――アビドス高等学校・生徒会室*1
ハクノが教室に入ると、ホシノがノノミの膝枕で横になっていた。ホシノはまだ寝ぼけた様子で、普段ののんびりした口調よりもさらにリラックスした感じで挨拶をしてきた。
「おはよー、先生」
「先生、おはようございます。今日は早いですね?」
「おはよう。うん、今日は早起きしてね」
ノノミに笑顔で挨拶を返しながら、ハクノはホシノに視線を移した。ホシノは小さなあくびを漏らし、寝返りを打つようにもぞもぞと動いている。その姿を見て、ハクノは微笑みを抑えきれず、思わず「ふふ」と静かに笑い声を漏らした。
「先生、どしたの?」
「あ、いや……今日はまた、随分とリラックスしてるなぁって思ってね」
「うへ~ノノミちゃんの膝枕は柔らかくてサイコーなんだよー。私だけの特等席だもんねー」
そう言って、ホシノはノノミの膝の上に頭をぐりぐりと擦りつける。ノノミもそれに嫌がる素振りを見せるどころか、むしろ聖母のような微笑みでホシノの頭を優しく撫でている。
まるで本物の姉妹のように自然で温かい触れ合いを見せる2人を、ハクノはどこか微笑ましい気持ちで眺めていた。
「先生もいかがです? はい、どうぞ~☆」
「ダメだよー。ここは私の場所なんだから、先生はあっちの座り心地悪そうな椅子にでも座ってねー」
「私の膝は先輩専用じゃないですよう……」
ノノミがハクノに声をかけるも、ホシノはその膝から離れようとしない。ノノミは複雑そうな表情を浮かべながらも、幸せそうにしているホシノの姿を見て、自然と唇をほころばせる。
それから、ノノミは視線を正面に戻し……
「今度、誰もいない時にしましょうね、先生」
と、ぼそっと呟いた。魅力的なお誘いに思わず頷きそうになるハクノだったが、すぐにハッと我に返り、慌てて首を左右に振った。その様子を視界の端で見ていたホシノは、まどろみから覚めるように気怠げに体を起こす。
「よいしょっと。ふあぁ~、みんな朝早くから元気だなあ」
「のんびりできるのは久しぶりですから……今はみんな、やりたいことをやってるんでしょうね」
ホシノとノノミがそんな言葉を交わす。カタカタヘルメット団の問題、そして今月の借金返済に一段落がつき、アビドス生徒会は久しぶりの休みを満喫していた。
「んー、シロコちゃんはきっとトレーニングでしょうし、アヤネちゃんは多分勉強しに図書館でしょうか……」
「ノノミちゃんは学校の掃除と教室の整頓をしてくれたよねー。うへ~、みんな真面目だなー」
「ホシノは? 今日はどうするの?」
「ん? 私? うへ~、私は当然ここでダラダラしてただけだよー」
ホシノは眠そうに目元を擦りながら答える。それを聞いて、ノノミがすかさず口を開いた。
「先輩もなにか始めてみてはどうでしょう? アルバイトとか、筋トレとか」
「無理無理ー、おじさんは年齢的に無理が効かない体になっちゃったもんでねー」
「歳は私とほぼ変わらないですよ?」
ノノミのツッコミをさらりと受け流しながら、ホシノはぐっと伸びをする。その後、ひょいっと立ち上がり、生徒会室の扉に手をかけた。
「うへ~。とにかく先生も来たし、他のみんなもそろそろじゃない? それじゃ、私ゃこの辺でドロン」
「あら先輩、どちらへ?」
「うへ~今日おじさんはオフなんでね。てきとうにサボってるから、なにかあったら連絡ちょーだい、ノノミちゃん」
ホシノは気怠げな笑みを浮かべたまま、手をひらひらと振って生徒会室を出て行く。
「ホシノ先輩……またお昼寝しに行くみたいですね」
「放っておいてもいいの?」
「うーん、まあいいんじゃないでしょうか。会議はアヤネちゃんがしっかり進めてくれますから」
そう言いながら、ホシノが出ていった扉を見送ったあと、ノノミはハクノに目を向けた。
「……膝枕、しますか? 先生」
「えっ……?」
「あはは、冗談ですよ。もうすぐ他のみんなも来るでしょうし。じゃあ、私はみんなの分のお茶を淹れてきますね。先生もなにか飲まれますか?」
「え、えっと……烏龍茶を貰えるかな」
「はい。今すぐご用意しますので、ちょっと待っててくださいね」
ノノミはハクノを1人残して、給湯室へと歩いていった。部屋に残されたハクノは、脱力した様子で近くの椅子に座り込み、
「……おおう……生徒相手に私は一体何を考えて……」
その呟きは、給湯室に向かったノノミには届かない。彼女が戻ってくるまでに平静を取り戻さなければと焦るハクノだが、それは余計に難しい行為であることをまだ理解していなかった。
◇ ◇ ◇*2
しばらくして、生徒会室にはアビドス生徒会のメンバーが集まった。ホシノが欠席しているのはいつものことなので、誰もそれに関して気にかけていない。ホシノ以外のメンバーがそれぞれの定位置についたところで、進行役のアヤネが口を開いた。
それでは、生徒会の定例会議を始めます……と言おうとした、まさにその時――。
ドゴゴゴゴーーーン!!
