも、通信端末の類も没収されている。今回のような状況では、外部からの救出など絶望的と言わざるを得ないだろう。
「……そ、そんな。ここからじゃ、どこにも連絡が取れない! もし脱出できたとしても、生徒会のみんなにどうやって知らせれば……」
最悪の展開が脳裏を過ぎり、セリカは絶望に心を支配されそうになる。そんなセリカの傍に歩み寄ったユメは、ポンポンと優しく彼女の肩を叩いた。
「ねえ、セリカちゃん。そんなに生徒会のみんなは頼りにならない?」
「え……?」
「確かに、今の私たちの状況は絶望的だよ。でもね、まだ終わったわけじゃないの」
「ユメ先輩……」
「私は信じてる。きっと、みんなが助けに来てくれるって」
ユメの瞳には諦めの色など微塵もなかった。彼女はセリカに向かって優しく微笑みかける。その毅然とした態度と表情にセリカは思わず言葉を失った。
「だから、セリカちゃんもみんなを信じてあげて? 大丈夫、またみんなと会えるから」
「ユメ先輩……そうよね。このままみんなに会えないまま死ぬなんて……そんなの絶対にイヤ!」
セリカの瞳に光が宿る。彼女は強く拳を握ると、強い決意の光をユメへと向けた。
「私も……私だって絶対に諦めないわよ! みんなのところに帰ってみせるんだから!!」
そうだ、自分一人だけで絶望する必要なんてない。ユメ先輩の言う通り、自分には頼りになる仲間たちがいる。またみんなで楽しく過ごすために、こんなところで死ぬわけにはいかない! セリカの胸に希望が灯った、その時だった。
ドカーーーーン!!!
「う、うわあああっ!?」
「は、はううううっ!?」
ドゴーン!
「カハッ、ケホッ……ケホッ……」
突如として轟音とともに車体に大穴が空いた。二人は荷台から転がり落ち、砂の上に投げ出される。舞い上がる砂煙に咳き込みながら、急いで起き上がると、慌てて周囲の状況を確認する。
「な、何っ!? 爆発!? トラックが爆発した!?」
「砲弾にでも当たったのかな……でも、いったいどこから……?」
『セリカちゃん発見! 生存確認しました!』
「……あっ、アヤネちゃん!?」
セリカの耳に聞き慣れた声が届いた。声がした方向に視線を向けると、そこには――*3
「こちらも確認した、半泣きのセリカ発見! ユメ先輩も一緒にいる!」
「!?」
アビドス高校生徒会。オペレーターを担当しているアヤネを除く、3人全員の姿があった。
「なにぃー!? うちの可愛いセリカちゃんが泣いてただと! そんなに寂しかったの? ママが悪かったわ、ごめんねー!!」
「う、うわああ!? う、うるさいっ!! な、泣いてなんか!!」
「嘘! この目でしっかり見た!」
「泣かないでください、セリカちゃん! 私たちが、その涙を拭いて差し上げますから!」
「あーもう、うるさいってば!! 違うったら違うのっ!! 黙れーっ!!」
冗談半分にママを自称するホシノと、それに追従するシロコとノノミ。3人の先輩たちの言葉に顔を真っ赤にしたセリカは、涙目になりながらも必死に否定していた。そんな後輩たちのやりとりを見ながら、ユメは思わずクスリと笑みを零す。
「ホシノちゃん。みんな、助けに来てくれてありがとう」
「……ほんと、先輩は変わらないよね~」
いつも通りのふわふわした雰囲気のユメを見て、ホシノは呆れたようにため息をつく。だが、その表情は穏やかなものだ。本心から安堵しているのが伝わってくる。
「二人とも、無事で安心したよ」
「な、なんで先生まで!? どうやってここまで来たの!?」
「さらわれたお姫様を助けるのは勇者の役目!」
「ば……ばっ……!」
渾身のキメ顔でグッと親指を立てるハクノにセリカは顔をさらに赤くする。
「バッカじゃないの!?」
そして、火山が噴火するかのように叫び声を上げた。
「だ、誰がお姫様よ!! 冗談やめて! ぶ、ぶん殴られたいの!?」
「うへ、元気そうじゃーん?」
「うんうん。セリカ姫が元気みたいで何よりだよ」
「セリカ姫言うなっ!!」
怒り心頭のセリカの様子に、ホシノとハルは顔を見合わせると、楽しそうに笑い声を上げる。
その一方、セリカの無事を確認したアヤネは、安堵と喜びのあまりに泣き出してしまう。
『よかった……セリカちゃん……私、セリカちゃんに何かあったんじゃないかって……』
「アヤネちゃん……」
涙声で喜びを口にするアヤネに、セリカは胸が締め付けられるのを感じた。迂闊なことに、自分がヘルメット団に捕まってしまったせいで、アヤネに大きな心配をかけてしまった。
その事実を自覚したセリカは、反省の気持ちを胸に刻みつつ、アヤネに声をかけようとした。だが、それは遠くから聞こえてきた喧騒によって遮られる。
「まだ油断は禁物。戦術サポートシステムを使ってトラックは制圧したけど、まだここは敵陣のど真ん中だから」
「だねー。人質を乗せた車両を破壊されたって知ったら、敵さん怒り狂って攻撃してくるよー」
『前方にカタカタヘルメット団の兵力、多数確認!! 徐々に包囲網を構築しています!』
「敵ながらあっぱれ……それじゃー、せっかくだから包囲網を突破して帰りますかねー」
口調は軽く、けれどその瞳は猛禽類の如く。怒りに満ちた鋭い眼光で迫りくる敵を睨み付ける。
「……気を付けてね、みんな。向こうは、改造した戦車を持ってるから」
「知ってる、Flak41改良型」
「お姫様は自分が守るから……みんなは、思う存分暴れていいよ」
「うん、お願いするね。それじゃ……」
カチャ! カチャ! ホシノ、ノノミ、シロコの3人は各々の銃を構えて臨戦態勢を取る。
「行こうか?」
その言葉を合図に、3人は一斉に駆け出した。
――高層オフィスビル*4
「……格下のチンピラごときでは、あの程度が限界か。主力戦車まで送り出したというのに、このザマとは」
夜のオフィス。黒いスーツに身を包む大柄の人影が吐き捨てるように呟いた。
その人物の視線の先にあるモニター画面には、無残にも大破した戦車の残骸が映っている。車体に『KAISER PMC』の文字が刻まれているその戦車は、紛れもなくホシノたちによって破壊されたFlak41改良型そのものだった。
「ふむ……となると、目には目を、生徒には生徒を……か。専門家に依頼するとしよう」
人影は、懐から携帯端末を取り出すと、慣れた手付きで番号を打ち込んでいく。
『はい、どんなことでも解決します。便利屋68です』
「仕事を頼みたい、便利屋」
――カタカタヘルメット団のアジト
「はあ……はあ……」
「うわああっ!!」
タタタタタタタタタンッ!!