ズガガガガーーーーーン!!
ドッカーーーーーーーン!!
轟音が鳴り響く。突然の事態に、アビドス生徒会の生徒たちは数秒ほど呆然と固まった。次に、アヤネが慌てて戦術サポートシステムを確認する。
「前方、半径10Km内にて爆発を感知! 近いです!」
「10Kmってことは……市街地? まさか襲撃!?」
「衝撃波の形状からすると砲撃や爆撃の類かと思われます……もう少し確認してみます!」
アヤネはデバイスのキーボードを目にも留まらぬ速さで叩きながら、索敵を続ける。
「……爆発地点確認。市街地です! この反応は……50mm迫撃砲です!」
「迫撃砲、ですか……?」
「50mm迫撃砲と言えば……」
疑問の表情を浮かべるノノミと、考え込むような声を出すシロコ。50mm迫撃砲を運用する集団と言えば、一つしか思い浮かばない。その予想を裏付けるようにアヤネが観測結果を述べる。
「兵力の所属、確認できました!! ゲヘナの風紀委員会! 一個中隊の規模です!」
「風紀委員会……!?」
「はあ!? どういうこと!? なんでゲヘナの風紀委員会が!」
アビドス生徒会は困惑に包まれた。アビドスとゲヘナの間に特別な接点はほとんどないはず。どうして風紀委員会が……と考えたところで、セリカがある仮説に思い至る。
「……もしかして、便利屋68を捕まえるために……?」
「憶測はあとでも遅くない。まずはなにか手を打たないと!」
「でもゲヘナの風紀委員会は、他校の公認武力集団や、便利屋のような部活とは性質が異なります! 一歩間違えれば、政治的な紛争の火種になるかもしれません……」
シロコの発言に、ノノミが即座に反論する。生徒会の議論は平行線を保ち、結論に辿り着く気配はない。無為に時が過ぎる中、ノノミは沈黙し、思案に耽る。そして、やがてぽつりと呟いた。
「この状況……私たちはどうすればいいのでしょうか?」
沈黙がその問いに答えるように部屋を支配した。不安と緊張が生徒たちの間に漂い、彼女たちは困惑した表情を交わし合う。
「じゃあ、便利屋をこのまま風紀委員会に引き渡しちゃう?」
生徒たちの視線が一斉にハクノへと集まった。
「それは、で、ですが……それにしても彼女たちと戦うわけには……」
「じゃあどうしろっていうの?」
その意見に、ノノミは首を横に振って応じる。彼女は何かを言おうと口を開いたが……結局、言葉は出てこなかった。その時、アビドス生徒会のメンバーの脳裏を過ぎったのは、この数日間で築き上げた便利屋68との思い出だった。
――ええ、分かるわ。色んなところで色んなのを食べてきたけど、このレベルのラーメンはなかなかお目にかかれないもの。
――うふふふっ! いいわ、こんなところで気の合う人たちに会えるなんて。これは想定外だけど、こういう予測できない出来事こそ人生の醍醐味じゃないかしら。
――あははっ! 了解! あなたたちも学校の復興、頑張ってね! 私も応援してるから!
――ん? だって私たち、別にメガネっ娘ちゃんたちのことが嫌いなわけじゃないし。ただ、部活で請け負ってる仕事だからさ。仕事以外の時は仲良くしたっていいじゃん?
――わ、私も頑張るわ! 法律や規律に縛られない、本当の意味での自由な魂! そんなアウトローになりたいから!
そう、確かに彼女たちはアビドス高等学校の敵として現れたかもしれない。だが、少なくともヘルメット団のような単なる敵ではなかった。彼女たちと過ごした時間は……アビドス生徒会にとってもかけがえのないものだったから。
「……他に選択肢はない、風紀委員会を阻止する」
「シロコちゃん……!?」
ノノミが慌てて声を上げたが、シロコの決意を固めた瞳に、それ以上の言葉は出なかった。彼女の覚悟に呼応するように、生徒会室の空気は一変する。自分たちの力で最善の結果を掴み取ろうと決意する生徒たちが、そこにはいた。
「……はい、そのとおりです。風紀委員会が私たちの自治区で既に戦術的行動を開始したということは、政治的紛争が生じるということ……。きっと、便利屋の皆さんが問題を起こしたのは事実です……しかし、だからといって、他の学園の風紀委員会が私たちの許可もなく、こんな暴挙を敢行してもいいという意味ではありません」
「そのとおりだわ! よくもこんなことを! これは私たちの学校の権利を無視するような真似よ!」
力強く頷くセリカに、他のメンバーもそれぞれの反応で同意を示す。
「そうですね! 急いで爆発地点に向かいましょう!」
「ホシノ先輩には私から連絡します、出動を!!」
彼女たちの結論は決まった。ならば、あとは行動あるのみ。アビドス生徒会の面々は、迷うことなく、それぞれの役割を果たすべく動き出した。
――破壊されたアビドス市街地*3
「社長! ムツキ! ハルカ! 早く隠れよう! 奴らが来た!」
「奴らって?」
「うちの風紀の連中だよ! ここまで追ってくるなんて!」
一方その頃、便利屋68のメンバーは、突然の襲撃により混乱に陥っていた。その中でいち早く状況を把握したカヨコは、仲間たちに情報を共有する。しかしその矢先、カヨコを狙い撃つかのように、轟音とともに砲弾が上空から降り注いだ。
ズゴゴゴゴゴーーー!!