「ぐうっ!!」
バタッ! とヘルメット団の団員の一人が倒れる。その様子を見届けた小柄な銀髪の少女は、自分たちのリーダー、側頭部から禍々しい一対の角を生やした悪魔の如き女に報告する。
「あーあー、こっちは終わったよ」
「こっちも制圧完了だ、ボス」
「う、うう……何者だ、貴様らは……」
突然の襲撃。状況を把握できない内に殲滅されたヘルメット団のリーダー格は、恐れの籠もった視線を襲撃者たちに向ける。
「……ふふふ」
悪魔の女は、グリッ! とヘルメット団リーダーの背中を踏みにじると、冷酷に嘲笑った。
「うあああっ!! ま、まさか、アビドスの!? よくも我々を……」
「はあ、こんな不潔で変な匂いのする場所がアジトだなんて。あなたたちも冴えないわね」
「ッ……!!」
「……いいわ。あなたたちを、労働から解放してあげる」
「なっ、なんだって!?」
「要するにクビってこと。現時刻をもって、アビドスは私たちが引き受けるわ」
「ふっ、ふざけた真似を! 貴様らはいったい……」
その言葉が最後まで紡がれることはなかった。ヘルメット団リーダーの腹部に、慈悲の欠片もない凶悪な蹴りが叩き込まれたからだ。彼女は壁に体を打ち付けると、そのまま気絶してしまう。
「私たちは、便利屋
――アビドス高等学校・保健室*5
「はあ……」
ガラッ! と保健室の扉が開き、部屋の中にハクノが入ってくる。
「あ、れ……? 先生!? ど、どうしたの?」
「お見舞いに来たよ」
保健室には、ベッドに横たわるセリカの姿があった。一晩中、トラックの荷台に閉じ込められていたセリカとユメは、アビドスの校舎に辿り着くと同時に意識を失ってしまったのだ。幸い、命に別状はなく、一晩寝て安静にすれば回復するとのことらしい。
「……ああ、私なら大丈夫。いつまでもこうしちゃいられないし。アヤネちゃんや他のみんなも心配してるし……バイトにも行かなきゃだし。だ、だから、お見舞いとかいいから! ほら見て、元気だし」
「それは良かったよ」
数秒の無言。ふと、なにかに気が付いたようにセリカが口を開く。
「あ、あの!!」
「なにかな?」
「……え、ええとね……。そう言えば、先生にちゃんとお礼を言ってなかったなあって、思って」
セリカは恥ずかしそうに頰を赤らめながら、どこかもじもじしている。
そして、彼女は意を決したように顔を上げると、ハクノの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「あ、ありがとう……色々と……」
「どういたしまして」
「……でもっ! この程度でアビドスの役に立てたなんて思わないでよね! この借りはいつか必ず返すんだから!」
ふふっ、とハクノの顔がほころぶ。
「な、何よ!? なにヘラヘラ笑ってんの!?」
「ううん、別に……気にしないで」
「はあ、まったく。じゃあ……また明日ね! えっと、せ……先生」
そう言って、セリカは恥ずかしそうに顔をそむけると、布団の中に潜り込んだ。
TIPS:
ユメ先輩。アビドス高等学校の先代生徒会長。
今は■■■■■■■■であり、アビドス高等学校を支援しています。
独り言:
ブルアカと軌跡シリーズは相性がいい気がするのにクロスオーバー作品が見当たらない不具合。
リィン・シュバルツァー先生が原作そのままの生徒たちを導くのもいいし、
軌跡シリーズ要素満載の厄ネタが倍増したキヴォトスで原作の先生が駆け回るのもアリ。
塩の杭が落ちたアビドスとか、無名の王女=零の至宝とか、エデン条約編を舞台にした相克とか。
《灰の起動者》白洲アズサと《蒼の起動者》錠前サオリがBlue Destinationするのも見てみたい。