「危ない……!」
咄嗟にカヨコの前に飛び出したユメが、砲弾の雨を正面から防ぎ止める。自らの内より溢れ出る神秘を練り込んだ鋼鉄の盾は、彼女の自慢の後輩であるホシノには及ばないものの、迫撃砲程度の威力であれば、余裕で防ぎ切れるほどの防御力を誇っている。
「大丈夫?」
「あ、うん……ありがとう……」
無事にカヨコを守りきれたのを確認すると、ユメはほっと安堵の息を吐いた。
「――まったく。人様の土地で随分と好き放題するものだね」
「あははっ、ヒナちゃんは大変だよね。こんな、余計な仕事を増やすような奴らなんかを率いないといけないなんて……ホント、考えるだけでゾッとしちゃうよ」
カチャッ、と固有武器を構えるハルとミカの2人は、砲撃の余波で破壊された市街地に佇む。軽い口調とは裏腹に、その表情には一切の感情が浮かんでいない。
……恐ろしい。彼女たちが発する冷たい怒気に、便利屋一同は思わず背筋が凍った。自分たちに向けられているわけではないが、それでも彼女たちが本気で怒っていることが、ひしひしと伝わってくる。
「ここにいる全員を消し飛ばしても良いんだけど。それはヒナちゃんに迷惑でしょ? だからね」
「……少しだけ、頭を冷やしてもらおうか」
◇ ◇ ◇
「迫撃砲、防がれました」
「ふん。歩兵、第2小隊まで突入」
ゲヘナ学園2年生。規則違反者へ情け容赦なく銃弾を撃ち込みにいく風紀委員会の切り込み隊長、
「……イオリ、あの方たちはどうします?」
「ん? ああ、向こう側の生徒? なんだって……アビドス?」
風紀委員会の期待の新人、火宮チナツの問いに、イオリは興味なさそうに目を向けた。そこにはアビドス高等学校の制服を着た2人の少女。その傍らには、迫撃砲を防いだらしい黒い制服の長身の少女と、便利屋の構成員4人がいた。
「そんなの当然、公務の執行を妨害する輩は全員敵だ」
「ならば、大人しくしていてもらいたいものですね……しかし、こちらの事情を説明するのが先かと……」
「説明? 必要か、それ?」
イオリは肩を軽くすくめ、傲岸不遜に言い放つ。その態度に、チナツはため息で返した。
「うちの厄介者どもを取っ捕まえるための労力が惜しい。もし邪魔するなら、部外者とはいえ問答無用でまとめて叩きのめす」
そう宣言するイオリの顔には、一切の迷いも不安も見られない。しかし、チナツは漠然とした不安を感じていた。本当にこのままアビドスの生徒たちと戦ってもいいのだろうか?
何気なく鞄から双眼鏡を取り出し、遠くに見えるアビドスの生徒たちの姿を覗き込む。
「え……!? ……あ、あの方たちは……まさか!?」
「ん? どうした?」
イオリが首を傾げる。双眼鏡を下ろしたチナツの顔は、真っ青だった。
「……ちょ、ちょっと待ってください。もし本当にあの方たちがあっちにいるとしたら……この戦闘、行ってはいけません!」
「どういうことだ?」
蒼白した顔に焦燥の色を加えたチナツが必死に訴えるが、イオリは怪訝そうな表情を浮かべただけだった。そうしている間にも、状況は刻一刻と悪い方向へと傾いていく。
「アビドスの生徒たち、臨戦態勢に突入しました。こちらに接近中。発砲します!」
タタタタタターン!!
「ちっ、仕方ない。行くぞ!」
「あっ……」
そして、最悪の事態が訪れた。 連続した銃撃音が木霊する。ゲヘナ風紀委員会とアビドス生徒会――否、無銘生徒会の戦いの火蓋が切って落とされた。銃弾が飛び交う戦場へ、それぞれの生徒たちが駆け出していく。その先に待つ未来は、果たして……。
TIPS:
銀鏡イオリ。
規則違反者へ情け容赦なく銃弾を叩き込みにいく風紀委員会の斬り込み隊長。
無鉄砲で猪突猛進ぎみでもあり、考えなしに吶喊して敵の罠にはまることもしばしば。